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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第十章
33/56

32 蠢動

 ダウンタウンに位置しながらも、はずれにあるためにあまり人は寄り付かず、素通りされる古ぼけた店があった。

 その大きな汚れたショーウインドウにはアンティークと書かれた飾り文字が入り、 古ぼけた汚らしい商品が展示されているのが外から見える。

 そして奥に目をやれば、年老いたぼさぼさの白髪頭の男が一人、レジカウンターらしきところで座って新聞を読んでいた。

 だが次の瞬間、その男は飛び上がり、黒ぶちの眼鏡がずれて顔にひっかかっている状態になっていた。その老人の前でゴードンがケタケタとお腹を抱えて笑っている。

「ザック、久しぶり」

「ゴードン、いきなり現れたらビックリするじゃないか。年寄りには心臓に悪い。しかし、なんか用か」

 ザックは眼鏡を調えて、仕方がないと子供を扱うようにゴードンの突然の訪問を受け入れていた。

「うん、ちょっと頼みごとがあるんだ。ザックの力貸して欲しい」

「わしの力か。もうわしも老いぼれて隠居生活をしとるくらいだ、そのわしに何をして欲しいんじゃ」

「僕の友達の意識をノンライトに植え付けて欲しいんだ。ザックなら朝飯前でしょ」

「そりゃ得意な分野だが、なんでそんなことを? ダークライトの中でも全く役に立たない力でそんなこと今まで頼みに来た奴なんておらんかったのに、物好きな奴がいるんじゃのう」

「うん。ただでとは言わない。ほらこれ」

 ゴードンは上着のポケットから宝石や高級腕時計を出した。

「これ新しいものじゃないか。盗んできたのか? しかしゴードン、もしかして、わしの商売を質屋と間違えてないか?」

「売れればいいんじゃないの?」

「まあいいだろう。この年になってはじめての依頼じゃ。受けてやろう」

 しっかりと宝石と腕時計を受け取った。

「わーい。そしたら後でおいらの住んでるところに来て。そこに友達が待ってるから、オイラも意識を乗っ取りたいノンライトを後から連れて行くから」

 ゴードンは喜び勇んでまた姿を消した。ザックは呆れ顔になりながらも、閉店のサインを窓際に飾った。


 続いて、ゴードンは数回瞬間移動を繰り返し、なんとかヴィンセントの通う高校の前に辿り着いた。

 学校は授業の真っ只中、辺りは静けさが広がっていた。

 ゴードンはまた瞬間移動で校舎内の廊下に入り、ヴィンセントのダークライトの匂いはないか鼻をくんくんさせた。しかし学校の中は広すぎて匂いがひっかからな い。

「いきなり一つ一つ教室入って確かめても、ヴィンセントに見つかったらヤバイし、どうやってヴィンセントの友達探せばいいんだろう」

 ゴードンが指をくわえて考えているうちに、授業が終わるベルが響いた。そのとたん教室から生徒達が廊下になだれ込んだ。

「うへぇ、いきなりこんなにノンライトが出てきた」

 ゴードンは人の波にのまれ、流される様に廊下を渡り歩く。そこで会話を耳にした。

「ねぇ、ヴィンセントも休みだけど、もしかしてベアトリスの看病してたりして」

「そんなこと冗談でもジェニファーの耳に入ったらやばいよ。最近あの人荒れちゃってるし」

 ゴードンはさっと瞬間移動でその二人の女性の前に現れた。

「あのぅ、ヴィンセントのこと知ってるの?」

 ずんぐりむっくりの頭の毛の薄いおじさんがいきなり目の前に現れて、二人の女性はびっくりしていた。

 しかし、どこか笑えるその風貌に馬鹿にしたような目つきになり、顔をお互い見合わせてクスクスしだした。

「あーら、私達に何か用かしら?」

「うん、ヴィンセントの友達って誰?」

「ヴィンセントの友達?」

 女生徒二人は顔を見合わせ、からかってやろうと、近くのロッカーで荷物を取っていた男子を指差した。

「あの子よ。ポールっていうの。とっても仲いい友達みたいよ」

「あの子か。ありがとう。助かったよ」

 ゴードンは何も疑うことなく、その男子生徒に近づいた。遠くで女生徒二人がくすくす笑いながら去っていった。

「君、ポール?」

「あっ、はい……」

 ポールが返事をするや否や、ゴードンと一緒に姿を消した。


 ヴィンセントはその頃、家を片付けようと、どこから手をつけてよいものか、残骸が広がる荒れた部屋で腰に手を置いて途方に暮れて立っていた。

「粗大ゴミに出そうにも、どうやって一人で運べばいい。一度に捨てるのも難しい。派手にやってくれて、よく家が吹っ飛ばなかったもんだ」

 大きなゴミ袋を出して、散らばった残骸をとにかく入れていったが、すぐに手が止まった。

「ダメだ、こんなことしても全然片付かない」

 辺りをまじまじと見渡せば、ブルドーザーがなければ何もできない状態だった。

 ヴィンセントは両手を伸ばし、始末したいものに手のひらを向け気を集中させた。

 黒いもやと共に青白いビリビリとした光が空気中に発生すると、目の前の物体向けて飛ばした。

 当たった瞬間爆発を起こし、大半の姿がなくなった。

「力の加減を間違えたらまさに家が吹っ飛んでしまいそうだ。しかし、やろうと思えばなんとかできるもんだ。掃除も力をコントロールするいい練習になるかも しれない」

 ヴィンセントは片っ端からその力を用いて部屋の中の残骸を片付けていった。最初は慎重に、体に力が入って緊張していたが、何度もやっていると次第に慣れてきた。

 コツを掴んだのが嬉しくて、楽しく不要になったものを次々と消していく。体の動きも調子に乗り、ポーズをつけては何かのヒーローにでもなったように、 かっこつけていた。

「ヴィンセント、何をやってるんだ」

 リチャードが顔を出した。

「なんだよ、いきなり現れるなよ。片付けに決まってるだろう。それより起きて大丈夫なのか」

 リチャードに見られていたと思うと、恥ずかしさがこみ上げる。

「ああ、これぐらいの傷でへこたれる私ではないからな。それにしてもリビングルーム、全く何もなくなった。お前が全部消したのか」

「ああ、修復不可能だったから、こうするしかなかった」

「まさか無の闇を使ったのか?」

「無の闇? そんなすごい技俺が使えるわけがない。俺はせいぜい物質を分解してどこかの空間に散らばさせるか、または破壊する力止まりだと思う。親父は使えるんだろう。だから他のダークライトは親父を恐れる。最強の力だからな」

「ああ、だがあれは体に負担がかかりすぎる。私も滅多に使えない技だ。しかしもしもの時は使わざるを得ないが、できるなら一番使いたくない技だ」

「心配するな。俺がコールをやっつける。俺の破壊力があれば、奴だって太刀打ちできないはずだ」

「己の力に自惚れるな。持久力、瞬発力、実践力からして、今の所、実力は奴の方が上だ。奴が私と同様、他のダークライトに恐れられる意味を忘 れるな」

 ヴィンセントは一瞬にして蹴落とされた気分になった。しかしリチャードの言葉を真鍮に受け止める。

「俺、親父みたいにもっと強くなりたい。どうすれば強くなれる」

「それは自分で考えろ。私が何をいったところで無駄だ。全ては己で感じ取り、己を越えることしかない。そしてそれだけの力量をお前が持ってるかにかかってくる。お前の力はまだ無限で予測不可能だ。他にも気がついてない力が潜んでるかもしれない」

 ヴィンセントは自分の両手をみていた。力を込めるとビリビリと電気が走っていた。

「俺の力か…… なんか俺、ベアトリスのためならなんでもできそうな気がする。彼女を守るためなら俺なんだってする」

 リチャードは息子の恋心に自分の心も切なくなる思いだった。敢えて言葉を聞かなかったことにした。

「コールは次の作戦を考えているはずだ。きっとお前にも絡んでくるだろう。油断するなよ」

「ああ、コールが近づけば俺だってダークライトの気は感知する。事前に目を光らせておくさ。それより親父も体のコンディション整えておくためにも、早くその傷を治せ。仕事は休んだんだろ。こんな日ぐらい一日中ベッドですごせよ」

「ああ、そうだな。そうさせてもらう。後で昼飯、どっかで買って来てくれ。実は腹が減ってな。金ならズタズタになった背広に財布が入ってるからそれ探 してくれ。残ってたらの話だが」

「わかったよ。買ってくるよ」

 リチャードは部屋に戻っていった。

 ヴィンセントはまだ片づけが終わってない荒れた台所に入り、背広を探した。その時携帯電話の呼び出し音が聞こえた。

 その音のする方向に視線を移すと、一緒にズタズタの背広が目に入った。


 病室ではベアトリスが一人で首をうなだれて自己嫌悪に陥っていた。レモネードを飲み干したとたん、イライラしていた気持ちが不思議なほどすっと治まり、 頭痛も消えていた。

「ビタミンCと水分をとったらこんなにも気分が違ってくるなんて、私二人になんて酷いことをしたんだろう」

 二人に謝りに行こうかとベッドから起き上がった。そして椅子の上に置かれていたアメリアのショルダーバッグにふと目が行くと、はっとするように閃く。

──あっ、あの鞄の中には携帯電話が入っているはず。

 犯罪に手を染める一歩手前の葛藤。ベアトリスの胸の鼓動がフル回転しだした。

 それでも欲望に勝てずに、震える手で鞄のジッパーを開け中を覗きこむ。そし て携帯電話を見つけたとき、ごくりと唾を飲み込み、罪悪感に苛まれながら手を延ばした。

 ベアトリスは顔をあげドアを凝視した。人が入ってくるかもしれないと思うと心臓の動きが早まり、胸が叩きつけられるようにドキドキする。

 手元を見れば小刻みに震える手で携帯電話を持っていた。

 覚悟を決めるように一度呼吸を止め、その勢いで携帯電話を操作した。

 探すはバトラーの苗字。一度この電話でヴィンセントの父親、リチャードと話をしたことがある。その名前が必ず登録されてるはずだとボタンを押していった。

 そして リチャード=バトラー の名前を見つけると、電話のコールボタンを押した。

──もしかしたらヴィンセントに連絡が取れるかもしれない。

 その期待だけでベアトリスは大胆な行動に走った。

 呼び出し音が耳の奥で響いた。


 ヴィンセントは背広から携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認する。アメリアの名前が目に入ると、ベアトリスのことも気になるために話をしようと何のためらいもなく電話に出た。

「ハロー」

 ヴィンセントが先に声を出した。

 一方、ベアトリスは、いきなりヴィンセントの声を耳にして驚き、一瞬固まってしまった。

「ハロー、あれ? 声が届かないのかな」

「ヴィンセントなの?」

 弱々しい声でベアトリスが話した。

「えっ、ベアトリスなのか」

 二人は電話を耳に当てたまま、時が止まったように動かない。

「ベアトリス」

「ヴィンセント」

 二人は同時にお互いの名前を呼び合う。そしてまた相手から話してもらおうと黙り込む。タイミングが合わずに、また同時に喋り、同じことをもう一度繰り返 した。

 どちらも緊張して上手く話せない。また沈黙が続いた。

「あっ、あの、ヴィンセント、なんかしゃべるの久しぶりで私、何から話していいのか、その」

 ベアトリスは焦って声が震えていた。

「おっ、俺、いやその僕も、まさか君からの電話だと思わなくて、その」

「ヴィンセント、私、あのね……」

 ベアトリスが話そうとするとまたヴィンセントが慌てて声を出す。

「あっ、事故に遭ったって聞いたけど、体の具合はどうなんだい。お見舞いにいけなくてごめん」

「体はもう大丈夫。だけど私が意識不明のときヴィンセントは本当は来てくれたんじゃないの。しかもずっと側にいてくれた。そんな気がしたんだけど」

「あっ、それは……」

 ヴィンセントは答えに詰まる。正直に言ってしまいたい、だが言えない。

 また沈黙になり二人の心は落ち着かなくなる。

「ご、ごめん、変なこといって。なんかそんな気が私が勝手にしただけ」

「ベアトリス、中々君と面と向かって話せなくて、近寄ることすらできなくて、その」

「あのね、そのことで聞きたいことがあるの。私、ヴィンセントが、その何か真実を隠しているんじゃないかって、その」

「えっ」

「ご、ごめん。うまく、…え、ないんだ…ど、私、ど…な、真実…、受け入れ…覚、悟ができてるって、ことだ、け言いたかったの! 私、その……」

 急に途切れ途切れになると、最後の言葉がさえぎられるように突然ぶつりと電話が切れた。

「…… ヴィンセントが好きなの」

 ベアトリスのこの部分の言葉はヴィンセントには届かなかった。

 突然ぶち切れた電話を片手にヴィンセントは苛立つ。

「お、親父、ちゃんと充電しておけ!!」

 わなわなと携帯電話を震えて持っていた。

「ヴィンセント? ハロー? あっ、切れちゃった」

 ベアトリスはもう一度掛けなおすが、繋がらないアナウンスが出るだけでヴィンセントとは話すことがもうできなかった。

 あっさりと諦めて携帯電話を元のところに戻した。

 勇気を出した行動にこの時になってとんでもないことをしでかしたように思い、慌ててベッドに潜り、体を丸めて声にならない声で嘆く。体は熱く、胸の鼓動の激しさで呼吸困難に陥りそうだった。

 そして、その時、病室の外ではアメリアがパトリックと真剣な面持ちで向き合っていた。

 暫く沈黙が続きそこだけ時が止まった状態の中、アメリアは顔を強張らせて目を瞑っていた。葛藤を吹き消すように突然ぱっと目を見開きパトリックを見つめた。

「わかったわ、パトリック。私にはあなたに賛同するしか道は残されていないみたいね」

「アメリア、それじゃ」

「でも、賛同はできても、私はベアトリスに結婚の強制はできない。書類で結婚をさせる証明もいくらなんでも法的に作れるわけがない」

「そんなこと分かってます。でも法的に未成年者の結婚の許可を与えることはできる。それで充分です。そしてあなたが認めてくれれば、これほど心強いことはありません」

「でももう少し待って、今はそのような話をベアトリスに言う時期じゃない。彼女が落ち着くまでまだ私が結婚に賛成したとは言わないで」

「わかりました。とにかく僕はその準備だけは進めておきます」

「準備?」

「ええ、式はどこであげるか、そして結婚後どこに住むか、そう、色々な準備です。もう突き進むしかない」

「パトリック……」

 アメリアはパトリックにまんまと乗せられたような気がした。

 後には戻れない決断だった。自分らしくもないと思いつつ、パトリックほど好都合な存在もないこともわかっていた。

 ベアトリスのことを考えているようで、それは自分のことを一番に考えているのと同じだった。

 真実という言葉を出されるたびに、アメリアの心は悲嘆し、いくところまでいくしかないと自棄になっていた。

 それが正しいことかどうか当然判断する余裕など残されてなかった。

 パトリックは満面の笑みを浮かべている。それは許可を貰った喜びだけではなく、何かに勝ち誇った優越感の表情が見え隠れしていた。


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