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第11話 ~憤怒の業炎~

 轟!


 半実体化した巨大な異形が、横薙ぎに腕を振るう。

 それだけで、最も近くに居た山賊が消え失せた。

 続き湿った物を叩き付けるような音。

 真横の壁に、今出来たばかりの肉の塊と真紅の染みが広がる。


 僕に宿ったサトルギューアの腕になぎ払われ、壁に叩きつけられたのだ。

 位階に合わない中級装備も、魔王の腕の前には薄紙にも等しい。

 衝撃は容易く鎧を突き抜け、血の詰まった皮袋のように男を破裂させた。

 原形をとどめぬ肉の残骸に混じる白い物は、砕けた骨だろう。

 この小世界の主がなされたのと同じように、山賊は己の骨で己の残骸を壁に縫いとめていた。


 続き僕は、数人がかりで女性を組み伏せていた一団へと手を伸ばす。

 僕の動きをなぞるように、半透明の巨人は同様に手を伸ばすと、力を込め拳を握る。

 巻き起こる轟音と共に突然、手を伸ばした先の山賊達が炎に包まれた。

 生きた松明の様に轟々と燃え上がった炎は、ごく短時間で収まり、後には上半身を炭化させたヒトガタが立ち尽くしていた。


 そのあまりの様に、残った山賊達が恐怖のどよめきを上げる。



「や、やっくん……」


 どこか遠くに誰かの声が聞こえた気がする。

 一瞬だけ、僕は我に返る。

 振り返ると、ホーリィさんが蒼い顔をして立ち尽くしていた。

 その表情に、いろいろ伝えたい言葉が浮かぶが、今は、時間が惜しい。

 もうサトルギューアを宿してしまった以上、最低限の事は済ませ無ければいけない。


「ごめん、ホーリィさん。今は、好きなようにさせて……九乃葉、ホーリィさんを頼む」


 短い言葉と共に、湧き上がる衝動に再び身を任せる。

 この場で最も頼りになる存在に彼女のことを託した以上、ホーリィさんの心配は要らない。

 もし、僕との冒険の記憶が確かに存在しているなら、僕の意図も汲んでくれるかもしれない。

 願いながら、僕は再び山賊達へと向き直った。

 一瞬揺らいでいた魔王の影が、再びはっきりとしたカタチを取る。


 ……さぁ、ヤツラに報いを受けさせよう。

 半実体化した憤怒のデモンロード・魔王オブ・ラース、サトルギューアを身に宿しながら、僕は一歩踏み出した。



 憑依召喚とは、<万魔の主>を含む召喚術師系の称号で覚えられるスキルだ。

 『AE』での召喚魔法は、大別して3つに分けられる。


 一度呼び出した後は継続的に召喚を維持し戦闘NPC的に扱われる通常召喚。

 これは、九乃葉達のようなパーティーの一員として扱われるような召喚だ。

 継続的かつ召喚は安定しているが、召喚時の消費魔力の多さと維持コスト、パーティー規定人数に空きが無ければ召喚できないと言うデメリットがある。


 対して、瞬間召喚は一瞬のみモンスターを呼び出し、スキルを一つだけ使用させる方式だ。

 一瞬で戻ってしまうため、継続的な戦力アップにはならないが、強力なモンスターを呼び出しても消費魔力が少なくて済むというメリットがある。

 むしろ、各モンスターの名がついた魔法という見方も出来るだろう。


 そして、もう一つが、幽気体のみを呼び出す憑依召喚だ。

 仲間にしたモンスターの幽気アストラル体を自身の身体を媒介に召喚することで、そのスキルや能力を使用できる。

 憑依させている間、継続的に魔力マジックポイントを消費し、またスキルの使用にも別途魔力を消費するが、代わりに契約したあらゆるモンスターを自身に宿すことができる為、あらゆる状況に対応が可能だ。

 ただ決して万能なスキルではなく、『憑依させたモンスターのステータスは8割弱程度』『使用できるスキルは、召喚モンスターごとに決められた数個のみ』等のデメリットも存在する。

 詠唱に時間がかかるのも問題だ。

 詠唱中に攻撃を受けた場合、魔法がキャンセルされてしまうので、使用には前衛の存在が不可欠になる。

 よって、カンストしていた頃の戦闘では、パーティーで、なおかつあくまで補助的に使用する為のスキルだった。

 しかし、今の僕にとっては頼もしいスキルだ。

 僕と契約したモンスター達は、最高位の伝説級も含んでいる。

 ステータスが8割以下になるとはいえ、伝説級のモンスターを宿すならば、下級レッサーの僕でも上級アークに匹敵する実力を発揮できることになる。

 無論伝説級を宿すとなれば、魔力消費も激しいけれど、下級ばかりの山賊を全滅させる程度なら十分に過ぎる。


 そして……僕が身に宿した存在は別格だ。

 七つの大罪のうち、憤怒を司り、炎の闇側の面を担う魔界の大魔王の一柱。

 その位階は実に伝説級:120。

 かつての『AE』でも、召喚系に特化したキャラクターを限界まで鍛え上げてのみ契約可能な、最上級の仲間モンスターだ。

 憑依召喚と言う簡易的な召喚で能力を抑えられたとしても、その力は圧倒的だった。

 腕を振るう、それだけでさえ下級程度の存在では耐えられない。

 相手の『熱』を暴走させ内から対象を燃やし尽くす<内なる業炎>は、特定の範囲の望む対象を生ける篝火へと変える。

 そして……

 

 空気を引き裂き、鉄の塊が唸りを上げる。

 山賊の悲鳴と恐怖の声に混ざったそれは、空間そのものの叫びであるかのようだ。

 新たに虚空から呼び出した2本の斧を振りかざし、半透明の魔王は惨劇を振りまいた。

 巨大であるがゆえに、斧の一振りは幾人もの山賊をまとめて引き裂き、掠めただけでも吹き飛ばされ、壁に打ち据えられる。

 恐怖に抗い、せめてこの異形を呼び出したと思しき子供…僕へと矢や短剣などが飛ぶが、その全ては僕を覆った半透明の魔王の影に阻まれ、空しく大地に転がった。

 建物の陰に隠れようとしたものも居るが、憤怒の魔王には通じない。

 空気を焼く灼熱の業炎が雄たけびを上げる。

 怯え身を縮め、物陰で災厄を逃れんとする者を、壁など無いように見透かし、対象のみを焼く劫火が消し炭にする。


――そうだ、力を振るえ。怒りを力に変えろ。オレを力に変えろ。


 サトルギューアの内なる声と共に、僕は更なる標的を探す。

 魔王の意識と半ば重なった僕には、この小世界に残る山賊達が全て『見えて』いる。

 どうやら、奥の屋敷…このマイフィールドの主のマイルームポイントで、立て篭もろうとしているらしい。

 何より、奴らは……


――小賢しい。


 その思念は僕と魔王、どちらの物だったのか。

 分からないほど一つに重なった意識のまま、僕は街路の先に見える屋敷へと走り出した。




 入り口付近に残されたホーリィは、暴虐の化身となった夜光の背を呆然と見つめていた。

 今が、異常な事態だと言う事は分かっていた。

 ゲームの世界が実体を持ち、NPCやモンスターが意思を持ち、更に全く知れない異世界へと迷い込んだ。

 次々起こる事態の中、古くから知っている夜光が、ホーリィにとっては、心の支えになりつつあった。

 だが、夜光は『怒り』に任せてゲームのキャラではない『生きた人間』を殺した。

 それが、いくら非道を行う悪人とは言え、だ。

 リアルの彼を、ごく普通のゲーム好きな青年を知っているだけに、彼がその一歩を易々と踏み越えた事に畏怖さえ覚えてしまう。

 思わず震わせた手。


 そこに柔らかく触れる何かがあった。


「ホーリィ女史」

「……えっ? 九乃葉……ちゃん?」


 見れば、九尾の姿をとった九乃葉が、ホーリィを案じるようにその手に頭を寄せてた。

 そのまま、元気づけるようにその手をなめる。


「お気を確かに……主様に近しい貴女の憂い、妾も分からないではありませぬ。

 されど、貴女には貴女の役目がありましょう?」

「わたしの……役目?」


 促されるように向けた先には、無数の倒れ伏した職人や、横暴を受けた女性達の姿。

 ゲームではありえない、生々しい惨劇の舞台がそこにあった。

 漂う血の匂いと異臭。

 女性たちのすすり泣く声が、ホーリィの胸に刺さる。

 あまりの光景に視線を外せないでいると、続き九乃葉はホーリィへ告げる。


「あの愚か者達が討たれた今ならば、あの者達も救えましょう」

「あ……!」


 そうだ、確かに救える。彼らを救う手段は、確かにここにある。

 ホーリィは、神官…癒しの魔法を得手とする称号を持っている。

 たとえ下級、それも最初期位階といえども、癒しの魔法は無数に覚えていた。

 コンバートしたが故に魔法も下級の威力になったが、種類の豊富さはそのままなのだ。


「妾の得手とする<仙術>は、癒しの役には立ちませぬが、神官である貴方ならば……それが故に、主様は妾を貴女の守りとしたのでしょう」


 確かに、今ならば彼らの傷を癒せるだろう。

 命を落とした者達も、蘇生の手立てが無いわけではない。

 そもそも、MMOというのは死と隣り合わせだ。

 それだけに、蘇生の手段ならば下級の段階でも存在だけはしている。

 下級位階での蘇生の問題は、詠唱時間の呆れるほどの長さと蘇生デメリット…蘇生対象の位階強制低下と所持金の大幅減額だが、それは今大きな問題ではない。

 最悪、遺体さえ残っていれば、蘇生魔法は可能なのだ。

 それに思い至って、ホーリィは夜光があれほど簡単に山賊の命を奪った理由も何となく理解し始めていた。


「……うん、そうね、そうだわ。『AE』の魔法が通用するなら、死亡なんて単なるステータスよね」


 見れば、山賊達は一応全て躯は残っていた。

 壁に叩きつけられ、挽肉になった者も、炎に焼かれた者も、最低限蘇生が可能な範囲の死骸の損耗のように見える。


「あの、磔にされた御仁も、蘇生魔法は通用しましょう」


 九乃葉の言うとおり、あの見せしめにされたプレイヤーも、蘇生可能な範疇だ。


「そうね、やっくんががんばってるなら、私も私のできる事をしなくちゃ」


 一つ頷き納得すると、ホーリィはまず近くの倒れ伏した職人NPCに歩み寄る。

 真紅の水溜りで己の神官服が染まるのも厭わずその体に触れると、夜光に教わった通りに、意識の中の情報ウィンドウを呼び出し、最初期の蘇生魔法を選択する。

 自然と内から溢れる詠唱に身を任せながら、ホーリィは異世界において、初めて魔法を使用する。

 溢れる神聖な輝き。

 足元の血だまりが、急速にその面積を縮めていき、無残に切り刻まれた傷がふさがっていく。


 そして、命を失っていたはずの職人服の男は、大きな息と共に息を吹き返した。




『職人ギルド会館』


 夜光に屋敷と認識され、今山賊たちが立てこもる建物の門には、そう大きく記されていた。

 山賊たちは、無数の家具で入り口を固め、せまる異形の姿に怯えていた。


 男たちは、少々離れた峠道を縄張りとした山賊だった。

 もともと、官憲に目を付けられない程度に悪事を働く程度の低い野盗であったが、ある時、光る門が根城の近辺に現れたことで、その運命は大きく変わった。

 門の中には、見た事も無い強力な武器と、男たちでは理解できない書物が多数眠っていた。

 これ幸いと武器防具は己の物に、書物は売り払い資金源とすると、更なるお宝を探して門を漁る『冒険者』どもの真似をするようになったのだ。

 そして、それは見事に当たった。

 ここ最近光る門が大量に現れたこともあり、本来門を管理すると宣言した国は、地方などの目が届きにくい地域の門への調査隊の派遣がままならなくなっている。

 その為、この山賊達のように、国に気取られずに門に入り、中の宝を手中にするのは容易だったのだ。

山賊達は、次第に行動範囲を広げた。

 そして昨日、一度に大量に現れた門を目にし、山賊達は根城にしていた山から足を延ばしてでも門の中を求めた。

 そして……この森で、全くの手つかずの門を見つけたのだ。

 山賊達は、己の幸運に感謝した。

 無数のアイテムに金、そして、女。

 中に居たのは戦うすべを持たない職人たちだ。

 唯一、反抗的だった男は、一斉に襲いかかり袋叩きにし、見せしめにした。

 その瞬間まで、山賊達はわが世の春をうたったのだ。


しかし……


「な、何だよ、あの餓鬼……なんなんだよぉ、あれはぁ!?」


 積み上げられた家具の先、硝子窓からかすかに見える、巨大な異形の姿。

 腕を振るえば挽肉にされ、手を伸ばされれば燃やされる。

 挙句の果てに、両の手に巨大な斧を呼び出したソレは、藁束よりもたやすく鎧ごと数人の胴を引き裂いた。


 もはや片手で数えられるほどになった山賊達は、己が不幸を呪った。

 逃げ場など、無い。

 先刻、この建物に逃げ込む寸前、身を隠し裏路地から逃げようとした者が、いともあっさりと生きた松明になるのを見せつけられたのだ。

 今男たちが生きているのは、たった一つの理由があるからに他ならない。


「あ……あぅ……」

「さ、さわぐなぁっ! お、大人しくしやがれっ!」


 山賊は、腕に抱えた職人の少女に刃を突きつける。

 そう、この人質がいなければ、あの訳の分からない炎で焼かれていたはずだ。

 こいつ、こいつさえいれば……

 だが、山賊の僅かな希望を踏みにじるように、それはやってくる。

 何かが空気を引き裂く音が響いたと思った次の瞬間、轟音と共に、バリケードにしたはずの家具が一瞬で叩き潰された・・・・・・


「な……に……?」


 呆然とする山賊達。

 何が起こったのか、わからなかった。

 『外』からでは、いくら力のあるバケモノでも、人質を無視してあの家具の山を吹き飛ばす事は出来ないだろう。

 無理矢理に、強引に家具を吹き飛ばせば、家具の破片は少女を襲う。

 となれば、過剰の無茶はしないはず…山賊達はそう踏んでいた。

 だが、家具の山は、見事に破壊されている…上から下に、圧縮されて。

 山賊達は入り口を見た。


 玄関の上に、空が見えていた。


 あの異形は、あろうことか、斧ので、建物の一角ごと、家具の山を叩き潰したのだ。

 故に破片は飛び散らず、わずかな木片が、入り口付近に散らばったのみ。


「は……ははは……な、何だよ……それ」


 あまりの事に恐怖すら浮かばず、立ち尽くす山賊達。

 そこへ、怒れる影を纏った子供が、正面から入り込んでくる。


「お、おい……来るなよ! こいつ、こいつが見えないのか?」


 少女を抱えた男を中心に、怯えたように寄り添う山賊達。

 もはや山賊達にとって、命綱はか弱い少女だけだった。

 その様子に何を思ったのか、魔王を宿した少年、夜光が口を開いた。


「君……名前は?」

「…………えっ?」


 突然向けられた声に、少女は困惑する。

 短時間の間に、様々な事象が起き過ぎ、少女はただでさえ思考が停止するほどに混乱していた。

 そこへ、この場で最も異様な存在から声をかけられれば、戸惑うのも無理はない。

 だが、夜光は口調鋭く問いを続ける。


「お、おい……テメェら、何を……!」

「名前だよ……時間が無い、早く」


 山賊が口を挟んで来るが、夜光は再度問い続ける。

 異形の影に覆われながらも、その瞳にやどる真剣なモノに、少女は思わず告げた。


「ミ、ミルファ……です」

「ミルファ、か……ありがとう」


 一瞬夜光は視線を和らげると、怒りに燃える視線を山賊達へ再び向ける。


「お、おい、まさか……こいつが見えないのかよ!?」


 何をするか察した山賊達が悲鳴の如き叫びを上げるが、もう、遅い。


「登録は終わらせた………これで……っ!」


 ギッと夜光が山賊達を睨んだと同時に、轟音が立て続けに五つ。

 此処まで何人もの山賊を葬った紅蓮の炎が、残る山賊達を一人残らず包む!

 溢れる炎は轟音と共に一気に燃え盛り、白熱すると同時に一気に……あっさりとその勢いを失った。

 残ったのは、上半身を炭化させた5つの躯…そして、山賊に拘束されていたはずの……火傷一つない少女。


「え……? な、何が……」


 自由になった事も把握できず、目を回すミルファと名乗った少女。

 そして……


「え、ええっ?」


 声も無く気を失い、崩れ落ちた少年の姿。

 助かった安堵を実感すらできず、少女ミルファの混乱は今しばらく続きそうであった。

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