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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第5章 ~新大陸への来訪者~
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プロローグ 後 ~島の招き~

 昨夜の若い船員と、セルキーなる海乙女(マーメイド)にも似た不可思議な存在との邂逅は、船長らに危機感を抱かせるのに十分であった。

 その明確な姿を見たのは、舷側傍にいた若い船員だけであったが、波間に潜んだ何者かの声を聴いたのは他にも居たのだ。

 交代を待つ見張りは、若い船員とセルキーのやり取りを聞いたし、同時に下半身が海豚じみた何者かの泳ぐ姿を目撃していた。

 日中の化け物共の大暴れを見て眠れていなかった為、声だけは聞いていたという船員も多かったのだ。

 それはつまり、この地にはヒトではない、そして知恵を兼ね備えた何者かが潜んでいると周知されたに等しい。


 船長であり、大商会の重鎮であるクライファスは、深夜ながらも事が起きた直後に、謎の少女と言葉を交わした若い船員を呼び出し、詳しい状況を確認していた。


「ヨハナン、そいつは確かに『姉に叱られる』、そう言ったんだな?」

「そうなんだよ、船長。あとは海乙女(マーメイド)じゃなくて『セルキー』だって怒ってたんだ。船長は『セルキー』って何か知ってるか?」

「いや『セルキー』だのは良く解らんが、恐らくは種族の名か部族の名だろう。個人の名でもあるかもしれんが、それは別にどうでもいい。問題は、『姉に叱られる』って言葉だ」

「へっ? どういう事ですか、船長?」


 良く解らないとばかりに首を傾げる、ヨハナンと呼ばれた若い船員。

 船長であるクライファスは、まだ年若く卵の殻をつけているようなヨハナンに、簡単なことだ、と前置きしながら続ける。



「姉がいるって事は、そいつは家族もしくは集団って事だ。叱られるって事は、我々の事を秘密裏に監視しなければならなかったと言う事になる。そして如何にもドジを踏みそうなそいつを今日まで俺達が見つけずに居たって事は、そいつらは手分け出来るだけの人数が居て、俺達を交代で見張ってたことになる」

「ああ、そういう事になるんですかね?」

「間違いないな。そしてこの先は仮定になるが……監視するなら、お前に見つかる程この船に近寄る必要がない。この入江には姿を隠せる岩等の物陰が幾らでもある。距離を取られた上でそれらの影から探られていたなら、お前が気付くはずも無かった。そうだろう?」

「そりゃ、厳しいですよ」


 月明かりの中とはいえ、舷側の真下の海という距離で、ようやく相手を確認できたのだ。

 少しでも距離を取られていたのでは、気付くことなど不可能だっただろう。


「つまり、そのセルキーを名乗った女は、我々が何を話しているのか、それも調べていたのかもしれん。だとしたら、大事だ。相手は家族や集団どころか、国と言えるくらいの規模があるのかもしれないぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、相手が情報を求めるだけの知恵を持っているなら、集団程度では終わらんだろう。そして、何より……」

「何より?」


 少しもったいぶった物言いのクライファスに、ヨハナンは思わず続ける。

 クライファス自身も、一瞬言っていいのか躊躇うようなそぶりを見せるが、意を決して口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()。大西海に隔てられて、状況も環境も全く違うはずの土地の者の言葉が同じってのは、何らかの交流が無ければあり得ない事だ」

「あっ、そういえば……」

「そいつが魚の様に泳げるから、密かに海を渡ってやり取りしていたかもしれないが……仮にそうなら、国元でも噂程度の話にはなるだろうさ。お前に見つかる程度の間抜けも混ざっているんだぞ?」


 確かに、あの何処か抜けている自称セルキーが西の大陸に来ていたのならば、もっと噂になって居るだろうと、ヨハナンは妙に納得してしまう。

 そんなヨハナンを見つつ、クライファスは夜明け前の島影に目を向けていた。


「……飛躍しすぎかもしれないが、皇国が一気に力を増したことと、何か関係があるのかもしれんな」

「え? どういう事ですかい?」

「判らんならいい。話は此処までだ。お前もそろそろ休め……いや、違うな」

「へ?」

「次の見張りはお前だっただろう? 早く変わって来い」

「……あっ!?」


 すっかり見張りの交代の事を忘れていたヨハナンは、交代するはずだった先輩船員に平謝りすることとなるのだった。



 翌朝、日が昇る前。朝霧に覆われる入江の中、フォルタナ号の出発準備は、急ピッチで進められていた。

 この島の事を、国元に伝えなければならない。船長以下船員たちは共通してその意思を固めていたが、一人例外が居た。


「……あの娘、結局姉だかに叱られたのかね」


 結局交代がずれ込んだため、朝までの見張りとなったヨハナンである。

 マストの上の見張り台にて、周囲を警戒しながら、セルキーを名乗った少女の事を思い浮かべる。

 思い起こしても、美しい少女だったと思う。

 彼も見習い明け間もないとはいえ船乗りだ。

 航海の間貯め込んだものを港で発散する機会をこれまで指折り数えられる程度とは言え行ってきている。

 だが、そういった場で目にした女達と比べても、あの少女は群を抜いて美しかった。

 慌てて飛び上がった際に垣間見た、均整の取れた上半身。

 それは鮮烈な記憶として、ヨハナンの脳裏に刻み込まれていた。


「……っと、いけね。見張りはしないとな。そろそろ夜が明けるころだけど……」


 とはいえ彼も真っ当な船員である。前日見た蜥蜴の化け物がやってこないとも限らないため、早々に気を抜いて居られない。

 船長から、陸だけではなく海側も注意するよう指示もあり、彼はフォルタナ号が停泊する入江の入り口を眺める。

 丁度東向きに口を上げた入江の為、太陽もそちら側から登る。

 夜明けとともに出発するため、見張りは夜明けを知らせる役目も負っていた。

 しかし、何か様子がおかしい。


「何だあれ? 岩、か?」


 彼の感覚でも、そろそろ夜が明けるであろう頃。

 東の空が白み始め、朝霧に覆われた入江にも日が照らすであろう頃になっても、どこか薄暗いのだ。

 何か違和感を覚えたヨハナンが見つけたのは、入江入り口方向の霧に浮かぶ影であった。

 しかし、夜半から見張りを続けて来たヨハナンも、何時の間にそのようなものが現れていたのか、全く気付かなかったのだ。

 朝霧に浮かぶ影は、まるで朝日を背にしているかのよう。

 いや、それどころか、その影は更にどんどん大きくなっていく。


「東だ! 何かいるぞ!!」


 此処に至り脅威を感じたヨハナンは、眼下で出発作業を進める船員達へと叫んだ。

 何か、巨大なモノが迫ってきている。

 ヨハナンの声に船員たちが騒ぎ出す。

 その時だ。

 突如として、入江を覆いつくしていた朝霧が、まるで元々存在しなかったかのように消え去った。

 そして船員たちは見る。

 入江の出口を塞ぐほどの、巨大な怪物の姿を。

 姿は前日に暴れていた2体の巨大な蜥蜴をに近いが、足が鯨などのヒレになって居るのが大きな違いだろう。

 何より大きさだ。

 余りの大きさに、口を開けばフォルタナ号を一口にできそうな程。

 その目が、明らかにフォルタナ号を捕らえている。

 その事実に、眼下の船員たちが腰を抜かしていた。

 中には姿を隠そうと言うのか、慌てて船を降り針葉樹の森に駆け込もうとする者も居る位だ。

 しかし、そちらも叶わない。


「な、何だあいつら!?」

「人!? 人がいたのか!?」


 森の奥から、純白の鎧と武具を身に着けた者たちが姿を現したのだ。

 襲ってくることはないが、森に駆け込もうとした船員たちは、その姿に足を止めざるを得なくなる。

 よく見れば、その武具を身につけた者たちは皆、女性であった。

 船員たちは知る由もないが、彼女達はこの地、アクバーラ島南東部を治める氷の女王、氷結女公(フロストダッチェス)のアレンデラが眷属である。

 美しい女戦士たちは、船員達に刃を向けることはないものの、森の奥へ行かせる気は無いようであった。


「出発間際になって、何故……!?」


 陸と海、両方からの異常事態に、船長のクライファスが声を震わせる。

 見張り台のヨハナンもまた、なまじ見張り台で多くの物を確認できるだけに、もはや何も考える事も出来ずに立ち尽くしていた。

 しかし、次の変化に直ぐに反応できたのは、ヨハナンだけであった。


「お~い! そこのひと~!」

「っ!?」


 昨夜から頭の中から離れなかった声、それが眼下から聞こえてくる。

 慌てて目を向けると、船の傍にあのシルキーを名乗った少女が浮かび上がっていた。


「おっ、おれ?」

「そうそう、君! ちょっと降りてきてよ!」


 状況に合わない軽い調子の少女の声に戸惑いを覚えつつも、ヨハナンはシュラウドを伝い降りていく。

 近づくにつれ、月明かりの中で見た以上に、夜明け前の薄明りの少女は輝いて見えた。


「あ、きたきた。ねぇ、君から他の人に伝えてくれない? 『皆さんをお客人としてお招きします』って」

「……へ? お客人ってなんだ!? それになんで俺が!?」

「海王様がね、少しでも言葉を交わした相手がいるなら、その相手から伝える方が良いんだって言ってた!」

「か、海王様?」

「うん、海王様」


 少女が指し示したのは、入江の入口に佇む巨大な化け物。

 あんな巨大なモノが、そんな事を言うのか、などとヨハナンが呆然とする中、次に反応したのは船長のクライファスだった。

 とりあえずは話が通じるらしいと理解し、同時に思惑はともかく即座に危害を加えられる事は無いだろうと思い至ったのだ。

 もっとも、海と陸両方で取り囲んでいる以上、威圧されていることも理解している。

 だが少しでも立ち回る為の材料を得ようと、少女に問いかけた。


「この身はこの船を預かる、船長のクライファスという。貴方は使者と考えていいのか?」

「わたし~? わたしは『さきぶれ』なんだって! 海王様が言うには、『不本意ながら、初めに言葉を交わしたのがお前である故仕方がない』ですって!」

(もしかして……あの巨体で、苦労しているのか?)


 何とも軽い調子の少女の物言いに、威圧感しかない海王という巨大な化け物が相応の苦労人であるのかという雑念に囚われるも、クライファスは更に質問を続ける。


「それで、客人として招く、とは? それに何故出発の今になって……」

「ん~? 今なのは、えらい人たちがいろいろ話し合ってたから、かな? わたしは良く知らないの。でも、お客人はわかるよ! だって、偉大なあるじ様のモノのこの島に来てくれた、初めての『外』のひとだものね!」

「偉大なあるじ……それは、あの海王というものの事か?」

「違うよ~? もっと偉いの! わたし達を救ってくれた、この島の御主人様なんだよ?」


 少女の言葉に、船長のクライファスと、ヨハナンは呆然と島の奥を見やる。

 あんな巨大な化け物である海王を、更に支配するという存在、そんなものの想像が出来なかったのだ。


 この後、彼らラディオサ・フォルタナ号の船員らは、更に数奇な体験を重ねる事となる。

連日更新中です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第三者視点だと、元はゲームとはいえ本当に偉大なんですよねぇ・・・
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