章間 第6話 ~鋼の王は炉に火を入れる~
夜光のマイフィールド、アクバーラ島。その南東部は険しい山地である。
標高も高いそこは、氷の精霊の影響を強く受ける氷雪地帯。
生きるのには厳しい万年雪に覆われた極寒の地だ。
しかし、逆にその地下は様相を変える。
広大な山地の地下は、無数の貴重な鉱石が眠る一大鉱脈なのである。
アナザーアースの設定では、鉱石は大地の根底から生まれ出でるモノとされており、採掘してもしばらくすると特定の鉱脈は復活するのだ。つまり、堀り尽すと言う事がない。
これはアナザーアースが多数のプレイヤーに対してリソースを供給する必要があるMMORPGであったが為の現象だ。
また、各プレイヤーのマイフィールドにおいても、モンスターやNPC配置のコストを賄うためにも、そういった再生する収集ポイントが有用であったという事情もある。
ただ夜光の場合、とある事情により膨大な量の希少な魔法金属が必要であったため、一つの地域の地下を丸々鉱脈とする必要があった。
超合金魔像ギガイアス。
この超巨大かつ高性能な魔像の建造に必要な鉱石は、通常の鉱脈の再生を待っていては到底賄えないものだった。
故に夜光はマイフィールド内に自身が独占できる鉱脈を無数に確保し、その採掘を担うドワーフ族を多数地下に配置していたのだ。
またそこまで多くのドワーフが居るのならば、採掘だけさせるのはもったいないと言うもの。
マイフィールド内でも維持コストの為の闘争が行われる以上、それらに使用される武具や他の道具などを供給する一大生産地として、この南東部地下は位置づけられる事となった。
それはギガイアスが完成の後も、廃れる事がない。
むしろギガイアスはその力故に強敵ばかりの大規模戦闘に駆り出されることが多く、その補修部品や内臓する新たな魔法装置の開発など、一層多忙な状態が続いたのだ。
それはアナザーアースが終わり、見知らぬ世界への扉が開いた後も同じ。
むしろ滅びの獣などという規格外の存在の矢面に立ち続けるギガイアスの補修修復のため、この地の採掘現場はフル活動をし続けて居た。
またそれ以外にもこの地が忙しい理由がある。
まずは、大きな交易相手が生まれたことだ。
夜光が『外』の世界で出会ったと言う、夜光と同じ『プレイヤー』。夜光と同じく多くのNPCを抱えるホーリィと関屋らと結ばれた同盟は、長らく夜光のマイフィールドの内部だけで完結していた物流を大きく広げる事となったのだ。
ホーリィの抱える神聖都市は、大聖堂を中心とした大地の神を崇める中心都市と、その食料を賄う無数の農村で形成されている。
ホーリィのNPCたちは、食料供給においては何不自由ないが、逆にそれ以外の素材を得る手段が、アナザーアースの本世界が亡くなった事により失われていた。
関屋の商店街もまた同様の状況であり、かつ一層深刻だ。
彼の世界は職人たちの工廠街とそこで生み出された商品を売る商店街で成り立っている。
つまり、素材の加工は出来ても、元の素材の生産が出来ないのだ。
また職人を養う食料の生産も、最低限にとどまっている。
これらはただ自身の領域に引きこもっているのならば問題ないが、いざ『外』に向けて活動しようとした場合、物資不足になるのは必至であった。
これらの問題が、相互のマイフィールドを行き来可能にする同盟の結成により一気に解決したのだった。
山脈の地下深くのドワーフの職人街、そこを行きかうのはドワーフや夜光の配下たるNPCやモンスターだけではない。ホーリィの神聖騎士団が食料と酒を運び入れ、対価に良質の武器や防具を仕入れている。
関屋の商店街からは、鉱石の買い付け人が、熱心に鉱石の品質を確かめていた。
この山地地下の産物を取り扱う中心地となったこの地下都市は、一大交易拠点であるのだった。
そしてもう一つ、この職人街が忙しい理由があった。
「おう、主動力起動させるぞ! 機体の周囲に居る奴は一旦離れろ!! ……離れろと言っとるだろうが!!!」
「けど親方! こっちの配管の配置やっぱり変えた方がよくないっすかね?」
「今更過ぎる事を抜かすな!! そこは3・4の配分で行くと決めたばかりだろうが!!!」
親方と呼ばれ、がなり声でまくしたてるのは、屈強な壮年のドワーフ。
身長よりも横幅の方が明らかに長いその身体。前後にも分厚いその身体の大半は、鍛冶仕事で練られた筋肉だ。
彼こそ、無数の地下坑道の長にして、ドワーフの職人頭。
時に神の武器さえ手掛けると言うハイドワーフの彼こそ、通称鋼の王。
名はガハルゴスといった。
その彼が見ているのは、巨大な金属の塊だ。
一見すると、巨大な炉のような印象を受けるだろう。
無数の配管に覆われ、所々から煙を噴き上げてるその様。
ただその炉のようなモノは長くのばされた複数の台座らしきものと、奇妙な長い煙突を備えていた。
「でもこの砲の火力アップにはこっちの配管増やすべきだと思うんすよ」
「それは起動実験が終わった後でもできるだろうが!! ええい、構わん、動力係、炉に火を入れちまえ!!」
『了解だ、親方』
「ひぇぇ!? ちょ、ちょっと待つっすよ!!?」
巨大な金属の塊の一角に憑りついて何やら抗議していた職人が、塊の中からの声に慌てて飛びのく。
次の瞬間、金属の塊が、吠えた。
轟々と爆音じみた咆哮が、金属の塊から発生すると、伸ばされていた台座に似た部位、更には武骨な機構が動き出し始める。
「おう、出力はどうだ!? 行けそうか!?」
『出力推移は予定通りだ。この分なら、ならしまでなら問題ないだろう』
「良いじゃねぇか! なら、操縦主、そいつを立たせろ!!」
『応、任せろ! 立つぞ!ちゃんと離れてろよ、皆!!』
咆哮は間断なく続き、遂には一つの連続した轟音となった。
同時に、只動くだけであった台座のようなモノに、力強さが宿る。
都合8本もあるそれが、グンと力を籠め、それは起こった。
金属の塊が、立ち上がったのだ。
台座のように見えていた金属の脚が一歩二歩と歩みを進め、武骨な機構と見えた鋼の腕が、ぐっとその力を確かめるように曲げられる。
見えげる様な大きさと相まって、見る者を威圧するそれ。
しかし鋼の王は気にせず中の者へと問いかける。
「どうだ、異常は? 動力に問題は!?」
『問題ない。炉の出力は安定している。これなら、本格稼働までやってもいい位だ』
「無茶はするな! 操縦主、可動個所は大丈夫か!?」
『イケるぜ! 感度も反応もばっちりだ!』
機体の中からの声に、鋼の王ガハルゴスは大きく頷いた。
「……よし! 内燃式多脚型戦闘人形1号機、起動実験は成功だ!!」
ある魔像狂いの創造主との交流から得られた、有る発想の実現を確信して。
ドワーフの職人街には、同盟に後から参加したものも含まれていた。
その一人、希少鉱脈の一部を夜光から借り受けたライリーから、鋼の王は一つの発想を受け取っていたのだ。
それは内燃機関の概念。
アナザーアースではどのような魔像だろうと、そして機械式のオートマトンだろうと、根の動力源は魔力によって稼働していた。
しかし、意思を持ったドワーフ達とライリーが交流した際、ライリーが現実での知識をポロリと漏らしてしまったのだ。
魔力に寄らない動力源。
伝説級のハイドワーフであっても、魔法系統の称号を習得し難いドワーフにとって、動力源の根を魔力に頼らない内燃機関の概念は、大きく価値観をゆすぶられる異常事態であった。
その結果、ドワーフの職人たちは開発チームを結成し、内燃式の動力炉及び、それを使用した戦闘機械の開発に取り掛かったのである。
何しろ、この世界の主である夜光は、今『外』の世界で強大な敵と何度も戦って居る。
滅びの獣と呼ばれる敵は、彼らにとっても自慢のギガイアスを損傷させるなど、強大な力を持っているのだ、
その為、ドワーフとして何かできないかと職人たちが考えた末に、量産可能な大規模戦闘用兵器の開発へと至ったのであった。
なお燃焼しているのは炎の精霊石であり、夜光にとってもかなり貴重なモノなのだが、幸か不幸か皇都に向かっている今ドワーフ達の現状を知る由は無く……備蓄の激減に悲鳴の声を上げるのはかなり先の話となる。
それはさておき。
「もうちょいと慣らしたら、本格稼働と戦闘試験も始めないとなぁ」
「直に仕上がる2号機と摸擬戦でもするか?」
「いや、竜の長や巨人の長に掛け合ってイキの良い奴と試合わせてもらうってのはどうだ?」
「いきなり竜と巨人は飛び過ぎだろ!? ちいとばかし段階踏もうや」
「それより主砲の試し打ちだろ! 表に出てズガーン! とやろうぜ!」
「お前氷の女王に氷像にされたいのか!?」
職人たちが口々に今後の展望を語り、その長であるガハルゴスもまた熱く議論を繰り広げる。
日の光が届かない地底深くに在って、ドワーフの職人たちの議論は地熱のように果てしなく白熱していくのだった。