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第12話 ~関屋商店街にて~

 全ての争いが終わったその屋敷の中は、一時の静寂が支配していた。

 倒れ重なる山賊達の死体からの臭いが、少女の鼻を突く。

 異形の影に破砕された玄関の上から、破片が一つ、カランと落ちた。

 現実感の伴わない空間。

 その中、少女ミルファは、崩れ落ちた少年にオズオズと近づく。

 少年の見た目は、今はごく普通にみえる。

 顔立ちは整っている部類に見えるが、目を見張る美少年と言うほどでもない。

 髪は漆黒、やや細見という以外は、特に目立った特徴も無い。

 しかし、先刻の様子は普通からかけ離れていた。

 半透明のモンスターに覆われて、強すぎる力を振るい、この世界を荒らした略奪者達を容易く焼き払った。

 敵、では無いのだろう。

 戦いの最中一瞬向けられた視線は、ミルファに対しては穏やかだった。


 ミルファは少年の様子を見る。

 外傷などは一切無い。ただ酷く消耗しているようだ。

 この症状は、ミルファも良く見知っている物だ。


「……これって、魔力切れ?」


 職人達もよく陥る、ある種のスキルや魔法の使いすぎによる、魔力切れ。

 魔力が完全に尽きると、強制的にスタン状態になるのだ。

 自然回復か何らかの手段により魔力を微量でも回復させ無い限り、それは続く。

 ポーション職人であるミルファも経験があるものだ。

 当然、その対処法も知っている。

 但し……


「……MPポーション、もう無いよう」


 魔力を回復する直接的な方法、回復アイテムは、既に奪われていた。

 MP回復のポーションどころか、生命力回復用の普通のポーションまでない。

 少女も山賊に捕まるまでに負った生傷を癒したいのだが、それすらも出来ないのだ。


 実のところ、山賊達は、少年……夜光が討った者達が全てではなかった。

 襲撃してきた者達は、討たれた者たちの、およそ倍。

 先にあらかた略奪は行われ、軒並みアイテムを奪った山賊達は、『楽しむ』事にした者たちを残し、先にねぐらへと引き返して行ったのだ。

 それには、山賊達の頭目と思しき、凶暴な男も含まれている。

 ミルファの主を易々と切り伏せ、わざわざ職人達が作り出した武器の数々で、弄る様に壁へ磔にしたあの男。

 思い出すだけでも、ミルファに戦慄が走る。

 だが、過去の恐怖だけに囚われているわけにも行かない。

 当面の安全が確保されたなら、彼女のマスターも助けられるはず。

 そして、目の前の少年もこのままにしておく訳にはいかないだろう。


「助けて、くれたんだよね?」


 ミルファは、気絶した少年へと語りかける。

 本来なら最後の強力な魔法は、対象となった山賊だけでなく、その腕に抱えられたミルファさえも焼き払ったはずだ。

 だがミルファは火傷一つ無く、無事だ。

 少年が何らかの方法を以って、ミルファを保護したのだろう。

 なら、せめて感謝の言葉を述べるくらいはするべきだ。

 とはいえ、自然な魔力の回復はいささか時間がかかる。

 どうしたものかと思案するミルファへ、助け舟でも出すように、


「グランドマス……いや、夜光様、こちらですか? ……むっ、これは……っ!」


 その声は届いた。

 打ち砕かれた玄関から、鎧姿の男が屋敷の中を覗き込んでいた。

 位階は低いながらも鎧に身に包んだ姿は、一瞬ミルファに山賊の同類を思わせた。

 男は夜光と呼んだ少年の倒れた姿を見、一瞬焦りの相を浮かべたが、直ぐに状況を察したのか、ミルファに話しかけてきた。


「……いや、これは魔力切れか。そこの……あ~、少女よ。お前はこの小世界の者か?」

「は、はい……ポーションを作ってます、ミルファと言いますです……」

「ポーション……ポーション職人か。まぁ、いい。どうやら、お前も怪我をしているようだな。神官殿が治療をしてくれている。お前も行くと良い」


 応えたミルファに頷くと、鎧姿の男は、少年を慎重に抱き上げる。


「あ、あのっ……その人を、どこへ……?」

「神官殿の所だ。治療を施すにしても、もう少し落ち着いた場所の方が良いだろうからな」

「あ、ま、待ってください!」


 少年を抱きかかえ、さっさと外に出ていく鎧の男と、それをあわてて追いかけるミルファ。

 後には、玄関付近を破壊された屋敷と、玄関ホールに転がる山賊だけが残されていた。



 

 僕は、闇の中に居た。

 どことも知れない空間の中、巨大な異形の存在が僕の前に居る。

 無数の角を持ち、仮面で顔を隠した屈強の巨人、憤怒の魔王。

 僕と契約し、力を貸してくれた魔王は、今は僕の前で静かに佇んでいた。


 七つの大罪のうち、憤怒を司る魔王サトルギューアは、『AE』最終日に契約できた高慢の魔王ルーフェルトと同格の、契約できるモンスターとしては最高位だ。

 怒りに駆られとっさに憑依召喚で呼び出したが、本来ならば下級の位階である今の僕には手に余る存在。

 憑依召喚では使用できるスキルが限られているとはいえ、通常攻撃や魔王が使うにしては威力の低い魔法しか扱えなかった。

 高位種族の潜在補正や装備品などでステータスを底上げしていても、今の僕は下級の位階に過ぎない。

 他のスキルは、消費する魔力が多すぎ、山賊達を全滅させる前に魔力切れを引き起こしていただろう。

 もっとも、通常攻撃やサトルギューアの持つ最弱の攻撃魔法<内なる業炎>だけで十分ではあったのだが…

 そこまで考えて、同時に暗転した意識に光が差し込み、僕こと夜光は急速に覚醒するのを感じた。

 暗闇の世界が、魔王の姿が薄れていく。

 その中で憤怒の魔王は、その司るモノに似つかわしくないほど、楽しげな気配を僕に送ってきたのだった。




「……やっくん、起きた? 」

「主様、あまり無理はなさらぬよう……供の者が居るのですから、全て主様が手を下さずとも良いのですよ?」

「あ、あのっ…先程はどうも……!」


 目を開くと、僕の顔を覗き込む幾つかの顔があった。

 九乃葉とホーリィさん、そして、意識を失う寸前に助け出せた女の子。

 最後の女の子を見た途端、自分が何をしていたのか急に思い出す。

 僕は確か、憤怒の魔王を身に宿して山賊達を…最後に女の子を助けて、そこで消費魔力が限界に達して倒れたんだった。

 同時に、生々しい惨劇の情景が浮かんでくる。

 ……人を、殺したんだな、僕は。

 怒りにかられたとはいえ、ゲームの影響が色濃く反映されている世界とは言え、命持つ存在を、殺した。

 その事実は、意外なほどに僕の心を揺らさなかった。

 むしろ、あっさり受け止めすぎている自分にこそ違和感を覚える。

 憤怒の魔王と意識を重ねていたせいだろうか?

 それとも……

 

「起きたかよ、モンスター厨」


 起きかけの定まらない思考の中、不意に聞き覚えの無い声が聞こえた。

 あわてて身を起こし辺りを見回すと、僕の横で同じように身体を横たえたドワーフ族が居た。

 彼は、そうだ、確か磔にされていた…


「んなジロジロ見るなよ。ショタコンの趣味はねーぞ」

「マ、マスター、命の恩人にそんな言い方拙いですよぅ」

「ミルファ、ちげーだろ、それ。命の恩人はこっちのねーちゃんの方だ」


 ミルファと名乗った少女とドワーフ族とのやりとり。そこから察すると、彼がこの小世界の主…プレイヤーなのだろう。

 ぶっきら棒な話し方だが、声に張りがある。

 先刻まで死んでいたとは思えない元気さだ。

 先に僕たちの事はホーリィさんから聞いているのだろう。僕達への警戒感は見られない。


「まぁ、あの腐れPKどもを潰してくれたのは有りがたかったけどな……確か、夜光だったか。お前の事、聞いた事あるぜ。モンスター厨で有名だからな」

「あはは、それはどうも」

「そこ頷くのかよ…まぁいいか。俺は関屋だ」


 モンスター厨……うん、否定はできない。むしろ褒め言葉だと僕は思う。

 素直に頷いた僕をどう思ったのか、苦笑しながら名乗ってきたドワーフ族の青年、その名前に僕は聞き覚えがあった。

 『AE』では、マイフィールドをある程度の条件付けをした上で、他のプレイヤーに開放出来るシステムがあった。

 そのため、難解なダンジョンや巨大迷路を作った上で開放し、他のプレイヤーを挑戦させると言う楽しみ方もできた。

 またマイフィールド内で商店を開き、収入源にすることもできる。

 関屋と言えば、『AE』でも少しは名の知れた商店街系マイフィールド『関屋商店街』の主だ。

 とすると、ここは関屋商店街だったのか。


「僕も関屋さんの事は聞いた事あります。ここに来るのは初めてですけど」

「私も~……こんな風になる前に来れたらよかったのに」

「今来ても売れるモノがねえから意味ねぇよ……クソッタレの野盗どものせいでな」


 納得した様に頷いた僕を見つつ、関屋さんは苦渋に満ちた表情で、何が起こったか話し出した。

 関屋さんも僕やホーリィさんと同じく、自分のマイフィールドの把握に努めていたらしい。

 というか、『外』に出ると言う発想が無かったみたいだ。

 『AE』が既に終了している以上、転移の門が機能していても行き先は何もないのでは、という考えもあったらしい。

 それだけに、昨夜『外』から山賊達がやってきた時は完全に不意を突かれてしまったそうだ。

 夜と言う事もあり、職人NPC達もHPやMP回復の為に就寝していたため、戦闘能力のある関屋さんが気付いた時には山賊達が商店街奥深くまで入り込んだ後だった。

 関屋さんはキャラクターの『AE2』へのコンバートがまだだったために何とか応戦しようとしたが、元々職人商人方向に特化していたため戦闘力は低く多勢に無勢。

 第一もともとMMOであったAEに対して現実化した世界では思うように体は動かせず、また本物の殺気と言うものに晒された精神的ショックも大きかったようだ。

 さらに運が悪かったのは、身に着けていたのが製作用特化の装備で、防御力が皆無だった事だ。

 AEにおいて装備無しではモンスターの鎧のような生体装甲でもない限り、伝説級でも防御力は0。

 商人職人職でも十分な戦闘力を確保できる装備はあるが、夜中で就寝中だったのもあってとっさに装備しなおすことも困難だったとか。

 結果、あのように磔にされてしまったらしい。


「狩り専用装備ならまだましだったんだろうが、後の祭りだ……死んだあとは『AE』と同じように幽霊状態で死体の傍で周りを見てるんだがな…俺の店が潰されてくのは辛かったぜ……」


 『AE』では、死亡すると、プレイヤーは幽霊状態となり死体の傍の一定範囲に縛られることになる。

 この状態で一定時間が過ぎると、自動的に最寄りの重要構造物の近くで蘇生されるのだが、この自動蘇生は行われなかったそうだ。

 その為、関屋さんは自分が手塩にかけてきた商店街を、NPC達を蹂躙されていくのを延々見せ続けられたことになる。

 その心中はどれほどの物だろう。

 そうこうしているうちに、粗方略奪した山賊達は、半数は意気揚々と、半数は残って楽しむことを選び、更に僕たちがやってきた…そういう事らしい。

 いちおう、NPC達の人的被害はホーリィさんの蘇生魔法でもうほぼ癒されている。

 だけど、心の傷は深いだろう。

 未だ半数残る山賊達の事もある。

 そうそう割り切れるものではないように見えた。


「正直な所な、本当は糞山賊どもは俺の手で殺したかったぜ……まぁ、それでも連中の敵を討ってくれたのは確かだ。恩にきるぜ。そこの神官のねえさんにもな」


 悔しそうに、それでも礼を言う関屋さんに、真剣な表情のホーリィさん。

 一応、関屋さんの願いをかなえる事は可能だ。

 山賊達の死体は、今まとめて商店街の一角、やや開けたスペースに置かれている。

 ホーリィさんの蘇生魔法は、山賊にも使用可能だろうが、さすがにそれは現状成されていない。 

 もっとも優先順位が高いのは被害者たる職人たちだし、命を落としている人以外にも怪我人や負傷者を助ける必要がある。

 何より、山賊達は、カルマが高すぎた。


 業とは、悪行を重ねる事で上昇していくステータスだ。

 これは、『AE』内のある種のイベント等の結果を左右する要素なのだが、その一つに、蘇生時の補正へのかかわりがある。

 業が高い者は、蘇生時の位階強制低下による弱体化が激しくなり、また所持金の強制低下も激しいのだ。

 この蘇生時の位階強制低下で、下級1未満まで落ちると、キャラクターは存在を完全に消失することになる。

 故に、今この世界で死んだ山賊達を生き返らせようとすると、最下級の蘇生魔法によるデメリットと、山賊達の業によるデメリットが相乗効果を引き起こして、良くて下級1、悪くて消失と言う状況になっていた。


 本来ならこの商店街には回復アイテムの類も溢れていて、蘇生デメリットが抑えられた蘇生薬も存在していたはずだが、それも軒並み失われている以上、すぐさま山賊を蘇生する方法は無かった。

 殺すために生き返らせると言うのも馬鹿馬鹿しい、という思いもある。

 だから、…僕は、関屋さんに提案する。


「関屋さん、アイテムを奪って行った山賊達なんですけど、どうしますか? ……彼らを利用すると巧く討てると思いますけど?」

「あぁ? 利用?」

「ええ」


 ニコリと微笑む僕に、訝しげな表情を向けてくる関屋さん。


「何をするかは置いて置くとして……こう言っちゃなんだが、何で会ったばかりの俺に何でそこまでする?」

「同じプレイヤー同士だから、では理由にならないですか?」


 都合の良い話すぎると感じているのか、関屋さんは僕を探るように見てくる。

 だけど、僕としてはそれほどおかしい話じゃないと思っている。

 異郷の地で、同郷の人が居たら友誼を結びたいとおもうし、『AE』では面識が無かったが、関屋さんとはそれなりにうまくやっていけそうな気がする。

 口は悪いけど、それほど悪い人じゃなさそうだし、何より、同じ森の中に門の出口を持つ者同士、ここで縁を結んでおくのは正しい判断だと思う。


「……まぁいい、で、利用ってのはどうするつもりなんだ?」

「残った山賊を関屋さんの手で討ち、奪われた諸々のアイテムを回収するために、あの死んだ山賊には働いてもらおうと思うんです」

「蘇生魔法を使うの? ……やっくん、やめた方が良いと思うよ? 山賊の人達、カルマが高すぎて、蘇生デメリットが凄いから、最悪消失しちゃうかも」

「方法はいくらでもあります。死霊術師は今出払っていますけど……仙術師なら、頼りになる仲間が居ますから」


 僕は人懐っこく頭を寄せてくる九乃葉を撫でつつ、二人へ自信を込めた微笑みを送った。

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