第17話 ~大西海の嵐 氷山戦艦ハバクック~
「アッハッハッハ! 何だあれ馬鹿みてぇ! 良くもまぁあんなのを作る気になったもんだ!」
「笑い事じゃないんですけど……」
「いやだって笑うだろあんなの! 多分アレ作った奴も笑いながら作ってるぜ?」
僕の頼みでやって来たライリーさんは、風浪神が幻影魔法で投影ずる光景を一目見て大爆笑し始めた。
彼の後ろに何時ものように控えるメルティさんは申し訳なさそうにしているけど、どうにもその笑いは止まりそうにない。
むしろ笑い過ぎて息が切れ、ヒーヒーと呼吸困難になりかけるほど。
まああ解らないでもない。
僕もあの氷山で出来た移動拠点に、驚きを隠せなかったのだ。
そう拠点。僕の見立てでは、あれは立派なマイフィールドだ。
恐らく、マイフィールド内を海で統一し、そこに氷山型の浮島を浮かべてる。
課金要素としてのマイフィールド拡張セットの中に、それらを可能にする幾つかがあったのを覚えていた。
実際僕もアクバーラ島の周囲を海にするために海洋セットを購入している。
そこには、僕は買わなかったけれど氷山もあったはず。
一連のセットを駆使したら、あのような氷山の要塞も作れるのだろう。
今のマイフィールドの境界が一斉に失われた状況だと、浮島や氷山であれば拠点ごと動き出すのも不思議じゃない。
それがあの氷山戦艦なのだろう。
「まさか、バハクックを作る奴がいるたあな」
「バハクック?」
「おう、有名なトンチキ兵器だぞ?」
そんな上機嫌なライリーさんが語るのは、とある有名な兵器構想だった。
「元々は氷山空母つってな。手頃な大きさの氷山を洋上基地あるいは自力航行が可能な巨大航空母艦として運用する構想を言うんだ。まさしくアレだな」
ライリーさんが幻影魔法内のあちこちを指し示す。
「所謂トンチキ兵器カテゴリの中でも有名な英国面ってのの一つでな? 氷山の上面や内部を加工し、その巨大な面積を利用して陸上機も運用可能とする構想で、ハバクック計画って名付けられてたんだ」
「計画名が通称なんですね」
「まぁな。実際にモデル実験なんかもも行われたんだが……最終的にコスト面であほらし過ぎてお蔵入りって奴だ」
「英国面?」
「パンジャンとかジャンピングタンクとか色々な。今度教えてやっから」
僕はミリタリー方面にはまり詳しくないけれど、ライリーさんはそっちも嗜んでいるようだ。
あの氷山戦艦──別名バハクックは、現実世界で南極の棚氷が割れて流れ出したテーブル型氷山そのままの姿をしている。
風浪神が見て取った大きさを僕らの尺度に置き換えると、長さ3キロ幅500mにも及び、海上部分の高さは30m程と、とんでもなく巨大だ。
氷山だけに、海面下の大きさも含めたらとんでもない巨大物体で、ライリーさんのように余りの馬鹿馬鹿しさに笑いが出るのも仕方が無いと思う。
その上に、城塞らしき建物や遠距離攻撃用らしき砲台型魔法装置がいくつも設置されていて、まさしく浮沈戦艦の装いだ。
浮かぶ幻影の中、氷河の上で動き回っているのは、様々なサイズの魔法人形の様。
ただそこで風体が余りに気になった。
その為、誰かその方面に詳しそうな人がいないか同盟内に助けを求めた結果、こうしてライリーさんが来てくれたのだった。
「それで、あの兵隊なんですけど、ライリーさんは何かご存じなんですか?」
そう、兵隊。
彼らは、アナザーアースで見たことが無いような、軍服を纏っていたのだ。
多分過去の大戦期の物を模したであろうそれは、一応ファンタジーの体裁をギリギリ保っていたアナザーアースには無かったはずのものだ。
中身が見慣れた魔法人形である分その差に戸惑って、正直僕の知識だけでは判別できず、こうして助けを求めたのだけど、
「ああ、多分アレだ。MODの類だろ」
その疑問は、あっさりと解決することになる。
「MOD? ああ、よく顔列車や有名俳優とかになってるあれですか?」
「ああ、何かで見たことがあるな。確かミリ界隈で軍服MOD作ってるってのを見たことがあるぜ」
MODというのは、広義ではデータを外部から追加して改変するためのデータやプログラムの総称だ。
ゲームソフトなどの商用ソフトウェア製品について、開発・販売元が関知・関与せず、利用者の有志などが非公式的に開発・公開している改造データなどを指すことが多い。
僕が見たことがあるのは、ホラーゲームのキャラに顔列車のキャラをかぶせたり、NPCに海外の有名俳優などの姿をかぶせる様な者だ。
アナザーアースはグラフィックの幅がかなり広く応用が利き、様々な見た目のキャラをクリエイトできるものの、それでも物足りないとして先に挙げたような改変を行うプレイヤーが存在していた。
その多くは規約違反としてBAN──アカウントの使用禁止処置──されていたため、多少は知識としてある。
とはいえ、軍服というパターンは知らなかった。
世の中には不思議な趣味を抱えた人がいるものだ。
「ああ、知らんのも無理ないな。確か色々と難癖付いたから速攻でBANされてた筈……とはいえ、マイフィールドだとやり様に寄っちゃMOD入れ放題だ。ああいう風にな」
幻影の中で、如何にも海軍といった風体の魔法人形たちは、せっせと砲台型の魔法装置に砲弾と精霊石を組み込んでいく。
照準、幻影の中の風浪神ゼフィロート本人だ。
映像の中で風浪神は、無数の対空砲化に晒されていた。
そう対空砲火。あの魔法人形たちは、銃や砲台から風浪神を狙い撃ちにしている。
ただし、砲弾はその実見慣れた魔法弾だ。
隼乗りが撃ち落とされかかった、広範囲に炸裂する砲撃で点や線の攻撃ではなく空間を制圧して来る。
何らかの結界系魔法装置も働いているらしく、直接の転移等は敵わなかった為、ゼフィロートが氷山戦艦にたどり着こうと空中から近づくも、結局このように追い返されたのだった。
「やっぱりな。あのハバクックを作った奴はミリタリー風のアレンジで装備類の見え方も変えてやがるんだ」
「じゃああの奥の砲塔も?」
「ああ、本当は魔法陣やら精々バリスタにガワをかぶせてやがるんだろう。とはいえ、話を聞いた限り水平線の向こうまで届きかねない射程は、多分見た目どころか性能まで弄ってやがるな」
氷山戦艦の上に据えられたひたすら巨大なシルエット。
武骨な鋼鉄の塊である三連戦艦砲の正体がそれだった。
だけど、と思う。流石にそれは弄り過ぎじゃないだろうか?
「えぇ!? それは拙いんじゃないんですか?」
「んなもんもちろん即BAN対象だ……ああ、そうか、一つ仮説を思いついたんだが」
「何ですか? 仮説?」
「ああ、あいつ、そのBANされたアカウントのデータじゃねぇか? 噂に聞いたことがあるんだが、一時期アナザーアースのフィールドバトルの機能を使って改造したデータを使ってたやつらが一斉BANされたってな」
フィールドバトルというのは、各プレイヤーのマイフィールドを繋いで大規模戦闘のフィールドとする一種のPVP──プレイヤー同士の対戦方法だ。
君主系の称号持ち同士が軍団対軍団の戦闘を、自分の拠点込みで戦えるというシステムで、攻城戦や平地での合戦などが並行して発生する難易度の高いものだと覚えてる。
中には、先に語った海メインのマイフィールドをつないで海戦も行われていた筈だ。
その海戦で相手を圧倒するために、あんな物を再現した際物プレイヤー居たのも驚きだけど、ライリーさんの仮説の方が僕には重要だった。
「つまり、アナザーアースでBANされたデータも、この世界に来てると?」
「むしろそういうのばかりがこっちに流れ着いてるんじゃないか? まだ確証はもてないがな」
確かに、気になっていた事が在る。西の大陸で出現しているマイフィールドだけれど、その中にプレイヤーが居る領域は比率として余りに少ないらしい。
その一因が、過去大量にBANされたアカウントのマイルームやマイフィールドが流れ着いているためだとしたら、事態は想像以上に危険な状態にあるのではないだろうか?
「んで、どうするよ? あんなのが此処に向かってるんだろ? 見たところアレは絶賛フィールドバトルをやってる状態で、接触した領域に無座別に噛みついてくる状態に見えるぜ?」
「迎え討ちますよ。プレイヤーも居なくて、近寄るだけでああも無差別に攻撃してくるんです。この島に接近されたら確実に砲撃して来るでしょうし、交渉の余地も無さそうですから」
あの氷山戦艦は、隼乗りを砲撃した後、その後を追うような航路を取っている。
多分フィールドバトルの敵集団の偵察兵として隼乗りは認識されてしまったのだ。
だから、逃げた先に本隊が居ると追撃してきている。
こうなっては、戦うしかない。
「まぁ、しょうがないよなぁ……だが、どうする? 何しろあの規模だ。生半可な攻撃じゃびくともしないぜ? おまけにあの対空砲火に遠距離砲撃じゃ近づくのも難しいだろ?」
問題はそこだ。この島の戦力は豊富だけど、だからといって簡単な相手じゃない。
もっとも、手がない訳じゃない。
僕は二本指を立てる。
「とりあえずは、上からと下からですね」
謁見室に居並ぶこの島各地の支配者たちを見ながら、僕は迫る脅威に対しての作戦を話し始めるのだった。