21.廉という少年
三大貴族。
それは、実質的に露華国を統治する貴族の総称である。
軍事を司る、朱史家。
政治を司る、白史家。
そして学問を司る、黒史家。
廉の実家は、その中の白史家にあたる。
「…断れるはずもなく、ここまで来てしまった」
楓葉と話した翌日。
廉は路川街中心部に位置する、白史家の門前に立っていた。
木でできた、やけに背の高い門。
軽く大人の身長3人分くらいはあるのではないだろうか。
「…この中に足を踏み入れたら、僕は白史廉。そう振る舞わなければいけないんだ」
廉は深く深呼吸をする。
そして、ゆっくりと門に手を掛けた。
*
──白史廉。
その名を聞けば、大抵の貴族は彼に媚び諂う。
普段は平民に威張り腐っている官僚も。
普段は家族に暴力を振るう、酒豪のダメ男も。
さらには友人と思っている学友でさえも。
廉は、誰も自分と対等になってくれない世界の中で育った。
本来なら、唯一対等に過ごせる家族からは「次男」という理由だけで冷遇されてきた。
どんなに学問を頑張っても。
どんなに剣術に磨きをかけても。
それはまったく変わらなかった。
そんな廉の運命が変わったのは、13歳の頃。
街中で暴漢に襲われていたところを楓葉に助けられ、彼に心酔するようになったのだ。
それまで寂しく生きて来た廉が、楓葉を師匠と呼ぶようになるまで、そう時間は掛からなかった。
楓葉は廉に警護官の道を薦め、そして剣術の指導をした。
時には、廉が抱えるどうしようもない胸の内を聞いた。
「師匠がいなければ、今の僕はいなかった」
廉は独り言のようにそう呟き、白史邸の冷たい廊下を歩いた。
「あら、廉じゃないの。どうしたの」
「は、母上。ご無沙汰しております」
「ご無沙汰、じゃないわよ。貴方が突然警護官なんかになると言って早2年。
音沙汰も無しなんだから」
「も、申し訳ございません」
廊下の突き当り、右の部屋。
父である、白史家当主の部屋に入ろうとした廉だが、そこで思わぬ人物に遭遇した。
それは実の母親である、白史洸貴。
廉が「虎」と恐れている人物である。
「…まあいいわ。ところで、どうしてこんな場所にいるのかしら?
貴方の部屋は離れのはずよ」
洸貴の鋭い目が、ジロジロと廉を舐めるように見る。
彼は吐きそうになるのを堪えながら、懸命に笑顔を浮かべた。
「…ち、父上にもご挨拶をと思いまして。そ、その2年前は家出のような形で、ここを出てしまいましたので、きちんと…その、謝罪をしたくて」
廉の声は徐々に尻窄みになる。
握り締めた拳がカタカタと震えるも、彼はそれを背中に隠した。
「あら、そお?」
「はい」
洸貴は、ふんっとつまらなさそうに鼻を鳴らす。
そして、派手な真っ青の扇をバサリと音を立てて広げた。
「ま、誰も貴方の動向なんてどうでもいいけどね」
そう言い残して、洸貴は一歩ずつその場を去っていく。
その後姿を見送ったあと、廉は思わずその場に座り込んだのだった。




