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第07話 ~襲撃と工作員とプレイヤーと~

「さて、我が剣の錆になりたい者よりかかってくるがいいで御座る!」


 ゲーゼルグは、襲撃者達を睥睨しながら、大剣を肩口に構える。

 仰々しい宣誓に、襲撃者達の視線がその大剣に集中し離れない。

 襲撃者たちの戸惑いを感じる中、ゲーゼルグは大きく一歩を踏み出した。


 これは所謂挑発スキル、それも位階が低い頃に習得する<戦の宣誓>だ。

 声を聞いた者の意識を自身に集めるが、自身の後方の相手には効果が薄いと言う特徴があった。 

 今の彼は偽装により人の姿、それもこの世界基準の相応の腕利きの傭兵という名目である。

 御前会議が開かれている皇都、それも白昼の往来で本来の実力を発揮するのは、不要な注目を集める恐れがあった。

 その為、この護衛任務中はこの世界の者達が使い得るスキルのみに使用を絞っているのだ。

 しかし、それはあくまでスキルのみの事。


「「「神よ! 我が身に祝福を!」」」

「温いで御座る!!」


 刀身を黒い粘液で染めた剣を手に、襲撃者達が何人もゲーゼルグに襲い掛かるも、掲げていた大剣の一振りで諸共吹き飛ばした。

 更には今の者達を囮としてその陰に隠れ踏み込んでいた者、更には道を塞いだ荷馬車より無数の短矢ボルトが放たれるも。


「見え見えで御座る!」


 一瞬で戻った大剣が、矢と突き出された短剣を防いでみせる。

 ゲーゼルグは剣士称号の最高峰、<剣聖(ソードセイント)>の拾得者だ。

 剣士の称号はバランスが良く、攻撃防御両面で豊富なスキルとそれらの行動に対する補正値を持つ。

 更には本来の位階差で、彼には襲撃者達の動きが止まって見えるほどであった。

 しかし、人に偽装している彼の顔には緊張があった。


「こやつら、己が命を捨て居るで御座る。武器に塗られておるのは致死毒で御座ろう! 各々がた、気を付けられよ!」


 多くの襲撃者を引き付けているとはいえ、この場には他の護衛の傭兵らが居る。

 マリアベルら他の夜光の配下のモンスターであれば、致死毒であろうといくらでも対処の仕様があるが、他の護衛らでは即死しかねなかった。

 特に、荷馬車から射出された短矢ボルトは危険だ。

 恐らくは、クロスボウを手にした射手があの荷の中に複数隠れている。

 下級位階の鎧を易々と貫通するその威力と毒が合わされば、同行している他の護衛の傭兵では命はあるまい。

 故に一層の声を張り上げ、それを<戦の宣誓>の宣誓としてさらに強く己自身に襲撃者達の意識を引き付ける。

 結果、無数の襲撃者の攻撃にさらされることとなるゲーゼルグは、周囲を守り続けながらの戦いを強いられ、手いっぱいとなって居た。



 一方、後方でも動きがあった。


(っ! 神聖魔法とは意外ですわね!?)


 後方を警戒していたマリアベルを襲ったのは、先刻から屋根の上を渡っていた者達。

 彼女の感覚で言えば、かつてのアナザーアースにおける中級位階程度の力を持つ相手であった。

 一つ問題が有るとするならば、彼女へ向けて放たれたのが神罰の奇跡、つまり神官系の称号スキルによる攻撃であった事だ。

 マリアベルは現在偽装で人化しているものの、その本来の姿は真祖吸血鬼だ。

 吸血鬼は強力な種族である分弱点も多いが、真祖に至ると日光などの有名な弱点さえ苦とならなくなる、

 それでも幾つか残る弱点があり、神聖魔法による攻撃はその一つであった。


 屋根の上から、雷光にも似た聖なる波動が放たれ、マリアベルを襲う。

 やられてばかりは居られないと彼女も反撃するが、ゲーゼルグと同様彼女も使用するスキルを絞っている。

 屋根の上に居る神聖魔法の使い手たちに向けて、投げダートを投げつけるものの、高低差と屋根の起伏を巧みに利用し隠れられ、思うように成果が出ていない。

 マリアベルの得意な闇の奇跡はこの白昼に使うには向かず、真祖吸血鬼としての能力を利用した攻撃は本性を明かさねばならぬため封印、他の戦闘方法はいずれも近接戦闘向けである為、この状況はいささか不利であると言えた。

 位階差があるからこそ未だ大きなダメージを避けているが、何度も繰り返し神罰の奇跡を受け続ければ真祖の彼女も無事では済まない。

 いや、人化の偽装が解けて大騒ぎになる方が先だろうか。

 マリアベルやリムスティアは、本来の姿が人に近い姿である為幾らか誤魔化しが効くかもしれないが、それでも漂わせる妖気やフェロモンが周囲に悪影響を及ぼすだろう。

 ましてや竜人のゲーゼルグや妖狐である九乃葉がその本性を現すのは、非常に不味い。


 そしてもう一つ、マリアベルはとある違和感を覚えていた。


(この奇跡、七曜神由来ではありませんわね……では、一体何の神の信徒ですの?)


 そう、かつてのアナザーアースに置いて、神聖魔法は七曜神か七大魔王への信仰を元に発現する奇跡であった。

 身近な例でいえば、ホーリィの神聖魔法は大地母神への信仰が元であり、またマリアベルが習得している<闇司祭>の称号も七大魔王信仰による奇跡を引き起こす。


 そんなマリアベルだからこそ、屋根の上からの神罰の奇跡を訝しんだのだ。

 神聖魔法は信仰する神によって幾らか毛色が変わる傾向にある。

 神罰の奇跡等の場合、放たれる雷光にも似た神威の色合いとなって表れるのだが、彼女でも見た事の無い色合いであった。

 奇跡を起こせる未知の神の存在は、この襲撃そのものよりも大きな意味を持つ。


(この世界にある宗教は唯一神教会だそうですけれど、御主人様が調べた中には教会関係者が奇跡を使ったと言う話はありませんでしたわね……)


 そう、この世界の唯一の宗教とされた唯一神教会やその信徒は、神聖魔法の様な奇跡を行わない。

 もしそういった奇跡が有るのならば、この世界にも蘇生魔法が存在していた筈であろうし、またその軌跡を教会が利用しない筈がないのだ。

 先のフェルン領の侵攻においても、従軍した教会の者も居たが、神聖魔法を発現することは無かった。

 それが、ここにきて未知の神の神聖魔法である。

 唯一神教会が今の今まで奇跡を秘匿していたのか、それとも何か大きな変化があったのか。

 もしくは……


(先の話からすると、あの屋根の上のも近東地域の国の工作員なのかしら? だとするなら、その地にだけ信仰されている神、という事もあり得ますわ)


 本当に未知の神であるかだ。


「ともあれ、今はこの場を切り抜けるのが優先ですわ!」


 再度降りそそぐ神罰の奇跡の合間を避けながら、今一効果の薄い投げ矢の反撃を繰り返すマリアベル。

 彼女には今この瞬間の状況を覆す策はない。

 しかし、彼女に焦りはなかった。

 彼女には、頼りになる仲間が居るのだから。



(前方はゼルが抑えて問題は無いわね。後ろは……あら、神聖魔法? ホーリィのお姉様以外には久々に見るわね)


 そんなことを考えながら上空に浮かび、戦場全体を睥睨するのはリムスティアだ。

 如何にも目立つその行動を、戦場の誰も気にすることがない。

 それは、彼女の持つ称号の一つ、精神術師によるものだ。

 精神に関わる魔法を多く習得する精神術師は、戦闘においては敵愾心ヘイトのコントロールにも長けている。

 味方の盾役に敵の意識を集中させたり、逆に敵愾心を多く煽り過ぎてしまった味方アタッカーの敵愾心リセットなど。

 大規模な戦闘においてその精神操作の魔法の数々は時としてクリティカルな効果を発揮する。

 今この場でも、精神術師の魔法が発現していた。

 特定のキャラクターへの敵愾心及び認識を無とし、攻撃的な行動を行うまで認識上の透明人間となる、その名も<路傍の石>。

 これを己にかけたリムスティアは、一時人化を解き、己の翼で空へ舞い上がったのだ。


(援護が必要なのは……マリィの方ね。丁度いいからあの神聖魔法の使い手、確保しちゃいましょ)


 全体の戦況を確認した彼女は、誰にも気づかれないままに屋根の上の襲撃者の背後に回り込む。

 攻撃的な行動を取れば即術が解除されてしまうため、彼女も慎重だ。

 改めて人化の偽装を施し、リムスティアは攻勢に打って出た。

 今まさに神罰の奇跡を放たんとした屋根の上の襲撃者の一人を、


「あら、ごめんあそばせ」

「なっ!?」


 トンと軽い音を立てて突き飛ばしたのだ。

 完全に意識外からの攻撃に、襲撃者は完全に不意を突かれ、バランスを崩し屋根から街道へと転げ落ちた。

 屋根の上の襲撃者はもう一人いたが、一方的に攻撃できた高さの優位を失った今、結果は明らかだ。

 さほど時間もかからず同様に落下することとなった。

 皇都の街路沿いの建物は、3階建て等の相応に高さがあるモノが多い。

 そこから落下したらどうなるか。

 工作員としても相応の訓練をしていたらしきその二人は、辛うじて受け身を取れたものの、下で待つのはマリアベルだ。

 今まで一方的に攻撃された返礼とばかりに、瞬く間に襲撃者は意識を断ち斬られることとなって居た。


(あちらは良さそうですわね。なら、今度はゼルの方を……)


 再び<路傍の石>を発動したリムスティアは、再び宙を舞う。

 目指すは、道を塞いだ台車の裏手。

 そこでは今も巻き上げ式のクロスボウを射続ける襲撃者達が居た。

 巻き上げ式のクロスボウは、威力はあるモノの連射性は通常の弓より大きく劣る。

 専用の器具をクロスボウに取り付け、力の限りに回してようやく再装填となるのだ。

 装填する者と射る者に分かれても限界はあった。

 更には近接距離まで踏み込まれてしまえば、無力化してしまう。

 ましてや、リムスティアは魔王にして伝説級の暗黒騎士でもある。

 人化の維持の為に強力なスキルを使用せずとも、そんな射手たちを制圧するのは造作もない事であった。



 リムスティアの活躍により、ゲーゼルグを狙う短矢が途絶えた頃。

 馬車の中にて問題の拡張バッグの護衛を続けていた九乃葉は、床に倒れ身動きできずにいた。


「~~~~~!? っ!!」


 必死にもがこうとするものの、彼女の身体は全く反応しない。

 高位の魔法の拘束を受けたらしく、完全に全身が麻痺しているのだ。


(いつの間にこないに接近されたんか、わからんわ……何者や、これは)


 九乃葉は先ほどまで外の状況を窺いつつも、決して油断していたわけではない。

 しかし突如背後に気配を感じ、同時に強力な拘束魔法を受けてしまったのだ。

 倒れた後に、ようやく彼女は自らを下し、守護していた筈の拡張バッグを手にしたその男を目にした。

 一見すると、典型的な魔術師の姿だと言えよう。

 複雑な文様が描かれたローブと、聖樹の枝から削り出され、秘石を埋め込まれた杖を持つその姿。

 その装備自体は、問題ではない。

 それらが伝説級の装備であり、恐るべき魔力を秘めていることなど、同じ伝説級のモンスターである九乃葉にとっては些細な事だ。

 問題は、目深に下ろされたフードの下に見える顔。


(な、何で!? 主様!??)


 それは、彼女達の主である夜光の顔そのモノだったのだ。

 混乱する彼女を尻目に、夜光の顔を持つ者は再び音も無く姿を消した。

 警護していた拡張バックと共に。


 外の襲撃者を片付け終えゲーゼルグらが戻るまで、九乃葉は混乱の渦に囚われ続けるのだった。


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