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第08話 ~『外』と『再会』~

 転移の魔法陣をくぐると、世界が赤く染まっていた。

 岬からみる夕日は、遠く海にかかる霧を紅に染めている。

 ふと、世界の境界である霧の向こうに何かあるだろうかと目を凝らしたが、やはり何も見えなかった。

 足元にいる子狐リトルフォックスへと姿を変えた九乃葉の視線を感じ、何でも無いよと首を振る。



 僕こと夜光は、再びこの小さな世界の入り口である、転移の祠のある岬へと戻っていた。

 万魔殿への道行ではゲーゼルグの背で竜酔いに悩まされたが、今回はアイテム倉庫に保存していたアイテムを使っている。


 <転移門の指輪>は、転移の門を、数時間に1回、実際に立ち寄り登録した重要構造物の付近を出口に開いたり、また半日に1回、最も近い重要構造物の元へ即座に移動出来るアイテムだ。

 『AE』の下級位階のイベントで入手できるアイテムで、何らかの移動手段や転移魔法を覚えられないキャラにとっては、<転移門の指輪>は長い間お世話になる。

 コンバート前の夜光なら、召喚術師として<転移門召喚>の魔法を扱えた為、このアイテムを使うのは久方ぶりだ。


 重要構造物とは、『AE』では各町や村の中心にある長の家やイベントポイント等だ

 これらは、ゲーム進行上の重要施設であり、プレイヤーからの破壊の防止や、所持へのガードがなされていたりする。

 この世界では、マイルームである万魔殿に、外へと繋がる転移の魔法陣の祠、天界や魔界への入り口、各部族モンスターの族長の家などが該当する。


 当然、全て登録済みであり、僕達……僕と九乃葉、リムスティアとマリアベル、そして暗示をかけられた偵察兵達は無事転移の祠までたどりついた。


 暗示をかけられた兵達は、まるで夢見るような表情だ。

 僕をいたぶったあの隊長も、うつろな表情で僕の後ろをついてきている。


「リムスティア、マリアベル……この人達、大丈夫? 何だか万魔殿に着く前よりも酷く放心しているけど……?」


 暗示が強すぎたのだろうか?

 特にブリアンという僕の肩を刺した隊長は、何だか顔つきが別人にも見えてくる。


「そ、そんなことはありませんわ!」

「え、ええ! 暗示を施した直後の為に、安定していないだけですわ。外に出て催眠を解けば、問題なくなりますわ」


 その手の専門家であるリムスティアやマリアベルの断言に、僕は頷くしかない。

 何か問題になっている訳でも無いし、今はいいかと納得してみる。



 『外』への転移の門は、僕の意識に浮かぶ情報ウィンドウの設定で、今は光を失っていた。

 既に周辺では、偽装の為の準備が始まっている。


 作業をしているのは、主にドワーフ族だ。

 この世界では、中央の島にそびえる無数の山々の地下に巨大な坑道をほり、住処としている。

 また、転移の祠から一番近い町にもそれなりに住人が居たはずだ。

 多くはアイテムを作製してくれる製作NPC扱いだった筈だが、モンスター達が『意思』を持つようになり、製作出来る物の幅が広がっているのかもしれない。

 作っているのは、ごく標準的なマイルーム程度の広さと大きさの石造りの建物だ。

 何も知らずに『外』から入ってきたら、『枯れた』と思わせるためのモノ。

 作業は順調のようだ。

 既に土台部分は整備されつつあり、くみ上げるための石も準備されている。

 出来上がった後は、転移の魔法陣の周辺は、ガランとした何もない最低限のマイルームのようになる予定だ。

 一定の手順を踏めば開く隠し扉も組み込む予定でもある。

 完全に『外』と遮断するのも手だろうけど、それはそれで困る気もするのだ。


 ふと、聞き覚えがある翼音に気が付き振り返ると、巨大な竜王へと姿を変えたゲーゼルグが背中にドワーフ族を、手には石材をもち降りて来る所だった。

 背のドワーフや持っていた石材を下ろすと、大型種化を解いて僕の元にやってくる。


「おお、お館様。お出迎え出来ず申し訳ありませぬ」

「いや、良いよ。それよりも、留守の事は頼むね?」

「はっ、お任せあれ」


 ゲーゼルグには、僕の居ない間、この転移の祠の偽装の指揮と、留守の間の守備を頼んでいる。

 外からの、そして内からの脅威を。

 ……正直な所、この世界には不安要素が存在している。

 それは天界の七曜神と魔界の大罪の魔王だ。

 その全てが伝説級の100から120という、この世界最強の存在達。

 万魔の主の称号特性で彼等を仲間にできたが、彼らはこのままこの世界で大人しくしてくれるだろうか?

 本来手綱を握るべき僕の位階がコンバートで下がってしまった以上、どこまでその行動を規制できるのか……限りなく不透明だ。

 特に魔王たち、それも強欲グリード憤怒ラース等を司る者は、まかり間違えれば、勝手に外の世界へ飛び出していきかねない。

 少なくとも、今の段階では、魔王たちに外を刺激してほしくなかった。

 そこで、僕の仲間モンスターの中でも、直接的な戦闘能力ではある一体を除き最強のゲーゼルグにここを守ってもらう事にした。

 彼がこの外への扉を守ってくれれば、僕の心配もある程度緩和されるだろう。

 また、外から万が一誰か迷い込んできた場合の事も考えて、リムスティアの配下の何人かもこの付近に既にたどり着いてるはず。

 彼等精神系の魔法に秀でた者達なら、来訪者へこの偵察兵達のように暗示をかけてこの世界の秘密を守ってくれるだろう。


 僕は納得すると、周囲の皆に向け一つ頷き、情報ウィンドウを呼び出すと『門』を起動させる。


 再び光を宿す転移の魔法陣。

 この先は僕の知らない異世界だ。

 僕は、未知への緊張と高揚と共にその扉を潜り抜けた。






 ガイゼルリッツ皇国、フェルン地方の一都市、港町ガーゼルは、この地方の有数の都市だ。

 大河エッツァーの河口にあり、内陸部からの物資を沿岸航路を使用しての海路に積み替える集積地にあたる。

 故に商業が盛んであり、この地方の政を司る領府ゼヌートに対する商の町として知らぬ者はいない。

 この地方を治めるシュラート侯爵の権力の源の一端は、このガーゼルからの富であると言うのは、皇国でも当然の常識として認識されている。


 さて、そのガーゼルだが、大河エッツァーの河口の両岸に存在しており、河口の北側を旧ガーゼル、南側を新ガーゼル等と呼んで区別している。

 旧ガーゼルはこの地に元からあった漁港を元にした町だ。

 エッツァーを渡る河船での物資輸送が主産業であり、沿岸航路を利用した貿易が盛んになるまで、ガーゼルといえばこちらを指していた。

 しかしシュラート侯爵家がこの地を治めるようになり、沿岸貿易の起点として対岸に新ガーゼルを建設してからは、都市としての賑やかさは対岸に殆ど移ってしまっている。

 特に、最近は領主の目が対岸に行きがちなのを逆手に取り、悪逆な官吏が我が物顔で振る舞っていたがために、更に活気は薄れて行っている。

 しかし、それでも大河を利用した水運の拠点であり、並みの街とは比較にならない。


 そんな知識を語るのは、僕と並んで歩く臨時偵察小隊の隊長、ブリアンだ。

 どうも催眠状態の時にいろいろ仕込まれたらしい。

 妙に僕に親切と言うか……正直なところ、肩口に槍を突きこまれた記憶がまだ新しい所に、あまり親切にされても……何というか、困る。


 ちなみに辺りは日が暮れている。

 僕たちが通っているのは、森の中を通る街道。

 貿易の拠点と言う町が近くにあるだけあり、街道は小石を敷き詰めるなど中々に整備されている。

 そんな中を、僕たち……僕と、足元を歩く子狐となった九乃葉、そしてブリアンを初めとする偵察兵達は、この森に現れたもう一つの『光る門』目指して移動を続けていた。



 僕たちが『外』に出ると、既に日は完全に沈んでいた。

 僕の世界へ続く『光る門』は、旧ガーゼルという町からすぐ近くの森の端に存在していた。

 旧ガーゼルから農村地帯へと続く街道からほど近く、森の中の少し開けた空間にあたる。

 そして『門』は煌々と光り輝き、夜の森を照らし出していた。


「これ、思ったよりも目立つなぁ。道理で、森の中にいくつも出現したってわかるわけだ……」


 門が光る様は、まるで輝く柱のようだ。

 辺りに他の人間が居ないのを確認してリムスティアに空から森を眺めてもらうと、遠目からでも明らかにそれとわかる輝きが幾つも見受けられたらしい。

 この森に後二つ。

 山間や、遠方の田園地にも同様な輝きがあったという。

 これは確かに、町の衛士を臨時で駆り出すのも無理はない。

 納得した僕は、とりあえず当初の目的通りにブリアン達が向かうはずだったこの森の他の門へと向かう事にした。


 マリアベルとリムスティアはとりあえず旧ガーゼルに入ってもらう。

 ガーゼルは貿易の街だけに、夜でも旅人が訪れるのも不自然ではないだろう。


 そういえば、ブリアンから聞き出した情報の中に、ガイゼルリッツ皇国では『AE』内の通貨を使用できるという物があった。

 どうも、光る門の中から見つかった貨幣が、皇国が元から使用していた通貨よりも質が良かったかららしい。

 当初は売ったり鋳つぶしていたらしいが、最近は特に流通量が増えた為にそのまま使用し始めているらしい。

 ためしに僕が所有していた金貨や銀貨を見せて、確認もとった。

 およそ価値は1.2倍くらいだろうか。

 僕の手持ちは『AE』時代に貯めていた分があるため、当座の行動には支障が無いように見える。

 とりあえずマリアベル達にも金貨をそれなりの量を渡しておき、活動資金にしてもらう。

 二人には、ガーゼルの街で僕たちが動く拠点にできる様な場所の確保や、情報収集を頼んである。

 種族としての催眠能力や、精神系魔法の使い手の二人なら、何かあった時でも安心だろう、と僕はひとり納得する。


「主様、門が見えて参りまいりました。間もなくたどり着きましょう」


 足元を歩く九乃葉からの声に、僕は我に返る。

 どうやら、考えに没頭してしまったらしい。

 確かに輝く光の柱の根元へは、5分もたたずにたどり着けそうだ。

 木々の蔭にかくれて、特徴的な転移の魔法陣の輝きが見てとれる。


 あの門の中はどうなっているんだろう?

 恐らくは、誰かのマイルームやマイフィールドなのだろう。

 出来れば、僕はそこで何かをつかみたかった。

 そもそも僕が、刈谷光司がなぜこの地に呼ばれてしまったのかをつかめれば、『戻る』のも不可能ではないのではないだろうか、と。


 しかし、門をくぐったその先で、僕は呆然と立ち尽くすことになる。



 そこは、都市だった。

 建物のあちこちには流麗な、そしてあくまで清廉な文様が刻まれていて、神聖な雰囲気を醸し出している。

 夜だと言うのに穏やかな明かりで包まれたそこは、神秘的であると同時に都市独特の喧騒もあると言う不思議な場所だ。

 街行く人々は全て質素でありながら清潔な衣服を身にまとい、同時に全員聖印を身に着けている。

 ああ、あの中央にそびえる巨大な建物は、大神殿だ。

 その全てに、僕は見覚えがあった。


 僕は思わず走り出す。


 転移の魔法陣が設置された都市の城門を飛び出し、大通りを抜けてひたすらに走る。

 周囲の人々は驚きながら僕の為に道をあけてくれる。

 子狐姿の九乃葉がついてくる気配があるけれど、僕には振り返る余裕は無かった。

 そして目的の建物、大神殿へとたどり着く。

 見知った門番の誰何も気にせず、中へ。

 入った先の大礼拝場を見回す。

 居ない・・・

 安心すると同時に、もう一つの可能性がひらめく。

 もし、僕が考える通りなら、多分あそこに居るはずだ。

 発想に操られるように、礼拝堂の横にある階段に飛び込み、一気に駆け上がる。

 全て、見知った道だ。

 生身で通った事は無くても、僕はここに来たことがある!




 そして……僕は会ってしまった。


 最後に会ったあの場所で。

 今は月明かりに照らされた庭園の東屋で。

 心細そうに、所在なさ気にテーブルに着いた神官服の女性と。

 見間違える訳が無い。

 たとえ、こんな心細そうな彼女は、リアルであった時も見たことが無かったとしても。



「……えっ? やっくん……? やっくんなの……?」


 ホーリィさんだ。


 リアルも僕の先輩だった『AE』でのプレイヤー。

 僕は、彼女と…僕以外のプレイヤーと再会してしまった。

 別れた時と同じ、この場所で。

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