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第09話 ~始まりの日の終りに~

 月明かりに照らされた庭園は、昼間とまた違った顔を見せる。

 どこか寂しげな、悲しげな。

 モニター越しだった昼間の光景と、『生身』で実感する違いもあるかもしれない。

 それとも…と、テーブルを挟んだホーリィさんを見る。


 主の心情を反映しているのだろうか?



「やっくん、大変だったのね……私もね、気が付いたら此処に居て……」


 再会を喜ぶべきか悲しむべきか判断付かなかったが、ともあれ互いに何が起こったのかを確認しあう。

 まずは僕自身の事を話し終えて、ホーリィさんの番になった。

 とはいっても、彼女の話はそれほど長くない。

 僕と同じように、気が付いたら外への門の傍で倒れていたそうだ。

 初めは戸惑いながら、見覚えのある町に驚き、NPCだった町の住人が意思を持っているのに驚き、一通り見まわった後でマイルームに設定したこの大神殿にたどり着いたそうだ。


「一応、まだ此処のみんなは、私がこの町を作ったって分かってくれてたから、ちょっと安心なんだけどね……」

「ああ、僕の所でもそうです。モンスターの皆は僕を主と考えてくれてて……でも、<万魔の主>がコンバートされずに済んだおかげもあるのか、とも思いますし」

「……? どういうこと?」


 不思議そうに首を傾げるホーリィさん。

 そういえば、僕のステータスの事についてはまだ話していなかったか。

 とりあえず、掻い摘んで僕の状態が『AE2』へコンバート後、クローズドβで育てた物になっているのを伝える。

 仲間モンスターのコンバートが保留になっていた影響か、<万魔の主>等の召喚系スキルは弱体化せずに残っていたことも。


「それ、何か不公平~ だって、私のステータスなんて、コンバートはしたけどβに参加できなかったから、初期位階の下級1のままよ! やっくんだけずるい!」


 ぷっくりと頬をふくらませながら抗議してくる先輩。

 なんだか、リアルや普段のプレイのノリが戻ってきたみたいだ。

 僕と話して少し気が楽になったのだろうか?

 そう考えて、ホーリィさんの不安を察する。

 情報ウィンドウを呼び出し、ホーリィさんのステータスを確認してみる。


【名称】ホーリィ

【種族】人間 ※/聖女/超人/半神

【位階】下級(レッサー):1

【称号】<神官プリースト


 種族の潜在補正でいくらかマシとは言え、これならあのホーリィさんも不安になるのも無理はないか。

 ホーリィさんは基本的にソロで、召喚NPCもほとんど使用して来なかった筈だ。

 そこでこの異変……この町がいくら友好的でも、自分よりも強い存在に取り囲まれている。

 ましてや意思や感情を持つまでになっている。

 何か間違いでもしたら、部下のはずの聖堂騎士や神官団に牙を剥かれるのではないか? そんな不安を感じても不思議ではない。

 早くにマリアベル達に出会い、その意思を確かめられた僕とは違い、不安を打ち消すだけの材料が足りなかったのだろう。

 そこに、僕が現れた。

 この異常事態でどれくらい信用できるかわからないが、気心の知れている相手が居ると言うのは、確かに 安心できるのかもしれない。


「……下級1ってのも、随分ですね。道理で愛用の大鉄塊ジャイアントメイスが傍に無いわけだ」

「アイテム庫にあったのは見つけたけど、位階ランクとステータスが足りなくて、持ち上げる事も出来なかったわ……」


 あれは確か伝説級レジェンド武器ウェポンだ。

 そりゃ、下級のキャラでは持ち上げるのも苦労するだろう。


「でも、下級でもその位階内の上位装備にしたら、まだマシに出来るでしょ? アイテム庫の中身は『AE』の頃のままな筈だし」

「下級装備なんてほとんど手放しちゃったわよ。残ってるのは弱くても準上級グレーターの装備ばかりなのよ」

「下級職の装備、結構まだありますけど使います? 『AE』の標準値で良いですよ」

「ちょっと、そこは親切に譲るところでしょ!?」


 プンスカと怒ったふりをする先輩。

 ああ、ようやくいつもの調子にほぼ戻ってくれたかな?

 そんな事を思いながら、出発前に確認したアイテム庫を思い出す。

 僕は、いわゆる高級な回復薬をラスボス戦でも使えないタイプだ。

 更に言うなら、全アイテムをコレクティングするようなタイプでもある。

 特定の称号限定装備や入手が余程困難なモノは別として、店売りアイテムや個数制限の無いアイテムはアイテム庫に可能な限り保存している。

 確か、下級の神官用装備なら数人分在庫があったはず。

 とはいえ、それをするにも、一つ確認しておくことがあるけれど。


「あはは……まぁ、それは冗談として…譲ってもいいんですけど、その前に一つ……先輩は、これからどうするつもりですか?」

「どう、って?」


 僕を見つめる先輩へ、言葉を続ける。


「さっきも言いましたけれど、この世界の外の国々は、マイフィールドに目をつけています。

 このままだと、何らかの形での干渉があるはずです。僕のマイフィールドでの出来事みたいなことが。

 多分、ホーリィさんのマイフィールドくらいの規模になれば、多少の干渉は跳ね返せると思いますけど、それもどれくらい保つか……」

「やっくんがしたみたいに、門を閉じておいたら駄目なの?」


 確かに、それも手だろうと思う。

 けれどそれだけじゃ、きっと何も進めない。


「それだと、根本的な解決は無理でしょ?」

「根本的な解決?」

「……元の世界に戻る事」

「っ!」


 目を見開くホーリィさんに、僕は続ける。


「何で僕たちがこんな風にゲームのキャラクターの身体で此処に居るのか?

 僕達の居るこのマイフィールドが実体化したのは何故なのか、『外』の世界は何なのか……判らないことが多すぎます。

 多分、それはそれぞれの小世界に閉じこもっていては、絶対に解き明かせない事だと思うんです。

 だから、僕は、これから『外』の世界を見て回ろうと思っています。

 幾つものマイフィールドが繋がった世界なら、こんなことになった鍵がどこかにあるはずだから」


 それに、と思う。

 ホーリィさんとこうして出会った。

 その意味は重い意味を持っている筈だ。


「……僕たち以外のプレイヤーも、大勢同様の状況になっている筈ですし、ね」

「あ……!」


 僕が居て、ホーリィさんが居る。そして外の世界に現れたという、大量の『門』。

 つまりそれは、似たような状況の『AE』プレイヤーが大量にいる可能性が高いと言う事だ。

 彼らがどのように行動するのか、正直想像もつかない。

 僕たちはキャラクターを『AE2』コンバートした所為で弱体化しているが、中にはコンバートせずに『AE』でのカンスト状態を維持している者も居るだろう。

 同時に、マイフィールドへの『門』の封鎖も、同じ『AE』プレイヤーに何処まで通用するのか不透明に過ぎた。


「もし、例えば皇帝エンペラーの称号持ちが外の国を攻め滅ぼそうとしたら、規模から考えて不可能じゃないと思うんです」


 外の国の規模や国威、軍事力はまだ詳しくは分からない。

 ただ、伝説級レジェンド称号である皇帝は、その気になれば数万に及ぶ大兵力を動員できる。

 それも、ただの一兵卒ではなく最低でも中級の上位程度に鍛えられた兵を、準上級や上級の英雄たちが率い、伝説級の元帥が意のままに操るという、強力極まりない軍集団だ。

 ブリアン達からの情報の範疇で考えると、外の小国程度なら易々と攻め滅ぼせそうだった。

 これは程度の差はあれ、伝説級称号なら同じことが言えると思う。

 僕自身も、モンスター達の力を使えば…むしろ無数の特殊能力を駆使できる分、もっと酷い事も仕出かせると思う。


「外と完全に自分の世界を切り離すのは、怖いと思うんです。外で何が行われているか、わからない。

 他のプレイヤーが何らかの形で他のプレイヤーの『門』の封鎖を意図的に解除するような方法を見つけないとも限らないわけですし」


 だから、何としても外を知る必要がある。

 ホーリィさんと再会したことで、それがはっきりしたわけだ。

 故に、僕はホーリィさんに尋ねる。


「とりあえず僕は、転移の門がある周辺で、情報を集めるつもりですけど……良かったら、一緒に来ますか?」

「やっくんと?」

「はい。都合よく、案内の人も確保できましたし。別々に動くのもいいですけど、一緒の方が良いと思うんです」


 僕としても、見知った彼女が、気心の知れた同じプレイヤーが居ると言うのは心強い。

 たとえ初期レベルまで弱体化していると言っても、その知識やプレイヤースキルは、ゲーム時代何度もお世話になってきた。


 それに、先輩が弱っているなら、助けてあげたい。


「そうねぇ~、私だって、帰れるなら帰りたいし……何が起こってるのか知りたいのも確かね……

 やっくんが一緒に居てくれるなら、心強いのも確かなのよね…それにその子、九乃葉ちゃんでしょ?」


 僕の足元にいる子狐姿の九乃葉に気が付いたらしい。

 先輩は立ち上がると、テーブルを回り僕たちの隣にやってくると


「あ~モフモフ~……癒されるわぁ~」


 ふかふかの九乃葉の尾を撫でてご満悦だ。


「あ、主様……」

「あ~、うん、今は好きにさせてあげて?」


 何か、九乃葉が困った様子だが、此処は少し我慢してもらおうと思う。

 そういえば、先輩はフカフカした毛を持つモンスターに触りたがってたな。

 VRMMORPGになる『AE2』も、実際にモンスターに触れるようになると期待大だったっけ。

 そんな事を思い出す。


「いいわぁ~、この感触……って、そういえば、やっくん所のモンスターって、全部実体化してるのよね? よし決めた! 行く!一緒に行く!」

「あはは、ありがとうございます」

「あ、でも……そうなると……」


 不意に思案気な先輩。どうしたんだろう?


「一緒に行くのはいいけど……此処をこのままにして出かけるのはちょっとね?

 なんか盗賊とかに町を荒らされたりしたら困るし」

「僕みたいに、門を偽装したら良いと思うんですけど」

「だって、門は町の入り口の城門に設定しちゃってるのよ? マイルームみたいな部屋を作ったら、町の出入りが出来なくなっちゃうじゃない」


 確かに、先輩のマイフィールドの出入り口はこの町の城門にある。

 僕の所のような偽装は難しいかもしれない。


「なら、外に出てから『門』を閉鎖したら良いと思いますよ? さっき確認したら、周辺なら外でも門の設定が出来そうでしたし」

「そうなの? なら、とりあえずはそうしようかしら?」


 頷く先輩。

 そうと決まれば、まずまだ町の入り口位に居るブリアン達を紹介しよう。

 立ち上がり、先輩を連れだって町の入り口に戻る。


 その道柄、ふと気になった事を聞いてみた。


「そういえば先輩。昨日の夜、バイト云々ってログアウトしたじゃないですか。あの後どうだったんですか?」

「……え?バイト?」


 不意をつかれたのか、立ち止まる先輩。懸命に思い出そうとしているのか、額に手をやり考え込んでいる。


「その辺り、曖昧なのよねぇ~ やっくんと話してた事は覚えてるんだけど、それ以後は良く判らないのよ」


 眉間にしわまで寄せているが、やはり思い出せないようだ。


「まぁ、思い出せないって事は、大した事は無かったのよ、多分」

「そういう物ですか?」


 あまり気にした様子の無い先輩に、僕としては頷くほかない。

 其れよりも、僕としては、ブリアン達を残してきてしまった事が気にかかっていた。

 もうすぐ夜中だ。ホーリィさんと思いのほか長く話し込んでしまったので、随分時間が過ぎている。

 一応、暗示は残っている筈なので、ブリアン達にはこの世界の事も忘れてもらうべきだろう。

 そう考えつつ、大神殿へ振り向く。

 大神殿の塔に設えられた大時計が、0時を示そうとしている。


 とりあえず、今晩はこの街で夜を明かそう、そう思った。





――同時刻



 『それ』は、静かにその地に現れた。

 まだ己に何が起きたのかも知らず、未だ眠りについていた。

 山程の巨体を横たえ、自身がいかなる状態かも知らぬままに。


 それが目覚めるまで、後半日。

 平穏は今しばらくのみ続くようであった。

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