第11話 ~シュラートとゼルグス~
「余はそなたの過去などどうでも良い。余に従いさえすればよいのだ、ゼルグスよ」
「ははっ、有難きお言葉に御座る。しかし、こうも北の雄がナスルロンの戯言に乗るとは……」
「昨今ガーゼルの交易船は、スウェル伯がこれまで独占していた北方諸島諸国との交易に食い込み始めておりますのでな。この機会に此方の力を削ごうという意図があるモノと思われまする」
フェルン候の皇都屋敷その一室にて、フェルン候シュラートと新将軍ゼルグス、そして騎士団長ラウガンドは、昼の御前会議で挙がったゼルグスへの疑惑について対応を協議していた。
ゼルグス……ゲーゼルグの人化偽装の姿を引き継いだ上級鏡魔としては、南方諸侯の言いがかりに首を傾げるばかりだ。
「ナスルロンの言いがかりにしても、様は我が顔が件の騎士とやらに似ていると言う事でしか御座らぬ。そもそも、それは事実なので御座るか?」
ゴゴメラ子爵家で起きた謀反とは、夜光らが子後に降り立つ随分と前の話である。
当選夜光らやゲーゼルグには何のかかわりも無く、必然ゲーゼルグの人間としての姿がその騎士に似ていると言うのは、もし仮にその言が正しかったとしても他人の空似でしかない。
「うむ、それなのだがゼルグス。余はその騎士とやらに会ったことが有る。かのゴゴメラ子爵家の筆頭騎士であったが故にな」
「吾輩も知って居りますぞ。正直なところ、似ているのは背格好程度と言えましょうな」
「……良くそのような者を引き合いにする気になるモノで御座るな」
ナスルロン諸侯の無理な冤罪にあきれたように言うゼルグス。
しかし、ラウガンドは首を横に揺る。
「吾輩らがかの騎士の顔を知って居ろうと、スウェル伯にとっては構わぬと言う事でありましょうな。今頃、かの騎士がゼルグスの顔であった証拠を作り上げている頃かと」
「……なるほど、聞く限りその騎士は行方知れず。であるならいかなる顔であったかは、どうとでもなると?」
「さよう。吾輩らもかの騎士の顔は知って居るが、肖像画を持ち合わせておるわけでもない。更に言うなら、そなたは先の戦にて、ナスルロンの兵に顔を明かしておる。あれよりここまで、相応の時がある以上、『ゴゴメラ子爵家と側近』などと言う題の肖像画が出来上がっていようと不思議ではありますまい」
証拠の捏造の可能性を指摘され、ゼルグスは呻く。
実際、双方に多大な被害を出した先の戦いの責任追及を逃れるためなら、南方の諸侯は平然とその程度の証拠の捏造を行うであろうことは容易に想像がつく。
そして偽りの証拠であろうと、大貴族の後押しを受けたならば、それは真実として扱われるだろう。
「……いざとならば、我は一介の傭兵に戻るで御座るが」
「いや、それは彼奴等の思う壺であろう。そなたがかの騎士であると認めたと見られかねぬ」
ゼルグスである上級鏡魔は、フェルン領軍内での立場により、夜光の情報源として重要な役割を担っている。
しかし所詮仮初の姿と身の上であり、必要とあれば何時でもその姿を捨ててよいと夜光から指示されていた。
ゼルグスとしての姿がフェルン侯にとって足かせとなるなら、良質な情報を得られなくもなる。
だとするならこの姿にも未練はないのだが、実際それは悪手であるとシュラートはゼルグスを止める。
「ですが、ならば如何にすべきか……」
「何、幾つか手はある」
「それは?」
「北と南は共謀し策に走った。ならば此方も手を組めばよい。東のバリファスの諸侯とな」
ガイゼルリッツ皇国は、大まかに5つの地方に分かれている。
皇都付近のセムレス湖を中心にした高地湖畔地帯であるマルセリッケ地方。
皇都付近からから北洋沿岸域フィスク半島まで広がる北方平原を主とするアセンデル地方。
セムレス湖より西方に流れる大河エッツァー流域の広大な平野を擁するフェルン地方。
皇都付近から南方内海までに至る温暖で起伏に富んだ気候のナスルロン地方。
そして、皇都より東。パルファ高原とその先に広がる森林と平原こそ、バリファスと呼ばれる地方であった。
「皇国の東は、近年戦により併合した領地ばかり。その戦にて、我らがフェルンが力を振るう事も多かったこともあり、かの地の諸侯とは戦友と言って良い関係を築けていますな」
「南と北はフェルンの競合相手であるが、同時にバリファスの者らもそれは同じと言えよう。つまり手を結び得る相手である」
実際バリファスの諸侯は、昼の御前会議にて大きな動きを見せることはなかったものの、フェルン側の立場を尊重する空気ではあった。
直接的な当事者で無かったという面もあるだろうが、だからこそ交渉次第で明確な旗色を示させ得るとシュラートは判断している。
「とはいえ、東方は先の親征の事後処理に追われている面もありますぞ。どこまで本腰で我らを支持し得るかはわかりかねませぬ」
「先の親征は勝ち戦だったとしても、複数の国を落としたとなれば、手は足りぬで御座ろうからな。道理で東の諸侯は大人しかったわけで御座る」
「落とした国を編入した以上、復興せねばならん。それには人手に予算、物資がどれ程必要な事か。それらを補填すると幾らかの諸侯に打診させているが、色よい返事ばかりであったぞ」
すでに動き出していたシュラートに、ゼルグスは唸る。
「流石で御座るな…」
「何、そなたにも手は在ろう?」
「は?」
そう言ったフェルン候の視線の先には、まぎれもなくゼルグスが居る。
とは言え、ゼルグスは困惑するばかりだ。
これではまるでゼルグス自身に策があると思われているようでは無いか。
「ラウガンド、しばし席を外せ。余はこやつに内密の策を言い渡すゆえにな」
「は? しかし……いえ、畏まりました」
自信ありげに笑みを浮かべたシュラートは、側近であり第一の護衛である騎士団長を見送ると、ゼルグスに向き合った。
「さて、今更であるが……そなたの主を呼べるか?」
「……はて、何の事で御座ろうか。我が主君は目の前におられるで御座る」
告げられた言葉は、想定外であり同時に予感はあった。
先の紛争から此処までの期間で、ゼルグスは仮の主であるフェルン候のひととなりをある程度知り得ている。
つまり、ゼルグスの真なる忠誠の行き先が、別にあると見抜き得る人物であると言う事。
だからこそ、何時かは追及があると予感と覚悟は存在していた。
しかし、今ここのタイミングで告げられとは思って居なかったのだ。
シュラートは畳みかける。
「今更隠すほどではあるまい。そも、余がそなたを召し抱えると決めたあの場に居た子供、アレがそなたの主であろう?」
「そ、それは……」
「余も愚かではない。そなたらの素性は調べ得る範疇で調べてある。ガーゼルにそなたらが現れた際に、あの子供を主君とするような言動が見られたそうであるな?」
「……っ」
それはゼルグスである上級鏡魔自身の言動ではない。しかしその姿の元であるゲーゼルグは、確かにその様に振る舞っていた。
彼の主である夜光が初めてガーゼルに着いた頃と言えば、今は敷かれたモンスターによる情報網も無かった時期。
夜光らもまだ情報の秘匿の意識は低く隙だらけであったとはいえ、そのような言動まで抑えられていたとは。
「もしや、初めから気付かれていたで御座るか?」
「でなければそもそもゼヌートに招聘などせぬ。第一、『門』が無数に現れた直後に姿を見せた過去の無い傭兵など、素性を自ら語っているにも等しかろう。その上で、余の領に益となると判断しただけの事」
『門』の中の領域に住人が存在する場合があることは、既に皇国内でも知られていた。
場合によっては敵対することもあるが、そうでない場合もある。
フェルン候は門の同時発生の際、比較的早い時に竜王騎士アルベルトや、農村と交流を持った生産系プレイヤーのおタマらと接触し、大まかなプレイヤーの傾向をつかんでいた。
プレイヤーはいずれも強大な力を持っているものの、交渉で十分御し得る存在であると判断していたのだ。
「考えて見よ。素性を全く分からぬ者を将軍に据える筈も無かろう。故に余がそなたらを直接見定めたのだ」
「……ごもっともで御座るな。しかし、良いので御座るか?」
「なんだ?」
「我が真なる主と仰ぐお方は確かに別で御座る。先も申したで御座るが、そのような者はこれを機に切り捨てるべきで御座らんか? 将軍に据え続けるべきでは御座らぬのでは?」
当然の疑問であった。しかし、フェルン候はその言葉を笑い飛ばす。
「今更であるな。そなたの忠義はあの時供をしていたあの子供に向けられておるやもしれぬが、将軍としてここまで力を尽くし、その力を余が認めた。ならば有象無象の戯言など捨て置くのみ」
実際、ここまでのゼルグスの働きは確かなものだ。
上級鏡魔は、姿を写し取った相手のもつ称号やスキルを高レベルで再現する。
彼が写し取ってるのは、アナザーアースにおける軍事統率系の称号<元帥>を持つゲーゼルグの姿だ。
大多数の軍勢を意のままに操り、軍勢全体を強化する元帥の称号は、フェルン領軍をこの短期間で一気に精強な兵へと強化している。
その実績は、ゼルグスの将軍就任当初に両軍内で囁かれていた傭兵上がりと言う侮蔑の噂を早々に消し去った事からも明らかだ。
「第一、そなたが主から命じられているのは、余の寝首を掻くなどと言った下らぬモノではあるまい?」
「無論で御座る」
「ならば、将軍を辞する必要はあるまい。何時まで続け得るかは、その主とは語り合う価値があろうがな」
事も無げに言い放つシュラートに、遂にゼルグスは白旗を上げた。
ゼルグスが本来の将軍を任されたゲーゼルグと入れ替わったと言う部分は流石に気づかれていないようだが、それ以外はほぼ見抜かれている以上、これ以上誤魔化すのは困難でと言える。
とはいえゼルグスも、直ぐに主である夜光を呼び出せるわけでもない。
「判りまして御座いまする。されど、しばしの猶予を。お館様もまた多忙なお方故、此方へすぐに駆け付けられるわけには御座らぬ故」
そう語るゼルグスの視界の端、常人では見抜けぬ何かが動き出していた。
一定以上の霊体を見抜く能力が無ければ存在すら感知できない幽霊じみた姿。
朝フェルン邸にやって来た夜光が残して行った、彼の情報網の中核をなすのがこのホーリーゴーストだ。
各地に無数に配置されたこれらホーリーゴーストは、事前に設定していた情報に関わる事象が傍で起きると、情報を取り入れつつ上位の連絡網へ送る能力がある。
これによりこの場での一連の会話は一通り夜光に伝わっているはずだ。
とはいえ、直ぐ様動き出せる状況にあるかはゼルグスには判断が付かない。
「……とりあえずは、お館様の前に東の諸侯への工作を進めるべきで御座ろうな」
「うむ」
待っている時間が惜しいとばかりに動き出すフェルン候とゼルグス。
ラウガンドとも合流した彼らは、足早に部下らへの指示を飛ばし続けた。