第23話 ~尖塔上の戦い~
「メルティ、奴の反応は?」
「核であった反応、消失しました。土の精霊力、正常値に戻りつつあります」
皇都を模した空間の上空。鮮やかな緋色の巨人を操るライリーは、自らの戦果を確認していた。
『緋色の彗星』と名付けられたその名の通り、彗星にも似た緋色の光を纏った魔像の、しかし決して彗星たり得ない複雑怪奇な軌道を描きつつの超高速の突撃は、土塊の巨人を見事に粉砕したのだ。
核と思しき術者が取り込まれていた頭部は複数の属性の魔力を伴う衝角に貫かれ、その魔力と運動二つのエネルギーにより跡形もない。
「そうか。こっちの状況は?」
「各魔法装置、異常なしです、マスター。ただ精霊石は予想以上に消費しています」
「あ~、こりゃ軌道変化の時の慣性制御が原因か? 幾らコイツがガタイの割に軽いとはいえ、あの速度でランダム起動やるのは負荷が強すぎたか?」
あれほどの強引な急加速と方向転換を繰り返し、更には最中に何度も体当たりを仕掛けていたのにもかかわらず、彼の機体『試式緋彗』は目立った損傷も無かった。
しかし、その強引すぎる軌道は慣性を重力に関わる土の精霊力にて強引に中和し、更には炎と風の精霊力による噴射で成立させるモノであり、想像以上に稼働に必要な精霊石を消費する結果となって居た。
「マスター、コード『緋色の彗星』は強力ですが、余りにコストがかかり過ぎるのでは? あそこまで複雑な軌道をしなくとも、あの土の魔像は倒せたと思われます」
「ありゃ丁度いいマトだから使っただけさ。アレを使う本命は別で、今回はテストだ。まぁ、試運転は上々と言った所かねぇ」
そう言いながら、ライリーは更に自身でも機能の異常が無いか確認していく。
「だがまぁまだ足りない。他にもた手札を増やさなけりゃ、アイツとの再戦がショボく終わっちまうからん」
彼が見据えるのは、脳裏に浮かぶ姿。
今は同じ同盟となりながらも、好敵手と認めた相手。
「何しろ、前は手の内を出し切らせるまで行かなかったからなぁ。多分サイズ差もあったからだとは思うが」
「だからって、日緋色金が十分に残っていたからとはいえ、夜光様のギガイアスと同じサイズにするのはどうなのでしょう?」
「アイツも緋彗の完成を楽しみにしてるから良いんだよ。でなきゃ、アイツの領域で採掘を許可しやしない」
実際のところ、ライリーは夜光との再戦を目指し、実際にぶつかり合った『伍式迅雷』を60m級までサイズアップした『六式迅雷』の制作を当初考えていた。
しかし、神鉄は希少だ。
ライリーがマイルームとしている研究所の補助施設として保有してる坑道や、夜光のマイフィールドの鉱脈の一つを借り採掘していても、一日に確保できる量は限られている。
実際ライリー自身も20m級の総神鉄製の魔像を作り上げた際には、材料の確保に1年近くの時間が必要だったのだ。
到底同盟を組んだ時からこの皇都行きまでの短期間で確保できる量ではなく、それならばと手持ちで確保できた材料だったのが、日緋色金であった。
そして材料さえあれば、魔像の素体は<創造術師>系の称号持ちなら魔法一つで作り上げられる。
もっとも、その後のカスタマイズこそが各術者の色が如実に表れる部分。如何に魔法装置を組み合わせ機能を構成していくかが、魔像造りの真骨頂とされているのだ。
「とりあえずくみ上げてみたは良いが、直ぐに皇都行きになったからな…。船旅の合間じゃ直接調整も出来なかったが、それも含めて試運転には丁度良かった。まぁ、取り込まれた精霊使いとやらには悪いがな」
「?…いえ、待ってくださいマスター。何かおかしいです、平常値に戻りつつあった土の精霊力に異常が!」
「あ?」
可動テストの結果は十分、あとは今回のデータを基に更なる改良を、そんならいしーの意識を、メルティの声が引き戻す。
「どうした!? 何が…」
「下がっていくだけの精霊力が再び高まっています。でもこれは……」
「いや待てメルティ。解析よりも先に、精霊石の残量チェック急げ! ……どうやらまだ終わりじゃないらしい」
上空から見下ろす模倣された皇都の街並み。
そのあちこちに立ち上がる姿があった。
「そんな……土の魔像が増殖!?」
「いいや、落ち着けメルティ。どれもさっきの奴程じゃない。精々20m級って所だろうさ。だがどういうこった? 核も無しにどういう絡繰りで動いてやがる?」
先刻までの戦いの余波は皇都の街並みを広く破壊していた。その瓦礫の中から、先と同じような土で出来た魔像が次々と生まれていた。
違いは、大きさと精霊使いが埋め込まれていた頭部に当たる部分が存在していないこと。
それぞれが一様に巨大な腕を持ち、上空の緋色の魔像に向けて敵意を向けていた。
一方、皇城でも既に戦端が開かれていた。
皇城にて無数にそびえる尖塔の一つ。
その屋根の上は、今異常事態の最中にある。
日中であったなら皇都中の人々の目を集めていたであろう、周囲と断絶するかのような暴風の球体。
細かな塵も取り込んでいる為か、外からその暴風の中を見ることは叶わない。
そして今その嵐の中では、激しい戦いが繰り広げられていた。
「マスター夜光の盟友、お前が来てくれて助かった。どうも奴と俺とは相性が悪くてな」
「相性が悪い割には、足止めできてたじゃないか」
「足止めは出来ても倒すには難しいのさ。あいつは宝石でこっちは風。風が岩を削る事も出来るが、何年かかるか……。まぁ、相性って奴だ。奴が息をしてるなら即座に昏倒もさせられるんだが……」
「オレだってああいうのは相棒頼みだよ! ヴァレアス、このまま行けるか!?」
人の形をした石の塊を中心として、石礫が嵐のように渦を巻き、3人の人影に襲い掛かる。
しかしその大半は道化じみた装束の青年、風浪神ゼフィロートが巻き起こした風の防壁に遮られる。
石礫の側は石そのものを操っている為かその勢いを殺す程度にとどまるが、現状はこれでいい。
迎え撃つのは、主に少女の姿をしたナニカだ。
普通の少女ではない事を示すように、少女の長い髪は生きているかのようにうねり、無数の竜の頭をかたどっていた。
更にはその髪の竜頭より強烈なブレスが吐かれ、石礫を迎え撃っていたのだ。
石礫の特に巨大な物は、青年が手にしたほのかに輝きを宿す槍が撃ち落としているが、石礫の大半を防いでいるのは明らかに少女の姿を持つ者……人化した竜王ヴァレアスであった。
主である竜騎士アルベルトの声に、少女の姿の竜王は渋面を作る。
「正直に言えば、辛い。……なぁ我が友、この姿を捨てては本当にダメか? 真なる姿ならば一瞬で終わらせられるぞ?」
「こんなところで相棒が竜に戻ったら城を崩して大事になっちまうよ!? そしたら俺達がお尋ね者になっちまう!!」
竜王ヴァレアスは、本来持つ九つの首をその長い髪で疑似的に形成し、ブレスにて襲い来る石の嵐を迎え撃ってはいるが、本来のサイズとはかけ離れた身体での戦闘に苦しんでいた。
竜王の本来のスタイルは、竜種特有の強靭な肉体と、殆どの属性を使い分け可能なブレスでの蹂躙だ。
だが、偽装の為に人化した現状、その本来の強みの殆どが制限されてしまっている。
強靭な顎での噛みつきは可能ながらも、困ったことに疑似的に形成した髪の竜頭では効果が無いらしく、直接人化した口で噛みつかねばならない。
強靭な爪でのひっかきも同様だ。あくまで近接攻撃であり間合いの離れた今は到底届かない。
かといってブレスも先ほどからの石礫の嵐が攻防一体の防壁となって宝石のヒトガタまで届かない。
ただその無数の属性を伴うブレスは、石礫の嵐を削るらしく、当初に比べてその規模を減じていた。
「流石の俺も館並みの大きさのものを風のヴェールで隠せる気はしないからな。竜王のお嬢さんが本性を現すのは勘弁してくれ」
「そうはいってもだ、あの石人形がこのまま大人しく削られるままで終わるとはぬぞ?」
「ボスの第二形態はお約束だもんな……」
実際何事も無ければ、アルベルト達は<貪欲>の本体である宝石人をこのまま封殺出来ただろう。
だが<貪欲>とてその流れを避けようと動くのは当然であった。
今まで機関銃のように無数の石投射する方法から、別のやり方へ。
真っ先に狙われたのは、現状最も脅威と思われるブレスを放つ少女であった。
「!? 不味い、ヴァレアス!!」
「っ!?」
今までと変わらぬ石の嵐。その中に異常を見て取ったアルベルトの声は遅きに逸した。
風の防壁を突き破り、無数のブレスを引き裂いて飛来したのは、鋭く尖った石の短矢。
それらが少女の姿の竜王に襲い掛かったのだ。
「慌てるな我が友。この姿であろうともこの身は竜王であるぞ? かような石矢など我が肌を抜くはずも無かろう?」
しかし、少女の姿であっても竜王は竜王。
少女の柔肌に偽装されたそれは、その実数多の名剣魔剣さえ弾き返す堅牢な竜の鱗に覆われたままなのだ。
「ああそうか。その姿、あくまでサイズと見た目だけ変えただけだもんな」
「うむ。だが気をつけろ我が友。この身はともかく、我が友の鎧の隙間などを狙われれば厄介であろう」
その身で<貪欲>の石矢を受けたヴァレアスは、その高い威力に警戒していた。
今のようにこれまでの石の嵐をブラインドに、本命の石の矢を放たれたら。
ましてや、総身が竜鱗に覆われている龍王ならともかく、鎧を着こんでいるとはいえ隙間などを狙われて命中した場合、人間種族であるアルベルトは大ダメージを受ける可能性があった。
そもそも、かつてのアナザーアースにおいて、冒険者というのは、防御を大きく防具に依存する存在だ。
竜の鱗のような種族由来の天然防具の特性は、プレイヤー種族では特殊な条件を満たさない限り習得不可能であった。
つまり、どんなに位階を上げた冒険者であろうとも、防具を着ていない際には、もしくは鎧の隙間などを狙われた場合、ダメージの減少など望めないと言う事になる。
そのことを知ってか知らぬか、<貪欲>たる石人形は、石の嵐の中で武器を作り上げていく。
「っく……ちょいとこれは厄介かもしれないな」
全開する石の渦の中で煌めく、無数の漆黒の刃。
渦の中黒曜石を打ち合わせて作られた万を超す鋭い鏃がそこに浮かび上がらんとしていた。