9.虎雅の涙
虎雅は、楓葉の話を食い入るように聞いていた。
まるで牙の抜けた虎のように。
楓葉は、子どもの表情をしながら聞く彼を、あの頃の自分と重ねて見ていた。
「そ、その後、ま、巻物の力は使ったのかよ」
「ははは、そうだね。それが一番大切なことだ」
楓葉はにこりと優しく微笑み、そして茶を啜った。
湯気が立つ彼のそれとは裏腹に、虎雅の手元の湯呑みは冷え切ってしまっている。
「結論から言うと使った、さ」
「えっ!」
虎雅が持つ湯呑みが揺れる。
楓葉はそれを見て、くすりと笑った。
「君は、私の左目の眼帯のことを気になったことはないかい?」
「が、眼帯…その黒いやつ」
「そう。これは別に怪我をしたわけでも、病気をしているわけでもないんだ」
「え…は?」
虎雅はひどく動揺する。
そして手に持っていた湯呑みを、そっと床に置いた。
「わ、悪い。ふ、布団に少し溢しちまった」
「構わないよ」
楓葉は優しく微笑んだ。
その顔を見て、虎雅は背中に悪寒が走るのを感じた。
ふと自分の腕を見てみれば、鳥肌が立っているのが分かった。
楓葉はそんな虎雅を見て、また嗤う。
「何?私がそんなに怖いかい」
「いや…こ、怖いっていうか」
「巻物の代償を目の前にして、怖気付いてしまった?
まあもしそう思ったのならば、巻物は使わない方がいい。
後できっと後悔してしまうから」
「…そ、そんなことは」
虎雅の身体はガタガタと震え出す。
元々巻物を使う覚悟はしていた。
だから墨を襲った。
最後の手段だと思った。
だから迷うはずはないと思った。
「…何で。な、何で」
「…人は自分の命が大事だ。それは他の何物にも代えられないものだから。
そして君は復讐の中で生きてきたのだろう?
その本懐が叶えられるかもしれない所に来て、己の有り様を悩んでいるのだろう。
例え、それが無意識だとしても」
「あ、有り様?」
「そうだろう。君は復讐に生きてきた。だからこそ、それが叶えられたあと己がどのように生きていけばよいかが分からなくて、そして怖いのだろう」
虎雅は思わず自分の両手を見つめた。
傷だらけのその手は、まだ大人と言うには小さい。
「俺…俺…」
「いいんです。ゆっくり考えなさい。長いこと復讐に生きてきたんでしょう。
考える時間くらい、十分にある」
楓葉は涙を流し始めた虎雅の背中を優しくさすった。
「大丈夫、私は君の味方だ」
その日虎雅は、堰を切ったように1日中泣き続けた。
楓葉はそんな彼の背中をさすりながら、同時に過去の自分にも思いを馳せていた。
(…ああ。あれは初めて巻物の力を使った時だったか。
私もこの少年のようにたくさん泣いたっけ)
楓葉は橙色の空を眺めながら、心の中で小さく呟いた。




