第06話 ~仲間たちと護衛任務~
皇都において、皇国直属の騎士団や軍の居留地は、皇城から離れた一角にある。
これはあくまで皇城が王族の住い兼行政府の機能に特化していると言う点と、万が一の際に備え皇国の軍事力を王城から遠ざけておく側面があった。
もっとも、日々拡張する皇国の兵力を納める兵舎の拡張を皇都の中心部で行うには敷地が到底足りないという実利的な面も強い。
皇城は皇王直属の近衛騎士団と専用の指揮系統を持つ警備兵が駐屯守護しているが、それ以外の皇都における軍施設は城壁外の開けた区画にて鎮護府を置いているのだ。
その鎮護府に向け、皇都の街路を進む数台の馬車があった。
何れも貴族が使用する物とは違い華美さは無いが、その実相応の守護の魔法が付与された特別製だ。
描かれた文様は、皇国における御用商人と言うべき政商にあたるグラメシェル商会のもの。
その中央を進む馬車の御者台にはゲーゼルグが、そしてともに乗り込む他の夜光の仲間モンスター達の姿があった。
「今頃はお館様は、御前会議とやらをご観覧されておられるので御座ろうか?」
中団を進む馬車の中、ゲーゼルグが窓の外の遠方に見える皇城を見やりながらつぶやいた。
馬車に揺られている退屈さからか、見慣れた皇都の街並みを見る目も何処か眠たげに見える。
もっとも、その視線は緊迫感は無い物の隙は無い。
茫洋と全体的に視野を広げた目線は警戒のためだ。
「時間からすると、そろそろでしょうね。でも、ミロードは昨夜お忙しかったから、そんな貴族同士の見栄比べの場なんか気にせずにお休みになっていただきたいわ」
「そうは言っても、この世界の動向は押さえないと拙いのは、今更判り切った事ではなくて? 御主人様もだからこそご自分の目で見届けたいのでしょうし」
ゲーゼルグの声に応えたのはリムスティアとマリアベルの二人。
昨夜は夜光のレベリングに付き合って魔物としての本性をさらけ出していたが、今は再び人化し傭兵に偽装し直していた。
彼らもまた夜通しのレベリングに付き合って居た為に疲労を感じてはいるが、そこはモンスターである分人間の身の夜光達より深刻ではないようだ。
彼らが気にしているのは自分たちの事よりも、主である夜光の事である。
「だが、幾らアルベルト殿達が同行しているとはいえ、護衛の層がやはり薄いのでは御座らぬか? やはり今からでも……」
今現在、彼らの主の夜光は皇都に来た主目的の一つ、一連のフェルン領侵攻の沙汰を下す御前会議の動向を見届けるために皇城へと向かって居た。
その際に自分達が護衛に付けないと言う事実を前に、思う所が無い筈もない。
しかし、夜光とて直近で護衛の薄さで要らぬ死を迎えただけに、理由なく彼らと別行動をしているわけではなかった。
「あの皇城は魔法障壁や保護用の結界でわたくし達モンスターが下手に入り込めないのですもの、仕方ないですわ。だからこそ、御主人様もアルベルト様達と同行して、先のような不意の襲撃に備えていらっしゃるのですから」
「そうね。あの結界に弾かれることなく入り込めるとしたら、専用の看破スキルで無ければ見通せない完全な人化能力が必要ね……ゼル、貴方の姿を映した上級鏡魔みたいな」
そう、夜光が重視するモンスターによる情報網構築の際に判ったのだが、皇城は魔法による強固な守護が施されていた。
特にモンスターの侵入は堅く拒んでおり、侵入しようとするならば人化の偽装が強制解除される恐れがあったのだ。
かつてのMMOの頃の王城設定にもあったそれが、皇城としてこの地で再現されているのである。
同時に、かつてのゲーム内のクエストにて、それを潜り抜けて王城内で事件を起こした上級鏡魔ならば正規ルートでの侵入が可能であるとわかっていた。
この場合、フェルン候に同行しているゼルグス……ゲーゼルグの人化姿を模した上級鏡魔ならば、その結界を潜り抜けられることになる。
もしくは、元々人とは変わらない姿のモンスター、つまりライリーが作り上げたような生体人形などだ。
あと、以外な事に元が巨大な竜であるヴァレアスの少女の姿も結界を人の姿を維持したまま通り抜けていた。
あの少女の姿は魔法的な偽装ではなく、肉体的な変化だからだとか。
ヴァレアス用の人化の護符を作り上げた関屋曰く、魔法的な偽装ではあの巨体をごまかすのは不可能であったらしい。
苦難の末に、種として人化可能なドラゴンのクエストで得られるアイテムを流用してようやく実現させたと言う一幕があったとかなかったとか。
それはともかく、そのアイテムは量産が効かないため、ゲーゼルグ達は大人しく別行動をしているのであった。
「グヌヌ……となれば今はこの任務に専念するしかないで御座るな……む? ここの、何をそのような不満顔をしておるので御座るか?」
「はぁ……いやな? この様なつまらぬアイテムを妾が見張らねばならぬというのは業腹と思うてな」
もっとも彼らの現在の任務も、軽い物ではない。
九乃葉の視線の先、馬車内の一角にしっかりと固定された箱の中。そこには一つのバッグが修められていた。
この馬車、そしてゲーゼルグらは、この袋一つを守るために移動しているのだ。
「でも一応この世界だと貴重よ、その拡張バッグ」
「知ってはいるんけどな? 主様らが皆一人一袋は持ち歩いていたモノをこないに有難がるのもなぁ……警備するんなら、もっと貴重な品がええわ」
そう、これはかつてのアナザーアースのプレイヤーキャラならば誰しも持ち歩いていた拡張バッグだ。
プレイヤーキャラはストレージにアイテムを収納できたが、同時にその容量は限られていた。
それらの容量以上にアイテムを持ち運ぶには、こういった拡張バッグをクエストなりで手に入れる必要があったのだ。
それらは一種類ではなく容量の差で種類があり、今ゲーゼルグらが警護しているのはその中でも最大容量の物。
同じアイテムなどはスタック処理が可能で、結果巨大な倉庫の中の物資を一つに修めきることさえ可能な品であった。
とはいえ、アイテムマニアの面がある九乃葉にとっては面白みのない品でもある。
当然夜光も同じものを持っていた。
軍勢をぶつかり合わせるようなレイド時に必要な消費物資を納めるためには、こういったアイテムバッグは必須のものだったのだ。
つまり九乃葉も良く知っていたのだが、ゲーゼルグは現状におけるこのバッグの重要性を指摘する。
「我らが知る限りこれは譲渡出来ぬ品。しかし、こうやって皇国より政商のグラメシェル商会に貸し出されておる以上、同じものとは言えぬのでは御座らぬか?」
かつてのMMOでは、このバッグは一度プレイヤーが入手した場合、譲渡不能なアイテムとなった。
それは夜光らが持つ物も同じであり、仮に試したところ所有者以外の他者では触ることすらできなかったのだ。
しかしこのバッグは、商会の会頭曰く、譲渡可能であると言う。
となると、かつてのMMOの中で用いられていたモノとは別物とも考えられた。
「なにより、厳重な警備が必要なのは袋のみならず中身も含まれる御座ろう」
「前線に送る軍事物資2か月分だったかしら? 商会が買い付けた分がここに全部収まってるなら、重要よね」
そう、このバッグの中には、皇国の次回遠征に向けた補給物資が収まっていた。
グラメシェル商会が就いた政商は、皇国において補給物資の取り扱いの最優先権を持っていた。
その莫大な物資を取り扱うためにも、皇国が所有するこの大容量の拡張バッグの貸与が認められているのだ。
時に皇国向けの物資以外にもこのバッグを活用する権利を認められているため、政商の地位は他の商会に比して更なる流通面の優位を約束するものになる。
だからこそ、現政商を追い落とそうとペリダヌス家が暗躍したのも無理はないと言えた。
同時に、その貴重品が狙われるには十分な理由を持っていることも。
「ところで、そんだけ物資が詰まってるんなら、よからぬ事を考えるん者も居るんではないかえ?」
「そうね、こうして御用商人と看板を掲げていても、幾らこの国が力を持っていても、お馬鹿さんな真似をするのは出てもおかしくないもの」
「軍に引き渡されたら、更に警備は厳重になりますし、狙うとしたら今のような運搬中ですわ」
「他国の工作員の線もあるで御座るな。話に聞くに、皇国は向かうところ敵なし。前線で直接ぶつかり合うのが無理で御座るなら、補給線を叩くは定石で御座る」
ゲーゼルグらがこういいながら警戒を強める。
このバッグの護衛は夜光の行く末に直接関与するものではない。
しかし皇都で今後動くためにも、グラメシェル商会には政商の位置にいてもらうべきだ。
つまり、護衛任務は完遂させる必要がある。
この場に索敵系の称号を持つ者は居ないが、近づく戦いの気配を察せられない筈もない。
彼らは全員夜光と共に無数のクエストを、戦いを潜り抜けた歴戦のモンスターでもあるのだ。
何より、その感覚はぞれぞれ人間のモノではない。
故に全員が全員それぞれの方法で接近する強者の気配を感じ取っていた。
「警戒符に感ありやわ。右後ろの屋根の陰に二人、先の左右の路地に合わせて10ほどやね」
九乃葉が掲げているのは、馬車の周囲の敵意あるモノを感知する呪符だ。
そこには馬車の動きに合わせ屋根の上を移動しているらしき後方の存在と、前方で待ち受けているらしき存在を朧げな映像と言う形で映し出していた。
「……特徴的な血の匂いがしますわ。コレは……プレイヤー?」
更には、吸血鬼としての血の匂いへの鋭敏な感覚を持つマリアベルが警告を発する。
この世界の者の大半は彼らにとって脅威足り得ないが、だがしかし夜光らと同じプレイヤーであるならば、話は別だ。
「待つで御座る。屋根の者も路地側もそこまでの威は感じられぬで御座るぞ?」
「符の感は囮かえ!? 本命は別やと……?」
「いや、御館様と同じく力を減じている者であるやもしれぬで御座るが」
「あたし達で感じ取れない隠形や偽装となると、ゼルが言っていた、密偵や工作員の線が強まるけれど……それとも、今朝ミロードから連絡のあった、プレイヤーを行方不明にしている何か……?」
「判らぬで御座るな。しかし、悠長に考察している暇はなさそうで御座るな」
迫る遭遇に馬車の中に緊張が走る。
追従する後方の屋根の上の者、そして先の路地で待ち構える者。
相手が動くとしたら、路地を通り過ぎる前後であるのは明白だと言えた。
「大した力を持ってないなら、強行突破する? 今なら他の馬車にも頼んで一気に駆け抜けられるけど」
「この街中では無茶ですわ! 却って無駄な騒動を良びこみかねませんわ……あれは?」
リムスティアの提案にマリアベルが反論するとほぼ同時に、前方の路地で動きがあった。
満載の荷を積んだ古びた台車が左右から現れ、道を塞いだのだ。
更には、台車を押していた男たちが、武器を取り出し、道を塞ぐ。
これには、ゲーゼルグらが乗る以外の馬車も含め、止まるしかない。
「こうなったら迎え撃つより他ないわえ。人払いの符は念のために用意してたんよ」
「決まりで御座るな。我が前、後方はマリィ、リムは中段にて双方の援護、ここのは人払いの結界と馬車の守護を頼むで御座る」
街路を行く他の馬車や人々は、漂い始めた剣呑さに騒ぎ立てようとしたが、周囲に無数の符が漂うと興味を失ったかのように静かに去っていく。
同時にゲーゼルグらが馬車から飛び出す。ゲーゼルグら以外の馬車に乗っていた護衛達も、武器を手に馬車の周囲を守るように囲んでいた。
夜光の仲間モンスターから見ても、グラメシェル商会が用意した他の護衛達は手慣れた動きを見せていた。
「良い動きで御座るな?」
「ああ、こういうのは珍しくないからな。もっとも、流石に街中では珍しいが」
ゲーゼルグに応えたのは、商会の護衛として何度も仕事を受けていると言う、他の護衛の中心的な男であった。
「見たところ、何人かは他国の連中だな。それも近東辺りの顔だ。次に皇国が狙うともっぱらの噂の辺りさ」
「なるほどで御座る」
手広く交易をする商会の護衛だけに、他国の者の顔立ちも判断できるようだ。
(つまりは、皇国の戦のとばっちりで御座るな)
男の言葉から、ゲーゼルグは凡その相手の検討を付けた。
「捕まえれば、国から褒美が出るで御座ろうか?」
「他国の連中は捕まえても大概自死するし、他は質の悪いゴロツキまがいの傭兵だ。生かしても対して金にならんぜ?」
「それは残念で御座るなぁ」
未だプレイヤーの存在が気になるところではあるが、他国の工作員相手であるならば、多少暴れても問題ないと判断する。
かくして皇都の一角で、一つの戦いが幕を開けた。
現在出版に当たっての改稿作業中です。
かなりの構成変更や加筆になる見込み……。
なお、なろう投稿分は削除等は行いません。
そこまま更新を続けて行きます。