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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第十二章
43/56

42 選んだ道

 ベアトリスが向かった場所。そこはかつてヴィンセントと過ごした物置部屋だった。

 ここの他に行く場所がなかった。想い出の中に救いを求める。

 そっとドアを開け、一度全体を見回してから部屋に足を踏み入れる。

 中は全く何も変わっていない。あのとき焦げ付いた血の痕も床にそのまま残っていた。

 ベアトリスはヴィンセントに抱かれて寝ていたことを思い出し、同じ場所に壁にもたれて腰掛けた。

 あの時の感情を思い出し、暫し現実逃避を試みるが、それが却って辛い気持ちを呼び起こさせた。

 ベアトリスの胸は切なさでキリキリとする。そしてその苦しみが体中にいきわたると、最後に視界がぼやけ、頬に水滴が滴り落ちた。

──どうしてこうなっちゃったんだろう。思いを貫くなんてできなかった。自分を変えることもできなかった。何も変えることができずに結局は逃げてる。私は 何をやってもダメなんだ。こんな私が真実を全て知りたいなんて言えた義理じゃない。

 ベアトリスはすっかり自信を失くし、また殻に閉じこもってしまった。

 立ち向かおうと自分の気持ちに正直になろうとしても、無駄だと判断してしまった。絶望感は簡単に入り込み、心は閉ざされ、再び固い殻に覆われていく。

──こんな私でもパトリックはどうしてあんなに思ってくれるのだろう。この先もっといい人が現れる可能性もあるのに、こんなに早くから結婚したいなんて、パトリックにはなんのメリットもないのに。こんなダメな私だからほっとけないんだろうか。決められた人生なんて嫌だといったけど、一人で何も出来ない私が言えるような台詞じゃなかった。人から決めてもらわなければ自ら何も出来ないくせに…… パトリックに謝らなくっちゃ。真実もどうだってよくなってきちゃった。知ったところできっと今以上に私は押しつぶされそう。もう疲れた、疲れちゃった、このまま消えてなくなってもいいくらい……

 朝早く起きすぎたためにベアトリスは睡魔という魔のつく魔物に弱気にさせられ、襲われるままに寝てしまった。

 クラスが始まる数分前、コールはベアトリスの机を見ていた。近くにいたアンバーに声をかける。

「お前、ベアトリス見なかったか?」

「また事故にでもあって休んでるんじゃないの」

 アンバーは気分を害して、いやみったらしくつっけんどんに答えた。

「おかしい。朝、廊下で会ったのに、なんでクラスに来ないんだ。どこで何をしてるんだ」

 コールは首を傾げていた。

 ヴィンセントはその会話を耳にして、何かに巻き込まれていないか心配になり、探しに教室を出て行った。

 何も巻き込まれてないとしたら、ベアトリスが行きそうなところに心当たりがあった。そしてそこはヴィンセントにとっても特別な場所である。

 ヴィンセントがベアトリスを見つけるのに時間はかからなかった。だが容易に近づけない。胸を押さえながら、そっとドアを開け覗く。ベアトリスが壁にもたれて寝ているのを見つけると、苦しさの中でも、安堵の表情になった。

 ヴィンセントはどうしても側に近づきたくて、ベアトリスが寝ていることをいいことに姿を変えて忍び寄る。

 目は赤く染まり体は黒く光っている。口をあければ尖がったキバをむき、野獣の姿にも見え、または絵でよく表現されるような悪魔の姿にも見える。しかし恐ろしい風貌でもヴィンセントの美しい顔はそこにも反映されていた。

 ヴィンセントは恐ろしい姿をさらけ出してまでベアトリスの隣に座った。

 多少のリスクはあるが、もしベアトリスが気がついても機敏な動きでそこから姿を消すことは容易いことだった。

 野獣の姿では人間の姿をしているときの全ての能力を遥かに超越する。

 野獣は恐ろしい姿でも絹のように滑らかな繊細な心でベアトリスを気遣う。

 赤くきつい目をしていても、瞳はベルベットのような光沢を帯び優しさに溢れている。

 こういうときでもないと二人っきりになれないと、ベアトリスがこのまま少しでも長く寝てくれることをヴィンセントは願っていた。側にいるだけでもささや かな幸福のときだった。

 ベアトリスは隣に野獣がいるとも知らず、無防備に眠りこける。寝ているときだけは全てを忘れ安らかだった。

 朝日が窓から斜光し、その光は二人を繋ぎとめてやりたいかのようにスポットライトを当てる。

 ベアトリスの首がうなだれ、ヴィンセントの肩に寄りかかる。ヴィンセントはそれが嬉しいかのように自分の頭もベアトリスに傾けた。

 ベアトリスの側で聞く彼女のかすかな寝息に癒され、ヴィンセントは目を閉じる。

 体が触れ合ったことで、意識を共有するには絶好のチャンスだった。ヴィンセントはベアトリスの意識にまた入り込んでいく。

 意識の中までは野獣の姿にならなくても、ヴィンセントのそのままの姿でいられた。

 ベアトリスは夢を見ていた。白いウエディングドレスに身を包み、真紅のバラのブーケを持って赤い絨毯をの上を歩いている。その先には誰かの後姿が見えた。そこへ近づいたとき、その顔を見てベアトリスは驚いた。

「ヴィンセント」

 ヴィンセントはにっこりと微笑み、ベアトリスを優しく見つめている。アイボリー色のタキシード姿が眩しい。

「君と結婚できるなんて夢の中でも嬉しいよ」

「えっ、夢? 夢なの?」

「ベアトリス、夢の中では信じてもらえないかもしれないけど聞いて欲しい。僕は君を愛してるんだ…… ずっとこの言葉を伝えたかった」

 ヴィンセントは真剣な面持ちで瞳を輝かせていた。そしてベアトリスの手を取り優しく微笑む。

 ベアトリスは驚いて声もでなかった。沈黙のまま暫くお互いを見つめていた。

 ヴィンセントが話したいことも話せずに夢の中の時間はいたずらに過ぎていく。そうしてるうちに徐々に辺りが明るくベアトリスに光が当たりだした。

「残念だけどそろそろ君は目覚めそうだ。願わくは、もう少しこうしていたかった」

 ヴィンセントは夢の中でも一つの希望に賭けた。心のどこかに自分のことを考えて貰えるように。そして笑顔で消えていく。

「ヴィンセント、待って、私も私も、あなたのことが……」

 ベアトリスは最後を言い切れずに目が覚めて徒爾に終わった。床に転がっている自分に気がつくと、本当に夢だったと現実に引き戻され虚脱感に襲われた。

──とてもリアルだった。忘れようと思っていたときに皮肉すぎる。

 ベアトリスは、所詮、夢は夢として、現実ではないことをあっさりと受け止めると、体を起こしまた暫くそこで座り込んでいた。その姿は魂がぬけてしまった抜け殻のようでもあり、自分の意思をもたずにただ体が存在している状態だった。

──夢を見たからといって何も変わるわけはない。

 ヴィンセントが想いを伝えても夢の中では全く届かず、益々空虚なものとなった。皮肉にもベアトリスはその想いを閉じ込める選択をする。想いだけじゃなく自分自身をも否定した。

 ベアトリスの瞳から輝きが失われていた。何も関わりたくないと自ら全てを放棄した虚しさが現れる。自分に臆病になり、自分を否定することで全てのことを妄想で終わらせようとする。それが一番楽な対処方法だった。

 ベアトリスはこの時点でもう壊れていた。これ以上の問題を持ち込まれたら再起不能な状態まで追い込まれるくらい、心の中は苦しさで飽和状態になっていた。

──ポールが言っていた目を瞑っているだけで全ての悩みから解放されるってどういうことなんだろう。それは私を本当に解放してくれるものなんだろうか。

 本当の意味も知らずに、ベアトリスは楽な道ばかりを模索する。そしてゆっくり立ち上がり、部屋を出る前にもう一度物置小屋を見渡すと、それが最後とでも いうように「さようなら」と呟いた。

 静かにドアを閉め、クラスへと向かった。


 全ての授業が終わった後、ベアトリスはそれすら気がつかないほど、ただ座わり続けていた。

「おい、ベアトリス、大丈夫か? 今日一日おかしかったぞ。お前、鬱が入ってるんじゃないのか。あんまり思いつめて自殺なんてするなよ。それは困るぜ」

 コールが話しかける。

「えっ、自殺?」

「もうすぐプロムだろ。せめてそれくらいは楽しめよ。俺がそう言ってるんだから、従っておけ」

 コールは人生最後を楽しくしておけという意味で言っていた。そんなことも判らずベアトリスは心配してくれてると勘違いした。

「ありがと……」

 コールはまた上機嫌で去っていった。

 ヴィンセントは一部始終を見ていた。あの物置部屋から戻ってきた後、ベアトリスの様子がおかしいことにヴィンセントも気になっていた。

 声を掛けてやりたいが、近づけずヤキモキする。

 そんな時、一部の女子生徒たちが騒ぎ出した。

「あの人誰だろう。見かけないね」

「でもちょっとかっこいいじゃない」

 彼女達の会話が突然ヴィンセントの耳に入ってくる。ヴィンセントが振り返ると教室の入り口にパトリックが立っていた。

──なんであいつがここにいるんだ。

 ヴィンセントが睨みつけた。

 パトリックはヴィンセントに構うこともなく、教室に入ってベアトリスの机の前までやってきた。

 他の生徒達もその様子を見ていた。何人かの女生徒たちはベアトリスの知り合いだと知って仰天していた。

 ベアトリスもパトリックの存在に気がついて目を丸くする。

「パトリックどうしてここに」

「ベアトリス、僕やっぱり放っておけない。嫌われるのを覚悟で迎えに来た」

「私も、朝、生意気なこと言ってごめんね。パトリックはいつだって私のこと第一に考えてくれてるのに、それなのに私、勝手にバカなこと考えて八つ当たっちゃった。私間違っていた。本当にごめん。迎えに来てくれて嬉しい」

 ベアトリスはパトリックを受け入れた。

 ヴィンセントのことを考えないようにするにはそれが一番の策であり、自分のことを求めてくれるのならそれに甘えるのが楽だと気がついた。

 自分を見失い、全てにおいて流され始めた。

 パトリックはベアトリスの心境の変化にキョトンと突っ立ったまま目をぱちくりした。ベアトリスは穏やかに立ち上がり、バックパックを肩に掛ける。

「パトリック、帰ろうか」

 そう言うと、ベアトリスは自分を引っ張って欲しいとパトリックの手を握った。パトリックは信じられないと驚いた眼差しをベアトリスに向けると、ベアトリ スは頷いて微笑み返した。

 パトリックもそれに答えるように、ベアトリスの手を握り返す。しっかりと手を繋ぎベアトリスを引っ張って導いた。

「僕を頼ってくれて嬉しいよ」

 パトリックに引っ張られてベアトリスはこれでいいんだと自分に言い聞かせていた。

 周りから見れば二人は恋人同士に見えた。ヴィンセントですらそう感じてしまい、耐えられなくなりプイッと横向いてさっさと教室を出て行った。

 ヴィンセントは悲しみと悔しさが入り乱れ、発狂しそうだった。

 感情は辛うじてコントロールされているが、本当のところはまた何かに八つ当たりしたいと葛藤していた。

 「くそっ!」

 絶望感で意識が遠のきそうだった。意識を失わないためにも、誰も居ない校舎の裏で、拳で壁を何度も殴る。拳から赤い血がポタポタと地面に落ちていた。


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