7.楓葉の過去②
里のみんなが謎の死を遂げた日から、楓葉は一人で生きた。
いつものように山に行き、食料を捕り、そして眠る。
生きているのか死んでいるのか、それさえ分からなくなってしまうような、血の通わない生活。
──気が付けば、季節は冬になっていた。
楓葉の運命が変わったのは、雪がしんしんと降り積もる極寒の日だった。
いつものように薪を割った彼は、それを担いで自宅に戻ろうとしていた。
しかし。
楓葉はその時、一つの違和感を覚える。
『この足跡…私のじゃない?』
そう。
雪の上に付いた足跡が、明らかに一人分増えていたのだ。
一つは楓葉自身のもの。
そしてもう一つは知らない誰かのもの。
楓葉はその場に薪をバサバサと落とし、咄嗟に物陰に隠れる。
『…なんで。どうして誰もいないこの里に人が。まさか、私を殺しに来たのか』
楓葉は悴む手に力を込めた。
寒さでうまく動かない手指。
それに血を通わせるかのように、彼は手を閉じたり開いたりする。
そうこうしているうちに、謎の足音が自分の方へ近寄ってくるのを感じた。
湿った雪を踏みしめる音。
それが一定のリズムで歩を進めている。
『おや、ここにいたのかい』
『…っぐ!』
『ははは、安心しなよ。僕はおそらく君が思っている「犯人」では無いからさ』
楓葉の頭上から、ヌゥっと伸びてきた影。
謎の声と共に彼が顔を上げると、そこには藍色おかっぱ頭で丸眼鏡の若き男が立っていた。
年は20代半ば頃であろうか。
あまりの恐怖に声が出せない楓葉。
いや、それどころか息すら上手くできない。
男はそれを察してか、ゆっくりと楓葉の横にしゃがみ込んだ。
そしてにこりと人の良い笑みを浮かべる。
『巻物に気になる内容が追加されたから見に来てみれば。まさかこんな少年が1人でいたとはね。
大丈夫、安心しな。僕は君の味方だ』
『…あ、あんたは』
『僕?僕は墨。もくって呼んでよ』
『も、もく…』
『うん!あのさー、取り敢えず寒いから家に案内してくれない?』
*
二人が出会った日から、墨は楓葉の家の居候となった。
それも楓葉の正式な許可なく。
『アイツ絶対に変な奴だ。追い出さなきゃ』
墨が居候となったことで、楓葉に再び生きる意味が生まれた。
楓葉は、何度も墨の寝首をかこうとした。
そして歩いている彼を、後ろから襲おうともした。
しかしその度に失敗に終わった。
墨は楓葉の何手も上手だったのである。
──そうこうしているうちに、あっという間に2年の月日が経過していた。
楓葉12歳、夏。
この頃になると、楓葉にとって墨は家族同然の存在となっていた。
ある日、ふとしたことを思い出した楓葉は墨に尋ねた。
墨がいつも大切そうに手に持っている、その巻物についてだ。
『なあ、墨。その巻物って何なんだ』
楓葉の突然の問いに、墨は汁物を啜る手を止めた。
そして椀を床に置き、楓葉をチラッと見る。
『何だ、興味が無いのかと思ってた』
『そんな訳無い。私は覚えているんだ。初めて会った日にあんたが言っていた言葉。その巻物に気になる内容が追加されたからここに来たって』
『わーお、記憶力がいいね』
『茶化すな』
にやける墨。
楓葉はそんな彼を睨み返す。
墨はやれやれと肩を竦めて見せた。
『ま、いいか。楓葉なら。いい子だしね』
『子って言うな。私は大人だ』
『12年しか生きてなくて何言ってんの』
墨はけらけらと笑った。
むすっと顔を膨らませる楓葉を見て、墨は「ごめんごめん」と軽く謝る。
そして涙を指で拭ったあと、彼は静かに話し始めた。
『付喪神って知ってる?』
『…物に宿るあれだろ』
『そうそう。物に長い年月を経て、魂が宿るあれさ。僕、実はそれなんだよ』
『ん、は?』
『あははは、まーた間抜けな顔してる!』
『ちゃ、茶化すな!』
楓葉は慌てた様子で怒鳴った。
しかし墨には少しも効いていない様である。
彼は言葉を続ける。
『僕はね、文字の付喪神なんだ。この世にある文字…いや、無くなってしまった文字さえも、この巻物上で蘇らせることができる。
この巻物は僕の本体と言ってもいい』
『…は?』
『つまりね、この世に一度でも文字として書かれたものであれば、全て僕の手の内ってわけさ』
楓葉には理解が追いつかなかった。
目の前の男は何を言っているのだろう。
頭が可笑しくなってしまったのでは、と彼は考える。
『…墨。その話が本当なら、もしかして要人の手紙や密書なんかも、その巻物に写せるのか』
『ああ、もちろん。一度でもこの世に文字として生まれたのであれば』
墨はにいっと笑った。
しかし「ああ、そうそう」と言葉を付け加える。
『でも一つだけ注意点がある』
『注意点?』
『僕以外の者…つまり、人間がこの巻物に望んだものを写し出すとき。
一文字につき、一日分の寿命を貰うことになっているんだ』
『…は?』
『つまり、ここに写し出される文字数が365文字なら1年分の寿命を貰うよってこと。
これは神の力を使う代償でね。
ちょっとこればかりは、僕の一存でどうにかなるわけじゃないんだ』
墨はそう言うと、ペロリと舌を出して見せた。




