第24話 ~天雷槍の閃光~
雨のように降る矢というのは、かつてのアナザーアースにおいて、珍しい物では無かった。
大規模戦闘において、弓系の称号を得たキャラは弓兵部隊を召喚することが可能であったし、将軍などの軍指揮官称号をならば複数種選べる召喚兵種の中に弓兵部隊もある。
他には種族として森妖精等を選んでいた場合、種族位階を上げることで森妖精の弓戦士の一団を召喚可能であった。
それらが放つ矢は、まさしく雨のように敵に降り注ぐ。
そもそも、射程というのは力だ。
魔法や弓と言った遠距離攻撃は、近接攻撃しか出来ないものにとってあまりに脅威だ。
無視して突き進もうにも、射られ負傷したならば、近づく前に倒れ伏すだろう。
防壁などで接近を困難にされた場合、なお苦しい。
古来城攻めは守備側の3倍戦力が必要と言われるが、その一因はこういった防壁と遠距離攻撃の組み合わせに寄ることも多いのだ。
そして今。皇城の尖塔の上では、ある種の城攻めが行われていた。
「くそっ! キリがない!! 風のおっさん! ちょっと何とかならないのか!?」
「こっちは背後から回り込む分を防ぐだけで手いっぱいだ。あとおっさんではない。お兄さんと親しみを込めて呼ぶがいい」
「戯言で遊んでいる場合か!? 我もこの身体ではこれ以上の事は出来ぬぞ!?」
騒がしく対処するのは、アルベルト達。一人と一匹と一柱は、漆黒の豪雨の如き矢の嵐の中に居た。
それはすなわち、黒曜石を砕き削られ作られた無数の鏃の大軍だ。
これがあらゆる方向から迫り、アルベルト達を貫かんとする。
しかし、彼らを取り巻くのは、風浪神が巡らせる暴風の結界。
城塞の如きそれが、殆どの方向の鏃を吹き飛ばし寄せ付けない。
だが問題があった。
<貪欲>からの攻撃はそれだけではなく、先から行われていた重機関砲の如き宝石弾の投射も続いているのだ。
その圧は暴風の防壁だけでは防げず、当初の通りに少女の姿の竜王の幾条もの属性のブレスで辛うじて拮抗する。
そして、そこに問題があった。
風浪神の暴風の結界と、ヴァレアスのブレスは干渉するのだ。
結果、<貪欲>と竜王の吐息がぶつかり合う正面の周囲の角度において、風の防壁は効果を減じ、そこから黒曜石の鏃が襲い掛っていた。
その、ほんの僅かな隙間からの鏃を迎撃しているのはアルベルトだ。
<槍聖>たる彼の槍捌きは、僅かな隙間を潜り抜けた鏃をことごとく弾き、いなし、時には暴風の防壁へ吹き飛ばし、時には相方のブレスの中に押し込め消滅させる。
それはまさしく城の如き鉄壁の防御と言えた。
ヴァレアスの吐息も僅かづつなれど<貪欲>の身体を形成する宝石を削っている事もあり、状況はアルベルトらに傾いているようにも見えるだろう。
しかし、実際にそうであるならば、アルベルトらも焦りの声を上げたりはしない。
ガッ!! と思い音が響く。
「グッ! またか!」
アルベルトが苦痛にうめく。
見れば、こぶし大程の宝石が、大きく踏み出したアルベルトの脚を強かに打ち据えていた。
「我が友!」
「オレは良い! ヴァレアスは前に集中してろ!」
声を上げ、相棒である竜王を叱咤する竜騎士。
その姿は、鏃の嵐が始まってしばらくたった今、凄惨なことになって居た。
全身を覆う鎧のあちこちに打撃の跡が残り、更にはあちこちに黒曜石の鏃が突き刺さっているのだ。
拮抗しているように見えてそれぞれが手いっぱいな状況の中、時折放たれる大型の宝石塊が着実のその防御を削っているのだ。
先に挙げた城攻めで言えば、大砲を以て城の防御へ打撃を与える様なもの。
その矛先は、最も脅威とみなされた少女姿の竜王へと向けられていた。
実際、現状<貪欲>本体にダメージを与えうるのは竜王たる彼女だけだ。
そのブレスさえ封じてしまえば、後は他の者をゆっくり削り切れば良い。
明らかな<貪欲>の思惑を、アルベルトはその身を挺して封じていた。
その様子に、ゼフィロートは感心したような声を上げる。
「お前さんも身体張るね。大したもんだ」
「…暢気に言うなら、少しの間防御厚くしてくれないか?」
「お? 何か手があるのか?」
「想定してた相手の戦い方じゃないからな、今の状況に合った奴に替えたい」
アルベルトは、手にした槍に一瞬視線を落とす。
<天竜騎槍・エクティリス>と銘を持つその槍は、パーティー単位での性能において最上位の性能を持つ。
近接攻撃の各性能や、投槍として投擲した場合、更には防御においても高い補正値を持つ優秀な武器だ。
しかし、それはあくまでパーティー単位での戦闘における性能だ。
この<貪欲>の攻撃の厚さは、もはや大軍をぶつけ合わせる大規模戦闘に匹敵する。
となれば、それ適した武器がこの場では望ましい。そして該当する武器をアルベルトは所有していた。
この場に居るのはあくまで分霊である風浪神だが、アナザーアースにおける世界の運行を司っていた神の一柱だ。
アルベルトが所有している武器とその性能は正確に把握していた。
故に、
「10秒。それで何とかしてくれ」
「頼む!」
即座に決断する。
彼らの周囲を取り巻く轟風が、ひときわ勢いを増した。
その様子を見て取り、アルベルトは急ぎ意識下に浮かぶメニューを開き、武器の項目を見つけ出す。
焦る内心を無理やりに抑え込み、<大規模戦闘用>に区分した数本のうち、目当ての一本を選び取った。
だがその瞬間!
「我が友!!」
友である竜王の焦りの声が響く。
つられて意識を前方に戻せば、そこには巨大な宝石弾が形成されつつあった。
「ちと余裕をくれてやったらしい。不味いぞアレは」
さしもの風浪神の声にも揺らぎが混じる。
それは、<貪欲>側も膠着した状況を打開せんと動いていたに他ならない。
双方が拮抗している中であれば、このような特大の宝石弾を生成する隙も無かったはずが、一瞬風の防壁を強化したことが竜王のブレスに干渉したことで<貪欲>を削る効果が落ちたのだ。
結果、彼ら3人を蹂躙しかねない弾丸がうまれようとしていた。
しかし、
「いや、大丈夫だ。任せろ」
アルベルトは一歩踏み出す。
その左手には先ほどまで振るっていた<天竜騎槍・エクティリス>が、そして右手には新たな槍が握られていた。
同時に右手の槍には輝く奇妙な器具が付けられ、アルベルトはその持ち手を握り締めていた。
武具に詳しい者が居れば、それは所謂槍投げ器と呼ばれるモノと気付いただろう。
この単純な機構の道具は、やり投げの際に用いることでてこの原理を利用し飛躍的に飛距離を伸ばし得ることで知られている。
やり投げの世界記録の距離を、平均的身体能力の男性がこのやり投げ器を用いることで容易に超え得ることでその性能が理解しやすいだろう。
そしてこの光り輝く槍投げ器は、通常の物ではない。
アルベルトが持つ称号の一つ、<投擲の達人>のスキルに寄るもの。
その効果は、投擲攻撃の爆発的な射程及び威力の強化能力。そしてもう一つ。
「ほんとはこの距離でパなすものじゃないけど、そうも言ってられないから、な!!」
「!??」
裂ぱくの気合と共に投げつけられた槍は、閃光となった。
放たれ続けていた機関銃じみた宝石弾、そして生成されつつあった巨大宝石弾、更には周囲を飛び交っていた無数の黒曜石の鏃の大半と、<貪欲>本体。
その全てを、閃光は悉く貫いていた。
アルベルトのスキルに寄り生成された槍投げ器は、武器分類のうち、槍のカテゴリの装備の隠された効果を引き出す効果があった。
そしてアルベルトが取り出したのは、<天雷槍・ケラウノス>。ギザギザとした雷のような穂先を持つのが特徴の投槍であり、その名はギリシャ神話における雷の名に由来する。
特徴的な穂先故にバランスが悪く、近接武器として扱う際の性能はさほどではない。
しかしその本領は投擲用の槍として扱った際に発揮される。
投げつけると、その名の通り雷の属性の攻撃魔法扱いとなるのだ。
更にこの槍はその名の由来から来た力を秘めていた、
ギリシャ神話における主神ゼウスは、雷を以て大地の女神ガイアの産み出した眷属である巨人の軍勢を打倒したと言う。
つまり、軍勢と地属性、そして対巨人への特攻効果を秘めているのだ。
特に大規模戦闘においては、称号などで真の力を引き出した際、指定した範囲内全ての敵へ必中すると言う強力な効果となって表れる。
その<天雷槍・ケラウノス>の力が、今ここに開放されていた。
閃光……雷そのものが収まり、視界が開けると、その戦果が明らかとなって居た。
銃弾じみた宙を舞う宝石と黒曜石の鏃の群れの一切が消滅していた。
幾ら眩かろうと、宝石は石であり地属性。
輝く槍投げ器により力を開放した<天雷槍・ケラウノス>の力の前には、細かく分かれた石はむしろ格好の獲物であった。
それは、生成されようとしていた巨大な宝石弾も同じこと。
むしろ槍本体の狙いとされたため、最も威力が発揮されたと言えるだろう。
アルベルト達から巨大宝石弾があった場所を結んだ先の空に、ぽっかりと穴をあけた雲が浮かんでいた。
強化された天雷槍の威力は、遥か空の先にまで到達していたらしい。
そしてそのような威力が発揮された以上、<貪欲>の本体も只では済まない。
「……こんな、馬鹿な」
宝石で出来た人体模型は、握り拳程の大きさの核を残し、残らず消し飛んでいた。
<天雷槍・ケラウノス>の雷撃は命中効果を以て核を狙ったが、他の身体の部分を集中させ盾としたのだろう。
他の一切を犠牲にすることで、滅びの獣である<貪欲>は、辛うじて己の存在を維持していた。
しかし状況はこれで終わらない。
「これで済むと思うでない! 我が友の傷の応報を受けるがいい!!」
「っ!?」
遮るものの無くなった『核』に向け、竜王ヴァレアスが容赦なくブレスを吹きかけた。
これから逃れようと『核』たる石は宙に浮きながら避けるものの、少女の長い髪がより合わさり作られた九つの竜頭が、執拗にコレを追いかける。
まるで奇妙な鬼ごっこの様だが、『核』たる石にとってこれは圧倒的に不利な状況であった。
この尖塔の周囲は風浪神に寄る暴風の結界により外部から遮断されている。
つまり逃げ場はなく、何時かは吹き付けられる属性のブレスに焼かれ消滅する事だろう。
そうなれば当初の目的である力をつけるどころか、存在そのものが危うくなる。
それは決して看過できない事象であった。
だからこそ、<貪欲>である『核』は、最後の手段を決意する。
「あと少しで追い詰められるぞ、我が友!」
「ああいや、ちょっと遅かったようだぞ、竜王のお嬢ちゃん」
「そのような不愉快な呼び方をするでない! ……うん? どういう事である?」
順調に追い詰めたとヴァレアスが思った矢先、ゼフィロートの指摘と同時にそれは起きた。
生きているかのように動き回っていた『核』が急に力を失ったかと思うと、ヴァレアスの放った幾条ものブレスに巻き込まれ、焼き尽くされ消滅したのだ。
「……もしかして、逃げられたのか?」
「ああ、奴は『本体の核』を捨てたらしい。何処かの『予備』に身体を移したんだろう。マスター夜光が瓦礫の巨人を倒した時と同じようにな」
「何だよそれ……っつ!」
「我が友!」
呆然と言葉を漏らしたアルベルトは、ゼフィロートの言葉に拍子抜けしたのか、蹲ると思い出したように右腕を押さえる。
鎧に覆われた右腕からは、少なくない量の血が滴っていた。
駆け寄る少女姿の竜王。
「大丈夫だヴァレアス。何時もの反動ダメージだって」
「その前から傷を負っていたであろうが! いいから治癒の吐息を受けよ馬鹿者!」
先の光の槍投げ器は、槍の真の力を引き出すが、その反面強烈な反動ダメージとなって使用者を襲う効果も持っていた。
具体的には一定期間最大HP上限が半減し、期間中はダメージを受けると追加ダメージが発生すると言うもの。
だからこその強烈な効果を引き出せるとは言え、軽々には使用できない切り札とも呼べるスキルであった。
それ以前から<貪欲>から受けた傷もあり、アルベルトはまさしく満身創痍。
傷だらけの相方をヴァレアスは治癒の効果を持つブレスで懸命に癒しているが、スキルのデメリット期間中では治療も限られる。
戦力外となったアルベルトは、尖塔の屋根の上に横たえられながら、風浪神を見上げた。
「……ゼフィロートの兄さん、奴は何処に逃げたかわかるか?」
「想像はついてるんだろう? アレが逃げられる先は、もう殆ど残っていない」
「夜光さんの所か……」
ゼフィロートの無言の首肯がその答え。
アルベルトはヴァレアスの治療を受けながら、彼の同盟の盟主の無事を祈った。
「ところで竜騎士少年。投げた槍はどうするつもりだ?」
「……あっ」
遥か彼方に消えた天雷の行方を指摘されるまで……。