第09話 ~濡れ衣のゼルグス~
ゴゴメラ子爵家の悲劇に関しては、以前フェルン領の領都ゼヌートで聞いたことが有る。
ナスルロン地方の相応に有力だった貴族家の一つで、謀反を起されて一家郎党皆殺しになり、遠縁の騎士家の者が継ぐことになったとか。
フェルン候からの使者が事細かく語ってくれたのだけど、正直な所ゼヌートの特徴的な町並みなどに気を取られていたので、詳しい内容は聞き流していた。
御前会議の場で急にその話が上がった時も、そんな話を聞いたことが有るな、程度にしか思って居なかったのだ。
「そもそも、今回の御前会議は、国内でも有力な諸侯同士がぶつかり合った紛争の調停の為に開かれたのはゼルも知ってると思う。そこで冒頭から、侵攻の原因についてナスルロン側の主張が語られたんだよ」
「あら? それはライリー様のお力を得て増長したホッゴネル伯爵家の暴走だったのではありませんこと?」
マリィの疑問ももっともだけど、そう簡単な話では無かったらしい。
「ホッゴネル伯爵家だけが攻めてきたのならそれで片付けられたけど、あの時のナスルロン地方軍はいくつもの貴族家が同盟を結んで、連合軍として攻めていたからね」
「ホッゴネル家の強引さに釣られただけではなく、同盟を組むに足る理由があったと?」
「うん、それがゴゴメラ子爵家の事件らしくてね……」
僕達がこの世界で活動するようになる前、ゴゴメラ子爵家では謀反があった。
首謀者は子爵の側近だったとある騎士。
側近と言えたその騎士は領内の弱点や人員の配置などを知り得る立場にあった。
そしてある時血迷ったのか、山賊まがいの傭兵たちを巧妙に子爵領の城に呼び込み、主家に対して反逆を企てたのだとか。
事前に強い酒を飲まされた警備の兵や謀反に参加しなかった騎士らは、ことごとく不意打ちめいて殺され、子爵家一家は見るも無残に殺され首級を城門に飾られたらしい。
子爵家の財産などを総ざらいしたその謀反人は、人知れず姿を消してしまったのだとか。
そして、その騎士の顔が、フェルン候軍の新将軍、ゼルグスの顔にそっくりらしい。
どれで流れの傭兵をしていたという名目のゼルグスに嫌疑がかけられたわけだ。
とはいえ、濡れ衣なのは考えるまでも無いのだけれども。
「……ミロード、ですがそれはあり得ませんわ。ゼルは何時も私達と行動を共にしていましたし、そもそも南方の領地で騎士など不可能ですもの」
「それはそうだね。でも、貴族たちにとってはそうではないらしいんだ」
「?? どういう事で御座るか?」
ナスルロンの主張は本来成立しない。
そもそも流れの傭兵ゼルグスは、この世界に来た当初のゼルの偽装用の設定だ。
本来そんな人物はこの世界には存在しない以上、顔が似ていようが他人の空似に過ぎない筈。
だけどナスルロンの貴族たちとしては、そこは問題ではなかったのだ。
過去の経歴の詳細を明かそうとしない腕利きの傭兵という点が、彼らにとって都合が良かっただけの事。
「要は、責任逃れの口実に使われてるってことだね。謀反人が将軍という事にしたら、彼らのフェルン侵攻は正当な報復と言い張れるようになる。元々流しの傭兵を腕が立つとはいえいきなり将軍に抜擢するのは、思い切りが良過ぎる差配だったし」
将軍=謀反人という構図を成立させてしまえば、フェルン領側が以前からナスルロン地方を謀略で荒らしていたと言う図式を作り上げることが出来、ひいては紛争の原因と非をフェルン側に出来る。
幾らフェルン側がそれを否定しようと、ゼルのこの世界での経歴は存在していない以上、やっていない証拠も出せない。
「あと微妙に厄介なのが、山賊の素性がね……」
「山賊、ですの?」
「うん、関屋さんの商店街を襲った山賊が居たでしょ?」
「ああ、覚えてますわぁ。関屋さまがしっかり止めを指して応報しはった、あの男や」
そう、僕達がこの世界に来た当初に遭遇したあの山賊達。
領主との繋ぎを作る為の体のいいエサになった彼らが、実はこの話に絡んでくる。
「あの山賊には、そこそこの高額の賞金がかけられていたんだけど、その理由の一つがその謀反に傭兵として参加してたかららしい。まぁ謀反に参加したせいで傭兵をするには目を付けられすぎて、山賊に身を落とすしかなかったみたいだけど」
「傭兵崩れの山賊にしては、さほど大した腕は持ち合わせていなかったわえ?」
「僕達と比べればそうだろうけど、この世界でなら十分な実力だよ」
実際僕達が襲撃した砦は、山賊の仲間だと偽装して潜入できたからあっさり陥落させることが出来たけれど、しっかり防備を整えられて立て籠られて居たら相応に苦戦しただろうと思う。
あの時の僕とホーリィさんはコンバート後のレベルダウンで深刻に弱体化していたし、同行していた関屋さんも戦闘の専門職じゃなかった。
ここのが翻弄して居なかったら、あそこで僕は簡単に命を落としていた可能性だってあっただろう。
思えば関屋さんの商店街を襲って、不意打ちと生産職ばかりとは言え伝説級のプレイヤーを殺害してのけたのだから、襲撃の手際は極めて巧みだったと言える。
「あら? でもその山賊をゼルが討ち取ったことにしたのよね? その説明では、謀反人と傭兵崩れの山賊はお仲間なのえしょう? 矛盾しませんこと?」
「御前会議では、口封じと自分の利益の為に、用済みになった傭兵を手柄にしたって事にされてたよ」
「……無理筋にも程があるで御座る」
「それはそうだよ。向こうもそれを承知で、戦争責任回避の為に強弁してるわけだし」
フェルン候とナスルロン連合との紛争は、両方に多大な被害をもたらしている。
諸侯はその責任を問われたくない為に、過去の詳細があやふやな新将軍をとっかかりに、戦争責任をフェルン側に押し付けようとしているのだから。
「おまけに、他の地方の貴族たちも、かなりの割合でナスルロン諸侯の肩を持ってるんだよ」
「……もしかして、フェルン候の足を引っ張るため?」
「うん、そうみたいなんだ。フェルン候は今皇国の中でも、皇王に次ぐ実力が有ると目されてるみたいだからね。他の貴族たちにとっては、フェルン候が紛争で多少なりとも勢いを減じるほうが都合がいいみたいだからね」
そもそも、ゼルの顔がその謀反人と似ていると言うのも、それら他の諸侯がナスルロンの話に乗りやすくするための方便のはずだ。
そして、その策は当たった。
御前会議はナスルロン諸侯のゼルへの糾弾から始まり、終日フェルン側と新将軍ゼルグスへの追及に終始したのだから。
「そんなわけで、今フェルン候は完全に浮足立ってるんだよ。ゼルの身代わりになってるゼルグスは、上手く話をはぐらかしていたけれど、明日以降もそれが続けられるかどうか……」
今フェルン候の皇都の屋敷では、明日以降の御前会議での対応を協議しているはずだ。
先ほどライリーさん達に連絡を取ろうとして上手く行かなかったのは、彼らもその話し合いの場に参加して居るからかもしれない。
ライリーさんは現状の立場としてフェルン候の捕虜扱いだ。ナスルロン側の陣営に居た以上意見や情報の提供を求められたら断れないだろうし、その監視役兼護衛のアルベルトさんも常時付き添って居るはずだ。
僕が先ほど連絡を取ろうとしたスナークは、この二人と共に行動しているはずだ。
ホーリィさんは、スナークが連れていたユータ少年の保護を頼んでいる。
レディ・スナークの希望もあり、皇都からガーゼルの拠点へと二人を転移魔法で運搬しておいた。
あの町は港町であるから荒っぽい船乗りが多かったりもするのだけれど、悪徳衛視のブリアンがリムの精神魔法で大人しくなった事もあり治安は安定している。
事件が起こり続ける皇都より余程安全だろう。
つまり皆とても忙しく、今フリーなのは竜王ヴァレアスとメイドのメルティさんくらいだろう。
そして僕はその二人の主では無いため、直通の連絡手段を持っていなかった。
正直なところ、ゼル達の日中の依頼が上手く済まされていたなら、ゼルグス絡みの案件の助力を皆には願いたかったのだ。
しかしグラメシェル商会への護衛や拡張バッグの足取りを追うのもマンパワーが必要で、到底他に割ける余裕がなかった。
これが単にどこかの獲物を狩るとかであれば、召喚モンスターを呼んで手数を増やして対応するところだ。
けれどバッグ強盗はここのしか直接相対して居ないから対応も限られているし、方やゼルグスへの濡れ衣の件はモンスターの能力でどうこうなる話じゃない。
下手にモンスターを呼べば余計に混乱が増すばかりだろう。
そこでふと、頭に浮かぶモノがあった。
「ああ、いや。逆に考えればいいのか」
「逆、ですの? 御主人様?」
「うん。とりあえずゼルグスの方に関しては、何とかなる気がする」
そもそも、過去に何も無いからゼルグスが無罪を明確に主張できずにいるわけで、ならば明確に有罪な本物の謀反人を探し出してしまえばいいのだ。
「え? 他領の過去の謀反の犯人? 流石に手掛かりが少なすぎませんことかしら?」
「手はあるんだ。死霊術師の専門家の出番だよ、マリィ」
「わたくしですの?」
「うん、後でガーゼル近くの山賊の砦跡に一緒に行ってほしいんだ」
思い浮かべるのは、関屋さんのハンマーで地面の染みに成り果てたあの山賊の頭目の事。
アレが謀反に参加したと言うのなら、その謀反を起した騎士本人の事を知っていることになる。
そして死霊術師は死亡した相手からも情報を引き出せる。
マリィはその死霊魔術の使い手だ。
炎の巨人族の軍勢の一角を死の軍団にするほどの実力者であるため、幾らか日数を経た後の残留思念も読み取ってくれるはずだ。
つまりナスルロンの主張する謀反の真犯人を、御前会議の場に突き出す事さえできる。
場合によっては、もう一体上級鏡魔を呼び出して、真犯人役を任せると言う手も無い訳じゃない。
ゼルグスはそもそも、ゼルが人間に偽装した時の姿を写し取って入れ替わった上級鏡魔だ。
フェルン領の中枢に入り込むことで、この世界での重要な情報源かつ大領フェルンで僕らが活動しやすくする役割を担ってもらってきた。
此処で失うには惜しい存在だ。
「あとは僕の顔の強盗犯は、ここのに探索を任せるよ。匂いは覚えてるよね?」
「妾にお任せあれ」
ここのがバッグを奪われた当初は混乱の為に失念していたらしいけれど、彼女はしっかりと相手の匂いを覚えていた。
僕の顔をしていると言うのも、十分な手掛かりだろう。
皇都から逃げ出している可能性もあるけれど、それでもここのなら痕跡を辿ってくれるはずだ。
そう考えていくと、案外何とかなりそうな事ばかりに思えてきた。
もっとも……
「はぁ……バッグの件だけは商会に借りを作ることになるかなぁ」
護衛任務を果たせなかった以上、責任を果たさなければいけない。
僕は憂鬱にため息をついた。




