表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/242

第30話 ~皇王と侍従長~

 例えば日中とにかく忙しくて、散々動き回った後というのは、どうしても頭の働きが悪くってしまう者だと思う。

 特に僕の今のこの身体は、成長期前の子供のもの。

 位階が上がったおかげである程度体力はついているけれど、疲労耐性ともいうべきスタミナの値は、後衛職という事もあってあまり高くない。

 だから、そう。

 <貪欲>との一戦で疲れ果てているときに、突然一国の王様の前に全く心構え無く連れていかれても、


「ほへ?」


 なんて気の抜けた声しか出せなくても仕方ないと思うのだ。

 だけど、状況はそんなこと言って居られない。


「あ、いや、何で……?」


 急いで鈍った脳みそを叩き起こし、状況把握に専念する。

 まず、此処は何処だ?

 少なくともほんの数分前には、僕は地下水路を歩いていた筈。

 だけどある瞬間、一歩踏み出したら、やたらと豪華な部屋に足を踏み入れていた。

 この世界は基本的にろうそくやランプ程度の光源なのに、この部屋は余りにも明るい。

 『門』の中の魔法の照明や調度品が放つ光で満ちているようだ。

 僕も万魔殿という本拠地や、相応の格を持ったモンスターの拠点用に質の高い家具などを配置してきたからわかる。

 この部屋にある家具や調度品、更には部屋の作りそのものが、どれも関屋さんのような伝説級のクラフター系称号持ちが作り上げたのだと。

 ……つまり、一国の王が過ごすのに問題ない部屋だと言う事。

 更には

 そこまで考えて、背筋に走る冷たいものと、血の気が引く感覚に襲われながら、僕は跪いた。


「こ、これは御無礼を……」


 そう、目の前に居るのは、この国の王に間違いない。

 皇王ヒュペリオン。

 御前会議でも見かけたその姿を見間違えるわけが無い。

 噂では色々聞いていたし、僕が調べた範疇でもこの世界の人物とは思えない逸話ばかり聞こえて来た。

 フェルン候が成長促進剤(ジャンプポーション)を使ってかトンデモない位階に上っていたのと同じように、目の前の人物もそれに匹敵する存在感を放っている。

 仮に影武者だとしても、こんな圧を放てるのはただ者じゃない。

 座っているのはただ品の良い椅子で、服装も動きやすさを重視しているのか皇王とは思えないほどラフな姿だけど、その分服装で補強されない素の存在感と言うものがあった。

 僕は礼儀作法に詳しいとは言えないけれど、こんなヒトを前にして、何とかそれらしく出来ているだろうか?

 そこでふと、同行しているはずのリムやここのの事を思い出す。

 僕を価値観の至上に置いているようなあの二人に、今の僕の姿を見せるのは不味いのでは?

 そう思い密かに背後を確認したけれど、そこには誰も居なかった。


「すまない。貴方だけ呼ばせてもらった。陛下の御前に立たせるに、貴方のしもべは向いて居ないからな」


 皇王の横からの声は、レディ・スナークのものだ。

 そうだ、僕を誘導していたのは彼女。

 アナザーアースにおける斥候や暗殺者の頂点に立つ彼女なら、いっそ幻術と言っていいような手腕で僕だけ特定の場所に連れ帰ると言うのも容易く行えるのだろう。

 同時に状況からして、スナークは皇王と面識がある。

 恐らくは、僕に合うよりも先に。

 つまり、彼女が以前僕らに語った経歴は恐らく偽りで、当初から()()()()だったわけだ。

 そして別の声も。


「ああ、慣れぬ礼は良い、面を上げよ。この場に居る余は皇王ではないのでな、楽にしてよい。そこな二人と同じようにな」

「だ、そうだぞ、夜光。お前さんも急に連れられて来たから混乱してるだろうが、落ち着けよ」

「そうだぜ? それに、俺に比べたらマシだと思うぜ? こっちはいきなり皇城で捕まったからな」


 先の名乗りから皇王その人の声はわかるとして、この声は、ライリーさんとアルベルトさん?

 驚いて左右を見ると、二人とも品の良いソファーに座っていた。

 どうやら二人とも僕より先にここに来たようだ。


「おまけに、ゼフィロートは事が終わった途端に姿消したから、相棒と俺だけ捕まったんだぜ? 相棒が本気出せば切り抜けられなくは無かったけど、皇城で暴れたらフェルンの殿様にも悪いしな」

「こっちも事が済んで通常空間に戻ったら即拘束されちまってな? 異邦人部隊が出払ってるとかフカシにも程があるってな。俺達どうやらズッと泳がされていたみたいだぜ?」


 二人とも、普段連れている相方のヴァレアスとメルティが居ない。

 恐らく僕の仲間と同じように引き離されているのだろう。

 無理もない、片や真の姿を現せば巨大なドラゴン、そして片や何が仕込まれているかもわからないメイド型人形だ。皇王の前に連れてくるには問題があるのも分かる。

 同時に二人の態度から、どちらも危機的な状況に無いと言うのも察する事も出来た。

 僕は言われるとおりに顔を上げる。


「……わかりました。僕は、夜光と申します、皇王陛下」

「ヒュペリオンで良い、ヤコウとやら。そなたらの事はそこなスナークを始めとした多くの者より聞き及んでおる」


 それは、どういう内容なのだろうか?

 正直に言えば、僕はこの国に対してかなり後ろめたい事をやっている。

 情報収集用に普段は非実体化状態になって居る無数の下級天使を放っているのは、普段無害とは言えかなり質が悪い行いだろう。

 『プレイヤー』である正体を隠して、傭兵名目で活動しているのもそうだ。

 他にもフェルン候の元のゼルグスなど、素性を隠して活動させているモンスターが幾らか。

 ……ああ、そういえば僕のマイフィールドの調査に来たブリアン達調査隊へ精神魔法を施したのもあったっけ。

 どれも見方によってはこの国への敵対行為と取られても仕方ない。

 だけど、こうして皇王自ら直接僕らに会うと言う事は、単に非を問いただすと言うわけではないのだろう。

 もしそうならライリーさん達を同席させている必要もない。

 その予想は正しかったみたいだ。


「まずは賞賛せねばなるまい。そなたらの働きで、我が庭である皇都の安寧は守られたのだからな」

「もったいない、お言葉です」


 皇王自らの賞賛の言葉に、ユニオンリーダーである僕が代表して応える。

 実際今回の<貪欲>の一件は、複数個所で同時に、それも伝説級基準の強さのモンスターが暴れていただけに、対処を間違えたら大変なことになっていたと思う。

 それを食い止めたとなると、この皇都の持ち主ともいえる皇王が労うのは理解できる。

 もちろん光栄に思うべきなんだろうけど、公にできる案件なら謁見室とかで公表するのだろう。

 だから僕らのようなイレギュラーな存在である『プレイヤー』は、こういう明らかに秘匿された部屋で対処してるのか。

 少数で呼び出すのも、スナークを護衛にしていればたとえ暴れられても容易く制圧できると言う計算もあるのだろう。

 それに、この場には他にも護衛らしき人物がいる。


「よもや、王家所蔵の秘宝の一つが飛んだ厄物であるとは」

「いやいや陛下、私は前々から言っていたじゃないですか。妙な宝石があるから処分しようって」


 心底意外そうにつぶやく皇王に、全く物おじせずに言い放つ傍仕えらしき人物。

 皇王に向かって遠慮のない物言いは、他に臣下らしき者が居ないからこそ咎められないのだと察せられるけれど、同時にかなり親しくなければあり得ない。


(何者だろう? ただの側近にしては……それにこの場に居るって事は、万が一僕らが暴れても対処できる実力があるんだろうし……)


 そう訝しむ僕の視線に気付いたのか、傍仕えらしき人物は僕に視線を向けた。


「ああ、私の事は気にしないでください。侍従長ではありますが、所詮は形だけですし、居ないものと扱ってくれれば」

「そういうわけにもいかぬだろう。余の覇業はそなた無しには語れぬ。何より、同郷であろう?」

「……同郷? するってことは……」


 皇王と側近、その二人の気の置けない会話だけど、どうにも聞き逃せない単語が聞こえる。

 思わず零れたライリーさんの呟きに、その侍従長という人物は、僕らに対して一礼した。


「申し遅れました。私、こう見えてこの国の侍従長を務めて居ます、カタギリと申します。皆さんと同じ『プレイヤー』、この国で言う異邦人ですよ」

「それだけでは足りまい。この国における異邦人の一人目であるのだからな」


 カタギリと名乗った人物。

 服装は、装飾が少ないながらも仕立ての良い高級な執事服といった感じだ。

 見た目こそこの国でも多いブラウンの髪色。日に焼けて居ないのは侍従長というのが皇城の中での働きばかりだからだろう。

 言われるまでは物言いはともかくプレイヤーと判断つかなかったのは、この人も何らかの隠蔽技術を盛って居るからなのだろう。

 ただ、その風貌はどこかで見たような気がする。何処だったかな……?

 あと少しで思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさの中、アルベルトさんが訝し気に問いかけた。


「一人目……?」

「ええ、もう10年ほど前になりますか」


 カタギリ侍従長の言葉に、この国の成り立ち、つまり依然僕のマイフィールドを調査しに来た衛視のブリアンから聞き出した内容を思い出す。

 ほんの10年前まで、この国はもっと版図が狭く、更には皇国ではなく王国を名乗っていたと。

 その転換点こそ、王宮に現れた光る『門』、そしてその中の数々の魔法の品だったと。


「もしかして、この国で一番初めに現れた、王宮の庭に現れた『門』というのは……?」

「ええ、私のマイルームへの転移門ですねぇ」


 どこか懐かしそうに語るカタギリさんと、それを見る皇王ヒュペリオン。

 つまりこの国が力を持ったのは、カタギリさんの『門』の中の力を早々に手に入れたから、という事なのか。

 『門』の技術を基に皇国は独自にこの世界では破格の性能を持つ装備品のコピーなども作り出しているので、カタギリさんはまさしく皇国躍進の立役者なのだろう。

 それは皇王自ら側近に取り立てるのも無理はない。

 そうやって観察していると、気付いたことが有った。


「ところで、私は毎回異邦人に聞いていることが有って、君たちも知ってたら教えて欲しいんだけどね」

「うん? なんだ? デフォ設定のおっさん」


 そう、アルベルトさんの言う通りに、このカタギリさんの顔、どこかで見たと思ったら、『アナザーアース』で人間種を選んだ際の男性のデフォルト設定の顔そのままなのだ。

 よくムービーなどで冒険者として紹介される基本形。

 顔立ちは何パターンかあるけれど、その中でもパターン1、一番平凡な顔として設定されて、一切調整しないときの顔こそカタギリさんの顔なのだ。

 そうそう、よくデフォ顔とか、元スタッフの名前からを取って『あきお』とかよばれていたっけ。

 プレイヤーは、各拡張セットのオープニングムービーでボスなどと戦わされる彼の事を「またあきおが無茶振りされてる」なんて言って居たものだった。

 同時に、彼に関して有名な話ががもう一つある。

 それは……。


「やっぱり私は、『片桐明雄』は、死んだことになってるのかい?」


 ムービーなどで活躍する『あきお』が、元スタッフの名前から取られている理由、それは追悼の意味もある。

 『アナザーアース』開発者の一人だった彼は、正式発売直後に帰らぬ人となったのだから。

書籍化作業はほぼ完了して居まして最終段階です。

Web版と同じくキャラ紹介のページも挿絵付きで仕上がってきています。

初公開のステータス表記もあるので、お楽しみいただけるかと…


また追加情報公開の許可が下り次第公開しますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ