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ピュアダーク  作者: CoconaKid
第六章
20/56

19 接近

 パトリックと別れた後、ヴィンセントはやるせない思いを抱いて、バスに揺られていた。

 重苦しいため息が、汚れた煙のように噴出している。

 大いに不満を感じていた。

 感情の乱れとバスの揺れがムカつかせて、気分も最高に悪かった。

 パトリックがベアトリスの側にいる。

 好きなときに話せて、好きなときに触れることもできる。ヴィンセントがどんなに側にいたところで、シールドのせいで 自由に話すことも、触れることもできなかった。

 たった一度のチャンスも、自分が暴走したために大半を寝てしまったという失態。さらにベアトリスの側にいられるためのジェニファーという道具も失ってしまった。

「そして最後は思いを断つか…… 約束させられたとはいえ、俺がそんなことできる訳がない」

 ヴィンセントはボソッと独り言を呟くが、心の底から情けなく自己嫌悪に陥った。

 歯をキリキリと噛みしめては必死で感情を殺そうと耐える。

 こういうときに限って、頭の中にパトリックがベアトリスの肩を抱き寄せる姿を想像してしまい、泥のように濁る嫉妬に襲われた。

 全てが自分で引き起こしてしまったと自業自得でありながら、悔やみ苦悩する。

 嵐が吹き荒れるような感情が体内で渦巻いたときだった。

 バスが突然止まってしまった。

 バスの運転手が立ち上がり乗客に向かって一言言った。

「オーバーヒート!」

 ヴィンセントはまたはっとした。自分のせいなのか、それとも偶然なのか、無意識に後者を強く願っていた。

 いつ動き出すか判らず、また次のバスが来るのを待つほどでもなく歩いて帰れることから、ヴィンセントは黙って下車した。

 下車した目の前には大型スーパーマーケットがあり、ヴィンセントはそこに足を運んだ。

 適当に食べるものを買い、そしてフリーで発行されている中古車の情報誌を手に入れた。

 買い物を済ませた後も、さっき乗っていたバスがまだ同じ場所に止まっているのが見えた。

 目をそらし、原因がはっきりせぬままでも、後ろめたい気持ちでその場を後にした。

 何度もため息を漏らし、足取り重く歩く。

「何もかも失い、希望も見い出せないほどに落ち込むダークライトか。こういうときは周りも恐怖に陥れるほどの恐ろしい姿で暴れたくなってくる…… 」

 またバカなことを考えているときだった。

 パトリックが言っていた、ベアトリスが何かに気がついて自分を探していると知らされたことが、この時になってふとひっ かかる。

「あの時ベアトリスが俺を探してたのはどういうことだ。俺の正体に気がついたってことなのか。まさか。でもだったらなぜ俺を探すんだ。確かめてどうしたいんだ。しかし、事実を知ってしまったら彼女は俺をもっと避けることになるだろう。何を考えたところでどうすることもできない。くそっ!」

 ヴィンセントは片手で胸を押さえ込み、自分の心臓を鷲づかみする勢いで感情をコントロールするのに必死だった。

 歯を食いしばり、胃炎を起こしたようになりながらもがき苦しむ。

 ヴィンセントがここまでベアトリスに惚れる理由。

 それはヴィンセントもまたパトリックのように過去の子供の頃の思い出に刻まれているからだった。

 だがそれは、ベアトリスにとっては最悪の事態を引き起こし、また全て失う結果になってしまった。

 しかしベアトリスはこのときのことを思い出せないでいる。ところどころの記憶を全く何も起こってないかのように黒く塗りつぶされてしまった。

 ヴィンセントは過去に遡ってまでベアトリスとの関係をコントロールされる。

 その抑圧で想いだけは反発するように強くなって行った。ダークライトとしてホワイトライトの力を得たい気持ちと紙一重といわれても仕方ない程、執着するように心を囚われてしまっていた。

 

 大きな家が建ち並ぶ住宅街。ベッドルームが五つ、六つありそうな家。どれ も豪邸と呼べるくらいの立派な家が集まっている。

 ヴィンセントはここに来る度、似つかわしくないと歩いているが、そのうちの一つの家に入っていく。そこが自宅だった。

 広い屋敷に父親と二人暮し。母親は疾うの昔に亡くなっていた。

 家に入るなり、居間の大きな画面のテレビをつけ、コーヒーテーブルの上に買って来たチップスの袋を放り投げる。そしてコーラのボトルのキャップをひねり、ソファーに横になるように足を延ばし体を横たわらせてゴクゴクと飲みだした。

 もう一方の片手にはリモコンを持ちチャンネルを変える。

 どこも面白そうなものはないと、BGMを聞くように適当なチャンネルに合わせたあと、リモコンを投げ捨て、中古車の情報誌を手に取った。

「アイツはいい車に乗ってるんだろうが、俺はバスか。そのバスもオーバーヒートしやがって、それも俺のせいなのか…… 」

 中古車の写真を色々眺めるが、値段を見ればヴィンセントがアルバイトしただけでは買えそうもなかった。

「親父にねだっても、あんなことした後じゃ金なんか出してくれそうもないし、車なんて与えたらどこへ行くか判らないとも思ってることだろう。あーあ、俺ってかなりルーザー」

 ヴィンセントはコーラーを飲みきると、ゲップを一つ吐き、そしてソファーに寝転がる。飲んだくれただらしのない典型的な男のようであった。

 そのまましばらくすると睡魔が襲い瞼が重くなってきた。

 せめて夢の中だけでもと、ベアトリスのことを強く考える。

「ベアトリス、また君を抱きしめたい」

 ヴィンセントは深い眠りについていく。さっきまで握っていた情報誌が手から離れてバサッと床に落ちた。


 ベアトリスを巡っての周りの者達が過ごす金曜日の午後、それぞれの思いが渦を巻き、さらにコールとゴードンはそこに荒波を立てようと仕掛けをしていく。

 コールが運転する車にゴードンは乗り、上機嫌で目をキラキラさせながら罠をどこに仕掛けようかと窓から犬のように顔を出していた。

「おい、ゴードン、あまり変な行動はしないでくれ。どこでリチャードが目を光らせてるかわからねぇ。あまり目立つことなく計画を実行させないと。だけどこんなに拠点地から離れた場所でも感知できるのか」

「この辺は注意しないと見逃しちゃうかもしれないけど、範囲は広い方がいいでしょ。でも瞬間移動は遠くなると一回でできない。回数を分けてテレポートすれば目的地にはなんとかたどり着ける。ただ、その場合若干誤差が生じるけど、そこにすぐに行けないよりはいいでしょ」

「俺もこの車も一緒に瞬間移動で連れて行けるのか」

「うーん、一人くらいならそれも可能なんだけど、車ごとはちょっと無理。それに場所が遠くなると、コールを一緒につれ行った場合、益々着地の誤差が大きくなるかも。でもおいらやってみるよ。賢くなれるんだったら、頑張る」

「おー、その息だ、ゴードン。やっぱりお前は最高のパートナーだぜ」

 コールはわざとらしくゴードンを持ち上げる。それを真に受けてゴードンは益々得意げになっていた。

「あっ、ここここ、ここも人が集まる。買い物に来るかもしれない」

 ゴードンは車の窓からモールの建物を指差していた。ゴードンに言われるままコールはそこを目指した。

「ここのモールは広いや。部分部分に仕掛けないと、おいら力尽きちゃう。まずはあっちの入り口」

 コールはゴードンの部下のように素直に命令に従った。ゴードンもそれが楽しく、またコールを何も疑わず信用していった。


 その頃モールの中では、あの四人と離れた後、ベアトリスは早く帰りたくてパトリックの腕を引っ張って歩いていた。これ以上知り合いにパトリックと一緒に居るところを見られるのを恐れていた。

 両手に一杯荷物を持ったパトリックは、無茶にベアトリスに引っ張られ、歩き難そうに している。

「そんなに慌てなくても、車は逃げないから。まあ、でも君に腕を掴まれるのは悪くないんだけどね」

 ベアトリスはパトリックの言葉に素早く反応して、パッと手を離した。

「そしたら先に行ってるから」

 ベアトリスはスタスタと出口を目指し歩いた。その時パトリックの持っていた護身用のデバイスがポケットの中でアラーム音を発する。

「ダークライトが近くにいる」

 パトリックは慌ててすぐにベアトリスの元へと走った。

 だが人が沢山いる場所では真っ直ぐ走れず、沢山の荷物が仇となり、体はすり抜けても荷物がすれ違う人とぶつかりすぐに追いつけなかった。

 ベアトリスは広い出口の一番右端のドアを目指して近づいていた。

 その時コール達も外から反対側の一番端のドア附近にいた。

 パトリックはその二人をガラスのドア越しから見て、すぐにダークライトと気がついて青ざめた。

 しかしその時、急ごうと慌てたために、まともに人とぶつかってしまった。荷物が手から離れて床に散らばった。

 このまま荷物を放り出してベアトリスに近づけば却って怪しまれると、慌てて荷物を拾うが、ベアトリスのシールドがダークライトにどう伝わるか気が気でなかった。

 本来ホワイトライトの存在をごまかし、隠れミノの役割があるが、近づきすぎたダークライトには身を守る力が働き攻撃体制のシールドとなってしまう。

 普通のダークライトなら近づくと体を焼かれるほどに苦しくなるが、かなりの力を持つダークライトの前では効果が薄れる。

 ヴィンセントの場合がそれで、近づけば攻撃を受けるが、本来の姿をさらけ出せばそれは通用しなくなる。

 攻撃性の弱いダークライトであれば、距離が近づいても感知されないこともあり、それはダークライトの能力によって様々の反応があった。

 ベアトリスと二人のダークライトの距離は近づきせずも遠いというほどでもない。微妙な距離感にパトリックは荷物を拾いながら焦っていた。


「ゴードン、この入り口のガラスのドア全部に細工できるか?」

 コールがそういうと、ゴードンは早速息を思いっきり吸って口をもごもごさせた。

 その時コールはキーンと頭を何かが突いたような痛さを感じた。

 ベアトリスはちょうど反対側の端に位置するドアを開けようとしていた。

「なんだこの感覚は」

 コールが一番端のドアを見れば、ベアトリスのドアを押す腕だけが見えた。

 頭を押さえながら集中しようと、側でせわしなく動くゴードンに手のひらを見せ待ったをかけた。

「ちょっと動かないでくれゴードン」

 滅多に感じたことがない異変だった。

「どうしたんだいコール? 早くホワイトライトの罠を仕掛けようよ。早く早く。おいら早く捕まえたいんだ」

 大人なのに、子供のようにピョンピョンとゴードンは飛び跳ねていると、側を偶然歩いていた二人のカップルはジロジロと見ていた。

「バカ! 目立つじゃないか」

「あっ! おいらのことバカって言った。やっぱり本当はバカって見下してるんだ。それならもう協力しない」

 ゴードンがすねて、コールに背を向け来た道を戻っていく。

「おいっ、ゴードン待て、違うってば、そうじゃなくて」

 コールは集中するどころではなくなり、なだめようと後をつけドアから離れていった。

 その間にベアトリスはドアから外に出ると、コールたちのやり取りを横目に、反対方向を歩いていった。続いてパトリックがやっとドアから出て、 急いでベアトリスの側に駆けつける。後ろを振り返り、コールたちがベアトリスに何も気がついていないと判ると、胸をなでおろした。

 しかし安心はできない と、今後のために二人の特徴を目に焼き付けていた。

「ベアトリス、早く帰ろう。もたもたしてたらアメリアに怒られる」

 パトリックはベアトリスの体を後ろから隠し、荷物を一杯持った両手でなんとか肩を支えながら、早足で車に向かう。

「んもう、今頃なんなのよ」

 ベアトリスは呆れてパトリックの顔を見るが、その横顔は青白く汗が噴出しているのに気がついた。

「パトリック、どうかしたの。なんだか顔色が悪いわよ」

「いや、なんでもない。とにかく早く車に乗って」

 必死になるパトリックの姿にベアトリスは首を傾げた。

 二人は車に乗り込むと、パトリックはダークライトから離れようと急いで駐車場を抜け出そうとする。

 遠くの方でダークライトの二人の様子が見える。入り口のドアに向かって何かをしているようだった。

──ここにはもう来ない方がいいな。

「ねぇ、パトリックどうしたのよ。ちゃんと話してよ。なんか隠してるみたい」

 何かがおかしい。

 ベアトリスはここで真相を聞きださねばと決意したばかりの気持ちを試そうとしていた。

 パトリックがおかしな行動をするには絶対理由がある。そう思うことから何かがわかるかもしれないと、意気込んだ。

 パトリックもベアトリスの意図に気がついたのか、機転を利かし、苦しそうな声を発した。

「ネイチャーコールズ……」

「えっ! あっ、そ、そうなの。運転大丈夫?」

 ネイチャーコールズ。遠まわしに『尿意や便意を催した』という表現だが、この場合どうしても後者だと思われたに違いない。

 ベアトリスも聞いてはいけないことを聞いたみたいで、少し戸惑い、その後家に着くまで黙っていた。

 パトリックもこの場は仕方なく、切り抜けるために、最後まで演技をする羽目になった。

 家に入ると、仕方なくバスルームに飛び込んでいった。咄嗟のごまかしとはいえ、好きな人の前ではかっ こ悪く、便器の上に座りうなだれる。

「おっと、忘れちゃいけない最後の仕上げだ」

 パトリックはトイレのレバーを引いて水を流した。これで何もかも終わって欲しいと流れる水の音を暫く聞いていたが、ダークライトの二人のことを思い出すと不安までは一緒に流れてくれそうもなかった。

 あのときの焦りを思い出すとまだ冷や汗が出て動悸がする。

 暫くパトリックはバスルームから出られなかった。


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