38.赤い着物
怪力乱神。
それは人為では為せない不思議な事象のこと。
人間の理解を超えたもののこと。
──彼は以前、その不思議な題名に惹かれて本を開いたことがある。
「あの本には、たくさんの不思議なことが描かれていた。
妖怪、神、呪術…本当に色々」
策は自身の額に手を当て、地面を睨みつける。
そして深く深呼吸を繰り返す。
「その本のとある章に、こんな記述があった。
『呪具の付喪神、鬼槍を薙ぎ払いて人々を消す。人々この世とあの世の狭間に』…あんなの、ただの伝承だと思っていたが」
ボソボソと喋りながら、策は頭の中を整理する。
本来なら信じられないことだ。信じたくもないことだ。
だが目の前には現実がある。
どんな感情を抱いたとしても、それを受け入れるしか無かった。
「…この現象に呪具の付喪神が絡んでいる以上、犯人は朱史家と白史家、それに旺雪で間違いなさそうだ…なんだが」
策は地面から顔を上げ、真っ直ぐに道を眺めた。
その視線の先は、彼の黒史家と白史家など貴族たちが住む館がある場所である。
「ここ路川街は、黒史家と白史家が存在する街だ。さらにここは、国の中でも有数の人口を誇る街。
こんなことをして、一体何の得が」
頭の良い策ですら、彼らの考えていることが分からない。
彼が道の先を睨み付けていると、その先に何やらユラユラと揺れるものが見えた。
よく目を凝らしてみれば、それがこちらに向かって歩いてくるのが見える。
赤い着物を揺らし、少し左右に揺れながら近付いてくるソレ。
策はこの光景に既視感を覚えた。
「…アイツだ」
策はそれだけ呟くと、もと来た道を猛烈な速さで走って逃げ帰る。
向かうはそう。
あのボロボロの宿屋。
「先生っ!」
「ん?」
「いたんだ!」
「何が」
宿屋に辿り着いた策は、転がるように墨の部屋へと入った。
いつもと変わらない墨の様子に一安心するも、策はすぐに先程の出来事を説明する。
人のいない路川街のこと。
怪力乱神のこと。
そして、あの「赤い着物」のこと。
策が話している間、墨は珍しく茶化さなかった。
それどころか、いつもは飄々としている彼の表情が少しずつ崩れていく。
それは悲しみではなく、怒り。
策が墨の怒った顔を見るのは、これが初めてだった。
「ははは、やってくれるね。どうりで今日は静かだと思ったよ」
いつもより幾らか低い声。
策はそれを聞いて、冷や汗を垂らした。




