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第17話 ~赤い霧~

「アレは一体どういう状況だ?」


 フェルン候との会談の後、急報として告げられた貴族街の襲撃。

 一報ではゼルグスが暴れているとのことだったが、その後続報として入ってくる情報は、フェルン候をして大いに首を傾げさせるものだった。

 乱れ飛ぶ魔法弾と、それを打ち払う屈強な傭兵。

 魔法弾を放つ男がゼルグスの顔をしているのは、恐らくナスルロンのフェルンへの工作の一環だろうと判断されたが、今度は逆にそのバリファス諸侯の邸宅を守っている傭兵の側もゼルグスに似た風貌をしていると言う情報が混乱に拍車をかけていた。

 もっともコレに関しては、グラメシェル商会の護衛にしたままのゼルの事だろう。

 運がいいのか判らないけれど、恐らくは偽装とはいえこれからフェルン候との関係を考えるうえで、都合よく手助けを出来たことを考えると悪くない。

 それとなく、フェルン候にその傭兵も僕の仲間であると伝えておくことにした。

 実際、襲撃側が使っているのは、簡易的な大規模戦闘参加用の魔法榴弾砲だろう。

 現場であるバリファス諸侯の邸宅がある区画は、フェルン侯爵邸宅からは相応の距離があるにもかかわらず、上空に打ち上げられた魔法弾の爆炎と轟音が確認できる。

 あの爆炎は、アナザーアースでイベントなどで花火代わりに使用されていたアイテムで間違いない。

 発射されて十秒程度飛行した後に爆発するあの魔法弾は、伝説級のゼルの実力なら、ゆっくり投げられたボールを上空に打ち上げる程度の難易度にしかならないだろう。

 マリィも同行していた筈だから、もしうちこぼしても地上の被害は皆無だろう。

 更にはその場に居合わせたらしき、他国と繋がっていた地下組織が摘発されたなど、どうにも情報が錯綜している。

 被害はゼル達が抑えているにしても、現場の混乱具合は酷い物であるのは確かなようだ。


 そしてそれも先ほど聞こえなくなった辺り、事態は一旦収束したのかと思いきや、実はそうでも無かったらしい。

 フェルン侯邸宅の最上階は、皇城の尖塔ほどではないけれど、皇都をある程度見渡せる。

 そこからの眺めに、この邸宅の主であるフェルン候シュラートが困惑の声をこぼしていた。

 貴族区画の一角、バリファス諸侯らの邸宅が固まる方面を、奇妙なモノが覆いつくしていたのだ。

 一見すれば、それは煙の様でもあり、霧の様でもある。

 月明かりに照らされ、また無数の街灯に彩られた皇都の中、それは周囲の明かりを飲み込むかのように赤々と地上に己の存在を主張していた。

 フェルン候が困惑するのも無理はないだろう。

 夜に霧や煙が発生するのはまだ理解の範疇だろう。

 それが白や黒などと言った煙や霧としてあり得る色合いなら同様。

 しかしそう、赤いのだ。

 まるで夕焼けに染まる雲を地上に下ろしたかのような色合いのそれ。

 全体的には半球の赤い霧が、町の一角を覆いつくしているような、そんな光景。

 そして、その後ろで同様のモノを見ている僕も、困惑を隠せずにいた。


(アレは、まるでマイフィールドを取り囲む境界の霧みたいな……)


 あの色合いの霧は僕やホーリィさんの所のような、野外型のマイフィールドを取り囲む霧によく似ていた。

 違いと言えば、一定の範囲の土地を取り囲むように発生しているか、ああやって覆い隠しているか。

 確か、以前アナザーアースの設定集か何かに、マイフィールドの周囲の赤い霧は、マイフィールドという一種の魔法的な空間を隔離するための障壁なのだという解説があったのを思い出した。

 もしかすると、あの赤い霧も同様のモノなのだろうか?

 だとすると、少し、不味いかもしれない。


「シュラート様、あの赤い霧、恐らくは門の産物です」

「で、あろうな。あのような不可思議な事象、それ以外には考えられぬ」


 僕の頭に浮かんだのは、<見果てぬ戦場>のような、一定の特殊な空間を発生させるようなマジックアイテムだ。

 <見果てぬ戦場>は大規模戦闘専用空間を、通常の空間とは位相とかレイヤー違いとでも言うようなズレた一種の亜空間として発生させる効果があった。

 だけど、大規模戦闘専用空間は、もう一つ別の発生の仕方がある。

 亜空間として発生させるのではなく、通常空間を単純に区切ってしまうという方式だ。

 これはイベントなどで、無数のプレイヤーが同時に参加できるクエストなどで発生するタイプ。

 <見果てぬ戦場>があくまでパーティーレベルの人数のプレイヤーを対象とする大規模戦闘専用空間であり、また複数同時展開されても通常空間には影響を及ぼさない方式であるのに対して、それこそ無数のプレイヤーが同時参加できるように、通常空間で大規模戦闘を行うように周囲を区切るのがこの方式だった。

 僕の記憶にあるイベント用の区分けされた空間は、誰もが入れるように解放されていたけれど、もし解放されないようなパターンの場合どうなっていたのだろう。

 もしかするとあの赤い霧のように、中と外を隔離するのではないだろうか?

 そして、もう一つ。


「あの場には、少なくともぼ…私の仲間が二人いた筈です。その二人は並の実力ではありませんが、その二人をして未だあの赤い霧があそこにある……あの中では、恐らく先ほどの騒ぎ以上の何かが起きているはずです」


 そう、あの赤い霧が発生してから、しばらく経っている。

 あの場には、少なくともゼルとマリィが居たはずだ。

 あの二人が居て、あの異常事態が未だに続いていると言う事は、二人だけでは対処しきれないような何かが起きていることになる。


「であるならば、どうする?」

「無論、私の仲間の救援に。出来るなら、ゼルグスの顔を持つという男も捕らえようかと」


 僕は意識の中のパーティー表示を見た。

 普段のメンバーの名前が並ぶなか、あの中に居るはずのゼルとマリィの名前の表示は明度を下げている。

 これは対象が別のエリアやイベント用の空間などに隔離されている際の表示パターンだ。

 死亡などの時には明確に表示が変わる為、けがなどのダメージの有無はともかく、二人が健在であると示していた。

 であるなら、救援するべきだろう。僕はあの二人の主なのだから。

 更に言うなら、ゼルグスも僕の配下である以上、その顔を勝手に使って工作しようとする相手には相応に返礼すべきだと思う。

 だた、幾つか問題があった。

 一つは、結果的に会談途中で中座してしまう事。

 恐らくあの赤い霧の中で何が起きるとしても、その後は後始末などでここフェルン邸に戻るまで時間が空いてしまうだろうし、そうなれば会談は中断することになる。


「これから向かうと? ……ならば、先の余の問いに応えよ。そなたは、我がフェルンを港とする気は在るか否か」


 だからこそ、フェルン候の問いかけは助け舟の様だった。

 一端の区切りになるし、同時に他の問題にも言及することが出来る。


「……はい。約を結びましょう、シュラート様。そして、一つお願いとそれに伴う情報開示が」

「なんだ、申すが良い」


 フェルン候の言葉に、もう一度僕はパーティーの一覧を見る。

 そこに並んだ名前、あの赤い霧の中に居るゼルとマリィ以外のメンバーの者も、全て明度を下げていた。

 ホーリィさんはユータ少年と同時に今ガーゼルに居るし、リムはある仕事を任せた為に皇都を空けている。

 ここのにも別件でとある仕事を頼んでフェルン領に飛んでもらって居るので、手持ちの戦力が足りないのだ。

 僕は基本的に後衛の魔術師で、前衛が居ないと紙装甲という最大の弱点を晒すことになる。

 中級位階に上がった事で瞬間的な追加HPをもたらす魔法障壁を張れるようになったものの、あくまでそれは緊急回避手段であり、中級の段階ではそこまで頼れる強度でもない。

 となると、他に前衛を用意する必要がある。

 特に外聞が無ければ、昔やっていたように簡易的な魔像(ゴーレム)を作るのだけれど、この皇都では資材になる石や土の塊を手に入れるのが存外に難しい。

 さらには壁にできるほどの強度の魔像となると、どうにもかさばって必然的に目立ってしまう。

 ならば、一見目立たず更には戦力に期待出来る、その条件に該当し実力も申し分ない人物と言えば……


「竜騎士アルベルトをお借りしたい。できれば、捕虜としている創造術師ライリーも」

「なるほど、あれらもそなたと繋がっておるか」


 僕の上げた名前に、フェルン候は納得顔だ。


「……咎めないのですか?」

「同郷が居るならば、先に接触するのは道理であろう? 申し合わせ余をフェルンを乱さんとするならともかく、そなたらはそのような素振りも無い。隠し立ては今更であろうさ」


 事も無げに言い放つフェルン候に、僕はあっけに取られる。

 この鷹揚さは、伝説級というこの世界では隔絶した超越者であるという自負がなせる業なのだろうか?

 元々が小市民な僕には、到底計り知れない器を感じる。


「いや、むしろ礼を言わねばならぬのだろうな。あのライリーと言う者、随分と容易く降るものだと考えていたのだ。そなたらが動いた結果なのであろう?」

「それは、確かに……」

「あの者が頑迷に抵抗したならば、どれ程の被害になったか見当もつかぬ。ならばこそ、その貢献には報いねばなるまい?」

 

 そういいながら、鷹揚にプレイヤー二人を借り受ける許可をだしてくれるフェルン候。

 恐らくは、<プレイヤー>同士の横のつながりも、フェルン候にとって十分想定内だったのだろう。

 今後フェルン候には情報を幾つか明らかにする方向に舵を切った以上、アルベルトさん達との関係を隠し続けるのも困難なわけだし、此処で明らかにしておいた方がいい筈だ。

 戦力的にも、アルベルトさんは実力十分のタンク職だし、ライリーさんは僕以上に魔像の扱いに長けている。

 あの赤い霧について二人の意見も聞きたいことだし、許可を得られたのは本当にありがたい。

 だけど、浮かれる僕をフェルン候の次の言葉が引き締めた。


「ただ、事を為すならば、急ぐべきであろうな。あの事態、陛下は既に動いて居られるであろう。いや……既に動かれていたか」


 そう、ここは皇都。それもあの場所は皇城に近い貴族邸宅区画。

 まさしく自身の庭にも等しい場所での騒ぎに、皇王その人が動かない筈がなかったのだ。


「!!?」


 突如、皇都の夜を閃光が走った。

 先の花火擬きとは違う、雷光の如き閃光と轟音。

 皇城の尖塔、その一つから放たれた大魔法が、赤い霧に向け放たれたのだ。

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