幕間-2 廉と楓葉の出会い
「ぎゃはは!このクソガキ!
だから最初から金だけ置いてけばよかったんだよ!」
「う、うぐ…か、返せ!」
「おいおい、まだやんのか?おら!」
綺麗な翠の着物が、どんどん黒ずんでゆく。
13歳の廉は何も抵抗することができずに、泥だらけの地面に蹲っていた。
怖いわけではなかった。
もっと理由は単純。
廉には力がなかったのだ。
「うへっ、このボンボン、こっちを睨みつけながら泣いてるぜ!」
「ほんとだ!マジで気持ちわりぃ!」
廉を囲んだ男たちは、彼の顔を見てゲラゲラと下品に笑った。
ひとしきり笑ったあと、頭領らしき男は地面に蹲る廉の頭を足蹴にする。
「きめぇんだよ!うぜえ!」
「う、うぐっ!」
「お頭!やっちまってくだせぇ!コイツ、白史家のボンボンでさぁ!
こんな世の中にした家の血なんか、絶えちまえばいい!」
男たちは、廉に悪政の恨みをぶつける。
廉には政治を動かす力などない。
むしろ自分は家の中で虐げられているというのに。
「何も知らないくせに」と、彼は心の中で悪態をつく。
しかし、心の声が廉の表情に出ていたのだろう。
頭領はその太い眉の間に皺を寄せる。
「んだぁ?てめえ、今何を考えやがった」
「…べ、別に。何も知らない…くせに…って思っただけだ…!」
「んだと!?見下してんのか!ああ!?」
頭領は廉に大きな桑のような物を振りかざす。
(…くそっ、身体が動かない。これで僕も終わりだ)
廉は力強く目を瞑り、「その時」に備える。
だがどうしてだろう。
いつまで経っても、「その時」は来なかったのだ。
「大丈夫ですか」
代わりに廉の耳に届いたのは、穏やかで温かい声だった。
久し振りに聞いた「誰か」の優しい声色に、彼はゆっくりと目を開く。
「え」
「ああ、すみません。やっていることがあまりにも度を越していたので。
ヤッちゃいました」
目を開いた彼の目に飛び込んできたのは、自分を襲った頭領たちが倒れ込んだ姿だった。
いつの間にか血の海になった周囲。
廉は思わず悲鳴を上げる。
「こ、これ!あ、あんたが!?」
「はい、仕事ですので。しばらく様子を見ていましたが、彼らはあまりにも酷いことをしましたからね。
これどうぞ。使ってください」
「え、ええ!?」
「あれ、知りませんか?手拭いの使い方」
「そ、そうじゃなくて!」
目の前の男は、穏やかに微笑んだまま首を傾げた。
手には鋭く磨かれた、血塗れの剣。
廉は思う。
「おそらくコイツが一番ヤバいやつ」だと。
「あなたは大怪我をしています。早く手当てをしないといけませんね」
「…う」
「痛みますか?肩を貸しましょうか?」
「…だ、大丈夫」
廉はボロボロの身体でよろよろと立ち上がる。
そして自分の着物を乱暴に叩いたあと、彼は男を真っ直ぐに見つめた。
「…あ、あんたみたいに強くなるにはどうすればいい」
「え?」
「今の僕じゃ、あんな外道にすら反撃できない。
…あ、勘違いするんじゃないぞ!べ、別に怖かった訳じゃないんだから!」
「ふふふ」
男は廉の言葉に、軽やかに笑った。
しばらくそうして笑った後、男は廉に微笑みかける。
「あなた、白史家のお坊ちゃんですって?聞いてたんですけど」
「それがどうした」
「いーえ、別に?」
男は羽織りを翻す。
そしてゆっくりと歩き出した。
「え、ちょ!」
何も答えを貰えなかった廉は、慌てて彼の後を追いかける。
「ま、待てよ!」
「あははは、警護官になるっていうなら着いてきてください」
「な、なればあんたみたいに強くなれるのか!」
「さて。でも私が責任を持って指導しましょう」
「なる!なるよ!」
──今から2年前。師弟関係の始まり。




