第07話 ~久々の自室で~
「これで何とかなるのかなぁ……」
会議の後、僕は万魔殿の自室で過ごしていた。
最後にゆっくりとこの部屋で過ごしたのは、皇都行き前までさかのぼるから、随分久しぶりだ。
大魔王達にも指摘されたけれど、どうも僕は一人で抱え過ぎていたらしい。
色々な懸念はあったとは言え、もっとモンスター達を頼っても良かったのは確かだろう。
ただゲームのアバターの身体になったりした状況の中で、色々な事を自分で確かめたかったのも事実だった。
その上で滅びの獣という厄介な存在を何体も封じて来たのだから、さほど間違いではなかった、と思いたい。
「だけど、それは結局、経験のある大規模戦闘の延長線上だから出来たことだものな……交渉とか外交絡みはなぁ……」
どんな相手だろうと、僕が育て上げたモンスター達や、切り札であるギガイアスを出せば何とかなる戦闘絡みは何とかなる。
だけど、交渉となるとお手上げだ。
ちなみに、昨夜同盟に加わっている『プレイヤー』の皆に交渉や政治などの判断が可能か確認したところ、殆どのメンバーが首を横に振っていた。
僕とホーリィさんは、リアルで大学生だし、就活もこれからだったから、そもそも論外。
アルベルトさんのリアルは僕よりも年若いらしくさらに困難だろう。同じ理由でユータくんもだ。本人が口を滑らせていたけれど、彼はランドセルをまだ使っている可能性があった。
そして、僕が内心期待していたライリーさんと関屋さん。
その内のライリーさんは、メーカー勤務の設計者だとか。自分で図面も引けるし3Dモデルも作れるらしく、それで自作ゴーレムのデザインを弄っているとか。何それ凄い。
ただ交渉は出来なくはないけれど、プレゼン程度しか期待してくれるなと釘を刺されてしまった。
そして関屋さんは、会社員ではあるようだ。
詳しい仕事内容は教えてくれなかったけれど、事務処理方向らしいと言うのは、話の中で何となく理解できた。
つまり今の所僕らの同盟メンバーで、高度な政治的判断などの対応が出来そうなのは居ないと言う事。
むしろ、『設定』で高度な処理能力や交渉力を持つと言う意思を持ったNPCたちの方が、その方向で手慣れているのが、この短い時間で調べた範疇でも解ってきている。
そういう意味では大魔王とその配下たちも当てはまるわけで、本人たちがやる気を見せていることも含め、先の会議でそういう方向を任せられたのは良かったのだろ思う。
何しろかの大魔王達とその配下は、心の動きを象徴する神々の堕ちた姿だ。
交渉相手が悪意を持って近づいても、それを察知するのはお手の物。
それどころか、得意分野によっては……。
そんな事を考えていると、ドアがノックされた。
誰だろう?
基本的にこの部屋に来るのは、僕のモンスターの中でもゼル達パーティーメンバーのモンスター達か、万魔殿の諸事を担う蟻女のメイドたち、そして同盟の仲間でもホーリィさんくらいだ。
「誰?」
「マリアベルですわ、御主人様。それに他の皆もいますの」
「ああ、入っていいよ」
マリィの声に入室を許可すると、想定通りマリィにリム、ここの達が入って来た。
ゼルも居たけれど、一礼すると直ぐに外に出てしまう。
「あれ? ゼル?」
「ミロードの部屋の前で番をするのが役目だそうですわよ?」
「ゼルも忙しかったんだし、少し休んでもいいのに」
「せわしないんが性分なのやろなぁ。ソレよりも、主様、お食事をおもちしましたえ」
ここのが軽く手を叩くと、蟻女のメイド達が部屋に入ってくる。それも、料理が乗ったワゴンを押して。
「お休みかと思ったのですけど、昨夜からお忙しかったので、お食事ととられていませんわよね? これから休まれるにしても、少しでも食べられた方がよろしいかと」
「あ~、そういえば、色々ドタバタしててろくに食べてなかったな……」
マリィの言葉に、最近の忙しさで食事を疎かにしていたと思い出す。
湯気を立てながら食欲を煽る香りが漂ってくると、このところ適当な食事アイテムで済ませていた分空腹感を自覚してしまった。
僕の部屋は部屋の広さに比べて家具が少ない為殺風景ではあるのだけど、数人が食事をとれる程度のソファーとテーブルは在る。
そこへリムやマリィが配膳し、ここのが手塚らお茶を入れてくれていた。
「『外』の食事が長かった事だし、良いモノを食べてもらおうと、調理担当のメイドたちがはりきって作ったのよ? 食べてあげてね?」
「こちら薬湯に御座いますえ。仙薬も混ざっておりますゆえ、お疲れの身体に良く効くはずですわ」
僕の目の前に並ぶ料理は、種類も量も豊富で、このところ発展途上中の『外』の食事をとることが多かったのも相まって、実に美味しそうだ。
余談ながら、アナザーアースにおいて、料理アイテムは一定時間能力値やダメージ補正、被ダメージ軽減などにバフがかかる特性を持っていた。
料理人系統の称号持ちなら作れたため、非戦闘時にアクティブにして戦闘前に野外調理を行い──出来立ての料理アイテムの方が効果が高い──重要な大規模戦闘に備えるというのが割と定番の光景でもあったりしたのだ。
この万魔殿でメイドとして配置されている蟻女の調理師担当も、料理人系統の称号を高い位階で習得している為、非常に質の高い料理を用意してくれる。
対して『外』の世界の食事は、流石に見劣りする。
皇国が『門』の中の技術を取り込んでいることもあり、周辺国よりは余程食事面では恵まれているらしいのだ。
事実、僕が主に滞在したフェルン領や皇都は、いささか味付けが単調かと思ったものの、そこまでひどくはなかったと思う。
だけどフェルン領は皇国の中でも穀倉地帯で交易面でも強い恵まれている領地だ。そして皇都は皇国の中心。
その二つで出てくる料理が見劣りしていると言う事は、あの世界全体での料理の質は推して知るべしと言う所なのだった。
『外』に出ている間も、ストレージに入れた料理アイテムを度々食べていたけれど、やはり目の前に出来立ての食事があると、食欲の湧きが違う。
疲れて居た身体も栄養を欲しているし、僕は有難くそれらを頂くことにした。
「いただきます! うん、コレは美味い!」
口に入れた瞬間、リアルよりも一層強く感じある味わいに、僕は思わず料理系の作品御審査員のようなリアクションをしてしまった。
でも実際に美味いのだから仕方ない。
それに、一口食べた時点で気づいたことがある。
「……前に食べて時よりも美味くなってる?」
「ミロードがこの地を離れている間も、あの子たちは研鑽していたみたいね」
「……後で声を掛けに行かないとなぁ」
僕がマイフィールドを離れている間も、万魔殿を取り仕切るメイド達は、自分を磨き続けて居たらしい。
本当に頭が下がる。
そして同時に。
(ああ、そうか。それは神々や大魔王達も同じなんだ)
スッと胸の内に入り込んでくる納得があった。
僕がアナザーアース最後の時間で必死に仲間にした彼らも、只囲っているだけでは、なまじ強大な力を持つだけに持て余してしまうだろう。
神々は元々クエストの対象よりは設定どおりに世界の運行を行っていたのに対して、大魔王達は平時からクエストの対象としての働きが多く、それは今失われている。
あの会議の場で陽光神が言っていた通り、暇となってしまい、苦しんでいた、のかもしれない。
なら、適切に働かせてあげるのが、彼らの主になった僕の責任なのだろう。
「ミロード? お味がお気に召さなかった?」
「ああ、ちょっと考え事をね。大丈夫、とってもおいしいよ」
ああいけない。考え込んで手が止まってしまった。
折角の料理が冷めてしまっては、作ってくれた料理担当に申し訳ない。
僕は味わいつつも、美味さの勢いに釣られて一気に食べつくす。
「ふぅ、美味しかった御馳走様」
今の僕の身体は子供のソレだ。それも成長期に差し掛かろうかという時期なので、量自体は成人顔負けに入る。
十分に詰め込んだ満腹感が何とも心地よく、それに身を任せていると、ふと思い立つ。
僕ばかり食べて、皆は何も食べていない。
僕が食べる横でニコニコと僕を見ていただけだ。
「あ、ごめんね? 僕ばかり食べて……皆も食べたいよね?」
「っ!? 主様、よろしいのですかえ?」
「うん? ああ、良いけど……ふえっ!?」
だから迂闊にも、そんな言葉をかけてしまった。
次の瞬間、僕は柔らかなソファーと、柔らかな彼女達の身体に包まれていた。
「……食事、していいのですよね? ああ、遂にこの日が……っ!」
「ま、まちなさいリム! それは行き過ぎよ! ああでも御主人様の首元がまぶしい……」
「生気は何処でも吸えるんやけど、できるんなら、良い所で吸わせてほしいわぁ」
ガバリとばかりに僕をソファーに押し倒した皆は、理性が飛びかけていた。
行きも荒く僕の服を脱がそうとするリムに、それを押しとどめようとしつつ僕の首元から目を離さないマリィ、そして僕の四肢に尾を巻きつかせながら、クンクンと僕の身体を嗅いで悦に浸るここの。
彼女達の急な変貌に混乱した僕は、
「皆、何で急に……あっ!?」
彼女たちの『食事』が、何であるかを思い出す。
彼女達の種族が食べるのは、『生き血』に『生気』に『精気』。アナザーアース的には、HPとMPとスタミナ値になる。
普段は、維持コストとして僅かづつ消費されているので忘れていたけれど、つまりこの場で食事をとっていいという宣言は、『僕を食べていい』というのと同義な訳で。
「ち、ちが……ちょっと待って! 落ち着いて! ステイ!!」
暴走しかかった彼女たちを押しとどめるのに、僕は小一時間奮闘することとなるのだった。
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