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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第九章
29/56

28 記憶の闇

 宇宙に放りだされたようなどこまでも続く暗闇の中で、ヴィンセントはうつ伏せになって倒れていた。

 徐々に集まるノイズのざわめきと、キーンと耳を貫く音で気がついた。

 闇の不穏な音が耳元で不快にまとわりついている。振り払うように立ち上がり、辺りを見回した。

 四方八方に広がる闇はヴィンセントを飲み込もうとしていた。

「ベアトリス、君は一体この闇のどこにいるんだ」

 まずは闇雲に動き回る。だが、走り回っても何にもぶつからず、方向さえもわからない。

「ベアトリス、ベアトリス」

 呼んでも返事がない。

 ヴィンセントは何の手がかりも得られないまま、ただ辺りを無闇に走り回ることしかできなかった。

「くそっ、何も見えない、何も触れられない。これがベアトリスの意識の中なのか」

 まだたっぷり時間はあるとはいえ、時間の感覚もわからず、タイムリミットのことを考えると、簡単にパニックに陥りそうだった。

 意識の中に入れば、容易くベアトリスを見つけて引き出せると思っていただけに、自分の甘さにヴィンセントは腹を立てた。

「どうすればいいんだ」

 何かを見つけなければと、勘を頼りに走った。闇の中では景色の変化もなく、まるでフィットネスでマシーンにのってランニングしている気分だった。

「これじゃ拉致があかない」

 それでもヴィンセントは何かにぶち当たるまで走り続けるしかなかった。

「ベアトリス! どこにいるんだ」


 病室では、アメリアは部屋に設置されていたソファーに腰掛け、不安の表情を露骨に表して腕を組んでいた。

 パトリックは落ち着かない様子で、狭い病室を何度も歩き回っていた。

「パトリック少しは落ち着きなさい。あなたがここで歩き回っても何も解決しないのよ」

「すみません。でもこの状況で落ち着く方が難しい。何かヴィンセントの手助けはできないのですか」

「あったら私も手伝ってるわよ」

 パトリックは黙り込んでしまった。そして腕時計を見る。

「今の時期の日没は7時50分ごろ。10時間切ったってところか」

「まだたっぷり時間はあるわ。私達ができることは、この二人を信じて見守ることだけ」

 アメリアとパトリックには二人がどのような状況にあるのか全く想像もつかない。ヴィンセントはベアトリスのベッドに頭をもたげながら側でただ寝ているように見えるだけだった。

 パトリックは唇をかみ締めながら、二人の安否を祈っていた。


 ヴィンセントはまだ走り続けていた。必死にベアトリスの名前を呼びながら、闇の中、目を見開き何か手がかりはないか、手を伸ばし触れるものはないか、手当たり次第に探していた。

 どれほどの時間が経ったのか、全く見当がつかない。

「ダメだ、何も得られない。くそ!」

 無駄に動いても無理だと諦め、ヴィンセントは落ち着こうとその場に留まり、目を閉じた。

「目で見て感じられぬのなら、耳だ」

 集中させて、耳を研ぎ澄ます。

 するとそこは無音ではなかった。

 ざわざわと不安に落としいれる闇の音がした。耳鳴りのように不快にまとわりついた音にも聞こえ、ヴィンセントはさらにその音を分析する。

 ラジオの周波数がずれてるだけの音に聞こえ、ところどころ、言葉として単語が聞こえてきた。

 聞いた音を拾い、そして繋げて口にする。

「い、かな、いで…… おれ、なん、でもす、るから、やみ、に、のまれ、ちゃだめだ」

 どこかで聞いたことのある台詞だった。

「これは俺があの時ベアトリスに言った言葉。ベアトリスが俺を救おうと俺の心に入り込んで、そして俺が放した闇にベアトリスが飲み込まれそうになったときの必死に叫んだ言葉だ…… わかった! ベアトリスはあの時の記憶を思い出したんだ。そして記憶の闇のバランスが崩れてしまった。その記憶をまず探せば、 ベアトリスは見つかるかもしれない」

 ヴィンセントは集中する。ラジオのつまみを回し周波数を探し出すように声のする方向を見極める。

 ピタッと合った瞬間目を見開いた。一直線にぶれることなくそこを歩む。

 何度も繰り返される自分自身が発した言葉。歩けば歩くほど雑音が減少し、言葉がクリアーになっていく。確実に目的の場所へと近づいている手ごたえを感じた。

 そしてヴィンセントもあの時の記憶が蘇り、自分の記憶も一緒に辿る。二人が同時に思い出す記憶は徐々に一つになり、暗闇だった空間が懐かしい景色へと突然変貌した。

「ここは、あの夏俺が過ごした場所。そしてベアトリスが住んでいた町。これが、ベアトリスの記憶の中なのか」

 山間に囲まれた静かな町。

 広がる草原に点々と散らばる牛や羊たち。充分な距離を取って家が建っている。緩やかな坂を上れば森に入り込み、下りれば小さな下町へと続く。

 ちょうど中間地点のところ、まだ塗装されていない砂利道を少年が一人、両手で紙袋を抱き、元気ない足取りで重く歩いていた。

 ヴィンセントが立ってる前をその少年が素通りしていくと、ヴィンセントは息を飲んだ。

「これは、俺じゃないか」

 ヴィンセントは少年時代の自分を唖然として見ていた。小さなヴィンセントは黙々とただ歩いていた。

 小屋の側を通りがかったとき、二人の少年が待ち伏せしてたかのように現れた。

 にやりと意地悪な笑みを浮かべ、片手には小石を宙に投げてはまた掴んでいる。

「よぉ、ダークライト。なんでお前みたいな奴がこの町にいるんだよ。とっとと出て行きやがれ!」

 その少年は持っていた小石を小さいヴィンセントに投げつけた。それは命中して頬に当たった。

 小さいヴィンセントの怒りの感情は高まり、目が徐々に赤褐色に染まり出した。

「ちょっと、あんた達、何してるの!」

 誰かの声が聞こえる。叫び声がする方向を振り返ると、透き通るような長い金髪をなびかせた女の子が、ピンクの自転車を必死にこいで走ってきた。

「この子はベアトリスじゃないか」

 ヴィンセントは久しぶりに見る子供の姿のベアトリスに目をぱちくりした。

「やべぇ、ベアトリスだ。あいつノンライトの癖に変な力もってて、ややこしいんだよな。あいつに関わると、ディムライトの俺たちですら叶わないんだよな。 あのパトリックですら、ベアトリスの子分になっちまったし。ここは逃げるが勝ち」

 少年二人はひたすら草原を走って逃げていった。

 ヴィンセントは一部始終を見ながら、唖然とでくの坊のように突っ立って我を忘れていた。

 自転車のブレーキがキーっとなると、ザザーっとタイヤがいくつかの小石を蹴飛ばし自転車は止まった。それを無造作に放りだしてベアトリスは小さいヴィンセントに近づいた。

「大丈夫だった? あっ、ほっぺたから血が出てる」

 ベアトリスは背中にしょっていた小さなバックパックを持ち出して、中から絆創膏を取り出した。そして小さいヴィンセントの頬に貼ってやった。それと同時に赤褐色を帯びた彼の目の色は元に戻っていった。

 小さいヴィンセントも大きいヴィンセントも口をぽかんと開け、同じ表情でベアトリスを見ていた。

「これでよし。私、この町の救急隊よ。困った人や怪我した人が居たらいけないから、いつも持ち歩いてるの。あっ、そうだこれ食べる?」

 飴を一つさし出した。両手を荷物でふさがれてる小さいヴィンセントはどうすることもできなかった。

 ベアトリスははっと気づいて、飴の包み紙を外し無理やり小さいヴィンセントの口の中につっこんだ。

 小さいヴィンセントは片方の頬を膨らませ面食らっていた。

「あなたの心、色がついてるというより、とても真っ暗。何か心配事でもあるの? この町に来たのはその心配事があるからじゃないの? 私、あなたを助けたい。だってあなたの心が助けてって叫んでるよ」

「うるさい、ほっといてくれ」

 小さいヴィンセントはベアトリスを無視して歩き出した。だがしっかりと口の中で飴を転がし味わっていた。

 ──おいっ、もっと素直になれよ。

 大きいヴィンセントは突っ込まずにはいられない。そして目的を忘れ、この状況に魅了され、まるでドラマを観るように簡単にのめりこんでいた。

 ベアトリスは、倒れていた自転車を拾い、小さいヴィンセントの後を追えば、大きいヴィンセントも同じようについていった。

「なんでついてくるんだよ」

「だってまだ名前知らないし、自己紹介もしてないから。私はベアトリスよ」

「……俺はヴィンセント」

「あっ、ちゃんと教えてくれた。ありがとう」

 ベアトリスの素直な言葉に心を動かされ、小さいヴィンセントは振り返った。ベアトリスは屈託のない笑顔で眩しく笑っている。その笑顔に釣られてヴィンセントも口元を上げていた。

 ──そう、この時、俺、ベアトリスがかわいいなって思ったんだ。そしたら急に離れたくなくなったんだ。

「飴をありがとうな。甘くて美味しいよ」

「どういたしまして。名前教えて貰ったし、それじゃ私帰るね」

「えっ、待って」

 小さいヴィンセントは咄嗟に呼び止めていた。

「ん?」

「俺んち、来ないか。あの森を入ったらすぐなんだ。俺、この夏だけここに来てるんだけど、友達居ないし暇なんだ」

「いいの? 誘ってくれて嬉しいな」

 ベアトリスは自転車を押しながら小走りになり、小さいヴィンセントの横に並んだ。ベアトリスは小鳥が囀るように、自分のことやこの町について色々話し出し た。

 二人のヴィンセントの口元が同時にほころんだ。

 ──ベアトリスのおしゃべりが、テンポのいい音楽を聴いてるみたいで心地よかったんだ。

「俺、ここに滞在してるんだ」

 木々の間から光が差し込み、スポットライトを浴びたように建物が浮かんで目に飛び込んだ。

「うわぁ、なんて素敵なコテージ」

 ログハウスにテラスがついていて、傘のついたテーブルが設置され、夏の暑さを逃れるように涼しげにたたずんでいた。

「父さんの友達の別荘なんだ。母さんが体の具合が悪いから、環境のいいこの場所に、この夏、招待してくれたんだ」

「そうだったの。お母さん、具合悪いんだ。それがヴィンセントの心配ごとだったんだ」

 小さいヴィンセントはベアトリスを別荘の中に招いた。

 ベアトリスは遠慮がちに入り口のドアから顔だけ覗かせた。その後ろで大きいヴィンセントも恐る恐る中を覗いていた。

「ヴィンセント、帰ってきたの。あら、ほっぺたに絆創膏」

 ──母さん!

 大きいヴィンセントもベアトリスに続いて家の中に入っていく。ベアトリスの意識の中の記憶だと言うことも忘れ、目の前の優しく微笑む母親に、甘えて抱きつきたい気持ちで目を潤ませていた。

 母親は長いライトブラウンの髪を束ね、髪留めでアップに留めていた。白い肌は病気の青白さのせいで透き通って見えるようだった。

「これはなんでもないんだ。それより母さん、起きてても大丈夫なの?」

「うん、今日は気分がいいの。あら、そちらのお嬢さんは?」

「初めまして。ベアトリスです。さっきそこでヴィンセントと友達になりました」

「あら、ハキハキとしたかわいらしいお嬢さんだこと。ヴィンセントもこんなかわいい子を誘ってくるなんて、よほど気に入ったのね」

「ち、違うよ。暇だったから」

 母親はクスクスと笑っていた。

 ──母さんはなんでもすぐに見通せたっけ。

 ベアトリスは気がかりな顔をして、ヴィンセントの母親の前に近づくと、突然抱きついた。

「あら、どうしたの?」

「おばさんの心の色、とても優しい色。でも、一箇所だけ渦があるの。それを取り除かなくっちゃ」

「面白いこというのね、ベアトリス。あなたとても温かいわ。おばさん、元気がでてくるようよ。ありがとうね」

 微笑むヴィンセントの母親とは対照的に、ベアトリスの目は悲しげだった。

 ──このとき、ベアトリスはすでに気づいてたんだ。俺の母親の命が短いことを。

 そして車のエンジン音が突然聞こえピタッと止むと、車のドアが閉まる音を立てた。

 ──あっ、親父が帰ってきたんだ。

 リチャードが家に入って来る。

「シンシア、起きてちゃだめじゃないか。ちゃんと寝てないと。あれ、その子は?」

「この子はベアトリス。ヴィンセントのお友達」

 シンシアは意味深に笑顔を浮かべて伝えていた。リチャードも、隅に置けない息子だと、ヴィンセントを茶化すように目を細めて一瞥を投げかけた。

 ──この時の親父の目は今と違って優しかったんだ。

「おじさん、水を探してる人だよね」

 ベアトリスが聞いた。

 リチャードは驚きの表情を隠せないでいた。

「お嬢ちゃん、どうしてそんなことを?」

「パトリックの家で、あっ、パトリックは私の友達なんだけど、おじさんが水を分けてくれって言ってたの、偶然通りかかって聞いたの。どんなお水が欲しいの? 私も探すの手伝ってあげる」

 ──ライトソルーションのことだ。俺たちがここへ来たのも、ディムライトたちが多く集まる町にはホワイトライトが必ず光臨すると聞いてたからだ。母親の病気を治すために、藁をも掴む思いで、親父はなりふり構わずディムライトに頭を下げに行ってたんだ。ライトソルーションを手に入れるために。そんなことをしても無駄だと判っていたのに。

「お譲ちゃん。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だからね」

「うん、だけどその水があれば、おばさんの病気よくなるんじゃないの? 私絶対見つけたい」

 ──親父も母さんも、ベアトリスの言葉に驚いたんだ。この時、ベアトリスは俺の母親をどうしても助けたかった。なぜこんなに人助けがしたいのかこの時はわからなかったけど、ホワイトライトの本能というべき力が無意識にでていたんだろう。引き金さえ引けば、ベアトリスもホワイトライトの力を爆発させるところ まで来てたのかもしれない。

 ヴィンセントはひたすら観客になってこの状況を見ていた。


 パトリックは腕時計を睨んでいた。いたずらに時間だけが進む。タイムリミットがある待ち時間は、時間の経つのが早く感じる。

 一時間、また一時間と無常に経つ度、早送りになってるかさえ思えた。かなりの時間が経っているのに、あっという間の感覚でしかなかった。

 残り時間が減るたび、絶望感が心一杯に広がっていく。信じなくてはいけないのに、時間は無駄だと語りかけられてる気分だった。

「日没まであと3時間あまり。一体、ヴィンセントは何をしてるんだ。遅すぎる。ピクリとも動かない」

 息苦しくなり、何度も深く息を吸って吐いていた。

「まさか、記憶の闇に捕まってるんじゃ」

 アメリアはその線が濃いとばかり、顔を歪めた。

「どういうことですか」

「二人は同じ記憶を持っている。意識を共有しているとき、それが重なり合うと、記憶の闇はその場面を映し出す。そしてその記憶がヴィンセントの心を捉えてしまうと、のめりこんで目的を忘れてしまうの。それが意識に飲み込まれるってことなの」

「そんな…… 」

「困ったことになったわ。ヴィンセントが気づかない限り、どうする術もない」

「ヴィンセント! しっかりしろ。お前の目的はベアトリスをつれてくることだろうが。過去の記憶なんかに囚われるな!」

「無駄よ、ヴィンセントには何一つこちらからの声は聞こえないわ」

「それじゃ、一体どうすれば」

「ヴィンセントを信じるしかないわ。彼ならきっと気づいてくれる」

 二人の心配をよそに、ヴィンセントは目的を忘れ、ベアトリスの意識の中で様々な過去の記憶を没頭するように辿っていた。そして時間は刻々と進み、太陽は徐々に沈んで行こうとしていた──。


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