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章間 第5話 ~氷の女王の求めるモノ~

 夜光のマイフィールドの中心であるアクバーラ島の南東部は、険しい山々と氷河に覆われた氷雪地帯だ。

 此処には主に寒冷地や山岳に生息するモンスターの居住エリアとなっている。

 標高こそアクバーラ島中央を東西に横切る天嶮山脈に譲るが、山地としての広さや険しさではこちらの方が上であった。

 南東側の海側に見られる深い谷と入江は、夜光が現実でのフィヨルド地形を参考にしたものだ。

 氷河によって長年削られたと設定されたその地域では、町とはいかない小規模なNPCの集落が存在している。

 そこに住むのは、入江の民ヴァイキング。

 船を逆さにしたような舟屋と言われる住居に住み、入江特有の狭い農地では養えない民を船での遠征と略奪によって賄う猛き民だ。

 もっとも、夜光が作り上げたこの世界に移り住んでより後は、十分な収穫が得られるためもっぱら維持コストの闘争を行うためだけに船出するのだが。

 彼らが向かうのは、凶暴な海のモンスターが待ち受ける海域や、新たに出来た西の火山。時にはアクバーラ島の北方海の内海にまで出向き、強敵としか言いようのないモンスターと、血戦を繰り広げる。

 彼らは七曜神への信仰を独特の形で表し、闘争の果てに死ぬことで神々の守護神兵へと魂が昇華すると考えているのだ。

 だが同時に、もう一つ彼らが恐れ敬って居る存在があった。


 南東域の中心、周囲を凍てついた壁の如き山々に囲まれたそこに、一つの町がある。

 氷の精霊力に支配されたこの地に見合う、万年雪に覆われたその町。

 氷雪地帯の中でも、雪乙女(スノーメイデン)のような人形かつ高い知性を持つ者らが住まうそこは、中央に聳える白銀の城塞の城下町である。

 城塞の名は、氷の城。

 この南西氷雪地帯の支配者の居城であった。


「境界の霧が晴れたと報せを聞いたかと思えば、此度は『外』からの船だなんて。何が起きていると言うの……」


 海王よりの使者から伝えられ思案に沈むのは、水晶と見まごうばかりの氷の鎧を着こんだ、猛々しくも美麗な女性。

 玉座の傍に突き立つ絶凍の槍と盾が、彼女がただ玉座に座る女王以上に戦士であると告げていた。

 氷の女王、名をアレンデラ。

 モンスターとしての種は氷結女公(フロストダッチェス)であり、強力な氷の属性を操る氷界の支配者である。


「……いえ、こうなることもあり得るから、夜光様はご自分から未知の世界を調べに向かわれたのでしたね。流石は私の夜光様……」


 ほぅ、とばかりに物憂げな吐息が女王の口から洩れる。

 もっとも、その結果は恐るべきもの。

 漂った吐息が床に落ちると、そこから凄まじい勢いで牙のような氷の柱が聳え立ったのだ。

 もし仮にその場に誰かいたのならば、下から貫かれるか、もしくはその氷の柱に囚われていた事だろう。

 氷結女公は、その存在全てが強い氷の属性を帯びている。

 その為、触れる場所は全てこのように凍てつくか、更には無意識にでも強い力を籠めると、先の吐息のような氷柱が生成されてしまうのだ。

 これは同じ氷の属性を帯びる雪乙女(スノーメイデン)であっても影響を受け、雪山を棲み処とする雪猿獣(イエティ)でさえ耐え切れない寒さを呼ぶことから、『雪男が凍える』などという用語を生み出すほどの事態を引き起こす。

 特にこのアレンデラの場合、ある特定の条件が重なると、氷の属性が強まるのだ。

 その条件は、恋心。


「……ああ、夜光様。貴方様は今この瞬間も危険な外の世界で、貴方の世界を、この私を守る為に困難の中に身を置いているのですね」


 普通の人間であれば、想い人の姿を脳裏に描き零れる吐息は篤く熱を帯びたものとなるだろう。

 だが彼女、氷の女王アレンデラの場合、それがすべて氷の属性へと置き換わる。

 熱く熱く思いが募るたび、彼女の周囲は凍てついて行くのだ。


 元々現実で語られる雪女の伝承も、男女間の関係が深まる傾向で語られるもの。

 それを受けて、アナザーアースの雪乙女(スノーメイデン)やそれに類するモンスターは、恋愛面のイベントが多かったり、または異性の召喚術師称号のスキルでテイムし易い等の特徴を持っていた。

 アレンデラの場合、夜光が位階の低い頃に仲間にし、その後の成長の果てに今の強さに至った経緯を持つ。

 そもそも、夜光は常にゲーゼルグらを連れ歩いていたわけではない。

 もっとも頻度が高く、主要な仲間と位置付けてはいたが、完全な固定ではなくクエストの向き不向きによって、ある程度キャラの中から選んで連れていたのだ。

 特にアクバーラ島各領域の支配者モンスターは、多かれ少なかれ夜光のパーティーモンスターとして連れまわされた事がある。

 今だ一度も連れられていないのは、最後の数か月でも末の方にテイムされた七曜神や七大魔王、そして炎の巨人の王位のものだろう。

 であるが為、氷の女王アレンデラもまた、ゲーゼルグらと同じように夜光と共に冒険した記憶を持っている。

 その結果、夜光の仲間、それも女性陣と同様の感情を抱くに至ったのだった。


「ええ、判っていますわ、私も夜光様がお望みになるように、しっかりとこの地を治めて見せます。ですから、どうかわたくしもまたお傍に……!!」


 そもそも、種族としての氷結女公(フロストダッチェス)は、氷の属性を活かした魔法攻撃を得意とする、どちらかと言えば後衛的モンスターだ。

 氷の属性そのものが強力な防御であるため前衛も出来なくはないが、その広範囲に影響を及ぼす属性攻撃は後衛向きだと言える。

 それが身に着けた氷雪の守護鎧や玉座の傍らの絶凍の槍と盾が示す通り、戦士系統の称号を取得しているかと言えば、夜光がそのように育てたから。

 つまりアレンデラもまた、夜光に比較的重用されたモンスターなのだ。

 その彼女がゲーゼルグらと同じように外に連れ出されないかと言えば、大きく二つの理由がある。


 一つは、彼女が領域の支配者という事だ。

 夜光がマイフィールド内各エリアに支配者的モンスターを置いているのは、明確な理由がある。

 上位のモンスターは配置することで一定内のモンスターの配置コストや維持コストを軽減できるのだ。

 これは一種の統治能力の表れとされ、知性が高かったり、主のように振る舞う習性を持つモンスターが持ち合わせていた。

 南東氷雪地帯は、範囲も広くまた高山を棲み処とするモンスター、また前述のフィヨルド地形に住むモンスターやNPCなど数が多い。

 また山地の地下には複雑長大なドワーフの坑道が縦横無尽に走っている。その大半は地下の最奥に位置するドワーフの職人街の職人長、通称鋼の王が取りまとめているが、地表寄りの幾らかは彼女アレンデラの影響の範疇であった。

 つまり、安易に動かすとマイフィールド内の維持コストなどが跳ね上がり、供給される維持コスト用の資源を上回る可能性があるのだ。

 現状マイフィールド外から維持コスト用のアイテムを手に入れるのは容易い事ではないため、夜光も支配階級のモンスターは簡単に動かせないのだった。


 もう一つは、召喚コストの問題。

 今現在夜光が連れている仲間モンスターは、世界が実体化した後に『緊急召喚』で呼び出された者たちだ。

 『緊急召喚』は、召喚術師系統の称号持ちが習得できる魔法で、仲間を未召喚の時に戦闘状態となりHPが50%を下回った場合に自動発動し、最後にパーティーを組んでいた仲間モンスターを召喚コスト無しに呼び出す効果がある。

 これによりゲーゼルグらは呼び出されたわけだが、本来召喚コストというのは自身より上の位階を呼び出す際非常に重いコストを要求される。

 それはMPだけで足りない場合は代わりにスタミナやHPも強制的に消費されるため、少なくとも皇都に向かう前の中級までしか至っていない夜光では、各領域を任せた主的モンスターを呼び出す事が不可能であったのだ。


 それらの事情を分かっているため、氷の女王アレンデラもまた、現状を維持するより他ない。

 しかし、『外』からの船の到来という事態が、彼女の我慢に亀裂を入れつつあった。


「ああ、不安です恐ろしいです、夜光様!この不安を打ち消すには夜光様のぬくもりをまた感じさせてくださいませ。夜光様のその瞳で私を見つめてくださいませ。出来得るならば二人っきりがいいですわああそうね他の者など必要ありませんわそうよあの砂漠の干物女なんであの女の領域が夜光様の座所の隣なのかしら許せないわああでも万魔殿より最も遠い此処は『外』からの船が来た通りに守りの要なのですねでしたらここを任せられることこそ信頼の証あの干物女には任せられないと言う事ね夜光様ぁぁぁぁ!!!」


 目を開いているのに一切何も見ていない瞳で、虚空に敬愛する主である夜光の姿を見ながら延々と内心を羅列するアレンデラ。

 彼女は、同じ女王と呼ばれる『ファラオ』ネフェル・イオシスに強烈なライバル心を抱いているのだった。

 支配者としての配置先が、片や夜光の本拠である万魔殿の隣、片や万魔殿から最も遠い領域となったのが原因である。

 また複数の亜神を習合し光と闇そして炎をの属性を操るイオシスと、氷の属性特化のアレンデラ。

 反目する属性と同時に相手の属性の多彩さも嫉妬の対象となり、いっそ普段から夜光に付き従うリムスティアら女性陣よりも明確に敵視しているのだった。

 そしてもう一つ。彼女にとっての望み。


「……私に触れ、ぬくもりを与えてくれるのは、貴方様だけなのです、夜光様……」


 アナザーアースの召喚者は、テイムモンスターからの攻撃を無効化し、悪影響を受けないと言う特性がある。

 これは時と場合により例外が発生するのだが、氷結女公の氷属性の影響の場合、その一切の影響を召喚者は受けないのだ。

 つまり、誰もが触れ得ぬ彼女に唯一触れられる者こそ、夜光なのだった。

 氷の女王は、思い慕う主への感情を溢れさせながら、内心は冷徹に今後の対応を思案する。

 それこそが、再び望むぬくもりを得られる最短の道だと知っているがゆえに。


 尚、氷の城の玉座の間は、この時点で氷柱立ち並ぶ、まさしく氷結地獄と成り果てているのだが……。

 氷の女王がそれらに気が付くのは、かなり先の話である。

刊行日に向けて連日連続更新中です。

地域によっては、書店に並び始めたりするのでしょうか……。

ともあれ、15日の刊行日に向けて、宣伝も兼ねて更新を続けていきます。

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