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33.策と墨①



──526年秋。彩月。

黒史家に待望の長男が誕生した。


策。

人生においても政治においても、策略的思考ができる人間になるように。

長男はそう名付けられ、それはそれは大切に育てられた。






しかし、策は内気だった。

それも家臣たちが「策様に時期黒史家を任せられるのか」と心から心配するほどに。


当時12歳になったばかりの策は、本家内で自分に向けられる冷たい視線に気付いていた。


その冷たい視線から逃れるように彼がはまった趣味が読書。

彼は家にある蔵書だけでは飽き足らず、こっそりと街にまで繰り出すようになっていた。


当時…いや、今もだが。

貴族のお坊ちゃんが一人で街中まで出ることは言語両断。


それは純粋に警備面の問題もあるが、それだけでは無いことに彼は気付いていた。



『…父上や皇帝陛下は、俺を狭い世界に閉じ込めて、変な知識を得ないようにしてるんだよ。

将来、俺が皇帝陛下に逆らうことになったら国がごちゃごちゃになるから』



策の考えに根拠などなかった。

しかし漠然とした確信めいたものはあったのだ。






ある日策は、いつものように古びた布切れを纏って路川街に出た。

彼が街中で見た、乞食の格好。

路川街には乞食が多いのだ。

街に紛れ込むには、それが一番だと考えた結果だった。



『…街が臭い。この前来た時より死体も多い気がする』



吐き気を催すような腐敗臭。

そして遺体に群がる蛆や蝿。

策の鼻腔や視界には、この世のものとは思えないものが映し出される。



路川街といえば、数多くの貴族家や店が点在する大きな貿易街である。

しかし一方で、一歩裏に入ってみれば、そこは荒れに荒れた退廃地区が広がる。


木でなく森を見よ。


これは策が本で得た知見である。




『表側ばかり賑わってても、裏がこれじゃあな…』




貴族の華やかな生活の裏には、貧民や乞食たちの食うにも困る貧しい現実がある。

策は身をもって、その現実に直面していた。



『…あれ』



策が裏道を歩み続けていたその時だ。


紺色おかっぱ頭の丸眼鏡。


なんだか不思議な雰囲気を醸し出す青年が、策の向かいから歩いてくるのが見えた。

青年は街中をきょろきょろと眺めながら、どこか遠い目で街の様子を眺めているようだった。



『…なんだろ、あの人。不思議な人だ。しかも手に巻物?

…どうにか見せてもらえないだろうか』



策の喉がごくりと鳴る。

本の虫である策にとって、青年が持つ巻物はこれ以上無いほどの魅力的なものであった。


策はすれ違いざまに男に声を掛ける。



『あ!あの…!』

『おや?』



男の黄色い視線が策を捉える──。




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