46.答え合わせ
「まずは、数々のご無礼をお許しくださいませ、黒史様」
「え、え?そ、それはべ、別に…」
引き寄せられるように辿り着いた楓葉の自宅。
そこに入るや否や、楓葉は策に向かって深々と頭を下げた。
最敬礼。
あまりにも仰々しい態度に、策の方が一歩たじろぐ。
「ふ、楓葉。謝る前にちょっと待てよ。お前はいつから俺の正体に気付いていたんだ?そしてお前は何者なんだ?虎雅とはどんな関係なんだ?」
次から次へと、矢継ぎ早に質問を重ねる策。
静かにそれを聞いていた楓葉は、ゆっくりと自身の頭を上げた。
「いくら何でも動揺し過ぎです。まったく、黒史家当主がこんな人だと初めから分かっていたら、あんなに警戒しなくても良かったんじゃないか」
「は?」
独り言のようにボソリとそう吐き捨てた楓葉。
そんな彼に、策は頭を掲げる。
「…警戒?」
「ああ、すみません。一からお話致します」
それから楓葉は、自身のことを初めて語り始めた。
自分が裏京里の唯一の生き残りであり、ここを再興したということ。
墨は自身の師匠であり、家族同然に思っていること。
普段は路川街の警護官であり、治安部隊隊長を務めていること。
虎雅との出会いのこと。
年に数週間だけ、ここ裏京里に里帰りをしていること。
策は楓葉の話しを、目を丸くしながら聞いていた。
そしてそれと同時に、彼の脳裏には、いつぞやに見た「治安部隊隊長」の姿がぼんやりと思い出される。
「ふ、楓葉!お前、治安部隊隊長だったのか!普段と雰囲気が違いすぎないか!?
そんないかにも農民のような、村人のような格好をしているから、そんな身分の人間だとは思わなかった!」
「…失礼ですね」
楓葉は、策をジト目で見つめた。
策はそれを見て、ちろりと舌を出して見せる。
「悪い悪い。思わず驚いちまってさ。でもさ、別に隠すようなことじゃないだろう?
どうして村人たち…楊とかに、自分の正体を教えてやらねぇんだよ」
「それはそっくりそのまま、貴方にも返ってきますけど、よろしいのですか」
「う、うぐ」
策の言葉に、楓葉は間髪入れずに反応した。
ぐうの音も出ないとはこういうことか、と策は思う。
「…私は治安部隊隊長。直接、貴方とお話したことは無いにしても、何度もお姿を拝見していましたよ。
でも、それでも分からなかった」
「分からなかった?」
「貴方が、敵か味方かが」
楓葉の声は一段階暗くなる。
その声は今にも消えてしまいそうで、策は思わず唾を飲み込んだ。
策は思わず、楓葉に手を伸ばす。
「…何でしょう」
「いや、その」
「…まあいいです。それより、教えていただきたいのです。
貴方がここに送られた理由を。路川街で何があったのかを。そして、虎雅くんとの関係を」
楓葉は相変わらず低い声のままだ。
策はそれを耳奥に聞きながら、一度深く息を吸い込んだ。
緊張だ、と率直に策はそう思った。
自身の手が嫌に冷たい。
しかし、自然と彼の口は動き出していた。
「虎雅は、黄史家の次男坊…つまりは、俺の親友の息子なんだ」
策の独白が始まる。
はじめはゆっくりと。
徐々に口早に。
楓葉は、策の言葉を遮らずに丁寧に聞いていた。
「…なるほど。つまり、貴方は自分で親友の息子を警護官に売った。その結果、路川街から人っ子ひとりいなくなるという、妙な事態に襲われたと。呪具の付喪神によって」
「…言い方。でもまあ、俺が酔っ払っていたことが原因なのは間違いないわ。つまりは俺の責任」
「…はぁ」
楓葉は策の話しを最後まで聞くと、深く溜め息をついた。
そして床に寝かせている虎雅をちらりと見る。
「でも不思議ですね。貴方の話だと、廉も虎雅も、呪具の付喪神の術?に巻き込まれていても可笑しくはなかった。
でも虎雅くんはここにいる。どうしてなのでしょう」
「…それは俺にも分からねぇわ」
策の視線も虎雅に落ちる。
そして彼は、虎雅の頬に優しく触れた。
「…ともあれ、コイツが無事で本当によかったわ。白史家のお坊ちゃんや先生のことはもちろん心配だけどよ。
でも、本当に本当によかった」
「……あなた」
楓葉は、彼の優しい手つきをじっと見つめていた。
父のような、母のような、何とも言えぬ柔らかい手付き。
楓葉はもう一度ため息を付く。
「我々がここに集まったことにも、何か意味があるのでしょう。
路川街のことは心配ですが、取り敢えずは情報収集が先。
虎雅が目を覚ますのを待ちましょう」
「ああ」
楓葉は、囲炉裏にそっと火を灯した。




