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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第十一章
37/56

36 すれ違い

 教室に入り、戻っていないヴィンセントの席を横目に、ベアトリスは自分の席についた。

 先ほどの出来事が憂鬱の種となりそれに気をとられてぼーっとしていた。

 ふと視線をずらせば今度はジェニファーが鬱陶しいと突き刺す挑戦的な態度を投げかけ、気がさらに重くなり深いため息が一つ洩れた。

 コールは席に座りジェニファーに仕掛けた影に何かを期待しながらその様子を見ていたが、ジェニファーは睨むだけで行動を起こさない。

 じれったいと苛立ち、コールの足がガタガタと落ち着きをなくしていた。

──もどかしい。さっさと殺ればいいのに。

 コールは突然立ち上がり、ベアトリスの席に近寄ると、彼女の教科書を掴んでそれをジェニファーのいる方向に投げた。

「何をするの!」

 ベアトリスはコールに驚きと腹立ちの入り混じった嫌悪感を露にしたが、体が大きい相手には怖くてそれ以上刃向かうこともできず、仕方なく黙って拾いにいった。

 成り行きを楽しもうとニヤッと含み笑いを顔に浮かべ、コールは腕を組んでの高見の見物をしている。

 だがベアトリスがジェニファーに接近したとき、ジェニファーが胸を押さえ込み前かがみになったのを見て、コールは眉間に思いっきり皺を寄せた。

 ベアトリスは本を拾い、何もなかったように席に戻る。

 コールが再びジェニファーに視線を移せば、息は荒いがジェニファーは平常に戻っていた。

──一体どういうことだ。ヴィンセントも同じような態度を取っていた。

 コールはまじまじとベアトリスを訝しげに睨み、彼女に近づいた。

 ベアトリスは怯えきり、顔を思いっきり逸らして無視を決め込んだ。

 コールがベアトリスの机に手を置き威圧感を与えると、アンバーが突然間に入ってきた。

「ちょっとやめなさいよ」

「なんだよ、お前」

 コールは呆気に取られてたが、それ以上にベアトリスの方が驚き、口を大きく開けていた。

 アンバーが自分を庇うなんてありえない。はっとしたとき、慌てて口を閉じた。

 コールはクラスの注目を浴び、遣り難くなったと、まずは引いて自分の席に戻っていった。

 ベアトリスは、アンバーに『ありがとう』と恐る恐るお礼を言ったが、アンバーはやはり普段と変わらない。

「あなたを助けようと思ってやったんじゃない。アイツが許せないだけよ。誤解しないで」

「えっ?」

 ベアトリスは益々訳がわからず、キョトンと意識が一瞬飛んでしまう。

 アンバーはコールに挑むような目を向け、自分の席に戻ろうとすると、側を通る彼女の腕をコールは掴んだ。

 アンバーはドキッとして振り返り、顔を赤くすると同時に、負けてたまるかと益々睨みを利かす。

「お前、俺に刃向かえばどうなるかわかってんじゃなかったのか」

「あんたの脅しなんて怖くないわよ。あんたこそ私を舐めないでよね」

 手を振り払い果敢な態度で席に着いた。

 コールは退屈な高校生活の中で、少しは面白いとばかり、アンバーを鼻で一笑いした。こういう女はコールは嫌いではなかった。

 アンバーは席につくともう一度、ちらりとコールを振り返る。

 コールはその時、ベアトリスの方を見ていた。

 アンバーは苛立ってふんと前を向いた。


 一日の授業が終わり、クラス中が帰り支度を始めた。

 ヴィンセントは振り向き、ベアトリスに人差し指を立て、待っててと意味すると一度教室を出て行った。

 ヴィンセントに合図されても以前の時より心躍らない。ベアトリスは深くため息を一つつき、席で大人しく待っていた。

 コールはもう一度ベアトリスに絡もうと席を立つが、アンバーが立ちふさがった。

「なんだよ、お前。しつこいな」

「あのさ、あまりいい気にならないでよね。私にあんなことしたからって、全然あんたなんてタイプでもなんでもないんだから」

「何を言ってるんだ?」

 アンバーはコールのとぼけた態度にキーッと苛立って睨みつけると、コールはそれに暫く気を取られていた。

 その間に、教室の入り口でサラとヴィンセントがベアトリスを呼び、手招きをした。

 ヴィンセントがサラを迎えに行った本当の理由などベアトリスは知る由もなく、先にサラを迎えたヴィンセントに寂しさが現れる。

 また二人が一緒に居るところを見せられると、気分が優れなくなっていくが、それでも素直に嫌な顔を見せることもできず、無理をしていい子を演じてしまった。

 横目でアンバーとポールに扮したコールをチラリと見てから、ヴィンセントとサラのところへと足を向けた。

 自分が休んでいる間にすっかり周りの状況が変わってしまっている。ベアトリスは何本もの糸に絡まるような気分だった。

 二人の前まで来ると胸がキリキリしだした。気持ちは抑えても、体はこの状況を喜んでいなかった。

 サラが早く行こうと催促してベアトリスの腕を引っ張ると、ベアトリスは言い難そうに言葉を発した。

「あの、もしかしたらパトリックが校門で待ってるかもしれないの」

「パトリック? それ誰?」

 ヴィンセントはわざとらしく聞き返した。

「あの、その、私の……」

 どう説明しようか言葉を選んでいる最中にサラはもどかしいと口を挟んだ。

「幼馴染で、今こっちに遊びに来てるだけでしょ。彼のことなら心配いらない。グレイスたちに伝言頼んでおいたから。今日は私達だけで遊びに行こう」

「えっ」

 サラがベアトリスに有無を言わせず強引に引っ張っていく。その後ろにはヴィンセントが微笑んでついてきていた。

──どうなってんの。この間までヴィンセントは私に近寄ることもできなかったのに。それにどうしてサラが主導権を握ったように指図するの。

 ベアトリスは頭で疑問を抱いても、されるがままになるしかなかった。


「という訳で、ベアトリスは今日は用事があるそうです」

 レベッカが棒読みで言った。ケイトがもっときっちりしろと肘でこつく。

「あの、とにかく久しぶりに他の友達と過ごしたいみたいです」

 補足するように慌ててグレイスが付け足した。

「そっか、まあ急な用事もあるだろう。仕方ないな。わざわざありがとう。ところで、ベアトリスは学校では何も問題なさそうかい?」

「えっ、そ、そうですね」

 グレイスは正直に何もいえない。

「どんな小さなことでもいい、もし変わったことがあったら教えて欲しい。それからヴィンセントのことを知ってると思うけど、奴は彼女に近づけないでいるかい?」

「あっ、ライトソルーションの効き目が続く限り、そ、そうでしょうね」

 グレイスはもうこれ以上発言するのが耐えられないと、泣きそうな顔でレベッカとケイトに助けを求めた。

「君はまだ僕のこと怖がってるみたいだね。あの時は意地悪してごめん。そんなに怯えなくてもいいんだよ。それに君達はベアトリスの友達なんだろ。そしたら僕にも友達だ」

 パトリックが上手く誤解してくれたことに、グレイスの顔に安堵の色が現れた。愛想笑い程度に微笑んでいたが、良心の呵責だけは拭えなかった。

「僕達の結婚後も、君たちに時々遊びに来て貰えたらベアトリスも喜ぶと思う」

「もう結婚するって決まったみたいな言い方ですね」

 ケイトが一番落ち着いて受け答えした。

「うん、近いうちに式を挙げると思う。アメリアも許可してくれたし」

「えっ!」

 三人は一緒に声を合わせて驚いた。

「あっ、つい嬉しくて僕も喋りたくなっちゃったけど、これはまだベアトリスには内緒にしてて。彼女はまだアメリアが賛成してること知らないんだ。それ じゃ、長話もなんだから、 僕はこれで失礼する。色々とありがとう」

 パトリックは去っていくと、三人は顔を見合わせた。

「ちょっと、なんか大変なことになってきた。サラにはこの話できないし、それにヴィンセントと何か企んでそうだし、ベアトリスは一体どうなっちゃうんだろう」

 レベッカが言った。

「どうなっちゃうっていっても、なるようになるしかないんじゃないの」

 ケイトが自分の知ったことではないと冷たく突き放す。

「それじゃ私達、誰の味方をすればいいの?」

 グレイスが疑問を投げかけると、皆無言になってしまった。


 以前サラと来たことのあるファストフード店にベアトリスはまた再び足を踏み入れた。

 あれだけ会いたかったヴィンセントを目の前にしながらベアトリスは少しも嬉しそうな表情ではなかった。

 戸惑い、不安、そして醜い感情が喜びを消し去っていく。

 テーブルを挟み、サラと向かい合わせに座ったものの、ヴィンセントはサラの隣を選んで座った。

 ベアトリスから斜め前にいるが、サラと比べるとヴィンセントの距離は遠く感じる。

 アイスクリームはヴィンセントがおごってくれた。

 そしてヴィンセントは、二人だけにしかわからないような合図でサラの目を見ては頷き、コミュニケーションを取っているように見えた。

 ベアトリスもヴィンセントも顔を時々合わすが、お互いを意識しすぎて何から話してよいのかわからない。モジモジしてると、気の短いサラがヴィンセントの足をテーブルの下で蹴った。

 ヴィンセントははっとして、ヘラヘラするが、それがベアトリスには二人の秘密のサインに見えて、余計に気分が沈んでいく。

 ベアトリスは我慢できずに口を開いた。

「ヴィンセント、以前手紙くれたよね。私とても嬉しかった。あの後事故にあってしまったけど、私いつでも授業さぼってもいい」

 ヴィンセントは返事に困った。あの時はポーションの効果を期待して行動を起こす準備をしていたときだった。それを使い果たした今はもう二人っきりでは会えない。

「うん、でもベアトリス学校かなり休んじゃったし、これ以上さぼったら勉強遅れちゃうかもしれないから、あれはなかったことにしようか……」

 苦し紛れの言い訳。

 ヴィンセント自身納得がいかないのにベアトリスがいい思いをするとは思えない。まずいと顔を歪めてつい目を逸らしてしまった。

 案の定、それはマイナス効果となり、ベアトリスには避けられているように思えてならなかった。

 悪循環は止まる事を知らず、二人はまた沈黙してしまった。

 石になろうとひたすら黙々とアイスクリームを食べていたサラだったが、食べ終わるとやることがなく、二人のもどかしさにイライラが募っていった。

「あのさ、二人っていつもこうなの? はっきりしないというのか、じれったいというのか……」

 サラがまたしゃしゃり出てきたことで、ベアトリスは遮った。

「私、まだ体の調子が優れないので、申し訳ないけど、帰るね。二人でゆっくりして。ヴィンセント、アイスクリームありがとう」

 ベアトリスは突然席を立ち、店を出て行く。テーブルの上には手をつけてないアイスクリームのカップがそのまま置きざりにされた。

「ベアトリス、待って」

 ヴィンセントはサラを引っ張って追いかける。

 サラも仕方がないと一緒についていくが、それは却って逆効果の何ものでもない。

 ヴィンセントは必死にベアトリスを呼び止めるが、振り向けばヴィンセントがサラの腕を引っ張ってる姿にベアトリスはとうとう冷静に何も考えられなくなってしまった。それは醜い感情を抱き、自分自身を苦しめた。

──やっとやっとまた近くで会えたのに、伝えたいことは何一つ言えず、サラが側に要る限り、ヴィンセントの前で嫌な態度を取ってしまう。

 ベアトリスは泣きそうになる瞳にぐっと力を込めてヴィンセントを見つめた。そして勇気を振り絞り抱いていた仮説に触れた。

「私、ヴィンセントが何者でもいいって、そして真実を受け入れる覚悟はできている。あの時気絶する前にみたものがなんであっても私はそれでいいって……」

 ベアトリスは必死だった。慎重に言葉を選び、そしてヴィンセントに言いたいことが伝わるように願いながら、真剣な目をして訴えた。だからこそヴィンセントがそれに反応して答えてくれると期待を抱く。

 ベアトリスの言葉はヴィンセントの心に深く届く。

 自分のありのままの姿を受け入れようとするベアトリスに驚きながらも、一番自分が望んでいたベアトリスの気持ちを知って抱きしめたい感情が湧き出てきた。

 しかし、素直に認めることができない。喉から出かけた本心の言葉をぐっと飲み込んだ。

「何を言ってるんだい? やはり、まだ体の調子が悪いみたいだね。そんなときに誘ってしまってほんとごめん」

 できるだけ穏やかに笑顔を浮かべて言ったが、却ってバカにしたような態度に見えた。

 ベアトリスは何かが割れて崩れ落ちるような音を心で聞いた。

 裏切られたような思いに縛られると、気力が抜けていく。

 真剣に考え、ヴィンセントの想いだけを希望のように心で持っていたものが、一瞬にして消えてしまった。

「そっか、私が一人で勝手に想像して考えていたことだったんだ。ごめん、それこそ、何を言ってるかわからないね。私の独り言だと思って。ほんとにごめん」

「ベアトリス……」

 ヴィンセントはベアトリスに触れようと手が勝手に伸びていた。口は嘘をついても、本心は体に正直に命令する。

 寸前のところでサラが彼の腕を掴んでやめさせた。ヴィンセントははっとしてぐっと体に力を込めて、感情を処理しようと必死にもがいていた。

「ベアトリス、なんか誤解してるみたいだけど、ヴィンセントは」

 サラが言いかけたが、ヴィンセントが首を横に振り、それ以上口を出すなと示唆をする。そして下を向いて、唇をかみ締めた。

 ベアトリスは涙が零れ落ちそうになるのを阻止することができず、隠すために背を向けた。

「ベアトリス…… 不器用でごめん」

 そういい残し、ヴィンセントはいたたまれなくなって去っていった。

「ベアトリス、あんたってほんと傷つきやすいのね。まずは自分を変えなければ、あなたは周りのこと何一つ判るわけないわ。ただ皆に守られて、一 人で何もできない。一人で勝手にうじうじしてるから、いつまでも自立できずに、悪い方へ考えてしまうのよ」

 サラに痛いところを突かれてベアトリスの涙が止まらなくなった。ポロポロと次から次へとこぼれていく。そしてサラもヴィンセントの後を追った。

 後ろを振り向き、ヴィンセントを追いかけて一言「気にしないで」と声を掛ければいいだけなのに、ベアトリスは後ろを振り向けない。

 また逃げることを選んでしまった。心の弱さを痛感する。

 行き場をなくし、仕方なくそのまま彷徨うように家に帰っ て いった。


 サラはヴィンセントに追いつき、声を掛けた。

「ごめんなさい、助けられると思ったのに、なんか裏目にでちゃったね」

「君は何も悪くないよ。感謝してるくらいさ」

「だけど、どうしてはっきりと気持ちを伝えないの。あれじゃベアトリスも誤解するのは無理もない」

「俺も伝えたいさ。でも伝えても、また同じことの繰り返しになるんだ。俺が自由に彼女に近づけない限り、気持ちを伝えた後ではもっと不信感を抱くことになる」

「でも、ベアトリスは薄々何かに気づいているみたいだったけど」

「ああ、そうかもしれない。それでもやっぱり俺は真実を明かすことは絶対にできない。俺だけの問題じゃなくなってしまうから。彼女が全ての真実を知ってしまうことを考えたら、俺は愛想をつかれた方がましなのかもしれない」

「一体どういうことなの? 彼女に知られたらいけない真実って、ホワイトライトと言うことだけじゃないみたいね。他に何かあるの?」

 ヴィンセントは質問をはぐらかした。何も言わずに、ただありがとうと一言残してサラからも離れていった。

 サラはヴィンセントの背中を見ながら叫んだ。

「ヴィンセント、まだ諦めちゃだめだからね」

 その言葉がヴィンセントの心に届いたかはわからないが、サラにはどうしてもヴィンセントに頑張って貰わなければなかった。

 サラは自分のために躍起になっていた。

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