6.楓葉の過去①
──これは今から15年前の話である。
楓葉10歳。
路川街から遠く離れた小さな里、裏京里にて。
『母ちゃん!父ちゃん!私、今日も山に遊びに行ってくる!』
『おお、気を付けてな』
『暗くなる前に帰っていらっしゃいね』
楓葉はとても活発で、朝から晩まで、自然豊かな山の中で駆けずり回っているような子どもだった。
里の子どもたちの中で、一番のガキ大将。
それこそ、里長の息子すらも泣かせてしまう程に。
『蜂坊!行くぞ!』
『だからその呼び方で呼ぶの止めてってば!』
『ははは!蜂に刺されてワンワン泣くような奴は蜂坊で十分だ!』
『楓葉酷い!』
蜂坊は里長の長男で、そして楓葉の幼馴染でもあった。
同い年だが、正反対の気質を持つ彼ら。
だが「親友」と呼ぶのに十分な関係であった。
彼らは山の中を駆けた。
彼らは川の中で泳いだ。
そして彼らは、たくさんの夢を語り合った。
『楓葉は大人になったら何になりたいの?』
『私?私はとにかく大きな街に行きたい。そして父ちゃんの仕事…木こりをもっと有名にするんだ』
『え?』
『木こりはどちらかというと影の仕事…つまり縁の下の力持ちの仕事だろう。
だから私は、もっと木こりの地位を上げたい。都会の人間にも、木こりになりたいと言わせてやるんだ』
『さすが楓葉。どうやって有名にするかも考えているの?』
『ああ、当たり前さ。まず樵歌を街で流行らせて…』
山の天辺。
よく晴れた夏の夜。
カラッと乾く、気持ちのよい空気。
鼻孔をつく、夏草の香り。
流れ星を見ながら語った夢は、きっと生涯忘れないことだろう。
ある日のことである。
楓葉はいつものように山で遊んでいた。
『この木はいい木だなぁ。太くて中身が詰まっている。いい薪になりそうだ』
一本一本の木を眺めながら、舌舐めずりをする。
そんな至福の時間を過ごしていた彼だが、麓から、かすかな叫び声が聞こえた気がして、思わず行動を止めた。
『何?悲鳴?熊でも出たか?』
熊が出ることは、決して珍しいことではない。
だが慣れているからこそ、里の者たちは落ち着いて熊に向き合う。
『…そうだ。熊が出たら、きっと蜂坊の父ちゃん…里長が弓で射るはず。そして今日は、里中がご馳走で盛り上がるんだ』
楓葉の脳内には、今日これから起こるであろう出来事が、思い出とともに映し出される。
しかし何故だが、彼の心臓は嫌に早鐘を打っていた。
おそらく「直感」というものであろう。
『…帰ろう』
彼は、滑り落ちるように山を降りていった。
草履の鼻緒が切れてしまっても、彼は構わずに山を下り続けたのだ。
そして。
山の麓についた彼は、やけに静かな里の様子に自身の目と耳を疑っていた。
『父ちゃん?母ちゃん?』
震える声で呼び掛けても返事はない。
彼は何度も転びながら、ようやく自宅に辿り着いた。
転がり込むように自宅に入ってみれば、そこには倒れ込んだ両親の姿が。
『父ちゃん!?母ちゃん!?ねえ、どうしたのさ!』
楓葉は2人の身体を揺する。
しかし、彼らはもうピクリとも動かなかった。
『あ…あ…』
楓葉は脱力したように尻もちをつく。
何が何だか解らない。
解るのはただ1つ。
両親は死んでいる、それだけだった。
楓葉は理由もわからず、自宅を飛び出した。
そして里中の全ての家を回った。
だが、どの家も結論は同じ。
楓葉を除く全ての里の民が、静かに死んでいたのだ。
…その中には、親友である蜂坊の姿もあった。
『何で、どうして。朝まではみんな元気だったじゃないか。何でだよ』
楓葉は誰も返事をしない村の中心で、小さく呟いた。
余りの衝撃で脳は正しく回らない。
それどころか、身体にすら力も入らなかった。




