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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第九章
31/56

30 結束 

 ヴィンセントがパトリックから離れようとするが、体が痺れ思うように動けない。

 それを察したパトリックは壁を背もたれにしてヴィンセントを座らせてやっ た。

 廊下で二人、床に並んで座る。

「目覚めたら、野郎の顔だもんな、そりゃ驚くって。しかし10時間以上も、意識を体から離してたんだ、まだ体の自由が利かないんだろう」

 パトリックが静かに語りかけた。

「ああ、少し痺れてるよ。すぐに元に戻るさ。だけど、ベアトリスはどうなったんだ」

「お前を安全な場所に移すことで頭が一杯になってまだ確認してない。危機一髪だったんだぜ。だけどきっと意識を戻してるはずさ。お前が連れ戻したんだろう?」

「ああ、そうだな」

「いい演出してくれるぜ。どれだけハラハラさせられたか。一体何をやってたんだ」

「色々さ」

「まあ、詳しいことは知らない方がいいや。でもありがとうよ」

「お前に礼を言われる筋合いはないさ」

「相変わらずかわいくねぇ奴」

「お前もな」

 二人は暫しお互いの立場も忘れて話していた。

「僕、ちょっと様子見てくるよ。お前は暫くここで休んでな。後で家まで送ってやるよ」

 パトリックは病室に戻っていった。

 ヴィンセントは大きく息を吐き出し、燃え尽きたと脱力して座っていた。

 しかし、表情は薄っすらと笑みを浮かべていた。


 ベアトリスはゆっくりと目を見開く。

 アメリアはベッドの側に立ち、安堵の表情でベアトリスの頬を撫ぜていた。

「ベアトリス、気がついてよかったわ。痛いところない?」

 頭がぼーっとするのかベアトリスの目の焦点が合っていない。しかし突然思い出したように大きな声で叫んだ。

「ヴィンセント! ヴィンセントはどこ?」

 ベアトリスのヴィンセントを求める声にアメリアは何も答えてやれなかった。

 パトリックも一瞬強張り、ベアトリスに近づくのを躊躇ってしまう。それでも、向かい風を受けるように無理に足を前に進ませた。

「ベアトリス。やっとお目覚めかい。本当に心配したよ。僕がついていながら事故に巻き込まれてしまって、守ってやれなくて本当にごめん」

「パトリック……」

「気分はどうなんだ」

「私、何が起こったかわからないの。でも、でも、今どうしても会いたい人が…… その人がここに居るような気がして」

 ベアトリスは立ち上がろうと体を起こした。

「ダメだよ、まだ寝てなくちゃ」

 パトリックは起きられたら困るとでも言うように、辛そうな顔をしてベアトリスの体を軽く押さえた。

「何か夢でも見てたのかい?」

「夢? また夢…… でもとてもリアルだった。その人がずっと側に居たような気がする」

「とにかく、まだ事故に遭って体の調子が戻ってないんだ。ゆっくり休んだ方がいい。何か欲しいものはないかい?」

「ありがとう、パトリック。それから、アメリアも心配かけてごめんね」

 ベアトリスは少し落ち着きをみせて、窓の外を見た。暗い夜がそこにあるだけだった。

 パトリックは、そっと病室を抜け出した。

 ベアトリスが気がついて最初に口にした言葉が、耳から離れない。しかしヴィンセントに報告をしなければと、責任感と心の葛藤を両天秤に乗せ常識を重んじた。

 だが、そこにはヴィンセントの姿はなかった。パトリックは思わず舌打ちをしてしまった。

──あいつ、ベアトリスの声を聞いたんだな。それで安心して帰っちまいやがった。悔しいけど、それだけのことをやってのけたんだから、今日のところは仕方ないとでも言っておこう。しかしこれ からは容赦なくお前と勝負だ。僕は絶対に負けない。どんな手を使っても。

 パトリックの心に強い嫉妬が芽生える。ヴィンセントがダークライトということで、身分の違いで自分に勝ち目があると信じていたつもりだったが、ベアトリスの心は常にヴィンセントを求めてることを思い知らされた。

 ヴィンセントがあの夏、自分の町に現れなければ、こんなことにならなかったと再び思うと、自棄になったパトリックの瞳は炎で燃え滾るようにギラギラしていた。

 ヴィンセントはそれとは対照的に、穏やかな表情で、病院の建物を背にして、夜の星空を見上げていた。

 ライトソルーションは思った通りに使えなかったが、そんなに悪い結果でもなかったと、炭酸の泡が体からシュワーッと抜け出すような爽やかさを感じ、少し口元が微笑んでいた。

 ベアトリスが目覚めて、最初に発した彼女の言葉が自分の名前だったことに心がなみなみと潤う。

「ベアトリス、意識をまた共有して、君への想いはもう抑えられなくなったよ。諦めるなんて俺はしない。また親父に逆らうことになるけ ど、俺も覚悟を決めた。このダークライトの力は君を守るためにあるんだって気がついたよ」

 ヴィンセントは一度病院を振り返り、ベアトリスを想い描いた。

 意識の中で抱き合えたことを思い出し、余韻に浸る。

 そしてその思いを胸に抱え、疲れていたにも関わらずその足取りは方向を定めしっかりと大地を蹴ってリズム感を帯びていた。背筋を伸ばし歩くその姿は、抱いていたネガティブな気持ちが払拭され、星影に輝いていた。

 しかしこの日の騒動はこれで終わりではなかった。

 ヴィンセントが家に戻ったとき、夜の十時になろうとしていた頃だった。空腹と疲れが日付が変わる前に忘れるなと襲い掛かるように噴出する。

 そこに父親の注意する小言が入ると思うと、想像するだけで憔悴していく気分だった。だが車はドライブウェイに停まっているのに家の中は真っ暗闇のままに違和感を覚えた。

「あれ、電気がついてない。親父、車置いてどこかへ出掛けたのか」

 不思議に思いながらカギを差し込むが、手ごたえが違う。ドアはすでに開いていた。嫌な予感を抱き緊張した手でドアノブを回した。

 恐る恐るドアを開くと ヴィンセントは目を見張った。

「なんだこれは」

 電気をつけてさらに驚きは増した。家の中が無茶苦茶に荒らされていた。荒らされていたというより、爆弾が落とされたほど破壊されていた。

 ソファーはナイフで切り裂かれたように傷がつき原型を留めていない。

 コーヒーテーブルは踏み潰されたように真っ二つに割られ、テレビは一撃を喰らったような穴が開いて、床に無残に転がっていた。壁は猛獣が爪で引っ掻いたような跡がいくつもあり、一部はえぐられ、そして焦げ付いている。部屋の中にあったものはすべて瓦礫の山 のようにその辺に無残な姿で溢れていた。

 足の踏み場に困りながら、飛び跳ねるように台所に入り電気をつけた。そこでも皿やグラスが飛び散り、粉々に割れている。ナベやフライパンはそこら辺にちらばり、冷蔵庫は中身がこぼれて倒れていた。

「嘘だろ、一体何が起こったんだ」

 台所の真ん中に置かれた調理台の影でうめき声が聞こえた。ヴィンセントは、まさかと顔を青ざめながら回り込んだ。

「親父!」

 悲鳴に似た声をあげていた。

 リチャードが傷だらけになってそこに倒れている。

「大丈夫か。一体何があったんだ。どういうことなんだ。親父がこんなにやられるなんて」

 ヴィンセントはリチャードを肩で担ぎ、部屋に運んだ。幸い、ベッドルームは荒らされてなく、リチャードをゆっくりベッドに寝かしてやった。リチャードは 痛みで体がぴ くっと動き、顔が引き攣る。それでも声を絞って話しかけた。

「ヴィンセントか、こんなに遅くまでどこにいってたんだ」

「説教してる場合かよ。一体どういうことなのかこっちを先に説明してくれ」

「コールだ。コールが潜んで待ち伏せしていた。私もすっかり油断していた。まさか、自ら敵陣に攻めて来るとは考えもしなかった。奴は自ら動き出した。今までの奴の動きからして初めてのことだ。だけどお前がここに居なくてよかったよ」

「どうしてコールが親父を狙うんだ」

「先週の金曜日の夜、ベアトリスのいる地域附近に奴が現れた。私のテリトリーだと知って、これ以上隠れて行動するには限界があると気がついたのだろう。目的を確実に達するためには私が邪魔だ。奴は私を先に消すつもりで先制攻撃を仕掛けてきた」

「ベアトリスの居る場所がばれたのか?」

「いや、それがばれてはいないようなんだ。場所がわかれば、テリトリーの中だといえ、コールは真っ先にそこに行く。しかしそれをしなかった。ただ私の存在を疎んじただけなのか、他に何か理由があったとしか思えない。コールの行動パターンを変えるほどの何かがあったはずだ」

「行動パターンを変えるほどの何か…… あっ、その日、親父の留守中にブラムがやってきた」

「何っ! どうしてもっと早く言わない。奴は何をしに来たんだ」

 ヴィンセントはポーションを貰ったとは言えず、そのことについてはできるだけしらばっくれた。

「親父に挨拶しに来たって言ってた。それと今後の対策についても話があったようだったが」

「まさかブラムの奴、面白半分でコールを引っ掻き回してるのか。あいつならやりかねん。アメリアが手助けを頼んだのだろう。しかし、なぜコールをあのテリトリーに近づけさせたんだ」

「ブラムの対策として、親父の存在を知らしめたかったんじゃないのか。コールが好き勝手に動けないように、先手を打ったって感じかな」

「そうだとしても、それは裏目に出てしまった。却って挑発されたとコールは受け取ったんだ。やっかいなことになってしまった。しかし奴も今夜のことでかなりのダメージを受けているはずだ。ちょっとやそっとでは私を倒せんと思ってることだろう。しかし次はどんな手を使ってくるかだ。今日は油断してたからこの有様だが、次回は必ず始末してやる」

「親父、俺も手伝うよ。それに俺、言わなくっちゃならないことがある」

「なんだ、急にかしこまって」

「俺、ベアトリスを諦めない。俺なりにベアトリスを守りたいんだ。だから、親父との約束破らせて貰う。追い出される覚悟もできてる」

「本来なら雷を落とすところだが、私もコールのことが気がかりになってきた。お前の手助けが必要になるかもしれない。私からアメリアに事情を話す。ベアトリスを守るにはヴィンセントも不可欠だと」

「親父! それじゃ」

「勘違いするな。あくまでもベアトリスを守るための騎士としてお前を配置するだけだ。それにお前はベアトリスには簡単には近づけない。それ以上のことはできないはずだ。判ってるな」

「ああ、それでもいいさ。親父の許可が出ただけでも儲けもんだ」

「今朝からどこかおかしいところがあったが、今も、いつもと違ってお前の気がとても落ち着いて気品溢れているようにみえるんだが、何かあったのか」

「いや、何もない。ただ、今までとは違う俺になれたような気がする。もう感情任せに暴走はしない。コントロールできそうな気がするんだ。母さんも言ってただろう。このダークライトの力はいいことに使えって。そしてベアトリスを守ってやれって」

「ああ、そうだったな。シンシアはそんなこと言ってたな。お前はベアトリスを守るためにその力を授けられたのかもしれないな。それなら赴くままにやってみろ」

「もちろんさ」

 ヴィンセントはリチャードと分かり合えたことに心からの笑みを浮かべていた。傷だらけのリチャードが少し小さく見える。

 その時同じように、リチャードは一回り大きく成長したヴィンセントに頼もしさを感じていた。

 リチャードは手を差し伸べるとヴィンセントは食いつくように強く握り返した。言葉で伝えなくとも、そこには親子の信頼と絆が心に直接届いていた。

「しかし、かなり家が荒らされてしまった。ヴィンセント後は頼んだぞ。私は傷のために動けない」

「えっ、俺一人で片付けるのか?」

「他に誰がいるんだ?」

 まじめに聞き返すリチャードに呆れながらもヴィンセントは急に可笑しさがこみ上げる。荒らされた部屋と壊された家具の中、二人の笑い声が家の中で光明を見出していた。


 コールはふらふらと倒れるのを必死に堪え、暗闇の中歩いていた。服はところどころ赤く点々としたシミがつき、ズタズタに破れ、ボロ布が体にくっ付いてるだけだった。よろよろ歩く姿は墓から出たばかりのゾンビに見える。

 怒りと屈辱が入り乱れる中、すがりつくように帰るべき所に向かう。だが体は途中で力尽きどさっと倒れこんだ。そして再び目を開けたとき、ベッドの中に居る自分を不思議がった。

「コール、大丈夫?」

 蝋燭の揺れる炎の光の中、捨てられた子犬のような、途方に暮れた目をしてゴードンは覗き込んでいた。

 コールの体はところどころ傷の手当てがしてあり、手に巻かれた包帯を目の前に掲げてからコールはゴードンに視線を向けた。

「お前がここまで運んで手当てしてくれたのか」

「うん。色々探したんだよ。きっとここへ戻ってくると思ってたから、この周辺あちこち瞬間移動したよ。それからドラッグストアで色々役に立ちそうなもの取ってきて、適当に薬塗っておいた。これも後で飲むといい」

 ベッドの側のサイドテーブルに山積みされた薬をゴードンは指さし、無邪気に笑っていた。

「そっか、すまなかった」

 コールは一応礼は言ったが、ゴードンに助けられたことに後ろめたさを感じ、目を逸らした。

 ゴードンが親しみを込めた気遣いは胸に針をちくっと軽くつきつけられたような気がした。自分らしくもないと表情を強張らせ、毅然とした態度でそれ以上のことを考えないようにした。

「何言ってんだよ、おいら達パートナーだろ。だけど、リチャードに面と向かって攻撃するなんて無茶だよ。この程度で済んだからよかったけど、あの人は無の闇を操るんだよ。それに閉じ込められたら、コール抹消されちゃう」

「無の闇…… ダークライトの中でも最も恐れられる力。リチャードがダークライトの頂点にいるのもその力のお陰。あれを使われたら、全てのものが姿形を失い無となってしまう。しかし、奴はそれを使う度、相当のエネルギーを使用するため寿命を削られるはず。滅多に使えないはずだ」

「それでも、いざというときに使われたら、水の泡だよ。今日のことできっと次はそれを使って勝負してくると思う。やっぱり危険だよ」

「まともに戦えば、勝ち目がない。だから待ち伏せして油断してるところを一気に始末してやろうと思ったのに、この有様だ。どうすれば奴を倒せる。このままじゃホワイトライトの捕獲にあいつは必ず邪魔をする。それにあいつはホワイトライトとすでに接触している。あいつの家でホワイトライトの気配が少し残って いた」

「コール、リチャードにこだわりすぎる。それにその体じゃ暫く何もできない。ここはゆっくりした方がいい」

「くそっ!」

 ゴードンは滅多に使わない頭で暫く考え事をしていた。そしてはじけるようにぱっと顔の皮膚を突っ張らせニコニコしだした。

 いいことを閃いたと顔が物語っていた。


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