42.少女の片想い
「ったく、楓葉は人遣いが荒いわ」
「あら、そうかしら。あんなに優しいお方はそうそういないと思うわ」
「はあ?どこが」
薪生村の片隅。
小さくて古びた一軒家。
策はそこにいた。
今日も今日とて、畑仕事でこれ以上なくしごかれた彼。
村人である楊に、創部の手当をしてもらっていた。
楊は、17歳の少女。
そして現村長の孫娘にあたる。
桃色の瞳に漆黒の美しい髪。
それを丸く纏めて結い上げている姿は、非常に凛々しくも思える。
片田舎に置いておくには惜しい、と初めて見た時に策はそう思った程だ。
「アイツは、家族かなんかの命日で里帰り中らしいが…毎年この時期に必ずくるのか。つうか、アイツは普段何してんだ?」
策の言葉に、楊の動きが一瞬止まった。
それまで流暢に喋っていた彼女が黙ったことで、策は思わず振り返る。
「どうしたんだ?」
「ちょっと!こっち振り返らないで!」
「いって!」
楊は、策の顔を思い切り正面へと戻した。
そのせいで彼の首はゴキッと嫌な音を立てる。
「…ってぇー!本当にお前はなあ!」
「…知らないの」
「は?」
「私も、楓葉様が普段何をしていらっしゃる方か全然知らないの。話してくれないから」
楊の声は徐々に小さく萎んでゆく。
それを聞いていた策は、彼女の心境を察して小さくため息をついた。
「ふうん。でもまあ、俺よりもお前の方が楓葉のことを知ってるだろ?
教えてくれよ。お前が惚れている男のことをさ」
「な、な!」
「バレバレだっつーの」
策が再び振り返ると、そこには顔を真っ赤にして口をぱくぱくと開けしめする楊の姿があった。
策はそれを見てケラケラと笑う。
「さ、茶でも淹れるか!」
*
温かい茶色のお茶。
それをお互いの手元に置き、楊と策は向き合って座り直した。
楊はうずうずとしながら、ちらりと策の方を見る。
「何だよ、そんなに話したいのか」
「だ、だって!今まで誰にも話したことなんて無かったもの!」
楊は両人差し指をツンツンとつ突き合わせながら、唇を尖らせた。
その姿を見て、策は彼女を可愛いなと思う。
策がお茶を一口口に入れたのを見て、楊は静かに話し出した。
「…実はね、ここ、昔は裏京里っていう名前の里だったんだって」
知っている、と策は思った。
ただ口には出さない。
だって、今の策は「旅人 黒」なのだから。
楊は続ける。
「楓葉様は、その裏京里時代の唯一の生き残りみたいで。あ、裏京里はなぜか15年程前に滅びてしまったらしいんだけど。
…そして、里を一人で再興させたのが楓葉様だったの」
それは、策も知らなかった。
「楓葉様の実力で、里は再び力を取り戻していって…そして、今の薪生村が生まれた。
でも、楓葉様はある日突然いなくなったの。とある不思議な御仁と一緒に」
「え?不思議な御仁?」
「ええ。丸眼鏡の藍色頭の方よ。楓葉様とずっと一緒に暮らしてたみたいで。私もその頃は小さかったから、うろ覚えなんだけど」
「そ、それはそれは」
間違いなく、それは墨だった。
策の頭の中で、今まで知らなかった情報が少しずつ繋がっていく。
「いなくなってしまったあと、もう二度と楓葉様に会えないかと思ったわ。
実際、それから数年は村に来ることは無かった。
でも5年ほど前から、また楓葉様が村に来てくれるようになったの。
亡くなった里人やご家族の命日近くに」
「……」
「私、だんだん彼を好きになったんだけど。でも私は彼のことをそれくらいしか知らないから。村の外で何をしているか聞いても、はぐらかされてしまうし」
楊の瞳に雫が光る。
策はそんな彼女の頭にぽんぽんと手を置いたのだった。
「知らないのなら、これから知ればいいだけじゃねぇか」
「え?でも」
「外で何をしているか、だけがアイツじゃないだろう。
好きな食べ物、趣味、特技…知ってんのか?」
「し、知らない」
「なら聞けばいい」
策はそう言って、にかっと笑った。
楊はそれを見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「…意外といいやつじゃない、黒」
「うるせ」
二人は笑い合う。
穏やかな空気が彼らを包みこんでいた。




