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宿下墨写録 ─墨と全知の巻物と路川街─  作者: ずー
二章:路川街警護官編
22/50

21.廉という少年



三大貴族。

それは、実質的に露華国を統治する貴族の総称である。



軍事を司る、朱史家。

政治を司る、白史家。

そして学問を司る、黒史こくじ家。


廉の実家は、その中の白史家にあたる。




「…断れるはずもなく、ここまで来てしまった」




楓葉と話した翌日。

廉は路川街中心部に位置する、白史家の門前に立っていた。


木でできた、やけに背の高い門。

軽く大人の身長3人分くらいはあるのではないだろうか。




「…この中に足を踏み入れたら、僕は白史廉。そう振る舞わなければいけないんだ」



廉は深く深呼吸をする。

そして、ゆっくりと門に手を掛けた。




*




 

──白史廉。




その名を聞けば、大抵の貴族は彼に媚び諂う。


普段は平民に威張り腐っている官僚も。

普段は家族に暴力を振るう、酒豪のダメ男も。

さらには友人と思っている学友でさえも。


廉は、誰も自分と対等になってくれない世界の中で育った。

本来なら、唯一対等に過ごせる家族からは「次男」という理由だけで冷遇されてきた。


どんなに学問を頑張っても。

どんなに剣術に磨きをかけても。

それはまったく変わらなかった。


そんな廉の運命が変わったのは、13歳の頃。

街中で暴漢に襲われていたところを楓葉に助けられ、彼に心酔するようになったのだ。


それまで寂しく生きて来た廉が、楓葉を師匠と呼ぶようになるまで、そう時間は掛からなかった。


楓葉は廉に警護官の道を薦め、そして剣術の指導をした。

時には、廉が抱えるどうしようもない胸の内を聞いた。




「師匠がいなければ、今の僕はいなかった」




廉は独り言のようにそう呟き、白史邸の冷たい廊下を歩いた。







「あら、廉じゃないの。どうしたの」

「は、母上。ご無沙汰しております」

「ご無沙汰、じゃないわよ。貴方が突然警護官なんかになると言って早2年。

音沙汰も無しなんだから」

「も、申し訳ございません」



廊下の突き当り、右の部屋。

父である、白史家当主の部屋に入ろうとした廉だが、そこで思わぬ人物に遭遇した。


それは実の母親である、白史洸貴こうき

廉が「虎」と恐れている人物である。



「…まあいいわ。ところで、どうしてこんな場所にいるのかしら?

貴方の部屋は離れのはずよ」



洸貴の鋭い目が、ジロジロと廉を舐めるように見る。

彼は吐きそうになるのを堪えながら、懸命に笑顔を浮かべた。



「…ち、父上にもご挨拶をと思いまして。そ、その2年前は家出のような形で、ここを出てしまいましたので、きちんと…その、謝罪をしたくて」



廉の声は徐々に尻窄みになる。

握り締めた拳がカタカタと震えるも、彼はそれを背中に隠した。



「あら、そお?」

「はい」



洸貴は、ふんっとつまらなさそうに鼻を鳴らす。

そして、派手な真っ青の扇をバサリと音を立てて広げた。



「ま、誰も貴方の動向なんてどうでもいいけどね」



そう言い残して、洸貴は一歩ずつその場を去っていく。

その後姿を見送ったあと、廉は思わずその場に座り込んだのだった。






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