第21話 ~土塊の百手巨人~
「あぁぁぁ…あがぁぁぁぁっ!???」
精霊使いのカーティスは、最早自分の意思では自由に動かせもしない手足を感じながら絶望していた。
顔に当たるのは冷たい夜風。
内陸深くにありまた高地にある皇都は、昼夜の寒暖差が激しく住人は夏場でも夜は多少着こむほどだ。
だがカーティスの顔に当たる風は強く凍えそうなもの。
無理もない、カーティスは今皇城の尖塔程の高さに居るのだ。
見下ろす視界に入るのは、荒々しい崖のような土壁。
だがそれは決してただの壁などではない。
その証拠に、土壁はまるで蠢くかのように所々で隆起し流動し、一つの形を作ろうとしていた。
そして、その変化毎にカーティスは己の内から何か決定的なモノが失われていくのを感じる。
(お、俺の全てが消える!? なんで、どうしてだ!?)
所謂、魔力と言うモノだけではない。生きるための力、更にはカーティスを己たらしめる存在そのものが、激痛を伴いながら強制的に魔力へ返還されているのだ。
無理やりに変換されたそれらは、首の後ろの一点に収束していく。
位置が位置だけにカーティス本人は気付かなかったが、そこには小さな石の欠片がいつの間にか埋まっていた。
悍ましく禍々しい赤黒い輝きを見せる宝石の欠片が。
変換され純粋な魔力を吸い上げる赤黒い宝石は、その魔力を以てカーティスへ精霊魔法の行使を限界を超えて行わせていた。
カーティスが得意な土の精霊術。
その中でも、大地の上位精霊を呼び覚ます大魔術だ。
この世界の住人であるカーティスは、中級位階でしかない。
およそ本来行使が不可能な魔術の行使は、当たり前のことながら不可能なはずであった。
しかし赤黒い宝石、<貪欲>の欠片の一片が干渉することにより、本来ならばはるか上の位階の階級でしか習得できない筈の魔術を、莫大な魔力を以てして無理やりに実現させていたのだ。
しかし、それは実現させていただけに過ぎない。
(もう嫌だ! どうして俺がこんな……助けてくれ! アニキ! ベン! アバル!)
己の存在を擦り潰されていくカーティスには、行使される魔術を制御することが出来ない。
結果自身の周囲に産み出され、また足元の床を割り隆起してきた土塊に飲み込まれ、小山の如き様相となったソレに包まれていく。
辛うじて頭と胸元だけは大気に晒されているが、残る全身は土の中だ。
気付けばこうして皇都の街並みを見下ろすほどになって居る。
正気であれば見晴らしに感嘆の言葉一つも漏らしたであろうが、己を蝕む激痛が喪失感がそんな余裕など抱かせない。
ただ感じるモノ目に入るモノ全てが激痛を助長させるかのように感じるだけだ。
最早己の身体も自由にならない為か、目を閉じる事さえ叶わない。
手で目を覆うにしても五体は土の圧力で指一つ動かす事さえ困難だ。
(ああくそ、目障りだ! 邪魔だ! 目の前から消えろ!!)
だからこそ、カーティスは拒絶の意思を持って目の前のモノ全てを消し去りたいと願った。
願ってしまった。
それが、<貪欲>の欠片を通し、ただ増殖と膨張を重ねていた土塊に、土の精霊に一つの方向性を与える。
只の小山の如き姿から、破壊の意思を遂行するための機能を与えたのだ。
まず生み出されたのは、薙ぎ払うための巨大な腕。それが小山から次々と無数に突き出され、虚空を殴りつけるかのように振るわれる。
次に小山は大地と接する部位を変貌させてゆく。それ自体が巨塔の如き太さと力強さを兼ね備え、踏み出し、街並みを踏みつぶすための二本の脚へと。
ただ破壊の意思のみで生み出されたため、全体に歪んだフォルムとなって居るが、それは見る者からしたら巨人という一つの言葉に集約されるであろう。
それも無数の腕を兼ね備えている姿は、とある神話に登場する存在を連想させる。
『百手巨人』と。
かくして顕現した土塊の『百手巨人』は、無数の腕の中でひときわ巨大な一対の腕を振り上げる。
破壊の意思に導かれ、まずは手短な建物へと。
そこは王都守護騎士団の営舎であった。
「あれは一体なんだ!? 精霊使いってのはあんなことが出来るモノなのか!?」
この夜、王都守護騎士団は立て続けに起こる事件に混乱を極めていた。
そもそもこの数日は多忙を極めていたのだ。
ただでさえ御前会議中は警護や治安維持に普段の何倍もの激務となるうえに、その最中に立て続けに起こる怪奇な事件。
特に日中に起きた他国の工作員が起こした襲撃事件は酷い物であった。
皇国の物資調達を担う政商が襲われ、重要な秘宝が奪取されたと言うのだ。
すぐさま賊を追い秘宝を奪還せんと動き出したところで、皇城より秘宝の奪還の報が入り、取り越し苦労となった。
大慌てで多方面への連絡と人員配備をしていた守護騎士団や皇都の衛兵警邏にとっては、徒労感のみがもたらされた酷い話なのだ。
もっともその余波で皇都に忍び込んでいた他国の工作員と、それに内通していた地下組織を摘発できたのは、幸いというべきだろうか。
そして今夜だ。
各地方諸侯の皇都別邸が立ち並ぶ区画にて、何者かが襲撃しているとの報がもたらされたのだ。
それ以前から奇怪な破裂音と閃光が皇城近くの区画上空で立て続けに確認されていたが、それが諸侯の内輪の何かの可能性もあったため、守護騎士団では動きあぐねていたと言う事情もあった。
何しろ、昨今の各諸侯は『門』の中に縁のある不可思議な物品などを抱える事が多い。
地上であの爆発が起きていたのならば破壊を伴うのが明白だが、上空でとなるとコレが難しい。
以前皇王直属の異邦人部隊なる『門』に由来する力を持つ者達が試し打ちした『信号弾』や『花火』等は、丁度あのように上空へと打ち上げられ破裂し閃光と轟音をまき散らすモノではあったが、地上では害になるモノでは無かったからだ。
特に『花火』は夜に打ち上げるモノという異邦人部隊の者たちの言により夜間で無数に打ち上げられたため、今回もその同類かと思う者が多かった。
そも、御前会議という多くの諸侯が集まる時期というのも、時期が悪かったと言える。
敵視する相手に己の力を誇示せんがため、ああいった派手な行いをする諸侯が過去に存在していたのだ。
それは多くは『門』の中の産物で、まさしく今夜打ちあがっているような閃光と破裂音をまき散らす魔法の品も前例がある。
今回の御前会議では南方ナスルロン諸侯と西方フェルン地方の争いが主な主題となって居た為、そのような威嚇行為が行われる可能性があった。
だからこそ、バリファス諸侯の邸宅区画での襲撃に対し、守護騎士団は初動で大きく出遅れたのである。
更に変化は守護騎士団の動向を待ってはくれなかった。
上空での爆発が収まったかと思うと、街灯の区画が赤い霧のようなモノに覆われ、更には皇城からその赤い霧に向けて閃光を伴う何かが立て続けに発射されたのだ。
バリファス諸侯の区画を赤い霧が覆ったのは、中の状況が伝わらなくなったこともあり問題であるが、皇城の異常は更にその上を行く。
皇城は強大な保護の障壁で常に覆われている。
この障壁は悪しき者が皇城に入り込むのを防いでいるのだが、同時にその強固さは内から外への魔法的干渉も阻害している。
つまり、あのような攻撃はそもそも行えないのだ。しかし事実として攻撃は行われた。
皇国において至高の存在であり門の中の力を得て人の枠を超えたとされる皇王陛下でさえ、あのような行いは不可能であろう。
つまり、それを為せる何者かが、寄りにも寄って皇城に入り込んでいると言う事になる。
それを察した守護騎士団は、直ちに異変に対処しようと動き出す、筈であった。
更なる異変が、その守護騎士団の営舎その場所で巻き起こったのだ。
牢舎から突如として土塊が溢れ出し、内側から倒壊させたのだ。
土砂は倒壊させた牢舎の瓦礫さえ巻き込んで、騎士団の敷地に溢れ、小山のような様相へと変貌していく。
丁度敷地内で編成を終え各異常の元へ発たんとした騎士団の者たちは、その頂上付近に埋もれながら苦悶の声を漏らす人影を見た。
「あいつは、確か例の事件の…精霊使いのカーティスか!?」
「なんだって!? じゃあこれは精霊って奴の力を使った脱獄か!?」
「いや、それにしては様子が何か…?」
「考えてる場合か!? 誰か弓を! あいつが操ってるなら止めないと!」
騎士団も臨戦態勢を取っていたこともあり、混乱しながらも対処しようと動き出した。
しかし瞬く間に容量を増した土塊の小山は精霊使いの身体を遥かな上空へと持ち去り、弓などでも容易に狙えなくなる。
そして、小山の更なる変貌だ。
ただの土で出来た小山から、土の巨人へと。
それも只の巨人ではない。
全身いたるところに腕を生やした異形の姿だ。
夜間であっても途切れない無数の街灯に下方から照らされたその姿は、悪夢の中から生まれ出でたかのようであった。
「う、動く……こいつ動くぞ!?」
「ひぃ、何だこの化け物はぁ!?」
土塊の『百手巨人』が大きく一歩踏み出し、腕を振り上げる。
向かう先は、丁度目の前にある守護騎士団の営舎。
無造作に、そして荒々しく。プレイヤーであればビルが振り下ろされるかのような、とでも表現しそうな巨大な腕が、振り下ろされんとしたその時。
「おっと、お前さんはこっちだ。遊ぶなら暴れられる場所でってな」
誰とも知れない声とともに、巨大な土塊はかき消えた。
「「「………は!?」」」
騎士団の者たちは目を疑う。
確かにここに、巨人は居たのだ。
土塊が倒壊させた牢舎が、地下牢出会った部分も含めて消え去っていることからも、此処で何かがあった事は間違いない。
「一体何だってんだ……?」
夢か幻の如くに消え去った土塊の巨人。
しかし残された者は在った。
小山のあった場所に、無数の者が倒れ伏していたのだ。
「お、おい。あいつらは牢に入れていた他の囚人どもじゃないか!?」
「牢屋番していた奴らも居るぞ」
「あの土に取り込まれてたってのか!? おい、治療師を呼べ!」
土塊の巨人の居た場所、つまり精霊使いが捕らわれていた牢舎に居た他の囚人や当直の者らは、土砂に取り込まれて居た為か、短時間とは言え生き埋め状態にあり、殆どは意識を失っていた。
騎士団はそれらを治療し、同時に拘束していく。
「ああ糞! 異変に向かわなければいけないって時に!!」
騎士団に支給される強力なポーション等により殆どの者が息を吹き返すものの、この事態により守護騎士団はこれ以外の異変への対応が困難となるのだった。
「ヒュー、間一髪ってところかね」
「ええ、マスター。大規模戦闘専用空間の展開及び、対象の取捨選択成功しました」
皇都を模した空間の上空。
風浪神の導きで守護騎士団営舎上空へと飛ばされたライリーとそのメイドであるメルティは、眼下に取り込んだ土塊の百手巨人へと視線を向けていた。
取り込まれると同時に振り下ろされた巨腕は、再現された守護騎士団の営舎を粉砕し、その瓦礫を己に取り込んでいる。
その巨人の頭部に当たる部分に埋まった精霊使いの姿を見やり、ライリーは首を振る。
「そいつは何より……って言いたいが、アイツを外す事は出来なかったか」
「あの土塊魔像の起点はあの人物です。魔像を取り込む以上、残念ながら除外は叶いませんでした……」
ライリー自身が作り上げたメルティの美貌が曇る。
彼女の心境を察したのか、ライリーは努めて明るい声を出した。
「ああ、責めてるわけじゃない。ただまぁ……アレだな。長くないだろ、あいつ」
「はい。生命力やそれ以外の要素全てが強制的に魔力へと変換されています。恐らく観測できない手足も分解されて魔力にされ始めているでしょう」
主人であるライリーのサポートの為、メルティのセンサーは多岐にわたる。
それらが百手巨人を模した魔像に埋まる術者の状況を、容易に観測させていた。
既に生命力は最低限生体活動が成り立つだけを残し魔力に変換されてしまっている。
肉体そのものも既に手足などの末端は魔力として返還され消滅しだしている。
ここまでされてしまうと、今助け出されようとも永らえることは困難だ。
故に、ライリーは心を決めた。
「なら、介錯してやるのが慈悲ってものかね……メルティ、召喚門開け。新型使うぞ」
「……はい、マスターのご意志のままに」
主の言葉を受け、メイドにしてパートナーである人形は、皇都を模した空間の上空に転移の門を描く。
そこへ魔力を流し込みながら、<創造者>たるライリーは告げる。
「目覚めろよ、試式緋彗! お前の力を見せろ!」
魔法陣の変化は急激だった。
鮮やかな閃光を発して虚空に穴が開くと、そこから巨大な影が飛び出す。
背から炎を上げ空を切り裂くその姿は、緋色の鎧を着た巨人というべきか。
その巨体は眼下に見える土塊の巨人にも劣らぬほど。
素早くその巨人、『試式緋彗』へと乗り込んだライリーとメルティは、手早く巨人に命を吹き込んでいく。
「魔術回路全正常値。想定可動限界、600秒。戦闘開始可能です、マスター」
「よし……夜光に対抗したわけじゃないが、50m超え魔像ってのは一度作ってみたかったからな。全身総日緋色金製の新型だ! 介錯ついでに性能試させてもらおうか!」
創造主の声に応え、60m級超大型日緋色金魔像、『試式緋彗』は轟音の叫び声を上げた。
また少し時間が空いてしまいましたが更新です。
お詫びと言っては何ですが、次回更新から書籍版のキャラデザを更新して行ける見込みです。
お楽しみに。