4.地下排水路にて
「くそっ、あの野郎!俺を馬鹿にしやがって…!」
ところ変わって、路川街地下排水路。
硝子を突き破り、あちこち傷だらけになった虎雅。
彼は、生活排水が臭うその場所に座り込んでいた。
口内には錆びた味が一杯に広がる。
彼はそれが煩わしくて、それを唾と共に乱暴に吐き出した。
虎雅。
彼はずっと孤独であった。
貴族出身で何不自由なく育った彼は、5歳になったばかりのとある日に、突然にして家族を失った。
泣く暇も与えて貰えず、彼はただ生きるために逃げた。
何もできない。
生きる術も知らない。
ただ胸の内に募っていく「犯人」への強い恨みと復讐心。
彼は自分の家族を根絶やしにした「犯人」を殺すためだけに、今まで生きてきた。
汚いこともした。
盗みも
それこそ人殺しも。
「生きて復讐すること」。
ただそれだけの想いが彼をここまで生かしたのだ。
裏稼業に生きる中で知った、墨と巻物のこと。
世間では「インチキ占い師」などと呼ばれている彼だが、どうやらその力は本物らしい、と。
その巻物は世界の全てを映し出す、と。
この10年間、「犯人」に対する情報が何も掴めなかった彼。
喉から手が出る程「巻物」を欲した。
「あの野郎、何が俺に対して『手練れ』だよ。
馬鹿にしてんじゃねえ。
アイツは…」
虎雅はそこまで言って言葉を止めた。
口に出してしまえば、自分の負けを認めることになってしまうと思ったからだ。
「これからどうするか」
虎雅は、地下排水路の湿った壁に背中を預けて項垂れた。
赤く滲んだ傷が酷く痛む。
どことなく体温も高い気がする。
彼は歪む視界を必死で抑えるように、そのまま目を閉じた。
「…虎雅くん。虎雅くん」
「…あ、ああ?」
虎雅は、誰かが自分を呼ぶ声で目を覚ました。
とても温かく優しい声である。
死んだ父や兄に呼ばれているのでは、と錯覚するほどに。
彼が視線を上げると、そこには見覚えのある茶髪の青年が立っていた。
「んなっ!て、てめえ!」
「落ち着いてください。私は別に君を捕まえに来たのではありません」
そう。
彼は墨を「師匠」と呼んでいた、あの警護官の青年だった。
虎雅は咄嗟に逃げようとするが、痛みに顔が歪む。
「硝子を突き破ったんです。酷い怪我をしているんでしょう。傷を見せてみなさい。私が手当をしますから」
「は、はあ?何でてめえなんかに!」
「いいから見せなさい」
「…ちっ」
虎雅は、その強引さが墨に似ていると思った。
やはり弟子は師匠に似るものなのだろうか、とボンヤリする頭で呑気に考える。
「私は楓葉と申します。齢25。あなたの兄かなんかかと思って接して下さればいいですよ」
「はっ、誰がてめえを兄なんて」
「口が悪いですねえ」
青年…楓葉は笑顔で虎雅の頬を抓った。
一気に間抜けな顔になる彼。
しかしあまりの身体の怠さに、抵抗する気も起きない。
「おやおや。やはり酷い熱ですね。怪我しているのに、こんなに不潔な場所にいてはいけません。私の屋敷に連れていきます」
「はっ、い、行くわけ…!」
「黙りなさい。死にますよ」
楓葉は冷たい声でそう言い放つと、そのまま虎雅を片手で担ぎ上げた。
軽々と持ち上げられたことで、虎雅は目を丸くする。
決して彼の体重は軽いわけではないからだ。
「お、下ろせ!」
「うるさい」
楓葉は問答無用で虎雅を運び歩く。
「わ、訳わからねえ…」
虎雅は最後に小さく呟き、そのまま意識を手放したのだった。




