39.アレと墨
「ねえ策。君は、自分と僕が無事だったことを、自分たちへの挑戦状だとそう言っていたね?」
墨は立ち上がりながら、低い声でそう告げた。
策は動揺しながらも静かに頷く。
「違うね。君が無事だったのは、たまたま僕の側にいたから、ただそれだけだ」
しかし、次に墨が口にしたのは否定の言葉だった。
策は黙って、彼の次の言葉を待つ。
「アレは人間になんか興味ない。アレが誘い出そうとしてるのは僕。昔からそういうヤツなんだよ」
「…は」
「人間がアイツを利用してるんじゃない。アイツが人間を利用しているんだ」
墨は部屋の入口に向かいながら、小さくそう呟く。
そして部屋から一歩足を踏み出すと、一度策の方へ振り返った。
「策。君はとにかくこの路川街から離れた方がいい。もう、僕らの居場所はバレてしまっているだろうから。
できれば国外、それか神里…裏京里に行くといいよ」
「裏京里?そこはとっくに滅ぼされたはずじゃ…」
「ああ。あそこだけは、未だに滅んだ場所であると、皇帝たちも思い続けているよ。
あそこが滅びてから一度も、僕の中に『裏京里』の名は流れてきてないから」
策は墨の言葉に目を丸くする。
そんな彼を見て、墨は小さく笑った。
「…ちょうど、僕の弟子が里帰りをしているからさ。彼を尋ねるといい。家族の命日なんだってさ」
「…っ、先生は!」
「僕?僕はアレと話さなきゃならないからさ。あれから300年。いい加減逃げてばかりじゃいけないね」
墨はそう言うと、策に背中を向けたまま、ひらひらと手を振った。




