43.この心臓は
「あ、あの楓葉様!」
「どうしたんだい?楊さん」
「えっ…と、その」
その日、楊はひたすら楓葉について回っていた。
理由は単純。
もっと楓葉のことを知りたいと思ったからだ。
「楓葉様!あ、あの!お好きな色はございますか?」
「色?桃色とか好きだけど」
「そ、そうですか!随分と可愛らしいお色が好きなのですね!」
一体、これで幾つ目の質問だろう。
質問に答えた楓葉がその場を去ろうとし、それを楊が追い掛ける。
いつもなら絶対に見ない光景を、村人たちは微笑ましく見守っていた。
「今日はどうしたんだ?やけに私の後ろをついてくるじゃないか」
「そ、それは…」
次の質問をしようと楊が声をかけた時。
ついに楓葉は、彼女にそう尋ねた。
突然モジモジとし始めた楊を見て、楓葉は困ったように眉を下げる。
「…何か話したいことがあるのかな」
「えっ!?は、話したいこと!?」
「あれ、私の思い違いかな。
ただ、何となく私と話す機会を伺っているのかと思ってさ。もし楊さんさえ良ければ、少し話でもする?」
「えっ、ええ!?」
楓葉からの提案は、一瞬にして楊の顔を真っ赤にさせた。
わたわたと慌ただしく両手を動かす彼女を見て、彼はくすりと笑う。
そして、楊に満面の笑みを向けたのだった。
「行こう。畑仕事をしている黒さんたちを眺めながら、話すというのも乙なものだろう」
「はっ、はい!」
するり、と慣れたように楊の手を掬い上げる楓葉。
楊は自分の身体中に、どうしようもない熱が駆け巡っていくのを感じていた。
*
「え、と。その楓葉様」
「なんだい?」
村の隅に位置する、大木の下。
二人はそこに腰を降ろし、隣同士に座っていた。
拳1個分の距離。
願ってもみない近距離に、楊の心臓はけたたましく動いていた。
「…うぅ」
思わず口から漏れ出る声。
少し手を伸ばせば、また楓葉の手に触れられる。
そんなことすら、とんでもないことのように思える。
彼女は早鐘を打つ心臓を抑えるために、辺りをキョロキョロと眺めてみる。
すると、およそ50歩程の距離に策の姿が見えた。
へっぴり腰で、泥だらけの策。
畑仕事に従事しているが、桑すら上手く扱えていない。
ベシベシと村人に頭を引っ叩かれている彼を見て、楊は小さく笑いを零した。
「ふふっ」
「あ、笑ったね」
「あ」
楓葉に声を掛けられたことで、楊は自分の身体から力が抜けていたことに気付いた。
彼女はちらりと、こちらを向く楓葉に視線を移す。
「あ、あの」
「うん」
楓葉は、楊の言葉を柔らかく受け止めてくれる。
だから。
だから彼女は、一番聞きたかったことを口から出す決心をした。
「楓葉様は、ここが故郷でしょう」
「そうだね」
「あ、あの。普段はどこで何をされているんですか?
え、えと。ここに里帰りする時以外のことです」
「ああ」
楓葉は楊から視線を外す。
そして何故か、畑仕事をしている策の方へ視線を向けた。
彼女もそれに釣られるように、再び策を見る。
「…誰かに聞けって言われたの?」
「えっ」
次に彼の口から飛び出したのは、低く重い声。
予想外の反応に、楊は思わずその場に立ち上がったのだった。




