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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第十三章
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44 心構え

 日がすっかり落ち、空には星が無数に広がる空の下、草原の中でブラムは根の生やした木のように動かずじっと立っていた。

 アメリアにエミリーのことを言われ心をかき乱されていた。

 アメリアの言う通り、エミリーはブラムが過去に恋焦がれた女性だった。その思いはまた蘇り、会いたい気持ちが募っていく。

「まさかアメリアにあんな風に言われるとは……」

 ブラムは一点の輝く星を見る。太陽の光があるうちは気づかれもせず、暗くならないと輝かない星の光。だがその輝きは夜力強く光る。誰にも気づかれない自分の本心のようだとふと笑った。

 アメリアの誤解が解けても、決して許されることがないのはブラムには充分すぎるほど判っていた。だがブラムは自分を貫く。

「私は誰にでもいい加減な奴だと思われやすい性質のようだ。その方が自分には都合がいいのかもしれない。しかし本当の私を知ってくれていたのはエミリー、 君一人だった」

 夜空の星を観客に見立て独り言を呟いた。

 ブラムが忘れられない女性、エミリー。彗星の尾のようにずっといつまでも後を引き続けていた。

 しかしこの時は忘れようと、ブラムも必死に無になろうとしていた。暫し過去のことは封印しておきたかった。

 気を取り直し、ブラムはベアトリスのことを考える。目つきが急に厳しくなった。自分がこの時やらなければならないことは何か再確認しているようだった。

 時は5月に入り、初夏を通り過ごした暑さがやってきた。そして学校ではプロムの話題が後を絶たなくなった。

 相手が既に決まっているものはワクワク、ドキドキと気持ちが浮かれ、まだ決まってないものはハラハラと焦りが出てくる。諦めているものは、アルバイトがあるからとわざとバタバタと忙しさを演じた。相手がいれば、仕事など入れないというものである。

 この時期、相手がいないものは誘って貰いやすく友達に噂を広めて貰う。

 例えば、「友達の友達が言ってたけど、あの子があなたに興味があるみたいでプロム一緒に行きたいって言ってたのを聞いた」とかという言い方をする。

 この友達の友達が言ってたというところがキーポイントなのである。これだけ離れた間柄ならそれは噂らしく聞こえるというものだ。本当は本人がそう言ってくれと言っても。

 その噂が故意で行われていてもそれは皆見て見ぬフリ。方法はどうであれとにかく相手を見つけるためにみんな必死だった。

 これが結構効果があり、それを聞いた相手は電話をして誘いやすくなるという。学校は至るところでそんな意図的な噂が飛び交っていた。

 ベアトリスは本来なら参加しないはずだったが、パトリックとの約束で、急遽参加する事になり、すでにドレスも全ての準備が整っていた。

 しかし、あまり乗り気ではなく、周りが騒いでいても見てみぬふりをしていた。

 話す相手もいないこともあるが、元々人ごみに出るのが苦手だった。

 そんなところにドレスアップして行くのは気が進まない。しかしパトリックを誘ってしまった手前、取り消すわけにもいかず、不安の気持ちを抱いたまま本番を迎えようとしていた。

 ヴィンセントが誰を誘うか気にならないと言えば嘘になる。何も考えないようにすればするほど、プロム自体が頭の中から消えていくのだった。

 何も考えなくとも、本番はパトリックに任せていればそれでいいと、最終的には投げやりになっていた。

 プロムは通常男性が先頭に立ってエスコートする公式なデートの場であって、女性に気配りができないといけない。

 その点パトリックはベアトリスには適役ともいえ、もちろんパトリックはこの日を楽しみにしている。

 そしてその時ヴィンセントが参加することも知っている。もう賭けなど必要とはしないが、ベアトリスがきれいさっぱりヴィンセントを忘れることができる特別な日になるとパトリックは陰で笑みを浮かべていた。

 しかし、ヴィンセントは違っていた。

 ヴィンセントがサラと参加するのには計画があった。ベアトリスと二人っきりになるチャンスを作り、これに賭けていた。

 サラもまたそれに協力する。ベアトリスとパトリックの邪魔をして、ヴィンセントをベアトリスと二人っきりにさせる。それだけが目的だった。

「とうとう本番は今週の土曜日よ。準備はいい?」

 サラがヴィンセントと廊下で話している。

「ああ、覚悟はできている。少し高校生には無理があるかもしれないが、めったにできることでもないし、ディムライトの君の厚意に感謝するよ」

「当日は、私の両親はどちらも仕事でいない。家には身の回りの世話をしてくれる人がいるだけ。その人はノンライトだから、あなたのダークライトの気は感じないわ。だから安心して迎えに来て」

「ああ、君の両親がいれば、俺が現れればパニックになるだろうからちょうどいい。でも君は金持ちの娘なんだな。父親が医者、母親がホテル経営者だとは」

「ディムライトがライトソルーションを手に入れると能力はノンライトと差がつく。そしてお金の稼ぎ方に賢くなるってことよ。プロムの会場も私の母の経営するホテルのチェーン。何かと融通が利くわ」

「当日、君が父親から手に入れた睡眠薬をベアトリスとパトリックの飲み物に入れる」

「そうよ。ベアトリスが眠ってる間に彼女の体の中のライトソルーションを燃やして、そして私が用意した部屋であなたとベアトリスは朝まで二人っきり。後はあなた次第」

「最初聞いたときは無理な設定にぎょっとしたが、今はそれを望んでしまう。いや、別にそのなんだ、そいうことではなく……」

「何を言ってるの? 別にあなたがどうしようと私の知ったことではないわ。あなたたちがきっちり話し合うためにも、ベアトリスのシールドは邪魔。それを取り除いて思う存分近づいて二人で話し合えばいい。なんならそのまま二人でどこか遠くへ行けば? 誰にも邪魔されないくらい遠くへ」

「えっ?」

「それくらいの覚悟でこのチャンス逃さないでよね」

「あっ、ああ、わかった。ありがとう。だけどその間パトリックはどうなるんだ」

「ベアトリスはライトソルーションのせいで、睡眠薬の効き目はせいぜいもって2,30分くらい。でもパトリックなら朝までぐっすりよ。ホテルには私のこと を知ってるスタッフもいるし、疲れて寝てしまったといって運ぶの手伝って貰うわ。ホテルの部屋なら一杯あるし、私もそこでパトリックの寝顔をみて一緒に朝まですごすわ。その後のことは考えてないけど、とにかくあなたは朝までベアトリスと一緒にいられるってことよ。だから必ず成功させてよね」

「わかった。俺も後のことはその時でいい。とにかくベアトリスの誤解を解かなければ。このままでは本当にパトリックとくっ付いてしまいそうだ」

「私もそれは嫌だわ」

 二人は真剣な表情で語っていたが、ふと顔を見合わせると笑ってしまった。自分たちの腹黒さを笑うことで浄化しようとしているようだった。

 ヴィンセントとサラが話している様子を仲睦まじくと取らえて、ベアトリスは遠くから隠れるように見ていた。

 ため息が出るが、自分が選んだことの結果であり、ヴィンセントも仲がいい相手ができたことでよかったと納得しようと必死だった。

 ただその相手が自分の良く知る人物なのが複雑なところだった。

 しかし知らない相手であっても同じ気持ちでいただろうと思うと、真実も知らないまま、二人に気がつかれないように歩いていっ た。

 今度はその様子をジェニファーがベアトリスの知らないところで見ていた。

 かつての自分が味わった気持ちをベアトリスが味わっていると思うと、少し気分が晴れる。ベアトリスに対しての憎しみもやや和らいでいた。

 それに影響され、ジェニファーに仕掛けられた影も勢いをなくし、ただ大人しくジェニファーの中に滞在するだけとなっていた。

 そして最後にニヤリと笑みを浮かべ、全てを見ていたものがいた。ポールに扮したコールだった。

 高校生達が繰り広げるドラマなど何一つ興味がなかったが、ベアトリスのライフクリスタルをもうすぐ手にできると思うと血が騒ぐ。

 ライフクリスタルを手に入れる前夜祭だと、プロムも一騒動起こしてかき乱すつもりでいた。

 人々をパニックに陥れ、自分の欲しいものを手に入れる最高の日になりそうだと笑いが腹からこみ上げてきていた。

「みんなの忘れられない最高の日にしてやるよ」

 コールはそう呟いて、ロッカーの前でリップクリームをつけているアンバーの元へと行った。

 アンバーはロッカーの扉の裏側の鏡を見て、唇を重ねてリップクリームをなじませてるところだった。

 鏡に突然赤毛の男の顔が映りこみそれが近づいてくる。誰だろうと後ろを振り返ったときポールが側にいてキョトンとした顔になった。

「なんだよ、俺が側にきちゃ悪いか。気分がいいから折角相手してやろうと思ったのに」

「えっ、何よその言い方。こっちが相手してあげるわよ」

 アンバーは訳がわからないままも、つい素直になれずに意地を張る。その時は深く鏡に映っていた人物について追求しなかった。


 本番当日まではそれぞれの思いの中過ぎていく。

 そして決戦の時がとうとうやって来た。この日に何かを期待し、企んでいるものは真剣勝負で挑む。

 一番中心人物であるベアトリスだけが、始まる前から早く終わって家に戻って来たいと願っては憂鬱になっていた。

 そんな当日の土曜日の遅い朝のこと。

 パトリックの作ったブランチをベアトリスとアメリアは食べていた。

「夕方6時からでしょ、プロム。ここは何時に出るつもり?」

 アメリアが聞いた。

「会場まで余裕をもって3,40分としたら、5時過ぎくらいかな。他の参加者はグループでその前にどこかで集まってると思うけど、ベアトリスは行かなくていいのかい」

 パトリックはどこへでもお供すると嬉しくてたまらない様子で浮かれていた。

「私はただ参加するだけだから、直接そこに行くだけでいい。それにあまり長居もしたくない」

 ベアトリスは対照的に、元気がない声でぼそぼそ答えた。

「あら、折角のプロムなのよ。大人の仲間入り、豪華なデートができるチャンスよ。きっと行けば楽しくなるわ。そしてパトリックが完璧にエスコートしてくれ る。思いっきり甘えてくればいいのよ」

「アメリア、なんかほんとに変わった。以前ならそんなこと絶対言わなかった。よほどパトリックのことが気に入ったのね(結婚を認めるくらい)」

 ベアトリスの言葉で今度はアメリアが黙り込んでしまった。二人の仲を取り繕うと言い過ぎてしまったと自分でも不自然さに気がついていた。

「やだな、二人ともどうして暗くなるの。僕はすごく楽しみでどれだけこの日を待ってたことか。今夜は必ず素晴らしい夜にすることを誓うよ。僕のタキシード姿を見たらベアトリスだって放っておけないんだから」

「それじゃ私も後でベアトリスのドレスアップの手伝いをするわ。パトリックがドキドキするくらいね」

 アメリアは気を取り直して笑顔をベアトリスに向けた。

 ベアトリスも二人に合わせようと笑顔を作る。そしてパトリックを見つめる。

「そうよね、私も今夜は楽しむようにするわ。自分の想像もつかないことが待ってるかもしれない」

「そうだよ。僕は絶対君にがっかりなんてさせないからね」

 ベアトリスはパトリックの嬉しそうに笑う笑顔を見て、自分が受け入れたことなんだと再確認していた。パトリックを好きになろうと自分に言い聞かせているようだった。

 同じ頃、ヴィンセントもまた、挑むようにこの日を迎えた。

 冷蔵庫をあけ、にんじんを手に取りそのままかじって食べだした。それをリチャードがからかった。

「滅多に生でかじったこともないにんじんなんか食べて、今日はそれだけ特別だってことか。だけどプロムデートは誰を誘ったんだ。それとも誘われて断れなかったんじゃないのか。お前がベアトリス以外の女性を誘うこと自体考えられない。こんなパーティに参加しようとするのもなんかお前らしくないというのか……」

「うるさいな。放っておいてくれ」

「まさかお前、よからぬ事を考えてないだろうな。要らぬことを言われたらすぐにそういうのがお前の癖だ」

 ヴィンセントはさすが自分の父親だと思った。読みが鋭い。しかし気づかれてはまずいとひたすらにんじんをバリバリ食べだした。

「腹が減ってるんだよ。いつもこの冷蔵庫の中はろくなものがはいってないじゃないか。そんなこと言う前に何か食べられるものでも買って入れておいてくれ」

「そう言えばその通りだ。すまん。この家は家具もないし、本当に何もないところだ」

 話が違う方向に行ってヴィンセントはほっとした。

「今日は俺、遅くなる。友達と朝まで騒いでくる」

「ああ、わかってるよ。プロムはそういう夜だ。だが、プロムデートには紳士的にするんだぞ。まあお前はそんなことないと思うが」

 ヴィンセントはなんて答えて言いか判らず、ひたすらにんじんをかじっていた。

 実際のプロムデートのサラとは何の問題もないが、計画実行後の相手はベアトリスであり、ホテルの部屋で二人きりとなると、内心紳士的にいられるか正直わからなかった。つい要らぬことを考えてしまった。

 想像したことに罪悪感を感じるのか、ヴィンセントは頭を掻き毟るように引っ掻かずにはいられなくなった。そして横目でコーヒーを飲むリチャードをジロジロみていた。

 ばれたら追い出されることも覚悟して、そんなことを怖がっている暇はないと、もうこのプロムに自分の人生を賭けるつもりでいた。

「なんだお前、さっきからにんじんかじりながらジロジロみて。まるであのウサギのキャラクターみたいだな」

「What's up, Doc? (なんか変わったことある?)」

 ヴィンセントはどうにでもなれと開き直ってそのキャラクターの口癖を真似した。

 リチャードはコーヒーカップをシンクの中に置き、仕事場に向かう準備をする。ヴィンセントに笑顔で楽しんで来いと声を掛けて出て行った。

「明日はあの笑顔が鬼になって、そして俺は地獄行き…… って筋書きかな」

 ヴィンセントは気持ちを奮い起こすために自分の頬をピシャピシャと叩いていた。

 そしてプロムまであと数時間と迫った。まるで決戦のように、それぞれの野望を抱き力が入る──。

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