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第28話 ~欲を貫く一刺し~

「ちょっと冷や冷やしたな…」

「えっ!? あっ……ミロード!? 大丈夫ですの!?」

「主様が潰されたか思うて、一瞬気が遠なったわ……」

「匂いで御主人様じゃないとは分かっても、心臓に悪いですわ」


 目の前に出来上がった大穴と、そこで血の花を咲かせる肉塊を見て、僕は顔をしかめていた。

 皆も目の前の血だまりと肉片で勘違いしたみたいだけど、どうにも気分のいい光景じゃない。

 もし皇都に来る前の僕に拳が直撃していたら、サイズ差補正からくる割合ダメージで、僕は肉塊になって居ただろう。

 それに、マリィが張り巡らせていた障壁を割られたのには驚かされたし、振り下ろされた拳を避ける余裕は無かった。皆の中心が僕であると見抜かれて狙われたことに驚いたのもある。


 MMOであるアナザーアースでは、敵愾心(ヘイト)という形でモンスターの攻撃対象を強固なタンク役に誘導するのが基本戦術だったけれど、ある程度の知性を持つ場合はその限りではなくなるみたいだ。

 実際、もしあの竜人肉像(フレッシュドラゴニア)が敵愾心に沿った行動をっていたなら、攻撃は僕ではなく長くこの場で戦闘していたゼルや防護障壁を張るマリィに向けられたはずだ。


 とはいえ、アナザーアースにも敵愾心(ヘイト)なんて関係ない状況は幾つかあった。

 対象を無差別に襲う性質のあるモンスターもいたし、一部のボスは壁役(タンク)称号の攻撃誘導スキルさえ無視する行動を取ったりする。

 そしてもっと判り易いのはPvP、つまりプレイヤー同士の対戦だ。

 アナザーアースではプレイヤーキラー、つまり他のプレイヤーへの攻撃行動が可能だったし、それを利用して野盗めいたロールプレイが可能だった。

 もっともPvPは人を選ぶし、先行プレイヤーが初心者を狩る様な状況はゲームの運営としても避けたかったのか、明確に区切られた特定のフィールドのみ可能な仕様だったけれど。

 他にも申し合わせての決闘や、大規模戦闘用の空間を展開しての軍隊同士のぶつかり合いを楽しめるコンテンツも存在していた。

 そういった状況では、所謂敵愾心を集めるスキル持ちの壁役をかいくぐり、状況を指揮して味方に多大なバフを駆ける指揮官や大規模な攻撃を行う砲台役などを優先的に狙わなければ、味方部隊は大きな被害を受ける事になる。

 実際軍団指揮官系の称号には、相手の集団の中でそういった危険な存在を見分けられるスキルや逆に相手からのそういった看破スキルに対する隠蔽スキルもあるので、軍団同士をぶつけ合わせる際には必須だった。


 この場合も、僕はこの場に来ただけで何も行動していないにも関わらず、この場の中心と判断されたわけだ。

 つまりあの人肉の竜人は、高い知恵を持っているか、もしくは<貪欲>の意識があるか、とという事になる。


「御館様、肝が冷えたで御座るよ」

「ああ、うん。大丈夫。ちょっと焦ったけどね。精霊界でのレベリングで色々試しておいて良かったよ」


 黒炎のブラインドで僕への攻撃をカバーできなかったゼルが焦っているけれど、これはまぁ向こうが上手だっただけで仕方ない。

 それに、僕も準上級への位階上昇とその過程のレベリングで、大分使えるスキルや魔法を取り戻せて来てる。

 今のもその一つだ。

 魔法系準上級称号で共通習得できる、相手の範囲攻撃を回避するための瞬間短距離転移魔法<瞬動跳躍(バックリープ)>。

 効果は瞬間的に後方へ一定距離移動するというもの。

 これは軽戦士系の称号で覚えられる、同じく後方への移動スキルである<バックステップ>を魔法的に再現したものとされていた。

 軽戦士系のバックステップは下級位階でも覚えられるのに対して<瞬動跳躍>が準上級である理由は、クールタイム中以外にダメージ判定が発生する場合に、無効化しつつ強制発動する点。

 つまり、常時発動型の確定回避魔法になるのだ。とはいえ、コレも万能じゃない。

 広範囲のブレスのような一定距離の移動先も攻撃範囲に入っている場合は無効化できないし、同系統の移動魔法と比べても、消費MPが多めというデメリットもある。

 あとは、移動封じの効果がある特殊なフィールドでは発動そのものが封じられるし、後方にそもそも空間が必要という根本的な仕様も存在する。

 もっとも、増えた防御手段はそれだけじゃないし、槍使い達に殺された反省で装備面も対策してあった。

 少なくとも今の僕なら、目の前の人肉の竜人に何度か殴られても耐えきるだけの準備はある。


「なら、あの血は一体?」

「あれは、ある種の自滅だね。ほら、アレの手を見ればわかるよ」


 僕の指摘に皆が視線を向けた先、竜人肉像の振り下ろした方の拳は、無残に潰れていた。

 その拳を構成していたのは、この場で石化されていた人々だ。

 石畳に叩きつけられた衝撃は、その身体を構成する被害者たちを容赦なく傷つけていた。

 もっとも、その傷は修復されていく。

 見れば、石畳に広がった血肉が映像を逆再生するように本体へと戻り、拳を再生していった。


人肉魔像(フレッシュゴーレム)は再生能力の付与がデフォルトでつけられてるのが多いから、これにもつけられてるのか。厄介だなぁ)


 アナザーアースでの人肉魔像の特徴を思い出し、僕は内心顔をしかめる。

 身体を構成する()()を維持する目的でもあるのか、人肉魔像は強力な再生能力を持つことが多かった。

 同時に高い耐久性と体格からくる破壊力は、その生理的嫌悪を抱かせるデザインも併せて厄介なモンスターとしてプレイヤーに避けられる傾向があった。

 この竜人肉像も、それを踏襲しているらしい。

 もっとも、以前の瓦礫の巨人のような身体を構成している部品を砲弾にするほどの力は無いみたいだ。

 多分体を構成する部品を大雑把にしか動かせなくなっているんじゃないかと、僕は予想する。

 それに、必殺のつもりで放った拳を僕が避けたことで、向こうも警戒して居るらしい。

 ゼル達が僕を守るようにフォーメーションを組みなおした今、再度の攻撃を諦めこちらの様子をうかがうようなそぶりを見せていた。

 その隙に僕も相手を如何に攻略するか思考を巡らせる。


(問題は、身体を構成してる人たちだ。単純な戦力面なら僕達はあの巨人を簡単に倒せる。だけど、事後処理の事を考えるとあの身体を構成する人たちは極力助け出す必要がある。どうしたものかな……)


 事がここまで大きくなってしまった以上、何も無かったでは済まなくなっているのは確かだ。

 だけど、最悪以前僕のマイフィールドに来た探索部隊のようにこの結界内の人々に精神魔法での記憶処理を施せばある程度隠蔽は出来ると思う。

 だけどそれには被害者は最低限である必要がある。

 となると伝説級の皆の力をフルに使うのは、どうにも望ましくない。

 できれば、あの魔像の中心に居るはずの、<貪欲>が宿ったと想定される存在、ゼルグスの顔をして、黒玉に浸食されていたあの男だけをピンポイントに斃す方法が欲しい。

 だけどこの場にそんな力の持ち主は……。


「あっ!」

「ん? なにか?」


 思案しながら周囲に視線を巡らせて、僕は在る一人に目を止める。

 そうだ、この場にはうってつけの存在が居るじゃないか。



「瞬間召喚、黒煙魔人!」

(!?)


 頭目とみられる子供を仕留めそこない、攻めあぐねていた<貪欲>は、その子供の行動に警戒した。

 先ほどから手にしていた魔本を使用しての召喚。

 状況からして、<貪欲>操るこの身体の対抗策であろう。

 魔本から溢れる様に吹き上がった黒煙が次第に形を成すと、竜人肉像に匹敵する体格の黒肌の巨人となってゆく。

 だが、<貪欲>もそれが形になるのをみすみすと見過ごしはしない。


(動き出す前に、叩き潰す!)


 召喚主は既に強力な魔物達に守られ、用意に手出しできないが、呼び出されつつあるモノは別だ。

 むしろ同程度の体格である分力を振るいやすくまである。

 同時に振るわれた巨腕が、定かになりつつあったモノを容易く爆散させていた。


(……いや、何だ? このまとわりつく黒煙は?)


 だが、爆散したように見えた黒肌の巨人の身体は、元の黒煙のようになると竜人肉像の腕にまとわりつき、次第に逞しい腕へと変化していった。

 更には、一度は散らされたはずの身体も、次第に逞しい巨人の身体へと集まっていく。

 いつしか竜人肉像は、呼び出された黒肌の巨人にガッシリと組みつかれていた。


 <黒煙魔人>とは、大分類的には精霊族の一種。位階としては準上級にあたり、精霊という括りでは比較的下位の部類になる。

 その特徴は、その身体を黒煙のような黒い気体に変化できると言うものだ。

 これにより狭い隙間でも自由に動けるなど巨人の中でも行動の自由が利き、更には黒煙状態で暗闇に潜み不意打ちなども仕掛けてくる厄介なモンスターでもあった。

 特に恐ろしいのは、気体状態で相手を包む攻撃方法だ。火事の際に黒煙を吸い込み昏倒するのと同様の効果があるこの攻撃は、気絶と即死の状態異常に耐性が無い限り大ダメージを受ける事になる。

 そういった攻撃が通じない場合でも、身体の一部で相手の視界を覆い命中や回避判定へのデバフや、黒煙状態から実体化することで相手を瞬時に拘束すると言う特殊能力など、駆け出しの冒険者では全く太刀打ちできない驚異的なモンスターであるとされた。

 そして、召喚術師系の<称号>でこの黒煙魔人を呼び出した場合、呼吸する相手へ限定の割合ダメージ、もしくは相手の一定時間の拘束といった効果を発生させる。

 この場合、<貪欲>及び竜人肉像にはダメージが発生せず、拘束効果が発生していた。


(この身体をおさえるのが目的か? なら何か強力な魔術でも使うつもりか?)


 黒煙魔人の力は相応に強く、また振り払おうと巨腕を振るっても、空気を手で押すように手ごたえが無く抜け出せない。

 しかし、相手も拘束するだけで済ませるはずもないだろう。

 あの中心となる子供は先ほどから強力な召喚術を操る術者と知れた。

 なら拘束する間に何か強力な魔術でも準備しているだろう。

 だが、拘束されたところで、<貪欲>はさほど困らない。

 今は組みつかれているものの、竜人肉像もまた、周囲にあった人体をより合わせ作り上げた<貪欲>の仮初の身体に過ぎない。

 要は一旦構成する肉体を崩し、ぬけだせばよいのだ。

 もしくは、


(足止めをしたいならさせればよいのだ。この身さえ助かるならば)


 拘束された肉の鎧を捨て、現状の<貪欲>の核である黒玉のみ抜け出しても良い。

 そもそも、<貪欲>にとって追い込まれたこの状況からの立て直しこそ最優先。

 目の前の厄介な者たちを排除できなくとも、この場さえ乗り切れば己の身体になるモノを増やし立て直せるのだ。

 幸い今乗っ取っている身体の記憶から、都合のいい退避経路を抜き出してある。

 この身体がこの場にくる際に使用した地下水路の入口は、直ぐ近くに存在していた。

 このまま、この肉の鎧で相手の意識を引き付け、相手が引き起こす大技に紛れ逃げおおせれば……。


 そしてその時が来た。

 一定時間が過ぎ、黒煙魔人の身体が黒煙となって崩れ、周囲にまき散らされる。

 その間から、例の子供を中心にして高まる魔力。

 <貪欲>はさせじと竜人肉像を大きく踏み込ませ、襲い掛かる! ……本体である黒玉を散り行く黒煙に紛れさせ、地下道への入り口へと退避しながら。


(精々、抜け殻と戯れればいい。このまま……)





「まぁ、させない訳だけれども」

(!?)


 地下道の入口。その暗闇の中から突き出された簡素なスティレット。

 それは黒玉の真芯を貫き、次の瞬間粉々に砕いていた。


(何、が……?)


 衝撃と共に、黒玉は依り代としての力を失い、<貪欲>は強制的に最後の依り代へと意識が飛ばされていく。

 <貪欲>が最後に見たのは、何の感慨も無く散り行く黒玉を眺める女。

 それがレディ・スナークと呼ばれる暗殺者の頂点であることを知ることなく、<貪欲>の意識は闇に呑まれていった。

新年更新2回目です。

書籍差作業は表紙絵などが上がってきていまして、許可が下りたら公開できるかと思います。

アース・スターノベル様の2月刊行予定にも名前が在っていよいよだなという気分です。

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