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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第三章
8/56

7 怒りの突風

 この日の朝はいつもと変わらない始まりだった。

 アメリアは元気を取り戻し、キビキビと動きながら、テキパキとベアトリスに指示を出す。

 朝起きたばかりで頭が働かないベアトリスには、ついていけなかった。

 朝食は残さず食べろ、歯は奥歯までしっかり磨け、服はこれを着ろ、忘れ物はないか、見知らぬ人に声を掛けられてもついて行くな、道草せずにまっすぐ帰宅しろ、その他云々。

 幼稚園児でもこんなに朝から言われないだろうとベアトリスは呆れ返った。

「今日はサービスでいつもより多く指示しております」

 アメリアの笑みが一杯にこぼれる。

 元気になったとベアトリスに大げさにアピールしてるだけだった。

 アメリアの機転の利かしたジョークで、ベアトリスは大笑いしてしまった。

 元気になったことが嬉しくてベアトリスは思いっきり抱きついていた。

 アメリアはそれとは対照的にベアトリスの見えないところで悲しげな目をして抱きしめた。

 アメリアはこの時、大地を揺るがすくらいの葛藤に襲われていた。

 それを振り切り、迷ってはいけないと自分に必死に言い聞かせる。

 そして仕事へでかけるために玄関に向かった。

 アメリアは外に出る前に一度振り返り、『いってくるわね』と声をかける。

 ダイニングから、ベアトリスが口をもごもごさせて返事をしていた。

 朝食をしっかり食べているのを確認すると、いつも通りだとアメリアは納得する。

 大きく息を吸い込み、そして吐きだした。

 これで元の生活に戻ったと自分に言い聞かせ、バタンとドアを閉めた。

 次は自分の出かける番だと、ベアトリスはトーストを頬張り、アメリア特製のスムージーを大急ぎで飲み干す。

 そしてゲップがでると条件反射で口を押さえていた。

「いやにスムージーの量が多い。分量間違えたのかな」

 アメリアが作ってくれたサンドイッチが入った茶色の紙袋を手に取り、ベアトリスも学校に向かった。

 ヴィンセントに会ったらどんな顔をすればいいのだろう。

 胸にふわふわの綿がつまったような特別な思い、それでいて詰まりすぎて胸が一杯に苦しかった。


 教室に入ると、ジェニファーがアンバーのグループの中でおしゃべりしている。アンバーとは顔を合わせたくないが、ジェニファーがいる以上、そこへ足を向けるしかなかった。

「おはよう」

 弱々しくも笑顔で接触するが、返事を返してくれるものは誰もいなかった。

 親友のジェニファーですら声を発さない。

 自分が混じったことで周りがわざとらしく静かになったことが、排除すべき存在のように、あからさまに矢を向けられた敵意を感じた。

 気まずくまごまごしている間にジェニファーがベアトリスを無視して、そのグループの輪から離れていった。

「ジェニファー?」

 ベアトリスは後を追いかけた。

 後ろでアンバーとその周りの女子達が、クスクスと意地悪く笑う声が耳についた。

「ジェニファーちょっと待って。どうしたの」

 ジェニファーが立ち止まった。

 後ろを振り返ろうとしたのか首が少し動いたが、抱いている気持ちがそれ以上動かないように押さえつけている。

 顔を見ないことで、ジェニファーの怒りは本物であるとベアトリスに確実に伝わった。

 後ろ向きのままに会話を進めるジェニファーの冷たさ、そして押し殺した冷静な声がベアトリスを凍らせた。

「ごめん、少し距離を置きたいんだ。訳はあなたが一番よく知ってるでしょ」

 それだけ言うのが精一杯で、それ以上を言うと見苦しいとばかりにジェニファーはベアトリスから離れていった。

 わざとらしく見せ付けるように、前方にいた他の友達に声をかけ、その後は完全に無視が続いた。

 ベアトリスには心当たりがもちろんあった。

 そうされるだけのことをして、そして自分自身もそれでも構わないと覚悟を決めヴィンセントに思いを伝えようとしたこともちゃんと覚えている。

 それ以上、何も言えず、無言で自分の席に戻っていくしかなかった。

 席に座ればアンバーの笑い声が特に聞こえ、自分を嘲笑っているのがよくわかった。

 誰かが確実にジェニファーに伝えた。

 ヴィンセントとベアトリスがくっつくほどに接触し、そして一緒に授業をサボったことを。

 もし、誰かが伝えなくともあれだけ派手にいろんな人に見られていたら、必ず耳に入るのは分かりきったことだった。

 だからこそ言い訳もしないし、否定もしない。

「だって私もヴィンセントのことが好き」

 小さく呟いた。

 友情と恋のバランスは、これであっけなく崩れてしまった。

 ジェニファーを裏切ってしまったことは許されないかも知れない。

 でもヴィンセントはジェニファーよりも私を選んでくれた…… 前日の態度や言葉の端々からはどうしてもそう感じてしまう。

 ベアトリスにとって生まれて初めて恐ろしくうぬぼれを抱いたときだった。

 ヴィンセントに恋をして後先のことが考えられなくなっていた。

 そしてその時ヴィンセントが教室に入ってきた──。

 ベアトリスはすがりたい気持ちでヴィンセントを見つめる。

 必ず側に来てくれる。それだけを信じていた。少し笑みが顔に現れる。

 ところが、ヴィンセントは教室に入るなり「チェッ」と舌打ちをしたように、不機嫌な顔になった。

 ベアトリスの顔も見ず、自分の席についた。

「ヴィンセント…… どうしたの?」

 直接聞きに行きたいと、ベアトリスが立ち上がると、それに反応してヴィンセントも立ち上がり、近寄られては困るようにすっと移動した。

 そしてジェニファーのところへと行くと、 今度はジェニファーが不機嫌になりヴィンセントを突き放していた。それはクラスの皆も驚くほどだった。

 ベアトリスの目にはジェニファーはどちらも許せないと映った。だがヴィンセントは必死になだめようとしている。その光景は休み時間になる度に見られた。

 ベアトリスはその間ずっと一人ぼっちだった。


 昼休みになり、ジェニファーは他の友達とカフェテリアへと向かった。

 ヴィンセントは言い訳しているような言葉を並べ立て後をついていく。必死にすがりつくその姿はまるで離婚を回避しようとするどこかの気弱な亭主のようだった。

 周りは二人が喧嘩したと面白半分に話して楽しんでいる。

 ワイドショー並の噂と憶測が飛び交っていた。いろんな話の着色があっても、基本はヴィンセントが気まぐれでベアトリスにちょっかいだして怒られたという理由が主に囁かれていた。

 ベアトリスは教室の隅で一人でサンドイッチを頬張る。

 皆が面白がってチラチラみて笑っていた。

 ベアトリスの肩身がどんどん狭くなっていく。

 アンバーが面白そうにそれを突付こうと近づいてきた。

「あーあ、とうとう一人ぼっちね。最初からあんたとジェニファーが親友なんておかしかったのよ。そうだったとしてもまさかあんたがヴィンセントにちょっかいだすなんて。身の程知らずの恥知らずよね。あんたがかわいそうだったからヴィンセントは断れずに優しくしただけなんでしょ。ヴィンセントの方からちょっかい出すなんて考えられないわ。それを利用して羽目を外すからこうなっちゃって。でももうわかったでしょ。ヴィンセントはジェニファーの方が大事だって。 あなたになんて見向きもしない」

 アンバーは愉快とばかり、わざとらしく笑った。

 ベアトリスは泣きたくなった。

 『身の程知らずの恥知らず』

 全くその通りだった。自分を選んでくれただなんて厚顔無恥にも程があった。歯を食いしばりながらサンドイッチを食べる。まるで臼で粉を引くような食べ方だった。

 その時またあの言葉が頭によぎる。

  妄想──。

 ベアトリスは自分がおかしいと本気で思い始めた。

 いろんな信じられない光景を目にしても他の誰も同調してくれる人などいない。

 自分に信じられないことが起こっても、その後はまた元に戻り、全てが夢と片付けられてしまう。

 変化を目の当たりにしても、すぐに元に戻る。

 自分の頭の中で起こってること以外に何があるというのだろう。

 他の誰にも見えないのなら、自分が狂いかけている。これに尽きる。

 だがその考え方はただ逃げているだけに過ぎなかった。

 事の真相を突き止めようとする勇気すらこの時ベアトリスにはなかった。事実なのにかき回されて自分を信じることすら出来ない。

 惨めさと情けなさはベアトリスを極致に追い込んだ。

 ──もうこれ以上我慢できない。

 ベアトリスは午後からの授業を逃げるようにサボった。

 向かうは前日ヴィンセントと過ごした物置部屋だった。

 ドアノブに手をかけそっとまわす。静かにドアを開け、こっそりと頭だけ中にいれ見渡した。

 前日ここで過ごした風景が頭によぎる。体中が熱くなるような気分をそう言えば味わったと思い出すと、あのときの自分は確かにおかしかったと益々肯定した。

 ヴィンセントはもしかしたら異常者だと思って、ただ何も言えず合わせていただけなのかもしれない。

 前日のことを思い返せばヴィンセントと触れ合った《《妄想》》が蘇る。

 あれは幻だと、一刻も早く忘れようとしたとき、ベアトリスの目を引くものがそこにあった。

 床に赤い水玉が点々と浮かび上がって見える。

 取り憑かれるほどに、それが気になって、物置部屋にもう一度足を踏み入れてしまった。

「なんだ、これはあのときの血のりじゃない。そう言えばあのとき、すでにヴィンセントはお芝居をしていた。本当にただの遊びだったんだ」

 ベアトリスは本当に馬鹿だったとしゃがんで、赤褐色の水玉を寂しく指でそっと撫ぜた。

 その時だった。焦げ付くように煙を出し、そこの部分だけ煙草を押し付けたように茶色く変貌した。

 ベアトリスが後ろに倒れる勢いで驚いたとき、半開きになったドアから声が聞こえた。

「ベアトリス、そこに居るのかい?」

 苦しく喘いでいる声だった。

 ドアの向こう側に誰かがいる。でもベアトリスにはすぐに分かった。

「ヴィンセント!」

 ベアトリスが立ち上がると同時にヴィンセントが叫んだ。

「こっちに来ないで! そのままで聞いて欲しい」

「ヴィンセント、もういいの。何も話すことなんてない。ジェニファーと喧嘩になって本当にごめんなさい」

 弱々しく、涙声になっていた。

「違うんだ! お願いだ、聞いて欲しい」

 息が荒くなり、時折、うめき声が入っていた。

「ヴィンセントどうかしたの? なんだか苦しそう」

「ああ、苦しいよ、心も体も。ベアトリス頼む、ジェニファーの側に行くんだ」

「何を言うの、そんなことできる訳がない。ジェニファーは私を怒ってる。許してくれないわ。あなたが苦しいのはジェニファーと私が絶交してしまったから、また負い目を感じてるの? 私はもうあなた達と一緒にいてはいけないってわかった。ヴィンセント本当にごめんね。私なんかのせいで迷惑かけちゃって。もう これ以上私と関わらない方がいい。だから私の側に二度と近寄らないで」

 ベアトリスの胸が張り裂け、涙がポロポロと零れ落ちる。

 それ以上にヴィンセントは、ずたずたに引き裂かれる思いだった。

 一層のこと、そうなってしまえと、力が入り自分のシャツを胸元あたりから引っ掻いた。服は鋭利な刃物で切られた跡を残し、自分の胸からも血で数本の直線を描いたように傷を刻んだ。


 暫くして静寂さが漂ようと、ベアトリスは恐る恐るドアを開けた。

 ヴィンセントがそこに居ないことを確認する。

 悲しさと自分の侵した罪に酷く打ちひしがれ首をなだれた。ふと足元見れば廊下に服の切れ端が落ちていた。ベアトリスはそれを拾い、じっと見つめる。

「ヴィンセントの服? でもなぜ……」

 この日着ていたヴィンセントのシャツの色合いに似ていた。ベアトリスはギュッとそれを握り締めた。

 自分が羽目を外さなければ、この先ずっと三人で楽しく高校生活を送るところだったのにと思うと、悔やまれてならない。

 だがもっと声に出して叫びたいことがあった。

 こんな状況になっても、どうしてもヴィンセントが好き。

 想いはもう抑えきれなかった。胸焦がれて息が苦しくなる。目が熱く、大粒の涙が溢れてくる。大泣きに泣いて咳き込み、内からも外からも苦しみに襲われるようだった。

 その時足元が揺らいだ。力が抜けたのではなく、この建物が一瞬揺れた。

「えっ、地震?」

 『ゴォー」という地響きが突然不気味に唸りだした。ベアトリスは恐怖から血の気が引いていく。そして学校中にいるだけの人の叫び声が何十、いや何百と重なり、それは学校全体を悲鳴の渦に落としいれてゆく。

「何、この叫び? 何が起こってるの?」

 ベアトリスは、教室に戻ろうと慌てて走り出す。

 授業が行われてる教室が並ぶ廊下にさし当たると、辺りからはパニックに陥った人々の悲痛な叫びとすすり泣きが各部屋から聞こえてきた。

 各ドアが開き、生徒は慌てて廊下に出てくる。

 その中には頭から血を流した生徒が、抱えられて出て来る姿もあった。ガラスが刺さっている。

 異様な光景に寒気と震えがした。他の教室からも次々と負傷した生徒達が飛び出してきた。廊下はあっという間に恐怖とパニックがもたらす凄惨なむごたらしさを醸し出し、そこはもはや戦場だった。

 教師達は落ち着けとばかりに走り回るが、この非常事態に一体何をすればよいのか把握できずにいる。

 ベアトリスは教室を覗き込んだ。そこは爆発を起こしたように全ての窓が割られ、机や椅子が倒され、教室が無茶苦茶に荒らされていた。窓際に座っていたものが一番被害が大きく、それで血を流したものが何人も続出した。

 女生徒達は抱き合って泣きじゃくっている。

「一体何が起こったというの?」

 ベアトリスは授業をサボっていたために難を逃れたが、もしその時自分の席についていたなら、窓ガラスが刺さってもおかしくなかった。

 だが難を逃れたといっても、これだけの負傷者がいると、よかったなどといっていられない。

 しかし、命を落としたものまではいなかった。殆ど軽傷で済んだことは不幸中の幸いだった。

 但し、精神的ダメージを受けたものは多い。

 ベアトリスは、ジェニファーやヴィンセントの安否を気遣うが、先生達の誘導で自分の教室には近づけず、運動場に進めと、人でごった返した廊下を早く歩けと追いやられた。

 事が起こってからしばらくするとサイレンを鳴り響かせて救急車、パトカー、消防車が沢山集まってきた。

 そこに加えてテレビ局の車も現れる。テキパキと動き、見たままの状況をカメラに収め始めた。

 学校の回りは野次馬も含めて人だかりになっていた。

 人と負傷者で溢れかえった学校は瞬く間にテレビ中継され、国内全体にブレイキングニュースとして広まっていった。

 学校のダメージだけを見ればテロだと決め付けるものがいたが、建物が揺れ、突風が吹き荒れるように窓ガラスが割れたという生徒達の証言から、竜巻による自然災害ということになった。

 だが専門家は、竜巻が発生する条件を満たしていなかったと、奇怪な現象だと強調していた。

 辺りはショックを受け、泣いてお互いを慰めあうように抱き合うものや、それぞれの状況を報告しあってるもの、深刻に受け止めないで学校が壊れたことを喜んでいるもの、それぞれ様々な生徒の心境がうかがえた。

 ベアトリスは一人ポツンと校舎を空虚な目でみていた。

「今、目の前で本当に起こっていることなんだろうか」

 これこそ夢で終わってくれたら誰もが救われるのにと、夢であることを強く願っていた。

 この時、後ろからジェニファーの声を聞いた気がした。

 振り返るとジェニファーはマイクを向けられ、インタビューに答えているところだった。

 側にはアンバーが友達と抱き合って泣いている。どうやら誰も怪我はしてなさそうだった。

 ジェニファーは堂々とマイクに向かって答えている。美しい生徒がその時の状況を語る──。

 レポーターも絵になると思いジェニファーを選んだのかもしれないと、こんなときにまでベアトリスはジェニファーの存在感を感じていた。

 近寄って大丈夫だったかと声を掛けたくとも、ベアトリスの足は反対方向を向いた。ジェニファーに見つからないようにそっと場所を移動する。

 学校は対応に大慌てだったが、このままこの日は終わりとなった。次の日も臨時休校とし、その後土日を挟むことから、この間に全てを片付けようとしていた。

 多少落ち着きを取り戻し、自力で帰れるものは家路に着き、精神ショックが大きいものは保護者が迎えに来たりと、生徒達も次々学校を離れていった。

 ベアトリスはヴィンセントのことが気になって仕方がなく、校舎の周りを当てもなく暫くうろついていた。

 すると校舎の角からレベッカとケイトが走って現れた。

 ベアトリスを見つけるなり喜んで近づいては、二人とも後ろに回って隠れる仕草をする。どこか怯えていた。

「ちょっと、二人ともどうしたの?もしかしてまたサラと喧嘩……」

 ベアトリスが言い終わらないうちに、次にヴィンセントが角を曲がって走ってきた。

 べアトリスに気づくなり足を止める。シャツがずたずたになっているのを見られたくないと、それを咄嗟に片手で鷲づかみ背を向けた。そのまま何も言わず去ろうとした。

「待って、ヴィンセント。服が破れてたけど、もしかして怪我してるんじゃないの?」

 ベアトリスが呼びかけた。ヴィンセントは肩を震わせる。

「大したことない。君に怪我がなくてよかったよ…… それじゃ、さよなら」

 押し殺したような物悲しい声──。すぐに背を向けたヴィンセントの苛立ちがベアトリスの心の深くまで軋ませる。『さよなら』という言葉の響きが違う意味で悲しみを刻み込んだ。

 もう元には戻れないといわれているようだった。

 ヴィンセントを怒らせてしまったことにベアトリスは酷く罪悪感を覚えた。

 本当は好きで好きでたまらないのに、その気持ちをぐっと心の隅に押しやって、必死に声を絞り上げる。

「本当にごめんね、ヴィンセント。そして今までありがとう」

 ヴィンセントは一度も振り返ることなくベアトリスの目の前から消えた。ベアトリスは首をうなだれ、必死に泣くまいと唇をかみ締める。

 レベッカはそれを見て耐えられなくなり、涙とそばかすが交じり合うように顔をくしゃくしゃにして謝り出した。

「ごめんなさい、ベアトリス。本当にごめんなさい」

「ちょっと、落ち着きなさい、レベッカ」

 ケイトがやめろと言わんばかりに小突いていた。

 しかし冷静なケイトもいつしか釣られて一緒に泣きだした。眼鏡に水滴がつく勢いだった。

 関係のないものに先に泣かれるとベアトリスは腰を折られたように、拍子抜けする。

 自分のことよりもこの二人をなだめるのが先だった。

 うっすら溜まった涙を軽く指でふきとり、優しく声を掛けた。

「どうしたの二人とも。一体何が起こったの。ちゃんと説明して。どうしてヴィンセントに追いかけられていたの?」

 ベアトリスが訊いてても二人は下を向いて泣くだけだった。

 訳が分からなくとも、泣いてる二人を見るとベアトリスは慈悲深く、二人の間に立ち両手でそれぞれの肩を抱いて包み込んでやった。

 二人は甘えるようにベアトリスに寄り添い、気分も少しずつ落ち着いていく。

 ベアトリスはレベッカとケイトを連れてフィールドの端を歩いていると、グレイスが見つけたといわんばかりに前方から走ってきた。

「二人ともどこへ行ってたの。いきなり走っていなくなるんだもん。びっくりしたわ。ベアトリスに迷惑かけてちゃだめでしょう」

 グレイスが小言をぐちぐち言うように責める。

「この子達、ヴィンセントと何かトラブルを起こしたみたいなの。聞いても答えてくれなくて、グレイス何か心当たりない?」

 ベアトリスも真相を知りたいとばかりに聞いてみた。

 グレイスは、心当たりがあるのか、はっと口元を押さえる。恐る恐る二人に問いかける。

「まさか、あなた達、余計なこと…… しちゃったとか?」

 グレイスの言葉にレベッカとケイトは『うん』と渋々頷いた。

「えっ、どうしたの? 何があったの? 私にも教えて」

 ベアトリスが三人の顔を覗き込む。三人とも言い難そうにそれぞれの顔を確かめ合って、言っていいものか迷っていた。結局言える訳がなかった。

「なんかいつも私だけ取り残されるというのか、ただ皆についていけないのか、何も判らないのね」

 ベアトリスは寂しく語る。でも気を取り直して明るく振舞った。

「人には言えないことだってあるものね。無理に聞いちゃいけないわ。だけどどうしても一人で抱え込んで苦しいときは私に相談してね。それくらいなら私喜んで相談にのるから」

 ベアトリスの言葉に、レベッカとケイトの良心の呵責が機敏に反応する。二人ともベアトリスに抱きつきワンワン泣いていた。ベアトリスはしっかりと受け止めてひたすら慰めていた。

 暫くしてベアトリスはふと一人足りないことに心配する。

「ところでサラは? まさかこの被害で怪我したんじゃ……」

「それは大丈夫です。さっきまで一緒だったんです。きっとこの二人を見つけようと違うところを探していると思います」

 グレイスが答え、そして再び二人を戒めるような目で見ると、二人は反省してますと言わんばかりに殊勝な顔をわざと見せていた。

 グレイスがため息を漏らすと、ベアトリスが『もういいじゃない』と言いたげに笑顔を振りまいた。

 一方、サラはこの時、ヴィンセントと鉢合わせになっていた──。

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