35.策と墨③
『ど、どうぞ』
『どもねー!』
策は先程の青年の言葉に動揺しながらも、自分の懐から金貨を取り出して彼に渡した。
カタカタと震える自分の左手。
青年はそれに気付いているのかいないのか、笑顔で金貨を受け取る。
『おじさーん!これで支払いね〜』
『はいよー!って、き、金貨!?』
青年の買い物が終わった後も、策は静かに彼の後ろを着いてきていた。
いつの間にか街の景色は、賑やかな喧騒から古びて傾いた寺の敷地へ。
青年はそこで足を止めた。
『さてと。話を聞こうか。ここならその汚い布を取っても大丈夫じゃない?』
『…いつから、気付いてたんですか』
『うーん、最初から?』
青年は、策の問いかけににこりと笑ってみせた。
策の震えは止まらない。
言葉も止まらない。
先程は、あんなに出てこなかったはずなのに。
『君、いいとこのお坊ちゃんだろう?』
『な、なぜ。僕の変装は完璧だったはず』
『完璧?笑わせないでよ』
青年は墨に向かって、真っ直ぐに指を伸ばした。
すらりとした形のよい指に捉えられ、策は動けなくなってしまう。
『肌が白い。指先がきれい。頭の布は汚れているだけ、年季が入っていない。そして決め手はその自信のなさ』
『え』
『もし路川街の裏で生きているのなら、その自信の無さは致命傷。だれも恵んでくれないから。
その気弱さで許されてきたのは、君が恵まれた場所にいた証だね』
策はその言葉を聞き、思わずその場に膝から崩れ落ちた。
その両手は、少し湿った苔の生える地面を捉える。
少しずつ膝が濡れていく。
『…騙すような真似をして申し訳ございませんでした』
『べっつにー?騙されてないしー』
『あは、あははは』
青年の食えない態度に、策の口からは思わず笑いが零れ落ちた。
目尻には涙が。
次第にその眉はゆっくりと下がっていく。
『改めまして、俺は黒史家が長男。黒史策と申します。
先程声を掛けさせていただいたのは、貴公が持つその巻物に興味を抱いたから。
もしよろしければ、お話しをさせていただけませんか』
策の震える声に青年も笑う。
『ははっ。泣きながら言われたら、断るわけにもいかないよね。
了解っ!三大貴族、黒史家の次期当主くん。
僕は墨って言うんだ。よろしくね』
策は涙を流しながら、優しく微笑んだのだった。




