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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第七章
22/56

21 ゲーム開始

 ベアトリスは締め付けられるその腕に咄嗟に体の力が入ったが、恐怖に怯え震えているのは抱きついている腕の方だとわかると、抵抗せずに自分の体にもたせかけた。

「ちょっとどうしたの、パトリック」

「一人でこんな暗くなるまで外にいるなよ。心配するじゃないか」

「ちょっと大げさに心配しすぎだよ。でも早く帰らなかった私が悪いんだけど……」

 ベアトリスはその理由がパトリックにあると思うと、体を捩じらせてパトリックの腕から離れようとした。

 パトリックはお構いなしにさらにきつく抱きしめた。

「ちょっと、苦しいって。どうしたの? 何かに怯えている子供みたい」

 ベアトリスの言葉にはっとしてパトリックは一瞬にして手を離した。

「ごめん。ちょっと疲れてた。つい君に甘えてしまった」

 表情が暗かったのはこの暗闇のせいだけではなかった。いつものおどけたパトリックの前向きな明るさが言葉から感じられなかった。

「パトリック、その…… さっきもそうだけど体の調子は大丈夫?お腹が痛いとかもうない?」

「あっ、そ、それはもう大丈夫。でも今日は朝から君に会えて興奮しすぎて突っ走りすぎて疲れたよ。とにかく帰ろうか」

 二人は肩を並べて歩く。ベアトリスは時折パトリックの表情を見ては何かを思いつめてる感じを受けた。一人で背負おうとする責任感みたいなものが伝わってくる。

 パトリックが視線を感じ、ベアトリスを優しい眼差しで見つめると、精一杯の微笑みを浮かべた。それがベアトリスには重荷となった。素直に微笑を返せず、つい下を向 いてしまった。そのまま家に着く まで二人は一言も話さなかった。


 一方、コールがホワイトライトを感知した場所に来たものの、そこには何も見当たらなかった。

 緩やかな丘が広がり、遠くの地平線にうっすらとした夕日の沈んだ後の消え行きそうな光が線を引いたように残り、すぐその上から闇が押し寄せてきていた。

 まばらに住宅街の光が小石をばらまいたように点々と遠くに見える。ここには周りは何もなく平野が続き、めったに人が歩いて来るような場所ではなかった。

 だがまだ何かを強く感じていた。

「これはどういうことだ。こんなにはっきりと近くで感知できるのに、なぜ見えぬ」

 その時コールは足元からホワイトライトの光を強く感じた。自分の足附近を見ると、そこには白い鳥の羽根がコールをあざ笑うかのように光を発していた。

 それを拾うと、顔を引き攣らせ握りつぶすように掴み、羽根はコールの手の中で焼けて消滅した。手を広げると燃え残った少量の灰が風に吹かれて飛んで行き、ホワイ トライトの気配も同時に消えた。

「くそっ、まるでホワイトライトに遊ばれてるようだ。俺に対する挑戦状か。それならば受けてやろう。お前を必ず捕まえてやるさ」

 コールは怒りで平野を暴走車のごとく駆け抜けると、焼け焦げた跡がついたように後ろに道が出来ていた。

 空気を切り込むように爪を立てて腕をスライドさせれば地面は切り裂かれ、切られた芝生が宙を舞い踊っている。その威力は地平線の先まで届く勢いだった。見られていることを意識して力を見せつけていた。

 ゴードンの元に戻ると、機嫌の悪さをすぐにぶつけた。

 ゴードンはそれだけでホワイトライトの確保に失敗したと悟り、何も言わずにコールを連れて瞬間移動していた。

 その直後、頭からすっぽりと厚い布のベールを被った男が、霞が一点に集中して形を成すように徐々に姿を現した。顔全体は布が深く覆われてよく見えないが、口元は楽しむかのようにニヤリと笑っていた。

「あいつが、アメリアの言っていたコールか。リチャードもてこずる存在。面白い。それならばまずはお手並み拝見としよう。私が手を加えるのは最後の最後で充分」

 それだけ呟くとこの男もすっと消えてどこかへ行ってしまった。

 それは、ベアトリスとパトリックが買い物に出かけた後、ライトソルーションの入った壷を通してアメリアが話をしていた男だった。

 名前はブラム。

 髪は銀色に近いペールブロンドの長髪を持ち、すらっと背は高く、ハンサムというより芸術の域の美しい顔立ちをしていた。

 アメリアは襲われたことで危機を感じ、さらにコールの存在が驚異的となりベアトリスを守るためにブラムに助けを呼ばざるを得なくなった。

 しかしプライドの高いアメリアがこの男に頭を下げるのは余程の覚悟がいった。毛嫌いしているホワイトライトでもあり、頼れるのがこの男しかいないということが癪に障った。


「麗しのアメリア。怪我してるじゃないか。大丈夫かい。首のギプスが痛々しいよ。それの報告で私を呼び出したのかい? それでも嬉しいよ君の方から連絡をくれるなんて。いつもは私の方から一方通行の愛だったからね」

「余計なことは言わないの、ブラム。単刀直入に言うわ。ダークライトに襲われたの。そしてもっとやっかいな他のダークライトも現れた。名前はコール。この男か らベアトリスを守る手伝いをして欲しいの。お願い力を貸して。それにもし何かあればあなたにも都合が悪くなってしまうことになるし……」

「うーん、君の頼みなら仕方がない。いずれはこうなることも予測していた。いつまでも君とリチャードだけでベアトリスの存在を隠し通すことなどできないと思っていたよ。判った、地上に降りるよ。まずはコールがどんな奴か様子を見てから対策を練ろうとしよう。闇雲に動いても私が狙われるって事にもなりかねない。私だって命は惜しい」

 アメリアは頼みごとをする立場で黙って聞いていたが、ブラムの軽々しくいう言い方には我慢できないものがあった。結局は自分の事しか考えてないのがよく伝わった。それはこの時に始まったことではなかった。

「ありがと」

 それでもアメリアは本来の感情を抑えて礼を言う。

「私を頼ってくれて嬉しいよ、アメリア。時には私の愛も受け入れて欲しい」

 ブラムは優しい潤った瞳でアメリアを見つめる。アメリアはこれ以上我慢できないと、顔をそらした。

「わかったわかった。ちょっと気持ちをぶつけすぎた。そんな資格がないこと充分承知しているよ。それじゃこれで失礼する。またこの件については連絡する」

「ちょっと、待って。この間も言ったけど最近ライトソルーションの量が少ないの。もう少し増やしてくれない」

「私もできるだけと思っているのだけど、何せ隠れてこそこそ送り込んでるから、自由にすぐには与えられない。なんとかしてみるがこれが現状なのも理解して欲しい」

「判ったわ。私の分をベアトリスにまわせばなんとかなる」

「それはだめだ、君も摂取しないといけない。ライトソルーションが全て体から抜けてしまえば、それに慣れきった君の体はやっかいなことになってしまう。一度摂取すれば一生摂取しないといけない体だ。君はディムライトでもノンライトでもない、ホワイトライトとのハイブリッドだからライトソルーションなしではもう生きていけないはずだ」

「ホワイトライトのハイブリッド…… なりたくてなったんじゃないわ」

「ごめん、そういうつもりじゃなかった。君を心配してのことなんだ。わかって欲しい。私もできるだけ用意する。だから君も自分の体のことを気遣ってくれ。 君が動けなければベアトリスだって心配するはずだ」

「わかったわ」

 アメリアが渋々承諾するとブラムはにっこりと笑顔を残してその姿は消えた。アメリアはライトソルーションの壷を冷ややかな瞳で暫く見つめる。そしてベッ ドに戻り横になり、その日の午後はいろんなことを思いながらずっと寝ていた。

 アメリアはブラムとこうやっていつも連絡を取り合っていた。以前ベアトリスが部屋の外から聞いた声もブラムとの会話の最中だった。

 しかし、アメリアはブラムと会うといつも気が滅入ってしまっていた。

 自分で助けを請うたとはいえ、この時抱える問題にさらに重石が圧し掛かかってしまった。

 だがそれとは反対にブラムは、コールを挑発しゲーム開始の始まりを楽しもうとしている。やっと自分の出番が来たかと思ったように──。


 ベアトリスたちが家に戻ると、居間のソファーにアメリアは座って二人の帰りを待っていた。

 コーヒーテーブルの上には大きなピザの箱、紙皿、そしてナプキンが置かれていた。

 テレビも付けられ、これからカジュアルなパーティでも始まりそうな雰囲気だった。

「アメリア、起きてて大丈夫なの」

 ベアトリスが心配して近寄るとアメリアは腕を一杯に広げて優しくベアトリスを包み込んだ。

「私は大丈夫よ。それよりもあなたのことが心配」

 普段口やかましいアメリアとは違って、気弱さが感じられる。

──アメリアってこんなに華奢で、か細かったっけ?

 ケガのせいだけじゃなく、心身から弱ってる感じがベアトリスには伝わる。心配しすぎて神経が磨り減ってるようだった。

 それを誤魔化すようにアメリアは明るく振舞おうとしていた。

「さあ、さっきピザが届いたところなの。温かいうちに早く頂きましょう」

「アメリア、ここで食べるの? しかもテレビ観ながら?」

 行儀作法にはうるさいはずなのにと、ベアトリスは驚いた。

「あら、ピザって言うのはこういう風に食べるのがおいしいのよ、ねぇ、パトリック」

 パトリックは突然話を振られて返事になってない声を発し、その場を慌てて繕う。

「えっ、あっ、それじゃ、僕、飲み物を持ってきます。ベアトリスは座って先食べてて」

 パトリックは台所に入り、今一度まじまじとピッチャーを見詰め、そして一滴でも無駄にできないと震える手でレモネードをグラスに注いだ。

 コールとかなりの接近をしてからライトソルーションに過度の依存をしてしまう。慎重にそれを持ってベアトリ スの前に息を飲んで差し出した。

 ベアトリスは紙皿を抱えてピザに無邪気にぱくついてるところだった。

 そしてパトリックからグラスを差し出されると、ピザをテーブルに置き、グラスを手にとって「ありがとう」と軽く口をつけて飲んだ。

 アメリアもパトリックもレモネードを飲むベアトリスを思わず凝視してしまった。

「えっ、どうしたの二人とも。私の顔になんかついてる?」

 刺すような二人の視線にベアトリスは怪訝な顔をした。パトリックは誤魔化すように笑い、視線をピザに移し、「おいしそう」と呟いて演技をする。

 それに合わせるようにアメリアも、「なかなかいけるわよここのピザ」と相槌をうっていた。

「テレビ、なんか面白いのやってないかな」

 パトリックがリモコンを手にしてチャンネルを次々変えていった。

 ぎこちない二人の様子にベアトリスは首を傾げ、手に持っていたレモネードを何気なしに見つめた。

「変なの」

 ベアトリスはまたレモネードに口をつける。二人はそれを横目で見ながらピザを頬張っていた。


 テレビの音をバックグラウンドにピザを囲んで三人は何気ない会話をしていたとき、交通事故のニュースが飛び込んできた。

 事故現場を目撃した証言が流れると、アメリアが怪訝な顔をし、パトリックが真剣にテレビの画面に釘付けになった。

 目撃証言に、二人の人影が突然現れ、そしてまた宙を飛ぶように消えたとあり、それが何を意味しているのかアメリアとパトリックには分かっていた。

「突然現れ消えた……」

 ベアトリスが言いかけると、その話題に触れまいとパトリックがすくっと立って話をそらす。

「あっ、そうだ、チョコレート買ってたんだ。デザートに皆で食べよう」

 パトリックは席を外し、チョコレートを取りに行った。

 ベアトリスはテレビから目を離し、パトリックの姿を目で追った。また再びテレビに視線を移すとすでに他の話題に変わっていた。

 何気なしに口から出た言葉だったが、深く考えることもなく、ベアトリスは再びその話題を話すことはなかった。

 パトリックが目の前にチョコレートの詰め合わせが入った箱を差し出すと、話は自然とそっちに流れた。

「いつの間にこんなの買ってたの。これ高いチョコレートじゃない」

 ベアトリスが珍しいものを見るような目をして言った。

「甘いものを見ると心が優しくなるような気がして、いつもベアトリスのこと思い出すんだ。君に会えなくて寂しいときはよく甘いもの口にしてたな。今日は君と再び会えた記念にとびっきり美味しいのを買ってみたんだ」

 パトリックは自分の気持ちを正直に言ってみたが、側にアメリアがいることに気がつくと、少し恥ずかしさがこみ上げはにかんだ。

 アメリアはここでも罪悪感を感じてしまった。パトリックもまた自分が影響を与えた被害者の一人だと思えてならなかった。

 パトリックそしてヴィンセントがベアトリスに思いを寄せる。アメリアは側で見ていて辛いものがあった。ベアトリスもどう答えを返していいかわからない表情も、三角関係に影響されて複雑な乙女心が垣間見れる。

──この危機を乗り越えたら、また心を鬼にしなければならない日が来る。ベアトリスを守るには仕方がない。

 アメリアは二人からベアトリスを遠ざけることを考えていた。それは二人の前から姿を消すことであった。それが自分の仕事と言い聞かせ、何かを新たに思う ときは癖のようにメガネの位置を事務的に整え、すくっとソファーから立ち上がる。

 パトリックには助けを請いながら、その後のことを考えるとさすがに良心の呵責を感じていた。嫌われることには慣れていると強がっていながら、逃げるように疲れたと自分の部屋に戻っていった。

 ベアトリスは心配の眼差しを向けていた。

「アメリア大丈夫かしら」

「ああ、大丈夫さ、あの人は鋼のように強い人だよ」

「私はそうは思わない。アメリアは無理をしている。本当は繊細な人なんだって、一緒に住めば住むほどよくわかってくる。私が重荷になってるんじゃないかって思うほどよ。だから私、高校卒業したら就職して一人で生きて行こうって思ってるんだ」

「それならいい就職先があるじゃないか、僕と……」

「その先は言わないで! 結婚は考えてないから」

「ちぇっ、考えてないって酷いな。婚約者なのに」

 ベアトリスは急に真剣な顔になりパトリックに体を向けた。

「いい機会だから、正直に言うね、実は好きな人がいるの」

 ベアトリスはまっすぐパトリックを見つめたが、パトリックは慌てず慎重な顔をして聞いていた。

 暫く二人は沈黙してお互いの表情を眺めていた。

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