章間 第3話 ~炎の長とその闘争~
夜光のマイフィールド、その南方に位置し、時折黒煙を噴き上げるバルカノ火山は、最も新しく設定された領域である。
これは、アナザーアースが終了するほんの数か月前に作られた為だ。
テイム可能なモンスターを全て網羅する……夜光がその目標を掲げた際に、自身のマイフィールドを見回して炎属性の、火山帯のモンスターの居住に向く環境が欠けていると気付いたのだ。
夜光はそれまでにも炎属性のモンスターをテイムしていたのだが、それは悪魔の系統であったり、または精霊に近い者であったりと、魔界や精霊界の方が配置に適性がある者ばかりであったのだ。
特に魔界において、憤怒の魔王の系統の領域は炎にまつわるモノを配置するに程々の相性で、全身を炎に包んだような魔獣などはそこに配置していたのだ。
しかし、最後の数か月においてテイムした中でもひときわ強力な集団が事情を変えた。
炎の巨人、スルトとその部族達である。
彼らは巨人てあり、また一部族という事で相応の数が居たが為に、既存の炎の領域では収まりきらなかったのだ。
そもそも巨人というのは個々が巨躯であり、その分要求される領域、居住空間は広く求められる。
その為、夜光は自身のマイフィールドに、新しく炎の属性の領域を作り上げた。
それがバルカノ火山だ。
アクバーラ島南側は、大きく弧を描いた湾であり、比較的スペースに余裕があった。
そこで南西の樹海から伸びた半島の先で海底噴火があったと設定しつつ、火山を作り上げたのだ。
バルカノ火山はその火口に溶岩池を常にたたえ、そこから溶岩流が海に向かって流れ落ちるほど活発な活火山として設定されている。
およそ通常の生物では居住に向かない過酷な環境なのだが、溶岩に潜む溶熱鰐や噴火魚といった溶岩の中で生きる様なモンスターにとっては、絶好の環境だと言えた。
そしてなにより炎の巨人族だ。
彼らの為に用意されたと言えるバルカノ火山は、まさしく理想的な住居と言える。
実際、この火山は彼らが以前棲み処としていたガラルド山に似せて作られ、同時にさらに根本的な故郷である炎熱の国に近い環境を再現しているのだ。
そんな住居を得た炎の巨人族達は、今日も旺盛に活動していた。
すなわち、闘争である。
「グハハハ! 良いぞ! もっとかかってくるがいい!!」
火山の西側、森に包まれた半島との境目で、機嫌よく炎の魔剣を振るうのは、炎の巨人の王、スルトだ。
このマイフィールドの主であり万魔の主である夜光に従ってから、そしてその身体に実体が伴ってからも、巨人の王は絶好調であった。
そも炎の巨人は闘争好きである。
テイムした後も、常に闘争が続けられる環境に無ければ、維持が不可能という特性。
要は内から湧き出る闘争本能を満たせなければ、彼らは自壊するのだ。
故に戦う。理由など後からついてくる。
特にスルトは夜光の元に降ってから、充実した日々を過ごしていた。
それまでは、部族の長としてその存続と、部族の規模に対して狭い棲み処への対応など、要らぬ懸念ばかりに縛られ、己が衝動に身を任せる事さえできなかったのだ。
だが、夜光に降ってからはそういった煩わしき事柄から解放され、只の一人の戦士として戦いに身を投じ、闘争に興じ得る。
何より、闘争相手に事欠かないのが実に良い。
今もそうだ。
「ええい、このデカブツが! いい加減にせぬか!!」
火山と半島の境、そこに矢の豪雨が降り注いでいた。
火山の側から押し寄せる炎の巨人の軍。それを迎え撃つのは、森の守護者たちだ。
巨人の巨躯を真正面から押しとどめる、古樹翁の群れ。
上位の炎の巨人が投げつける豪炎を、湖乙女が生み出した水球が迎え撃ち消し止める。
なにより、ひときわ巨大な古樹翁の肩に乗るハイエルフの射撃が抜きんでている。
先に述べられた矢の豪雨、それはこの一人のハイエルフが為した絶技であった。
ただでさえ巨人の分厚い皮膚をも貫く強弓使いが放つ必殺の矢が、嵐の中の雨の波の如く押し寄せるのだ。
これには下位の巨人では数瞬で斃れ、炎の精霊力で矢のいくらかを燃やし得る上位の炎の巨人でさえも足を止めるより無くなる。
そんな中で嬉々として射手へと向かうのが、スルトであった。
「見事! 見事!! 見事!!! 海王も良いがそなたも強敵ぞ!! さぁ、此度も存分に死合おうぞ!!」
「この戦狂いが!! 迷惑というのだ!! 同じ戦狂い同士、海王とのみ戯れておればよい物を!!」
矢の豪雨を、只の雨風程度とその中を突き進み、炎を纏った両手剣を振り下ろすスルト。
だが、件のハイエルフ、森の主と呼ばれる英雄は、自ら呼び出した古樹翁を巧みに操り、暴虐の一撃を巧みにかわす。
返しとばかりに放たれたのは、光の矢。
これまでが絶技とは言え物理的な矢の嵐とするならば、コレは必滅の魔力が込められ物理を超越する矢の形をした死であった。
矢であればスルトの纏う炎の精霊力に耐え切れずその身に届く前に焼滅する所を、光の矢は幾らかの減衰は在るものの貫き得る。
流石に光の矢は豪雨というほどの飽和射撃は出来ないらしく、精々が一度に10に足らない本数を放つのみ。
しかしその軌跡は常軌を逸している。
まるで生きているかのように空中を曲がりうねりスルトの急所へと飛来するそれは、いっそ宙を這う光の蛇とも言えるモノ。
だがスルトもまた尋常ではない。巨躯に合わぬ目に留まらぬ剣技にてその大半を叩き落してのける。
それでも一本潜り抜けた光の蛇が左上腕に突き刺さり、弾けて大きく肉を抉り取った。
恐るべき威力であり、仮に急所に突き刺さろうものなら、巨大なスルトであろうとも死が見えるだろう。
「良い! それでこそと言うもの!!」
「少しは堪えろと言うのだこのデカブツが! いい加減引くがいい!!」
しかし意に介せず、むしろ嬉々として戦意を滾らせるスルトに、森の主ギリスブレシルはウンザリしながら激高するという、ある意味の器用さを発揮する羽目となって居た。
何しろ、同様のやり取りは幾度となく繰り返されているのだ。
時には、互いのどちらか、時には互いに命を落とすこともあった。
しかしこの配置コストで自動的に発生する戦闘は、その度に蘇生魔法で復活するという処置が為されるため、終わりというものがないのだ。
闘争が騒動として設定されている炎の巨人族はともかく、それに付き合わされる森林地帯の者達にとっては、いい迷惑というより他ないだろう。
とはいえ、炎の巨人族を配置したのは意志はともかく実体が存在しなかったアナザーアース終了前の話であり、夜光もここまで森の主が苦労する事になるとは考えていなかったのだが。
森林地帯の横に配置したのは、植物系モンスターは再生力が強いため、炎の巨人族の維持コストとしての戦闘が発生しても、対応可能だろうと言う算段があったためだ。
また、バルカノ火山の東側の海底には、海洋系モンスターの本拠地である海底宮がある。
海洋系モンスターは地上戦を不得手としているが、水中戦に引き込めば炎系に対して圧倒的に優位に立てる。
再生力に優れる森林系モンスターと海洋系モンスターで炎系モンスターを挟み込む配置は、抑止という意味で理にかなって居ると言えた。
事実、今回もまた、戦いが終わろうとしていた。
火山の裾野の森の一部は焼け落ちたが、既にそれらの灰から新たなる芽吹きが始まっている。
押し寄せていた炎の巨人隊は、大半が既に撤退済みであり、森の軍勢も再生を担う者たちが残るばかり。
戦いを続けているのは、殿として残ったスルトとそれを抑えるギリスブレシルのみ。
そして、その最後の戦いも、痛み分けに終わろうとしていた。
全身彼方此方を光の矢で貫かれ穿たれたスルトは、大剣を杖代わりに大きく肩で息をしている。
対してギリスブレシルもまた、足場と接近戦に対応するために呼び出した古樹翁を燃やし尽くされ、光の矢を放つ魔力も底をついていた。
こうなっては、互いに決定力も無く、只引くより他ない。
巨人とハイエルフ、体格差を超えてにらみ合った両者。
おもむろに口を開いたのは森の主だった。
「……境界の霧が晴れたのは知っているか、巨人の王」
「承知して居る。祈祷師が告げた故な……嵐が来るであろう」
平然と答える巨人の王に、森の主は眉根をひそめる。
「知っているのなら、少しは備えるなり、大人しくするものだ」
「性分故な。何より嵐が来るのならば、真なる闘争がもたらされよう。それを思うと、逸る気を抑えられぬ」
「付き合わされるこの身は迷惑なのだがな!?」
悲鳴にも似た声を上げるギリスブレシルに、スルトは楽し気に見下ろす。
「その割に、楽し気であったぞ?」
「………デカブツが」
呻くように一言漏らした森の王。
そこで話は終わりとばかり、炎の巨人の長であるスルトは踵を返した。
これでしばらくは、闘争本能を抑えられるだろうと。
そして、この世界に迫る嵐に思いをはせる。
願わくば、この様な遊戯めいた闘争ではなく、真なる闘争がもたらされることを。
書籍化刊行記念で連日投稿中です。
予約投稿するつもりが、書き上げた時点で寝落ちしていました……