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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第十二章
42/56

41 のしかかる真実

 ベアトリスはベッドの淵に座り、目を瞑った。

 脳裏にフラッシュした鮮明な映像──ペールブロンドの長髪、美しき男性が口元を少し上げ微笑していた。

──この人を見たのは二度目だ。一度目のときは思いつめて歩いてるときだった。あれは幻だと思って何を見たのか訳がわからなかったけど、また思い 出すなんて。


『君は真実を知りたく ないのかい? 私は君の魂をいつでも自由にすることができる。私が必要になったとき、強く私のことを念じて欲しい。その時私は迎えに行く』


──あの時あの人が言った言葉。真実…… 真実を知る? 一体どういうことなんだろう。それって私の過去のことなんだろうか。

 ベアトリスは迷った。言葉を信じて念じて呼べば出てくるのかも半信半疑だった。だが、まずあの男の存在が何なのかがはっきりとせず、残像が残っていても信じられない。

 次から次へと自分の周りで何かが起こることに疑問ばかりが生じ、どんどん問題が膨らんでいく。

──あの人は一体誰? 私に一番近い存在とか言ってたような気がする。私に一番近いってどういうことなんだろう。でもあの壷を触ってどうして思い出したんだろう。それにあの水……

 水泡が膨れ上がって突然湧き出た水を思い出しはっとした。

──水! いつもアメリアが飲んでる水はもしかしてあの壷に入ってる水だったら。水…… あの壷には何か隠されてるんだろうか。

 真実が知りたい。

 突然好奇心に駆られて、ベアトリスは衝動的に行動を起こした。

 部屋のドアを開け、その隙間から体をかがめてそっとパトリックの様子を伺った。

 自分の家でこそこそするのは初めてでドキドキと心臓が高鳴っていた。

 しかしなぜこそこそする必要があるのかと思うと、急に馬鹿らしくなり背筋が伸びた。怪しまれることは何もないと思うと、堂々と部屋を出て台所に入った。

 だがすでにパトリックもあの壷も台所から姿を消していた。

 ベアトリスが壷を探しているとき、部屋の開閉の音が聞こえたので、そっと覗くように廊下を伺う。

 パトリックが自分の部屋から出てきて着替えを持ちバス ルームへと入っていく様子が見えた。

 ベアトリスはまたよからぬ事を思いつく。

──もしかしたらあの壷をパトリックが自分の部屋に隠したのでは……

 パトリックがバスルームに入っているのをいいことに、ベアトリスはまた黙って彼の部屋にもぐりこもうとした。ちょうどシャワーのお湯が出る音が家の中で響いた。

 今がチャンスとばかりに黙ってパトリックの部屋に入る。

 電気はついたままだった。

 今度は悪いことをしている認識が強く心臓が高鳴った。

 辺りを見回すがどこにもあの壷は見当たらない。

 しかし机の上に目が行くと、視線がそこに集中した。

 結婚式に関する雑誌、衣装のカタログ、そして招待状の見本が置かれていた。

──なんでこんなものがここにあるの?

 何気なしに手に取ると、その下から書類もでてきた。それは公式文書でパトリックの両親が未成年の息子の結婚に同意すると書かれていた。

 それだけではな かった。もう一枚同じようなものがアメリアの署名入りであった。

──これって、どういうこと? パトリックと私が結婚するってことなの? 反対していたアメリアもどうして同意書なんて作るの。

 ベアトリスは手に取ったものを元の場所に置き部屋を飛び出した。そしてアメリアのドアをおもむろにノックした。

 裏切られた気持ちで体が震える。

 アメリアの許可で部屋に入れば、アメリアはベッドの上で本を手にしていた。それを手元に置いてベアトリスを見つめる。

「どうしたの? 何か用?」

 ベアトリスは感情のままにここまで来たが、頭の中が整理できないまま、何をどのように聞いてよいのかわからないでいた。

 側で何かが光ったように感じ、ふとそちらに目を向けると、そこには さっきまで台所にあったあの壷が置かれていた。そしてその時また水泡がぼこっと現れ、先ほどよりも水かさが増えたのを今度はちゃんとした意識の中で目撃した。

 驚きはストレートに顔に出たが、声は出ない。

 不思議そうにアメリアがベアトリスを見ている。

──私の知らない何かが起こっている。そして二人はそれを隠している。

 そう確信したとき、背中に冷たいものがすーっと通り抜け、ベアトリスは急にアメリアとパトリックに不信感を抱いてしまった。

 信じていたものが一瞬にして崩れ去っていく。

 自分の疑問をぶつけたところできっとまともに答えてもらえず、はぐらかされると思うとこの場は知らないフリをする方が賢い選択だと思えた。

 ぐっと体に力を入れて平常心を装う。

「ご、ごめんなさい。何がいいたかったか忘れちゃった」

「変な子ね」

 アメリアは笑ったので、ベアトリスもそれに合わせて必死に笑顔を見せようとするが、笑えば笑うほど、虚しさで心はとても悲しく冷えていった。

 アメリアの部屋を出ると、パトリックがバスルームからちょうど出てきてかち合った。

 白いバスローブを纏い、濡れた髪がしんなりと垂れ、お風呂上りのいつもと違う雰囲気でベアトリスを見つめていた。

 しかしベアトリスは、黙って部屋に入って要らぬものを見てしまったせいで、後ろめたさと怒りが同時に現れて、パトリックをどうしてもまともに見ることができなかった。

「どうした? なんかあったのか。あっ、もしかして風呂上りの僕の姿にちょっとぐっときたとか?」

 ベアトリスは元気なく首を横に振るだけだった。

「ほんとどうしたんだよ。いつもなら食いかかってくるのに、その反応はつまんないな」

「ほんとなんでもない。それじゃお休み」

 ベアトリスはパトリックとすれ違い、自分の部屋へ向かった。

 パトリックは声を掛けようと振り返るが、この時ばかりは、近寄られたくない冷気をベアトリスから感じ、気の利いた言葉が出てこずに黙りこんでいた。

 そうしてる間にベアトリスは自分の部屋に入って静かにドアを閉めた。

 ベアトリスは不信感を一気に募らせた。

 不思議なことが起こってもあやふやにされ、確かめる術もないままに、誤魔化されて意図的に何かを隠されている ──。

 アメリアの厳しい規則と過保護、パトリックのつきまとうような気遣いと親同士が決めた婚約、両親の不慮の事故と失った写真、ヴィンセントの正体と不可解な行動、 突然現れた謎の男と壷から湧き出る不思議な水。

 それらは化学反応のように混ざり合い、ベアトリスの思考に変化をもたらした。

──私だけが知らない何かがあるとしたら、真実を私から遠ざけて何をしたいのだろう。

 ベアトリスは突然大きな穴に落ちたように、そこから抜け出せなくなった。そしてその穴の淵からみんなに見下ろされているように思うと突然怖くなり、ベッ ドの中に潜り込む。沢山の手が上から自分を押さえ込んでコントロールしてるように思えた。

──私は一体誰なの? どうして誰も何も教えてくれないの? 私が知らないことってなんなの?

 ベアトリスは隠された真実に脅かされていくようだった。


 次の朝、いつもの時間になってもベアトリスが中々起きてこない。寝坊だと思い、パトリックは部屋をノックする。

「ほら、いつまで寝てるんだ。学校に遅れるぞ」

 しかし反応がない。パトリックは寝起きのベアトリスにいたずらでもしてやろうと笑みを浮かべてドアを勢いよくあけた。

「まだ起きないのか…… あれっ、いない。ベアトリス? どこにいるんだ?」

 バスルームを覗いても居間を覗いても、アメリアに聞いても家の中にはベアトリスの姿はなかった。

「一体どうしたんだ。昨晩ベアトリスと何かあったんですか」

 パトリックがアメリアに聞いた。

「そう言えば、何かを言いに来たけど、話したいこと忘れたとかいって何も聞いてないわ」

──まさか、あの壷を見て何かに気がついたのでは……

 パトリックは不安になり車のカギを手にすると外に飛び出した。学校の通学路を車で走り、ベアトリスを探す。

 学校の近くまで来たとき、ベアトリスが歩いているのを見つけた。車を止め、慌てて外に飛び出して走って追いかけた。

「ベアトリス!」

 パトリックに呼ばれてベアトリスは振り返った。

「パトリックどうしたの?」

「どうしたもこうしたもない。どうしてそんなに早く黙って学校に行くんだ」

「えっ、遅れるよりいいじゃない。それに私が何時に学校行こうとパトリックには関係ない。どうしてこんなことも好きにできないの?」

「何かあったのか?」

 ベアトリスはパトリックの質問に顔を背けた。震える声で戸惑うように訴える。

「私、一人になりたいの。パトリックももう迎えに来たりしないで。少し放っておいて欲しいの」

「僕、なんか気の障ることしたのか。そうなら謝る。だから……」

「違う! そんなんじゃない。私、少し一人で考えたいの。自分でいろんなことを決めたいの。人に決められるのなんてもう嫌! 結婚も、人生も!」

 その言葉はパトリックの胸を貫いた。

 ベアトリスは振り返りパトリックの目を見つめた。青い瞳が揺らいでいる。動揺、恐れ、苦痛、不安が交じり合いながら、その瞳の奥は何もかも見てきたと物語っていた。それは真実を見た目。

「パトリック、いつか本当のことを話してくれない? あなたは何かを知ってるんでしょう」

 そういい残すと、ベアトリスはパトリックを置き去りにして学校に向かって歩き出した。

 パトリックはベアトリスの言葉に動揺してその場で金縛りにあったようになっていた。確実に何かに気がついてると確信した。だが彼女をこのまま放っておく わけにはいかない。なんとかしなくては ともう一度ベアトリスに近づく。

「ベアトリス待って」

 先走る不安は言葉よりも行動を起こさせる。パトリックは失うのを恐れ、思い余って力強くベアトリスを後ろから抱きしめてしまった。そしてとうとうこれ以上隠せない と気持ちをぶつけてしまった。

「いつか、いつか時がきたら、必ず君に何もかも話すと約束しよう」

「パトリック……」

 離すまいとパトリックの腕は強くベアトリスの体を締め付ける。パトリックの抱きしめる力強さはその真実の大きさを知らされているようだった。それはとてつもなく大きな衝撃的なもの──。 

 自分で言い出したとはいえ、普段冷静さを欠かさないパ トリックの取り乱した行動はベアトリスを不安に陥れた。

「僕は君を守りたくて、君を幸せにしたくて、ついやりすぎてしまったかもしれない。でも子供の頃から君の事がずっとずっと好きで、その気持ちには嘘偽りはないことだけは忘れないで欲しい。君を失うのだけは絶対いやだ。君が無理やり連れて行かれて引き離されたあの日のように、僕の前から二度と消えないで欲しい」

 苦しくなるほどのパトリックの想い。ベアトリスはその重さに耐えられず飲みこまれてしまいそうだった。

「私、そろそろ学校に行くね。レポートの提出期限が迫ってるんだ。その資料をロッカーに置いたままだから、早くしあげないと。また後で」

 這い出すようにベアトリスはパトリックの腕を振り払い、走って学校に向かった。レポートの提出など全く嘘だった。その場を逃げるための都合のいい理由にすぎなかった。

「ベアトリス……」

 パトリックの胸は張り裂けんばかりだった。ベアトリスが何かに気がつけば、それが危険なことに繋がると充分パトリックは知っていた。

 ベアトリスの耳にパトリックの言葉がいつまでも残る。何かを隠していることだけは確かだったと思うと、真実が自分の手に負えない大きさに思え、この時になって真実を知ることに怖気ついてきた。

 自分がどうあるべきか、何をしたいのか、それを知った後、自分はどうなるのか、強くパトリックに抱きしめられたことでそれと向き合う ことに覚悟を決めろと警告を発されたようだった。

 ベアトリスはその重みに耐えられず、自分が起こした行動が果たして正しかったのか判らなくなっていく。

 パンドラの箱を開けてしまったようで、自分の行動に責任が取れず動揺しだした。

 パトリックも同様に、感情に押され余計なことを口走ってしまったと、この時になって後悔しだした。しかしもう後にはひけない。暫く立ち尽くし、ベアトリ スが見えなくなるまで目を潤ませて見つめていた。


 誰も居ないと思っていた、早朝の学校の廊下でベアトリスは意外な人物を目にした。それはポールの仮面を被ったコールだった。

「よぉ、ベアトリスじゃないか。早いんだな」

「ポールこそどうしてこんなに早いの」

「トレーニングさ。ここには体を鍛える道具が揃ってるからいつも使わせてもらってるのさ」

「だから痩せたのね。ほんと、今じゃ全くの別人だもの」

「全くの別人か。ほんとその通りさ。こいつも俺に感謝して貰わないと。まあ体を借りたお礼ってところかな。この体とももうすぐお別れだし」

「えっ?」

「いや、こっちのことこっちのこと。それより、あんた、なんか色々問題抱えてそうだな。今日も顔色悪いし、良かったら相談にのってやるぜ。ちょっとしたサー ビスってところだ」

 コールはもうすぐその日がくると思うと、高揚して調子のいいことを口走る。

「遠慮しておくわ」

「そういうなよ。これでも俺は結構千里眼だぜ。あんたの両親は車の事故で死んだことになってるんじゃないのか。そして、親同士が決めた婚約者もいる」

 ベアトリスは一瞬にしてコールの話に引き込まれた。

「どうして知ってるの?」

「その事故、ほんとに事故だったと思うかい? そしてどうして子供の時に婚約させられたかも不思議に思わないのかい?」

 目を丸くしたベアトリスの顔つきが、思ったとおりの展開で、コールは意を操ったような得意げな表情になった。

「やっぱり、あんたも疑問に思ってたんだ。俺、その理由知ってるっていったらどうする? 知りたいか?」

 得意の意地悪い顔でコールはじらした。

「どうしてあなたがそんなこと知ってるの? 全く関係ないじゃない。また意地悪しようとどこかで情報を仕入れていい加減なことをいってるんでしょ」

「どう思ってくれてもいいけどね。こんなことは俺の知ったことではない。でも俺はあんたの人生に手っ取り早く影響を与えることができる。もしそれを望むな ら力になって やるぜ。なーに、容易いことさ。あんたは目を瞑っているだけでいいんだ。そうすれば全ての悩みから解放されるってな訳。楽だぜ。あんたが嫌がっても、俺おせっかいだから、そのうち自ら仕掛けにいってやるよ」

 コールは楽しみと言わんばかりに大声で笑った。

「どういう意味?」

「そのうちわかるさ。さあてと、シャワーでも浴びてくるか。そんじゃクラスでな」

 コールは意気揚々と去っていった。

 ベアトリスは暫く廊下で立ったままコールが言った言葉を考えていた。

──両親が事故に遭ったこと、確かに誰も詳しいことを教えてくれなかった。アメリアも絶対にそのことには触れない。それって事故じゃなかったってことなの? 私が子供の頃パトリックと婚約させられたこ とも理由がなければおかしい。だけどもっと他に判らないことが沢山ありすぎる。全てのことを知ってしまったら、私は耐えられるのだろうか。

 ベアトリスは自分の中で溺れ苦しみ喘ぐ。

 誰にも相談できずに一人で抱え込み、真実の詰まった箱を抱きながらどんどん奥深く底が見えない底へと自分が沈みこんでいくよう だった。

 みんなが隠すほどの真実。

 それがいいものではないことはベアトリスにも推測できる。苦しさをこれ以上背負い込むほどベアトリスには余裕がない。

 少しの救いを求めて足はある場所へと向かった。


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