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第15話 ~観測者と襲撃者~

「ふぅむ、どうにも上手く行きませんねぇ。本来ならもう少し大きな混乱が起きてくれるはずでしたが」


 そこは何処とも知れない暗闇の中であった。

 闇の中で一点、灯された卓上ランプ。

 その微かな明かりが照らすのは、一枚の羊皮紙だ。

 そこに描かれているモノは、皇都。

 細かな路地まで克明に記されたそれは、見る者が見れば驚愕したであろう。

 各建物に事細かに記された説明には、皇国行政官たちですら知り得ぬような秘密でさえ記されているのだ。

 特に驚くべきは、うっすらと描かれた下水道の経路だろう。

 複雑に入りくねった下水道は、時に謎の仕掛けなどで封鎖され、詳細を知る者などいない筈であった。

 それが皇城まで至る秘匿された隠し通路まで記されているのだから。


 そしてその地図の上には、無数の宝石が乗せられていた。

 皇城に当たる場所、貴族の屋敷の区画、商業区画、港湾区画等。

 そして今、


「やはり、先の貪欲の一件は強く介入するべきでしたか……いや、貪欲に私を気取られるのは余りに拙かった。あの場はアレで十分だったでしょう」


 何者かの声が響くと同時に、暗がりから手が伸び、宝石が新たに置かれる。

 かすかな光はその手をはっきりと照らせず、それ故あやふやなシルエットでしかない。

 男なのか、女なのか。置いているのか若いのか。

 延ばされた手の元は泥水のような闇に消え、猶更判別できない。

 恐らくは、先の声はこの手の主が発したものであろう。

 ただ明らかなのは、その手が置いた宝石が、貴族区画の示す個所に置かれた事だ。

 そこには、既に無数の宝石が置かれている。

 あまり質の高くない屑宝石が幾つかにかこまれて、ひときわ大きな翡翠が鎮座し、小ぶりな月光石がその傍らに。

 そして新たに置かれたのは、刃の如きに仕立てられた黒輝石だ。


「まいた種は中々に芽吹かず、ようやく動いたかと思えば、面白みも無く花さえつかないとは……何とも歯がゆいですねぇ」


 黒曜石は、屑宝石を挟み翡翠の逆側に置かれた。

 丁度、地図においては下水道の出入り口が記された場所である。

 闇から延ばされた手は、別の場所フェルン侯爵の屋敷に置かれた宝石をつまみ上げる。


「とはいえ、ようやく動き出したのは確か。 さて、上手く動いてくれればよいのですがね。前もって余分な要素は削ったのですから……」


 摘まみ上げられたのは透明度の高い燐灰石だ。

 手は深い海を思わせる色合いのそれを別の場所に置き、一旦思案するように地図の傍らに置かれた無数の宝石を弄ぶ。

 そこでふと手の動きが止まった。


「もしや別の指し手が居る? 幾らこちらの影を悟らせぬ為に、迂遠に種をまくばかりだったとはいえ、ここまで立ち枯れるのは逆に不自然。ならば何者かの意図が介在していると考えるのが妥当のように思えますが……」


 声の迷いを裏付けるように、手は不機嫌そうに地図外の無数の宝石をつま弾く。宝石同士がぶつかり合い傷つく様子は、その価値を見て取れる者が居たなら悲鳴を上げるべき暴挙と言えた。

 しかし、声の主は気にする様子もない。


「……ならば、少しかく乱の手も打っておくとしましょう」


 おもむろに伸ばされた手の先に在るのは、商業地区に置かれた暗黄色の小ぶりな水晶だ。

 地図では入り組んだ路地の片隅、まるで隠れているかのようなそれを、手は無造作につかみ上げる。


「既に捨てた駒ですが、存外にしぶといのは見所があると言えるでしょうか。あまり価値はありませんが、少し手を加えれば、状況を揺らす一手にはなりますかね……?」


 思案気にひとしきりその水晶を掲げた手は、ポイとばかりにそれを転がす。

 その先は、皇都の衛視の駐屯所だ。


「これで駄目となると、私自身が動く必要もあるでしょうが……できれば避けたい所。差し手の影もそうですが、あれらに私を悟らせるわけにもいきませんからね」


 奇妙なことに駐屯所に転がされた水晶は、既に置かれていた幾つかの石をまるで磁石のように引き寄せ、一つの塊と化していた。


「ふむ、貪欲の名残でもありましたか? それに此方は……」


 また、貴族区画の側でも、いつしか屑宝石の幾つかが砕け散っている。

 そこにいつの間にか存在していたのは、大粒の黒玉だ。

 磨き抜かれ、僅かな光さえ反射し輝くその黒玉は、まるで翡翠と燐灰石のと対峙しているかのよう。

 そしてもう一つ。奇妙なものがそこにあった。


「……このジェットはともかく、風? いや、まさかそんな事が」


 地図の上、貴族区画を指し示す場所を取り巻くように、風が吹いていた。

 台に置かれた羊皮紙そのものは僅かにも揺らさず、しかし置かれたいくつもの石を確かに揺らす渦巻きし風。

 先刻まで空気を揺らすものは、誰とも知れぬ声と手の動きだけだったと言うのに。


「もしや、コレが介入者だとでも……?」


 声に動揺が混じる。

 その様を嘲笑うかのように、渦巻く風は一瞬口笛の如き風音をたてると、風は突風となり、地図も上に乗せられていた全ての宝石を吹き飛ばした。


「…っ!?」


 仮に手と声の主が台の傍らに立っていたとしたら、吹き飛んだ無数の宝石で大怪我は避けられなかった筈である。

 しかし、驚愕の色こそあれ、声は健在であった。


「まさか、此方を察知していたとでもいうのですか? いったい何時から……」


 僅かに暗闇を照らしていたランプは倒れ、最早その場に光は一切ない。

 故にそこに存在を主張するのは誰とも知れぬ声のみ。

 そしてもう一つ。

 ヒュルリと、僅かな風音。

 声の主へと、己の存在を示すだけ示し、揺らぐ風は消えていった。



 バリファス諸侯の屋敷の区画では、激しい戦いが繰り広げられていた。


「撃て! もはやどこに当たろうとも構わん!!」

「させぬで御座るよ!!」


 辺りの屋敷に向け、めったやたらに砲撃を繰り返さんとする襲撃者と、それらから周囲を守ろうとするゲーゼルグ。

 時に砲弾を上空に跳ね上げ、時に繊細な太刀筋で砲弾の撃発部のみ切り飛ばし、時に短剣を抜き打ちに投擲して魔道具を破壊するその奮戦は、夜とは言え人々の注目を集めるのには十分であった。

 何しろ、上空に打ち上げた砲弾は、まさしく花火の如き轟音と閃光を放つ。

 バリファスの諸侯も自前の兵や護衛の者を当然の様に抱えており、その者らが騒ぎに気付かない筈も無かったのだ。

 既に周囲を取り巻く様に、衛兵が集まってきている。


「あいつら一体何なんだ!? それに、あの戦士は?」

「商会の馬車を守ってるって事は、あそこの護衛か?」


 しかし、両者への介入は及び腰だ。

 一つは、その戦いがあまりに激しすぎること。

 無差別に砲弾を放たんとする襲撃者は、衛兵らが近づこうとすればこれ幸いと彼らに砲口を向ける。

 この世界の者にとって馴染みのない魔道具であるがゆえに、初見は脅威を感じなかったようだが、直ぐにその先端から放たれる火点が上空で破裂するのを見、破壊力を思い知らされる。

 またそれを防いだゲーゼルグも、傍から見れば恐るべき脅威だ。

 両手持ちの大剣を持ちながら、疾風の如き速さで縦横に場を駆け抜け、襲撃者達が放つ火点をことごとく防ぐ様は、この世界の戦士ではまずたどり着けない境地を見せつけていた。

 もっとも、ゲーゼルグから言わせれば、コレはまだ容易い戦いと言える。

 襲撃者達が使う魔道具は、あくまで簡易的な大規模戦闘用装備なのだ。

 弾速は伝説級に至ったゲーゼルグにとっては止まって見える程度であり、装弾数が各1発であることから連続で打ち出されることも無い。

 襲撃者らにとっては貴重な魔道具である為か、実戦での使用の練度という点では全く慣れて居ないのだろう。

 だからこそ、周囲の屋敷を守れていたのだが、同時に火点の処理に追われ襲撃者そのものへの対処には手が回らずにいた。

 さらには、ゲーゼルグにとっては聞き逃せない言葉が耳に入ってくる。


「あれ? あの顔何処かで……?」

「確かフェルンの……」

(……これは良くない流れで御座るな)


 周囲の兵の中には、昼の御前会議で護衛を務めた者も混ざっていた。

 それらが、襲撃者のなかで唯一顔を晒した者、つまりゼルグスの顔をした者に気付いたのだ。

 それを察したのか、ゼルグスの顔をした襲撃者が一瞬笑みを浮かべると、仲間達に告げる。


「よし、失敗したが十分だ! 引き上げるでゴザル!」

「させぬで御座るよ!」

「おっと、邪魔するな。こいつでも喰らってな!」

「……っぬぅ!!」


 撤退を察したゲーゼルグが後を追おうとするも、残りの魔道具を一斉に放たれ、対処にかかりきりとなる。

 その隙に、襲撃者達はやって来た下水道へと逃げこもうとした。

 しかし……


「なっ何だお前!?」

「ああ、残念。ここはさっきから通行止めよ」


 地下へと続く扉。そこに佇む人影があった。

 一見すると道化にしか見えない装飾過多な装束。顔立ちから女と察せられるが、同時に目を離すとすぐに忘れてしまいそうな存在の希薄さを漂わせている。

 いっそこの場が何かの劇の会場であるかのように錯覚するほど、その女は現実感に乏しい。


「急げ、奴が追ってくるぞ!」

「殺せ!」

「……夜だと言うのに騒がしい。近所迷惑ね」


 襲撃者達はその異様さに一瞬気圧されるも、自分たちがいかなる任務であるかを思い出し、一斉に忍ばせていた短刀を抜き放ち、女に襲い掛かった。

 一人が短刀を投げつけ、左右から切り付けようと襲撃者が迫る中、その女は一言告げる。


「質の悪い草の者だ事。なって居ないわね」


 その言葉は、果たして襲撃者達に届いたのかどうか。

 何故か、投げつけられたはずの短刀は、投げた者の喉に突き刺さり、左右から女をねらい振るわれた刃は、放たれた勢いのままに左右の襲撃者のそれぞれの首を跳ね飛ばしていた。


「馬鹿な、一体何が!?」

「む、コレは……!? それにそなたは……千変で御座るか?」


 驚愕に足を止めたゼルグスの顔を持つ者と、その後方から追いかけて来たゲーゼルグ。

 襲撃者はともかく、ゲーゼルグは彼女が何者か知っていた。


「久々の呼ばれ方ね。でもあまり好きな名じゃないわ。貴方の御主人様から話は聞いてない?」

「いや、聞き及んで居るで御座るよ、スナーク殿。ここで会うとは思って居らなんだで御座るが……」

「そうね、ワタシも色々調べてたら此処の騒ぎを聞きつけただけだもの」


 語り掛けながら、両者の距離は縮んでいく。前後を挟まれた襲撃者、そしてゼルグスの顔を持つ男は、次第に追い詰められていった。


(このままでは……!)


 ゼルグスの顔を持つ男は歯噛みする。

 いまここで捕らわれる訳にはいかない。この場でゼルグスという男が暴れたと言う事実を残すためには、囚われ偽装した顔を剥がれるような事態は在ってはならないのだ。

 それがこの襲撃者達に課せられた任務であった。

 だからこそ、ゼルグスの顔を持つ男は、渡された最後の魔道具を使うことを決心していた。

 故郷、ナスルロンの為に。


 願いを込め握りしめた男の手のひらの中で、漆黒の宝玉は鼓動を打つかのように脈動した。

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