第15話 ~南からの嵐~
マイフィールドの在り様には、様々な形がある。
かつてのアナザーアースにおいて、プレイヤーキャラが一定の成長を為した後に報酬として手に入れられる初期状態の『マイルーム』から始まり、その後イベント等の報酬でルームの大きさの変更が行えるようになり、もしくは一定の『フィールド』の取得といった、規模の拡張が可能になった。
課金要素も駆使して最大まで拡張した場合、その単純な広さは30,000㎢にも及ぶ。
これは現実の小規模な国の国土程度の広さと言えるモノだ。
日本で例えると、四国とその周辺の海が、すっぽりと治まる規模である。
夜光のマイフィールドであるアクバーラ島とその周辺海域を含めた領域はまさしくその規模であり、一つの小世界を形成する事が可能であった。
夜光の場合はこのように島と周辺海域という形であるが、他のプレイヤーも自身のマイフィールドを様々に形作っていた。
ホーリィは壮麗な宗教都市と、その周辺の農村という構成である。
これは、彼女がかつて習得していた称号である<女教皇>に由来する。
奇跡系の特殊能力を駆使できる宗教系称号は、習得の条件としてマイルームに信仰する神の祭壇が必要となる為だ。
それも、下級であれば簡易的な祭壇で事足りるのに対して、位階が上がるほどにその規模を上げていく必要がある。
司祭になればそれは教会と周辺の村が必要になり、司教ともなれば大聖堂と町が、そして法皇もしくは女教皇まで至った場合、宗教国家を形成する規模が要求されるようになる。
ホーリィの場合女教皇としては最低規模であるが、それでもメインの神聖都市が一つと町が二つ、そしてそれらの人口を支える農村が十ほどになる。
こういったマイフィールドの構成を習得条件とする称号は他にもあった。
NPCの軍勢を呼び出せる『君主号』系統の称号は、下級の村規模の<族長>から始まり、中級の複数の農村を治める<領主>や準上級の複数の町を治める<君主>を経由し、上級の国家を治める<王>になり、最終的に伝説級の<皇帝>に至っては複数の国を統べる事が習得条件だ。
つまり、相応にマイフィールドの拡張が必要となる。
実際無課金では要求されるマイフィールドの規模に対応しきれず精々<君主>止まり。
もっとも習得条件が厳しい分『君主号』系統は呼び出せるNPC集団が強力である為、マイフィールドへの課金を躊躇わないプレイヤーは多かったのだが。
関屋の場合、無課金の範疇で拡張できる程度の領域に、<豪商>で要求される商店と<親方>で要求される工廠を置いてある形だ。
それでもちょっとした町と周辺の村程度の広さは在る為、これで十分と考えるプレイヤーも多い。
更に称号にそういった要求が無い構成の場合、アルベルトのようにマイルームの規模で満足してしまう事もある。
アルベルトの場合、竜王のヴァレアスの為の竜舎を兼用している為マイルームの室内空間は広く、航空機を収める倉庫程に在る。
しかしそういった要素も無く純粋な戦闘称号のみの場合、その広さは部屋としか言い様が無い程度でも十分だ。
このように様々なマイフィールドの形があるが、中には変わり種が存在する。
例えば、夜光の領域の西にある大陸に出現した大墓地だ。
おそらくこの領域の主であるプレイヤーは死霊術師の称号を持っていたのだろう。
並ぶ墓から延々と這い出るアンデットの群れは、一時期付近にある関屋の商店街を脅かしかけた。
今は夜光の手により領域内に収まっているものの、いつまた再び溢れ出すか判ったモノではない。
そして今、マイフィールドの中では特に特異な物が、南海から夜光の領域へと迫りつつあった。
「あの雲は……あれは、嵐か?」
「クェェ?」
アクバーラ島南方。
大洋の上空を飛ぶ隼乗りの飛行兵は、その日遥か彼方に雲の塊を発見した。
この隼乗りは、アクバーラ島西方地域の支配者、砂漠の女王ネフェル・イオシスの配下である。
この人を乗せ飛べるほどの巨大な隼は、只巨大なだけではなく長時間の飛行が可能だ。
その為連絡兵やこうした偵察に向き、マイフィールドを『外』の世界と隔てて来た『霧』の消失からはこうして各方向に放たれ偵察の任を負うようになっていた。
特にラディオアサ・フォルタナ号の漂着からは、その活動が活発だ。
周辺で彷徨う東の大陸からの船が居た場合、下手に更に西の大陸に流れ着かれても困る為、海王らの海流による誘導等でアクバーラ島に誘導するか、もしくは害悪層である場合『処置』も必要となる。
その為には早期発見が肝要であり、隼乗りは日々交代で広範囲にわたる偵察を続けていた。
一応情報源としては耳目が早い風浪神も居るのだが、そちらは東西の大陸にかかり切りであり、海洋ばかりが広がる南方は隼乗りの役割が大きいのも事実であった。
それ故、この日この隼乗りは誰よりもその雲を早く発見したのだった。
「金床雲があんなに。かなり大きな嵐になるな。女王陛下にお知らせしなければ」
「クェェェェ!」
通常の空模様ならば特に気にせず報告にも挙がらなかったのだろうが、南海上で急速に発達する積乱雲の塊は、強力な台風などに発達する予感があった。
その為、この隼乗りは、南海上の嵐を知らせるため引き返そうとする。
しかし、この時。その南方の嵐の下、上空から見えぬそこに、巨大な何かが在る事を隼乗りは気づけなかった。
それは、嵐で己の身を隠したまま、その顎を遥か北方へと向けた。
そう、遥か北方上空を飛ぶ、隼乗りへと。
突如の爆発!
爆音と衝撃が隼乗りに襲い掛かった。
「っ!? 何だ!!」
「ピィ!?」
距離がある為か、直撃自体はしなかったものの、周辺の空間そのものが爆砕したような衝撃に、隼とその乗り手は彼方の暴風域に突如巻き込まれたかのように翻弄される。
そこへ再度の爆発!
「クソっ! バランスが!」
「ピィィィ!」
繰り返される衝撃に、巨大であるとは言え鳥である隼は翻弄されるばかり。
遂には、バランスを崩し、急速に落下していく。
「! あれは!?」
故にこそ、乗り手は今度こそ目にした。
遥か彼方の嵐、そこから飛来する砲弾を。
それは隼乗りが居た上空の空間で爆砕し、激しい爆風をまき散らす。
「このままじゃ拙い! 高度を下げるぞ!」
「クェッ、クェェェ!」
正体が判れば、乗り手の判断は速かった。
この日彼らが居る空は、南方と違い雲はさほど無い。
雲があるのならそこに姿を隠せるのだが、そうでない以上、対策は限られる。
嵐の下からのこの攻撃が、見た通りの砲撃であるのなら、高度を落とした方が狙い難いだろうと乗り手は判断する。
実際、この判断は正しかった。
元々偵察として広範囲を見渡す為高度を取っていたが、その分視界が通るのなら隼乗り自体も遠方から望むことが出来る。
逆に言うなら、高度さえ下げてしまえば遥か彼方の遠方から狙われることはなくなるのだ。
「クソっ、しつこい!」
「クェ!!」
それでも、砲弾は広範囲を薙ぎ払う範囲攻撃である為、方向と距離は変わらぬとばかりに彼らを追い立てた。
結局、彼らは少なからず傷を負いつつも、辛うじてその空域から脱出することに成功する。
だが隼も乗り手も満身創痍だ。
特に隼は風切り羽が幾らか散らされており、アクバーラ島に戻ったならば早急な治療が必要となることは明白であった。
「何だったんだ、アレは……」
「クェェ……」
乗り手と隼、どちらも急な災難に戸惑いながら、突如現れた危険な存在の情報を知らせようと、一路北上していく。
その行方を探る視線に気づかないままに。
かくして、南方寄り発生した嵐は、ゆっくりと北上していく。
その行く先に万魔の主の領域があることを知らないままに。