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第19話 ~風浪神ゼフィロート~

 結局の所、ソレの目的は単純なモノだったのだ。


「ああ、全く。結局自ら動かねばならないとは……」


 皇城にそびえる幾つかの尖塔、その一つの上に立ったソレは、心底うんざりとした口調で言葉を漏らしていた。

 一見するとヒトガタに見えるソレ。

 しかし決して人ではないその存在は、ゴツゴツとした無数の石の塊が人の形に寄り集まっているように見える。

 個々の石同士は別個の石として宙に浮いているのに、全体として見ると人の姿をしている、そんな代物であった。

 さらによく見れば、夜闇で判り難いが、それらの石は色とりどりの宝石であった。

 透き通った宝石の他にも、黒石や真珠のような透明ではないもの、更には貴金属の含まれた原石らしきものも混ざっている。

 一際目立つのは、胸部に当たる部分だろう。

 歪であろうとも人の形を取るならば、胸部を含む胴体は、相応に形を整えているはずである。

 しかし胸部にあたる部分の石は、明らかに異常があった。

 丁度心臓に当たる部分、そこが何かが収まるべきであるかのように空洞となって居たのだ。

 無数の石の集合体であるソレは、心臓に当たる部分等なくても活動はできるようではあるが、同時に万全ではない様子であった。

 事実腕に当たる部分をかざし、皇城からも確認できる赤い霧に向けて先ほどから強力な攻撃魔術を放っているのだが、空洞にほど近い左腕に当たる部分をかざせずにいる。

 攻撃魔術を放っている側の腕に当たる部分も、反動でもあるのか魔術を放つほどに大きくブレて安定していると言うにはほど遠い。


「っ……やはり主要核を失ったのは痛い。しかし、今ここで動かねば……」


 頭部に当たると思われる個所、一抱えもある巨大な金剛石が、僅かに向きを変える。

 まるで首を巡らし視線を移したかのような素振りだ。

 金剛石の表面の僅かな凹凸はまるで人の顔を連想させるようであるが、その顔に当たる部分が向けた先は、貴族邸宅区画の一角に生じた赤い霧に向けられていた。

 先ほどから放ち続けて居る攻撃魔術は、位階で言えば伝説級、それも大規模戦闘で使われるような強力なものだ。

 己の身体を形成する石の中から、鉄鉱石が含まれる鉱石を生成し、それに雷光を纏わせ射出する。

 本来皇城には防御用の強力な魔術結界が施されているのだが、あくまで防御用である為か内から外への魔術は一切阻害しないようだ。

 一種の超電磁砲じみた過程を経て射出される魔術砲弾は、雷鳴そのものの轟音を伴い赤い霧に突き刺さっていた。

 しかし霧は微かに揺らぐものの、一向に効果があるようには見えない。

 そのせいか、石のヒトガタに焦りのような揺らぎが生じていた。

 

「一体だれがあのような結界を……」


 だからだろうか。ヒトガタは、その存在に気付くのが遅れたのは。


「知りたいかい、<貪欲>?」

「っ!? 誰ですか!?」


 ふいに掛けられた声。

 ここは皇城の尖塔それもその屋根の上だ。

 登る手段は限られるし、ヒトガタも下から何者かが来ればすくにわかる程度の知覚を備えている。

 だと言うのに声を掛けられるまで、<貪欲>と呼ばれる存在が声の元に気付かなかったのは異常であった。


「おやおや、こんな騒音をまき散らして、誰も来ない筈がないだろう? こそこそするのを止めたなら、もっと堂々としてほしいものだな。滅びの獣の名が泣くぜ?」


 はたして、そこに立つのは奇妙な装いを纏った青年であった。

 風も吹き、足場も悪い尖塔の屋根の上にあって、全く不釣り合いなひらひらとした装飾過多な装束は、よもすると道化じみて見える。

 しかしその手に抱えられたものが、青年の印象を一言へと集約する。


「……吟遊詩人?」

「ああ、その通りさ。俺ぁ気ままな歌謳い。まぁだからこそこんな騒音には我慢ならなくてな。一言文句を言いに来た」


 <貪欲>と呼ばれたヒトガタが言うように、そして手にした六弦琴が雄弁に、青年が皇都でもよく見られる語り弾きの者だと示していた。

 だがここは皇城、それも危険な尖塔の上だ。

 まともな吟遊詩人がこのような場所に居るはずもない。

 居るはずも無いのに、さも当然のように尖塔の中央にある風見鶏にもたれかかり、暢気に六弦琴の調整まで始めている。

 その素振りすべてが、<貪欲>と呼ばれたヒトガタを煽るようであった。


「ふざけたことを……このような場所に、吟遊詩人が来るはずもないでしょう! そもこの尖塔の周囲には結界が……!」


 そう、<貪欲>と呼ばれたヒトガタは、赤い霧を破らんと行動を起こす前に、この尖塔の周囲に己の身体を形成する石の一部を配置していたのだ。

 石の種類ごとにモンスターに変化したり、または人払いの効果を発揮するこれらは、轟音や閃光を伴う大規模戦闘級の魔術を駆使するためには必須と言えた。

 大規模戦闘用魔術は、基本的に詠唱寺間や隙が大きいのだ。

 轟音を聞きつけた衛兵などが寄ってこられては、<貪欲>が為そうとする目的が果たせない可能性があった。


「ああ、あの適当にばらまかれた石か? あんな判り易いものに引っかかるはずないだろう」

「なっ!?」


 しかし、この自称吟遊詩人は、念入りに配置したそれらを容易く乗り越え、その上で<貪欲>の知覚に直前まで存在を察知させなかったのである。

 明らかに尋常な存在ではない。


「それに……」

「それに、何だと言うのです」

「俺は本当に今来たばかりだって事さ。まぁ安心しろ。俺ぁ文句を言いに来たが、そっちに直接どうこうする気はないんだ」


 何でもない事のように、自称吟遊詩人の青年は肩をすくめる。


「だが……まぁちょいとお前さんはやり過ぎた。まだ俺ぁこっちで動くにはちょちとばかり速いんだがなぁ……」


 そう言うと、尖塔の中央、風見鶏にもたれかかっていた吟遊詩人は、身を起すと一歩足を踏み出した。

 ……何もない、空中へ。


「!?」

「ああ、そういえば誰かと問われて答えていなかったな」


 そのままごく普通に散歩するかのように、自称吟遊詩人は空中で歩を進め続ける。


「俺ぁゼフィロート。風来のゼフィロートだ」


 ゼフィロート。その名を<貪欲>と呼ばれるヒトガタは知っていた。

 <貪欲>とて、様々な感知の能力は持ち合わせている。

 特に魔法や魔術に関しては、その存在の根本にかかわる魔力の質もあり鋭敏だと言える。

 だからこそ、目の前の自称吟遊詩人のゼフィロートが為している空中歩行が、一切の魔力を介さない一種の奇跡だと看破していた。

 だからこそ、その正体を察する。

 七曜神の内、元素を司る四元神の一。

 風を司り、流れ行く者。


「まぁ、風浪神って異名の方が通りがいいかもしれないがな」


 気体と風、天候を司る神。風浪神ゼフィロートが、此処に顕現していた。




 同時刻、貴族邸宅区画、フェルン侯爵邸宅。


「つまるところ、マスター夜光は詰めが甘かったのさ」


 皇城からの大規模戦闘級の魔術の行使という異常事態に、フェルン候から調査の指示を受けた僕は、ライリーさん達と共に皇城と赤い霧と2か所に向けて手分けして情報を得ようと動き出すところだった。

 そこを、突如として現れた思いがけない存在から、報告を受けていた。

 一見軽薄そうな吟遊詩人、その実その風の吹くところの全てを知る知恵の神でもあるこの風浪神ゼフィロートから。


「例の瓦礫の巨人の核になってた宝石、アレが<貪欲>の核には違いないが、全てでもなかったのさ。実のところ、その他の部分は健在だった……あの魔術障壁に覆われた皇城の中にな」


 風浪神ゼフィロートは、風を司る七曜神の内の一柱だ。

 表面的な性格や口調は、軽薄な吟遊詩人その者なのだけれど、その実世界で風が吹いた場所の情報をすべて知ると言う知識神としての側面も持っていた筈。

 その権能のせいか、この皇都で起きていた事態も、彼は殆どを把握していたんだ。


「元はあの赤黒の宝石だったんだが、そもそもアレが皇都に持ち込まれたのは、奪われそうになってた拡張バッグに入れられての事でな。誰の手に触れるでもなくこれまた宝物庫代わりの別の拡張バッグに入れられてたわけだ」


 同時に、風はどこにでもいると言う事なのか、自身の分身を幾らでも作り出せる権能まで持ってる。

 思えば、ゼフィロートとの契約を結ぶ時の試練は、アナザーアースの世界全てを使い、無数の分身に紛れた本物を探し出すと言う大規模になり過ぎた鬼ごっこだった。

 探知のスキルや魔法を駆使しないとヒントすら得られないような鬼畜難易度の鬼ごっこは、直接的な戦闘こそなかったものの他の七曜神や七大魔王達とは違った意味で過酷だったなぁ……


「もちろん奴の権能でその拡張バッグの中の宝石は全部奴になったわけだが、ある時何かの支払いでその拡張バッグから1個だけ宝石が使われて皇城外へ持ち出された。<貪欲>は喜んだだろうな。一気に身体を増やせると。しかし、此処で誤算が生じた」


 だけど、何とか契約できて、今は僕のマイフィールドの世界運営を任せている、筈だったんだけどなぁ……何でこっち側の世界に居て、あまつさえ皇都で起きていたこと全部把握してるんだろう?


「皇城の障壁は、<貪欲>の魔力さえも遮断したって事だな。これのせいで、核である宝石から、皇城の中に在る宝石が分断されて、それぞれに動くようになっていたのさ。そして皮肉なことに、二つに分かれた<貪欲>は、それぞれに己自身が本体だと言う認識と、自身が主導となって再度一体化することを望んだんだな」


 一応、僕のマイフィールドに異常があれば連絡が入るはずだから、ゼフィロートがあちらでの仕事をしてないって事はない筈だけど……


「だが、核の方はマスター夜光が片付けた。すると本来の格が失われた事で、皇城の側の残りの<貪欲>はそれを察知したわけだ。しかし、核が失われたことは判っても、それを為した者は誰か判らない。つまり<貪欲>は己の核をつぶした存在を脅威とみなすようになる。同時に、例のフェルン侵攻の事後処理で国庫から支払いが発生した中で、<貪欲>の一部がさらに皇城から流出し、活動を始めた」


 今は、僕のマイフィールドも気になるけれど、ゼフィロートの話も気になる。あちらは一旦横に置こう。


「そこで、まずはあぶり出しだ。細かな事件や目立つ事件の種を無数にばらまいて、最終的に大規模戦闘になる程度の事態に育てようとした。同時に、<貪欲>は元々皇都にいた<プレイヤー>を様々な手段で皇都から引きはがし始める……<貪欲>からすると、本命を探すのに事件の種をつぶしかねない<プレイヤー>は、邪魔だったのだろうな」


 ああ、そういえばスナークも皇都付近のプレイヤーが居なくなってると言っていたっけ。


「拡張バッグの襲撃や貴族間の衝突も、結局はそういう誘導で引き起こされた結果だ。ナスルロンの諸侯も追い詰められたとはいえ、偽装襲撃で罪を擦り付けとか、流石に馬鹿に過ぎたからな。ただ、ようやく火種がかがり火程度になりそうなところで、あの赤い霧での隔離だ」


 ああ、あの赤い霧、むしろ事態の収拾の方向性で発生したものだったのか。


「実際、あの霧であの区画を隔離しなかったら、あの中の石化した人間全てが<貪欲>の身体として取り込まれるところだったし、石化の原因になった化石邪霊が皇都中に広まって大惨事になるところだったと言えるな。あの場にその手の権限持ちのスナークが居たのは運が良かったとしか言えないな」


 ……ゼルの顔したやつが暴れてるだけじゃなくて、化石邪霊ってそんな質の悪いモンスターもあそこに居たの!?


「ただあのまま赤い霧に向けて大規模級攻撃魔術を続けられると、あの霧の障壁が破られる恐れだってある。そこで今俺の分身が<貪欲>を引き留めてるわけだ。わかったか、マスター夜光」


 ああ、うん。何となくわかったけれど……一つ確認することが有る。


「判ったけど、どうしてここに居るの? マイフィールドの管理任せてるんだから、此処に居るのおかしいよね!? 滅びの獣への影響も心配だから、こっちの世界には来ないように頼んでいた筈だよ?」


 思わす聞かずにはいられなかった僕を、誰が攻められるだろうか。


「ああ、そんな事か。俺は普通にマスター夜光の世界の風を辿ってここに来た、それだけだぞ?」


 帰って来た答えは、僕を絶句させるのに十分だった。

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