8.楓葉の過去③
楓葉は沈黙した。
だが脳内は激しく動いていた。
この巻物を使えば、里のみんなを殺した犯人が分かるのではないか。
そしてなぜ殺されたかも判明するのではないか、そう思ったからだ。
だが、それと同時に少しばかりの恐怖心もあった。
犯人の名前や動機が分かったとして、それは一体何文字で表されるのかと。
もしかしたら、全てが判明したその瞬間に自分も死ぬのではないかと。
楓葉は苦笑した。
墨に出会うまで、死んだように生きていた自分が、死の恐怖を感じるようになるとは、と。
結局自分は、この変な男に助けられていたのだと。
こんな時に、ふとそんなことを実感する。
『なーに考えてるの、楓葉』
『いや、別に。何もない』
楓葉は墨の顔を見て、鼻で笑った。
その日から約2年。
楓葉は生きるために、より必死になった。
荒れ果てていた田畑を整え、そして再び山にも出向き、薪を街に出荷するようになった。
そのうち一人、また一人と移住者がやってくるように。
里は、楓葉を中心にかつての活気を取り戻しつつあった。
──気が付けば、楓葉は14歳になっていた。
『さてと。僕ももう行くかな。この村はもう大丈夫だろう』
ある夜、墨が突然そんなことを言い出した。
だが、楓葉は少しも驚かなかった。
いつかはこんな日が来る。
心のどこかでそう思っていたからだ。
『どこへ行くんだ』
『さあてね。でも、旅の再出発の時には路川街に行くと決めているんだ』
『ああ、あの異国情緒溢れる貿易と観光の街か』
『そうそう』
墨は僅かな荷物をまとめながら、笑顔でそう言う。
楓葉は囲炉裏の薪を突付きながら、言葉を続けた。
『あそこは季節問わず、大河の影響で湿気が凄まじいと聞く。紙のあんたが行って大丈夫なのか』
『だーかーら、僕は文字の付喪神だって!この巻物は所詮神の神具という扱いだから平気。しなしなになることはないよ』
『自分のことを神具、と呼ぶのか』
『しょうがないじゃないか。僕の本体がこれなんだから』
墨はぶぅっと頬を膨らませた。
まるで子どものようなその表情に、楓葉はぷっと吹き出す。
『あんたがここに来てから、もう4年か。世話になったな』
『こちらこそだよー。美味しいものたくさん食べさせてくれてありがと』
『食い物のことしか頭に無いのか』
『でへへ』
二人はどちらからともなく笑い合う。
しばらく和やかな雰囲気が続いた後、楓葉は囲炉裏をいじる手を止めた。
『この2年、ずっと考えていたんだ』
『うん』
『私にその巻物の力を貸してほしい』
今度は墨の目が丸くなる番であった。
楓葉はさらに続ける。
『その巻物の力を使うことで、寿命が減ることは理解している。
だから、私はその力を使う前にこうやって里を立て直した。
新しい里長もいる。もうここは私がいなくても大丈夫だ』
『な、何を言って…』
『私は貴方と一緒に行きたい。路川街は大きな街。そこには警護官という仕事があると聞く。
私は警護官となり、必ずやこの里のみんなの仇を打ってみせる。
だから、貴方の力を貸してほしい…いや、貸してください。
お願いします、師匠』
楓葉は床に額をつけて懇願した。
呆気にとられる墨。
薪が燃えるパチパチという音しか二人の耳には届かない。
『え、し、師匠って』
『教えを請うものが、相手を敬うのは当然のこと。
どうか、そう呼ばせて下さい』
墨は、しばらく楓葉を見つめた。
初めて会ったあの日から、随分と大人になったと彼は染み染みそう思う。
墨は深い溜息をつくと、楓葉の肩にポンと優しく手を置く。
『…覚悟、出来てるんだね』
『はい。とうの昔から』
──その日の夜。楓葉と墨は、裏京里からひっそりと姿を消した。
その後の二人の行方を知る者は、里には誰も居なかったという。




