37.怪力乱神
「…そういや、そんなこともあったなぁ」
「何の話?」
「いいや、先生には関係ねぇよ」
策は蜘蛛の巣が張られた天井を見ながら、横に座る墨へと雑に返事を返した。
埃っぽい空気とヒビの入った窓硝子。
これが「今現在」なのだと、策は嫌でも実感する。
「珍しいじゃないか。君がぽーっとするなんてさ」
「俺だってぼーっとすることくらいあるさ。生来、俺は一人のほうが好きなんだ。さて、と」
策はそう言うと、力を込めて上体を起こした。
年々、起き上がるのが大変になっていく気がする…というのは、まだ早すぎるだろうか。
「さてと。チビ共を探しに行ってくるわ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
頭を掻きながら言う策に、墨は笑顔で手を振ったのだった。
策がボロ布を被り直して街に出ると、何だか街の様子がいつもと違うように感じられた。
自分の足音がやたらと響く。
そしていつもより、湿気のある風が自分の身体を包み込む。
宿屋の入口を出てから、すぐに感じていた違和感。
その正体に策は嫌でも気付く。
「人だ。路川街なのに。表通りなのに人がいないんだ」
そう。
墨の宿屋がある場所は、路川街の外れとは言えども「表」にある。
普段はもっと賑わっているはずなのに。
「なん、だ。これ」
策はごくりと唾を飲み込む。
それと同時に脳裏によぎるのは、虎雅と廉の姿。
彼は思い切り歯軋りをする。
「くっそ!せっかく再会できたってのによ!嫌な予感しかしねぇぞ!」
策は頭の布を放り捨て、走り出したのだった。
*
策は焦っていた。
何故なら、本当に街中には人っ子ひとりいなかったから。
一気に街の住人が居なくなるなど、決して有り得ないことだ。
理解の追い付かない現状に、策の額からは大粒の汗が零れ落ちる。
彼がふと右横の店に視線を移してみれば、そこには「甘味処」の文字と、虎雅が持っていたお菓子の包みが幾つも置いてあった。
まだ作り立てのようなそれを見るに、人が居なくなってしまってから、そう時間は経っていないように思える。
「くそっ!何が目的だ!!」
策はもう一度周囲をきょろきょろと見回した。
しかし景色は変わらない。
直線的に続く路川街の街並みが見えるばかりである。
「…落ち着け、落ち着け」
策は深呼吸をする。
「少なくとも、宿屋にいた俺と先生には何の変化も無かったんだ。
つまり、この事象は俺や先生に対する挑戦状だと受け取っていい」
策の脳裏には、これまでのことが次から次へと思い出される。
そして、その記憶の波の中で、彼は一冊の本を探り当てた。
「…怪力乱神」
彼はボソリとその本の題名を口ずさむ。




