第03話 ~神魔会議 夜光の葛藤と仲間達の状況~
皇都から取って返してきて、境界の霧の消滅と、各『プレイヤー』のもつフィールドのこの世界への出現、更に他の幾つかの問題を告げられて、僕は頭を抱えるしかなかった。
「ごめん、ちょっと一人にしてくれると嬉しいんだけど……」
「そんな、お疲れなら私が癒してさしあげますのに」
「その気持ちは嬉しいけど、ごめん……」
「……判りましたわ。どうかご自愛なさって、御主人様……」
万魔殿の中の自室。添い寝係を主張する皆を今夜だけはと頭を下げて断って、僕は一人で過ごしていた。
この先晒すのは、誰かに聞かれていい、見られていいような姿じゃないからだ。
「こんなの、どうしろっていうのさ!? 学生が抱えていい問題じゃないよ!?」
頭を掻きむしりながら、僕は何とか現状を整理しようしたけれど、どうにもまとまらない。
僕は、知り合いプレイヤー間で組んだ同盟のリーダーであり、僕のマイフィールドにおける名目や象徴的な存在としての王を受けたのは確かだ。
でも、正直なところ、僕は僕自身を優秀だとはとても思えない。
とっさの的確な判断や、決断力なんて欠片も無い。
だから今まで『外』で行ってきたのは、判断の参考になる出会ったプレイヤーへの同盟加入の勧誘と、判断材料を集めるための情報網の設置位だ。
こんな、それこそ世界を揺るがすような事態に、トップに立っていていい者じゃない。
そう思いながらひとしきり頭を抱えていたけれど、だからといってそのままでは何も問題は解決しなかった。当たり前だ。
「なら、それでも、任された以上、引き受けてしまった以上、やるしかないじゃないか」
僕が此処で全てを投げ出しても、僕より余程優秀な他のプレイヤーが幾つかの問題を片付けてくれるかもしれない。
だけど、この島、僕のマイフィールドは違う。
此処にいるのは、僕に救われる事を選んだ命達だ。
僕のほんの些細な気持ちで始めたちっぽけな箱舟に過ぎないけれど、その世界を終の棲家のつもりで選んでくれたNPCやモンスター達。
そう、今ならわかる。
あのアナザーアースの最後の時間。レアな種族が思いがけず僕の前に姿を現したり、テイム成功率が限りなく低い筈のモンスターが挑戦一発で仲間になった理由が。
意思を持ちながら、消えゆく世界と運命を共にすることを選んだモンスターも多い中、僕の声にこたえてくれたものが居る以上、僕はその期待に願いにこたえないと。
そう気持ちは固まったものの、僕自身には幾つかある問題の解決の糸口さえ思いつかなかった。
これが、例えば慣れたアナザーアースの大規模戦闘等なら、幾らでも方策や手を考え付くと思う。
でも政治的な判断が必要になりそうな、話は正直に言って手に余る。
「本当に、誰か良い手を思いついてくれないかな……? 誰か、に?」
だから零れた自分自身の弱音にふと思い立つ。
そうだ、思いつかないなら、意見を聞けばいい。
それも出来るだけ優秀そうなもの達に。
そうと決まれば早かった。
「皆、そこにいるね!?」
「は、つひゃい!! いまひゅ!」
「ミミミミ、ミロード!?」
「わ、妾はちゅういしましたえ? せやけどこの二匹が……!」
自室の扉の外で何故縦に頭を並べて扉にくっつけていた三人娘が何か言っているけれど、今は横に置いておく。
今は悩んで浪費してしまった時間を取り戻すのが最優先だ。
まだ何故か目を回しているような皆に、僕は矢継ぎ早に指示を出す。
「リム、明日の朝一番に大魔王の皆を集めて会議室に連れてきて。ここのは七曜神たちを同様に。マリィは、会議室の準備と万魔殿の差配をお願いするね」
「「「は、はい!?」」」
まだ飲み込め切れていない三人に、僕は任せたからと一言残して、幾つか装備している指輪の一つ、ユニオンリングを起動させる。
すると、目の前に輝く門が現れる。次に向かう、同盟ルームへのゲートだ。
僕は輝く門をくぐりながら、同盟の皆へメッセージを送った。
大魔王達は奔放だから、集めるのに時間がかかる。
その間に、同盟の皆の意見を聞きたかったのだ。
特に関屋さんやライリーさんは、現実では恐らく、僕より年上の社会人だとおもう。
なら現状に対してアドバイスが聞けるかもしれない。
「そうか、意見が聞きたいかぁ。お前さんには借りがあるが、こっちも困っていてなぁ。どうも比較的近い位置でドンパチしやがってる連中がいるらしいんだ」
「湖は景色いいんだけどね~……実は湿地で雨が降るとウチの土地に水が押し寄せてくるの! どうしようやっくん!?」
「なぁ聞いてくれよ夜光! 俺のマイルームの隣が延々とギター弾いてるんだよ! 壁越しに聞こえてうるさくてヴァレアスはへそ曲げるし、どうすりゃいいんだ!?」
「オレッチんところは、只の草原で……まぁ退屈なだけだな。」
そう願って赴いた先のユニオンルームで聞かされたのは、同盟の皆が調べていた新大陸の状況だった。
どこも飛んでも無い事になっているみたいだ。
これじゃぁ、アドバイスを聞くどころじゃない。
むしろ同盟のリーダーとしてそれぞれの問題に協力しなければならなかった。
まずは関屋さんの商店街だけど、周辺は乾燥地帯。どうも、緯度も低くて暑く比較的南の土地の土地みたい。
そして、どうもその程近くで、境界消失早々から大規模戦闘級の大規模な軍勢のぶつかり合いが起きているらしく、何時火の粉が飛んで来るか気が気でないらしい。
「どうにも、意味なくぶつかってる節があるのがどうもな……下手すると、両方『プレイヤー』が居ない領域なのかもしれん」
「……ああ、なるほど。そういえば、皇国の偵察兵から聞き出した中に、『門』にもぐりこんで『プレイヤー』は不在だったのはいいけど、中のテイムモンスターに襲われて被害が出た結果、『門』を外から物理的に封印して中のモンスターが出てこないようにした事例があるとか」
「ああ、多分そういうの同士がぶつかり合ってやがるんだ」
封印されていたのが、境界の消失で『外』に引き寄せられ、そして同様のモンスターをぶつかり合ってしまった、そういう事か。
ただ、それならそれで対処は出来そうな気はする。
「本当に『プレイヤー』が居ないなら、万魔の主で制圧できるかもしれませんね」
「おう、頼めるか?」
「ええ。ただ、色々と状況を整理して、優先順位を決めた後になりますけど」
僕は関屋さんと約束を交わす。
実際、関屋さんの商店街は、僕らの同盟にとって欠かせない存在だ。
直接戦闘は苦手なものの、物資や装備の支援が途切れる事は無い。
その窮状を救うためなら、一肌脱いでしかるべきだろう。
とりあえず関屋さんの問題はこれで何とかなるとして、今度はホーリィさんだ。
「そういえば、ホーリィさんのマイフィールドって基本平地でしたっけ」
「そうなのよ~、だから湖の水が来易いみたいで~」
どうも彼女のマイフィールドが位置しているのは沼沢地帯らしく、初めは景色が良いと喜んだものの、大雨でもあろうものなら水が押し寄せる危険な状態だと気が付いたらしい。
「なら、巨人の里の人員を貸します。堤防を築くように指示しておきますね」
「それよりも、やっくんがお仲間にしたカーラギア様を呼んでくれると嬉しいな~」
「……<大誓願>の奇跡ですか?」
「うん、カーラギア様の奇跡で土地を全体的に高くしてもらおうと思って~」
ホーリィさんは大地母神カーラギアを崇める宗教都市のトップという設定だ。
そして彼女は女教皇。強力な軌跡を神に祈願できる所に、分け御霊とはいえカーラギア本人が居るならば、かなり無茶な請願が通るだろう。
そうなれば土地を高くしてもらい、水害に備える事も可能に違いない。
僕は神魔会議の後ならと、ホーリィさんと約束するのだった。
アルベルトさんの問題は、一見ばかばかしく、同時にとんでもない内容でもあった。
「マンションの騒音公害ってこういうやつのことを言うのか……」
アルベルトさんは、マイルームを拡張して竜舎として使い、そこにヴァレアスさんと共に過ごしている。
そのマイルームだけれど、そもそもこのタイプはあくまでルーム、部屋だ。
つまり境界となる霧は無く、ただ壁で仕切られていると言う事。
それが実体した時何が起きたかというと、ルームタイプは巨大な塔の一室として一気に格納されてしまったらしいのだ。
そういえば、確かアナザーアースの設定で、『マイルーム』は冒険者ギルドが管理しているアパートかマンションのような建物の一室を貸し出されていると言う設定だったのを思い出す。
だけど、そんな本物のマンションのように、騒音が問題になるだなんて。
笑っていいのか、世知辛さに顔をしかめればいいのか悩み処だ。
そして問題が一つ。
閉鎖型のマイルームは、基本的に窓も扉も無い。外への出入りは転移の門で行うため、必要ないのだ。
そして門の行き先は、全て東の大陸にある。
つまり、隣の部屋に文句を言いに行こうにも、方法がない訳だ。
更に言うとその塔の位置は、現状だと不明という点。
恐らくは他のマイフィールドがある西の大陸にあるのだと思うのだけど、まだ大陸の全容も解らない今何とも言えない。
「……すみません、ちょっといい手が思い浮かばないですね」
「だよなぁ……仕方ない、扉を封印だけしてフェルン候の城で寝泊まりするか……」
結局、アルベルトさんの問題は、一旦保留となってしまったのだった。
そして、特に大きな問題を抱えていないライリーさんに関してだけれど……。
「──これの制作を頼みたいのですけど」
「……いけなくもないが、本気か?」
「ええ」
僕は彼に在るものの制作を頼んでいた。
以前から構想していた、あるモノ。
それが必要になる日が来るかはわからないけれど、手は打っておきたかったから。
結局その後も同盟の皆と様々に話し合った後、万魔殿に戻って来たのが明け方。
そしてそこには、すっかり勢ぞろいした大魔王と神々が待ち構えていたのだった。