幕間-8 廉と虎雅の買い物③
どこか近くなった距離感。
きっとこれから、もっと分かり合える。
それこそ友人と呼べる程に。
──二人は、そう信じて疑わなかった。
*
「なあ、変じゃねぇか」
まず最初にその異変に気付いたのは虎雅だった。
廉は、虎雅が言っていることの意味が分からずに思わず首を傾げる。
「変?どういうことだ」
「いや、なんか。うまく言えねぇんだけど」
虎雅は片眉を下げながら、自身の頭を掻いた。
その態度を見て、廉の眉も先程より吊り上がる。
「意味が分からない」
「それは俺も」
「はあ?」
廉は虎雅の隣に進み出た。
そして彼が見つめる方向…つまり、路川街の中心街を眺める。
──そして息を飲み込んだ。
「変だ」
「だろ?」
「ああ。何故人が誰もいないんだ。あり得ない」
廉と虎雅は思わず顔を見合わせた。
意見は一致。
彼らは、何も考えずに墨や策のいる宿屋へと走り出す。
「な、なんだこれ!」
「分からない!でも、普通ではない何かが起きていることだけは確かだ!」
「普通でないことって何だよ!妖怪か!?」
「妖怪!?そんなわけ…!」
廉はそこまで言いかけて、突然口を噤んだ。
そしてその場でピタリと立ち止まる。
「…もしかして」
「んだよ、心当たりがあんのかよ!」
「…分からない、合っているかは。でも、それしか考えられない」
廉の美しい灰色の瞳がキラリと輝く。
そして虎雅の肩をガシッと掴んだ。
「いて!」
「虎雅!」
「な、何だよ」
突然の廉の勢いに、虎雅はたじろぐ。
しかし廉はそんな彼の反応など気にしない。否、気にしていられない。
「…恐らく、犯人の狙いの一つは君だ。君の命だ」
「…は?」
「痺れを切らし、路川街ごと消してしまおうと思ったんではないだろうか」
「街ごと消す!?戦ってことか!?」
「違う!恐らく、皇帝関連だ!」
「な、何だと!?」
今度は虎雅が目を見開く番だった。
しかしそれと同時に思い出す。
白史家から盗んだ、手紙の内容を。
「ま、まさか。神サマ関連の…!」
「ああ。だとしたら、この状況を作っているのは、呪具の付喪神だ。
あくまで推測にしか過ぎないが…」
廉の手にはさらに力が籠る。
彼はさらに続けた。
「きっと呪具の付喪神は、自らが歩いた場所に何らかの術をかけたんだろう。
…見つかったら危険だ。虎雅、逃げるんだ」
「お、おい」
「何だ」
「お、お前は?」
「二人で逃げたら、二人とも行方不明になって、墨や黒史様に心配を掛けてしまうだろう。それに僕は路川街の警護官だ」
廉は、虎雅だけが逃げることを、さも当たり前かのように言ってのけた。
虎雅は口をぱくぱくさせるが、うまい返しが思い付かない。
「…に、逃げるったってどこへ」
「師匠がいる」
「は」
「裏京里…まあ、今は違う名前らしいが、そこに楓葉師匠がいる」
「……!」
廉は虎雅の反応を見て、にやりと笑った。
楓葉は虎雅にとって、数少ない信頼できる大人だ。
彼の気持ちが揺らぐことは分かっていた。
「君が死んだら、呪具の付喪神や皇帝たちの思い通りだ。本当に黄史家が滅んでしまうのだから」
「……」
「だから逃げろ。大丈夫、こっちには黒史様も墨もいるから」
…廉は、二人が無事かは分からないが、という言葉は敢えて飲み込んだ。
その意図が虎雅に伝わったかは分からない。
しかし虎雅は大きく頷いた。
「…分かった」
「本当か」
「ああ。裏京里?に行ってみるわ」
「そうか。ならこれを」
「これは」
「裏京里への地図だ。この度、師匠が里帰りされる際に渡されたんだ。何かあった時のために、と。今がその時だろう?」
虎雅は、廉から渡された小さな紙を胸元へと仕舞った。
そしてその顔に笑顔を浮かべる。
「分かった。行くわ、俺」
「ああ。頼んだぞ」
廉と虎雅は頷き合い、お互いに別々の方向へと走り出した。
また再会できることを、心の奥底で願い合いながら。




